Eyes6話 幸せな時間

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たくさんの 好き を言い合って。
何度も キス を重ねて。
確かめるように、触れ合って。
     
幸せで、楽しくて、なんだか可笑しくて、
笑う。

     
「楽しそうだな」
 思わずこぼれたクスクス笑いに、そう言われてしまった。
 けれど、美里だって、本当は笑いをこらえてるのを知ってる。同じくらい幸せを感じてくれてるって、柔らかく細められたその目を見れば分かる。
「くすぐったいんや」
 目をじっと見つめながらそう言ってみたら、やはりすぐに嘘だと気付いたらしい。
「すぐ、気持ちよくなる」
 わざと真面目な顔でそんなことを言うから、ますます可笑しくなる。だから、もうこらえるのを諦めた笑いと共に、尋ねてみた。
「美里は? 気持ちええ?」
「気持ちいいよ」
 すぐさまそう返した後、耳元へ唇を寄せて来る。
「雅善が笑うと、その振動が直に伝わってくるんだぜ」
 そのまま耳に歯を立てられて、思わず体が竦んだ。そして、当然の結果だとは思うけれど、クッと美里が息を詰める音が聞こえた。
「そろそろ、我慢できなくなっとるんとちゃう?」
 からかいを混ぜながら尋ねれば、そうかもな、とあっさり認める。
「でも、なんだか勿体ない」
「何が?」
「笑ってる雅善を、もっと見ていたいと思ってな」
 そう言ってニヤリと笑い返されたから、負けないくらいの微笑みで。
「でもワイは、ワイを感じて気持ちようなる美里を、もっと見たいて思っとるんやけど」
 そう告げた瞬間の驚いた顔に、してやったりとほくそ笑む。そして、美里の表情が苦笑顔へと変わって行くのを眺めた。
「すごい誘い文句だな」
「けど、キたやろ?」
「……キた」
 
  
 困ったなと笑う美里に、少しだけ首を伸ばしてキスを贈った。
  






その瞳を知っている。

ほんの少し離れた場所から仲間たちに向ける、
優しい目。
竹刀や防具のメンテナンスをする時の、
真剣で、楽しそうな目。
稽古や試合で対峙した時に見せる、
獲物を追う獣の目。
 
そして自分を抱く時の、
幸せそうに、細められる瞳。

< 終 >

 
 
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Eyes5話 自覚(美里)

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 目覚めた時、雅善の姿はなかった。
(気付かないほど、深く眠ってたのか……)
 溜め息と共に起き上がった。
 何度も果てて、やがて泣きながら意識を手放してしまった雅善を、抱き包むようにして眠ったのはおよそ6時間前で、時計は少し遅めの朝を指していた。
 
本当に、嫌がっていた。
怯えて、逃げたがる、体と心とを。
騙して、あやして、
時に脅して、追いつめて。
むりやり、感じている時の表情を暴いて、眺めた。

 
(お相子ってやつだろう?)
 そう思ってみるものの、どうにも、自分の方が分が悪いような気がしている。
 泣いて許して欲しいと頼まれさえしたのに、あんなに嫌がっていたのに……
 気絶するまで追いつめるつもりなんて無かったはずが、気付けば、もっともっとと際限なく煽る自分の中のもう一人の囁きに、従っていた。
  
 
  
  
 静かな部屋の中に、また一つ、溜め息が落ちた。



 
 変わらない日々が過ぎて行く。正確には、何もなかった頃と変わらない日々が。
 
 
雅善は、誘わなくなった。
 
 
 週が開けて顔を合わせた時、ためらって朝錬ギリギリの時間に顔を出した自分に、雅善は遅かったやないかと言って笑いかけてきた。懐かしい、笑顔だった。
 一瞬驚いて、けれど、ホッとしたのも事実。初めてキスを交わしたあの日から、自分には向けられなくなった笑顔に、正直戸惑いと苦い想いを抱いていた。
 雅善は前と変わらない笑顔を見せるようになったけれど、そのかわり、二人だけになるのを極端に避けるようにもなっていた。つい先日までとはまるで逆の行動に少々飽きれつつ、けれど、自分がしたことを思えば仕方がないかという気もした。
 
