あの日の自分にもう一度

 だってしこたま酔っていた。お前は絶対イケるとおだてられて、某お店のコスプレコーナーになだれ込み、その場で店員巻き込んで一式着替えて化粧までして写真を撮りまくった。新たな自分が誕生した瞬間だった。
 ノリノリで女装したのは自分を含めて数人いたのだが、着用した服や化粧品類は全員で割り勘だったから、そこまで懐が傷んだわけじゃない。しかも自分が着た服となぜか使った化粧品全てが譲られたので、むしろ出した金以上のものを得てしまった。
 そして今、全く酔っていない状態で、服と化粧品一式を前に延々と思案している。酔ってもないのにこれを着て化粧をする、というハードルはかなり高いが、でも、だって。
 携帯の中に残されたあの日の自分は、自分で言うのも何だが、なかなかに可愛かった。しかもめちゃくちゃ笑顔だ。
 あの日の興奮とあの妙な快感を、できればもう一度味わいたい。
「あ、飲めばいいのか」
 ぽんと手を打って、財布を手にコンビニへ向かった。そうだ。シラフでスカートを履くにはあまりにハードルが高いが、あの日のように酔ってしまえば、そのハードルはグッと下がる。
「飲み会でもあんの?」
 ウキウキで買い物かごにアルコール飲料や軽いツマミ類を次々と放り込んでいたら、ふいに声をかけられ振り返る。
「よっ、奇遇」
 片手を上げて見せたのはあの日一緒に飲んでいた一人で、こいつは女装はしなかったが、嬉々として人の顔に化粧品を塗りたくってくれた。
「どうした?」
 相手を見つめたまま口を開かない自分に、相手が訝しがる。
「あー……お前、今日、暇?」
「なに? 俺も参加していいやつ?」
 行く行くとさっそく乗り気な相手に、曖昧に頷いてレジへと向かった。
「幾ら出せばいい?」
「いや、お前は出さなくていいよ」
「いやさすがにそれはダメだろ」
「いいって。てかお前に頼みたいこと、あんだよね」
「え? 何を?」
「それは帰ってから」
「え、なにそれ怖いんだけど」
 どんな飲み会なのかと聞かれても、この場で正直に話すのは絶対に無理だ。
「じゃ止めとく? この酒飲むなら、途中では帰さないけど」
「ますます怪しいな。危険はないんだろうな?」
「お前にはないな」
「は? じゃあお前は?」
「どうかなぁ……」
 他人を巻き込もうとしている時点で、危険はなくはないだろう。あの日の事が忘れられなくて、一人で女装しようとしてたと、この男に知られることになるのだから。
 あれは酔った勢いのお遊びだ。皆でギャイギャイ騒ぎながらやるから許されるのであって、ドン引きされた上で仲間内に言いふらされたら、自分の今後の立場がどうなるかはわからない。
 でも化粧は多分重要だ。でもって絶対、自分よりもこの男の方が腕がいい。
「行く。参加する」
 勢いよく参加表明した相手に、思わずフフッと笑ってしまう。
「お前、優しいなぁ」
「いやだって、何か危険があるかも知れないとこに、お前参加させて知らんぷりはないだろ」
「まぁ、お前が心配するような危険ではないんだけどな」
 肝心な部分をのらりくらりと躱しながら、相手のことを自宅へ誘導する。自宅も飲み会会場になったことが有るので、相手もどこへ行くのかとは聞いてこなかった。
「はい、上がって」
「おじゃましま……って、なぁ、ほんとに飲み会? 何時から? まだ誰も来てないの?」
 玄関先に靴が溢れてないのと、静かすぎる室内に、相手がまたしても不審げな声を出す。
「あー、うん、飲み会、ではない」
「は?」
「一人飲みのつもりだった」
「この量を?」
「まぁ全部飲むかはともかくとして、理性ぶっちぎれるほど酔いたくてさ」
「何があったんだよ。え、俺はお前の見張り役かなんかで呼ばれたの?」
 救急車呼ぶのとかやだよと言うので、さすがにそこまで酔う気はないよと否定する。
「お前に頼みたいのはさぁ……」
 こっちこっちと寝室のドアを開けて、ベッドの上に無造作に広げられたままの服と化粧品を見せてみる。
「これって」
「そう。あの日のやつ」
「え、で、これが何?」
「化粧、して欲しいんだよ。お前に。この前みたいに」
「それは、まぁ別にいいけど」
「あ、いいんだ」
 引かれるかと思ったと言って安堵の息を吐けば、いやだって俺もかなり楽しんだしと返されて、ますます安心した。
「え、つまり、もっかい理性ぶっちぎれるほど酔って女装するって言ってんの?」
「そう」
「なんで?」
「なんで、って、いやだから、俺も楽しかったから……」
「じゃなくて、酔う必要ってあんの? むしろ酒なんか飲まないほうが出来上がりのレベル、絶対上がるだろ?」
「酔ってもないのに女装とかハードル高ぇよ」
「えー、あんだけ証拠写真残して、今更だって」
 女装すんなら飲む前にやろうぜという誘いに、気持ちがぐらりと揺れる。
「前回よりも絶対に可愛くしてやるから」
 そんな言葉に負けてシラフのまま着替えてしまえば、確かに前回以上の美少女が出来上がってしまった上に、何故か相手の方が、次はもっと衣装をどうのと言って上機嫌でノリノリだ。
「いやお前、次はって」
「え、またやるんだろ?」
 もうしないとは言えなかったし、このメイクの腕を手放したくないなと思ってしまったのも事実で、気づけばメイク係に指名しろよの言葉にも頷いていた。

有坂レイさん、今日の単語です ・誕生・スカート・アルコール で何か作ってください
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