 
それが雅善の出した答えなら、それでもいい。
 
 
 何もなかったコトにして、何もかも忘れたフリをするのは、そんなに難しいことじゃないだろう。それなのに、いつまでたっても忘れられない。
 さすがに正面からじろじろと見ることは憚られたけれど、俯いた顔や横顔にあの夜の雅善を重ねてしまう。嫌がって泣きながら、けれど、熱に浮かされて喘ぐ顔や声が、焼きついて離れない。
 
もう一度、見たい。
もう一度、聞きたい。
  
もっと、感じさせたい。

 
「雅善!」
 部活を終えた帰り掛け、腕を掴んで呼び止めた。どうやら酷く驚かせてしまったらしく、ビクリと体が跳ねる。
「話があるんだ」
 怖々と振り向いた雅善に告げれば、ゴクリとツバを飲み込んでから、掠れかけた声でわかったと答えた。
「……ほな、今日ん夜、美里んトコ行く。それで、ええやろ?」
「わかった」
 待っていると付け加えて、腕を離す。
「ほな、また後で」
 こわばった顔での挨拶。もう一度その腕を掴んで引き寄せてしまおうかとさえ思って、けれど、駆け出してしまった雅善に伸ばしかけた腕は届かなかった。

 

 

「ワイのこと、殴ってええから、それで許したってって言うんは、あかんか?」
「は?」
 ドアを開いた先、思い詰めた表情の雅善にいきなりそう告げられて、意味がわからなくて思わず声のトーンが少し上がる。
「嫌やったんやろ? ワイが誘って、むりやり抱かせとったんは。友達のまんまで居りたかった美里の気持ち、わかっとったけど、でもホンマはワイのこと好きなんやろうって、勘違いしとった。美里の目に、翻弄されたんは、ワイのせいやな」
「俺の、目……?」
 そう言えば何度か、何故見ているのかと尋ねられた事があったと思い出す。何か言いたいことがあるのじゃないかと尋ねられ、特に意識して見ていた訳ではなかったから、別に無いと返したはずだ。けれど、見られていた方にしてみれば、いい気はしなかっただろうと想像がつく。
 イライラした調子の雅善と目があった記憶は、言われて見ればかなりの数だ。あれは、自分が知らずに見つめていた時だったのだと知る。
 そして、その目を、勘違いしたのだと雅善は言う。
 どんな視線で見ていたのか、自分ではわからない。けれど少なくとも、誘って見ようという気にさせるほどのしつこさで、見つめていたのだろう。そうだったのかと、少なからず納得させられた。
「嫌やったらもっと本気で嫌がったらええんやって文句言いたなるけど、美里には出来んって、きっとわかっとった。わかっとって、むりやり誘って、抱かせて……怒らせてもうた」
 別に怒っていた訳じゃないと告げる間もなく、話すうちにだんだんと俯いてしまった雅善は更に言葉を紡いで行く。
「ワイが誘った回数に対して、この前のあれくらいで、許せへんかもしれんけど。あんな風に抱かれるんは、嫌やねん。自分勝手なことしとるって、わかっとるけど。けど、代わりに気ぃすむまで殴ってええから……」
 話しきったのか、そこで口を閉じた雅善にどう言葉を掛けていいのかわからず、口からは溜め息が零れた。恐がるように、雅善はビクリと体を震わせる。
「……それとも、抱かれへんとあかんか?」
 ゆるゆると顔を上げた雅善は、泣きそうな表情をしていた。
「この前は、悪かった。あんな風に追いつめるつもりはなかったんだ」
「美里が謝る必要なんて、あれへん。ワイも、美里に同しコトしとったんやし」
「違うだろ。誘ったのはお前だけど、誘わせたのは、俺だったんだな」
 
俺のせいにして、かまわないのに。
俺のせいにして、逃げてしまえばいいのに。
    
俺は、たくさん傷つけただろう?

    
「お前は多分、間違ってない。俺は、きっと、お前が好きだ」
「何、言うて……」
「俺は別に、むりやり抱かされた事を怒ってなんかいない。嫌だったのは、お前が笑わなくなったことと、抱けって迫るくせに、辛そうな顔ばかりしているのが耐えられなかったからだ」
 抱きたいなんて意識したこともなかったから、そんな行為で自分達の関係が変わって行くのは確かに嫌だった。けれど、誘われて、煽られて、雅善を感じることに嫌悪したことはないのだ。
「俺は、いつも痛みをこらえて、泣きそうな顔で抱かれるだけのお前を、ちゃんと感じさせたかっただけなんだ」
「けど、ワイが誘わんかったら、美里は何も気付かへんまんまで、友達のまま居れたやろ。男同士で、こんなコトするんは間違っとるってわかっとるのに、わかっとって誘ったんやで。だからワイは、美里が感じてくれるだけでええって、そう思っとった」
 怒っていいんだと言う雅善に、怒りの感情などわくはずもない。それより、今までの自分達の行動を振り返った反省なんかよりも、もっとずっと重要なことがあると気付いて笑いかける。
「なぁ、俺を誘うのは、雅善は俺のことが好きなんだって、そう思っていいんだろう?」
 突然何を言い出してるのだと言わんばかりの、驚きの表情。
「俺は、好きだよ、雅善のことが。抱きたいし、感じて欲しい。あんなに抱き合ってたのに、俺もお前も、一度も好きって言わなかったんだ」
「言えるような、雰囲気やなかったで」
「だから、今、言ってくれって頼んでるんだ」
「…………好きやで、美里」
 随分待たされた後に告げられたそれは、囁くような小声だった。けれどその柔らかな声音は、はっきりと耳に届いた。
「キスしても、いいか?」
 雅善は柔らかな口調と困ったような苦笑で アホ ともらしながら家の中まで入ってくる。そして二人見つめあい、閉まる扉に隠れながら、『最初』のキスを交わした。

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Eyes4話 美里の家で

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「泊りにこないか?」
 それは金曜の夜。時間は9時をまわっていた。
「今からか?」
「明日、学校も部活も無いだろう?」
「せやけど……なぁ、それって、誘ってくれとるん?」
 少しだけ冗談めかして尋ねる。
 美里から誘ってきたことなんて無いから、期待なんてしない方がいい。十分わかっていて、それでもやはり、心のどこかで期待している。
「雅善が、疲れてないようなら……」
「今から、行く」
 躊躇いがちに告げられたセリフに即答して、電話を切った。親に一言だけ断って、家を飛び出す。
 
嬉しかった。
 
「早かったな」
 玄関先で掛けられた言葉に、さすがに顔が熱くなる。浮かれて、駆け足で来てしまったことを、笑われているような気がした。
「美里の気が、変わらんうちに来たかったんや。美里から誘うくれたんは、初めてやんか」
「ああ、そうだな」
 優しい口調に少しだけ、ホッとするような不思議な気分を味わった。
「親、いないんか?」
 階段を登りながら、いつ来ても静かな家の中が気になって尋ねる。
「居たら、泊りに来いなんて電話を、わざわざ掛けると思うか?」
 泊まりがけで出掛けたと言う言葉が返ってきた。帰って来るのは日曜の夜だとも。
「さすがに、一人の夜は寂しいんか?」
 本当にそう思っただけだったのに、返ってきたのは呆れたようなため息がひとつ。
「今更だろ。親の居ない夜になんて、慣れてるさ。ただ、明日が休みだから、たまにはちゃんとしてみてもいいかと思ったんだ」
「ちゃんと……?」
「いつも一方的に、むりやり抱かせてる自覚、あるだろう?」
 返事をする前に、美里の部屋の前に着いた。この部屋の中で、抱かれたことがないとは言わない。親が共働きで不在な事が多いと知って、押しかけたことは何度もあった。けれど、いつもとは違う美里に、頭の中で警戒信号が点滅している。
「俺が、抱かせて欲しいと誘ってもかまわないんじゃなかったのか? それとも俺は、お前が抱かれたい時に、都合よく相手をさせるための存在か?」
 部屋へ一歩踏み入った場所から振り返って、美里が誘う。
 優しい微笑みを浮かべてはいたけれど、その目は、笑ってなんかいない。いつも見せる、困っているような、怒っているようなものでもない。何か思う所があるのだろう、強い意思が見え隠れしている。
 その言葉は、頭をガツンと殴られるような衝撃をもたらした。
 
そんな風に思っていたなんて……
   
「雅善が、選んでいい。この部屋にそのまま入ってくるか、回れ右して自分の家に帰るか。ただし、俺 が、俺 の 意 志 で、お前を抱こうとしてるんだって、その覚悟はしておいた方がいい」
 そう言いながら、右手を差し出してくる。
 
美里が、
美里の意志で、
自分を求めてくれる。

 
 それは待っていた瞬間だったはずなのに、なぜか恐怖に似た感情で体が震えた。
 いや、理由はちゃんとわかっている。その瞳の中には、熱い想いのカケラすら見えなかったからだ。見たことのない瞳は、何を考えているのかが見えなくて恐い。
 けれど一歩踏み込んで、その手を取った。
 
 
 
 
傷つけられても、いい。

 

 

 正確には、傷ができるような行為は何もされなかった。
 覚悟した方がいいと言った、その言葉が、全く別の意味を持っていたということには、資料室で最初に誘った時以来のキスを、仕掛けられた時に気付いた。
 乱暴に、美里の欲望の赴くまま抱かれることを想像していた自分を裏切るように、ただそれだけを何度も繰り返す、優しいキス。やがて、くすぶりはじめる熱を自覚して、気付かされた。
 
 
いつも、自分が美里にしていることを、やり返されるということに。
煽って、むりやりに感じさせたいのだ。
ただ、挑戦的に直接の刺激で煽る自分とは、明らかに違う。
逆らうことを許さない優しさで、ゆっくりと焦らされる。

嫌だ。
逃げ出したい。
本気で、そう思った。

    

 美里を受け入れることに慣れはじめていた体は、あっさり心を裏切った。開かれる痛みしか知らなかった場所も、簡単に快楽を享受していく。まるで痛みを感じない行為に、罪悪感が押し寄せた。欲しいのは裁かれる痛みで、優しい快楽なんて、いらない。
 美里の指で、舌で、体で。感じさせてもらうほどの価値が、自分には、ない。
 
イヤや、とか。
やめて、とか。
許して、とか。

 
 それは、自然に零れ出て、何度も繰り返された言葉。
 
イイ、とか。
もっと、とか。
感じる、とか。
イかせて、とか。

 
 これは、むりやり引き出されて、繰り返すことを強要された言葉。
 声が枯れるほどに感じさせられて、それを、見られていた。じっと見つめてくる瞳はまっすぐで、けれど、感情が読みにくい。気持ちがまるで見えない不安と、恥ずかしさで、泣いた。
 
 
 目に見える表層には小さな傷一つ残らなかったけれど、目には見えない心の奥に、無数の傷が残った。

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Eyes3話 屋上で(美里)

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 背後で閉まる扉の音と、自分の溜め息とが重なる。平静な顔をして教室に戻る気にはなれず、チラリと腕時計を確認してから屋上へ向かった。
 昼休みが終わるまでにはまだ暫くの余裕がある。こつさえ掴めば簡単に開いてしまう錠を外し、少し重い金属の扉を押し開け、冷たくなってきた風の吹く外へと踏み出した。
 正面に見えているフェンスへ向かってまっすぐ歩いて行く。けれど、景色を眺めたい気分ではなかったから、フェンスに寄り掛かるようにして座った。
 この屋上でも、体を重ねたことがない訳じゃない。出入り口の扉のちょうど真裏で、壁に手をつかせた雅善を、後ろから抱いた。後ろからまわした腕で、少しでも、雅善にも快楽を与えようとしたのだが、酷く嫌がられたのを憶えている。
 抱かれたいと言って誘うくせに、感じている顔なんて、見せたことがない。
 
痛みをこらえているのがわかる。
泣きそうな顔をしていることがある。
そのくせ、誘う回数は増えていくばかりで。
 
唯一幸せそうな顔を見せる瞬間があるとすれば、
それは自分が達した後。
ホッとしたような、微笑。
    
抱かれたいんじゃなくて、
本当は、俺をイかせたいだけなんだろう?

 
 誘われて、煽られて、感じないわけがない。けれど、目に見える景色があまりにも痛くて。溜め息の数ばかりが増えて行く。

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Eyes2話 視聴覚室で

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体の痛みは、自分へ与えられる罰だ。
想いを隠してでも、友達のままでいたいと願っていた彼の目を、
抗えないように幾重にも罠を張って、快楽に弱い部分を引きずり出して、
むりやり自分へ向けさせた罰。

 
 いつも、困ったような、怒っているような、そんな表情で自分を抱く美里の瞳は、稽古の時に見せる獣の目に似ている。
 交わす言葉なんて、ない。自分の悲鳴を殺して、少しでも多く、相手の息を聞き取ろうと耳をすます。
 行為への嫌悪を滲ませながら、それでも高みへと駆け登っていく美里の、昇り詰める瞬間にもらす吐息が、好きだ。だから、その瞬間だけは薄く目を開いて、見つめる。
 
汗に濡れて湿った髪が、張り付く額。
眉間に刻まれる皺の深さは、そのまま快楽の大きさを示すようで。    
閉じられた瞳の奥、そこに映るのが自分だったらいいのにと願いながら。
薄く開いた唇からこぼれる甘やかな吐息に、「好き」の幻聴を聞く。

 
 額に落ちる髪を掻き上げて、その頭を自分の胸に引き寄せて抱きしめたいという衝動は、胸の奥へ押し込める。自分から触れることは、許されていない。
 受け入れることに少しの余裕が持てるようになってから、一度だけ腕を伸ばしたことがあったけれど、その髪に触れるよりも先に、驚いたように身を引かれてしまったからだ。だから2度目は恐くて伸ばせない。
 
感じられるんやから、ええやんか。
都合のええ性欲処理の相手とでも思っとき。
そう言って、誘った。
既に体の中の熱を持て余しているのを知っていて。
そんなものは望んでいないと、それでも嫌がる相手に顔を寄せて。
それとも、ワイが、襲ってもええ?
その一言は意外なほど良く効いた。

他の選択肢を奪って、
追いつめて、
怒らせて、
そうして、手にした関係が、コレ。

 
「余韻も何も、あったもんやないな」
 行為の後の甘い時間なんて、ある訳もない。息を整えるためのわずかな時間の後、あっさり離れていく熱が名残惜しい。だから、からかいを混ぜることでごまかす本音。
「当たり前だ。ここがどこかわかってないんじゃないのか?」
「わかっとるに、決まっとるやろ」
 暗幕の張られた薄ぐらい空間。滅多に使われる事のない視聴覚室の鍵を、職員室の鍵棚からこっそり持ち出してきたのは当然自分。
 抱きあう場所なんて、選ぶ余裕がない。隙を見つけて、色々な場所へ引きずり込んだ。最初はいつも躊躇う相手の、熱を煽って体を繋ぐ。自分の快楽なんて初めから期待していないから、とにかく美里が感じられるようにと、それだけ。
 
不安で、仕方がない。
 
 むりやり関係を持ってから、熱い視線が注がれることはなくなった。しかし、焦らされることが無くなっても、素直になんて喜べなかった。自分を抱く時の美里の目にあの熱さはない。
 あの視線の意味を取り違えたなんて、思ってないけど。
(体の熱を引き出すのは簡単なんやけどな……)
 脅迫めいた関係に、美里の中の想いも何もかもを壊してしまったのだろうかという不安を、抱かれることで消そうとしている。
(なんとも思ってへん相手に、欲情したりせぇへんやろ?)
 そう自分に言い聞かせる反面。
(ホンマに性欲処理の相手として割り切っとったら……?)
 自分が言った言葉に、囚われてもいる。
「疲れてるんじゃないのか?」
 思わず零した溜め息を聞き取ったのか、訝しげに尋ねられた。
「かも、知れへんな」
 確かに、慣れてきたとはいえ、抱かれることで体に負担がかかっているのは事実だった。
「……だったら、こんな所でまで、誘わなきゃいいだろう」
「ええやんか。ワイが、抱かれたい言うとんのや。美里かて、ちゃんとイイ思いしとるやろ」
「…………」
 困ったような、嫌そうな顔。
「先、戻っとってや。ワイは、ここで少し休憩してから、戻る」
「……わかった」

 
 
 
 部屋を出て行く背中が、少しだけぼやけて見えた。

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Eyes1話 資料室で

>> 目次

 

その瞳を知っている。
ほんの少し離れた場所から仲間たちに向ける、
優しい目。
竹刀や防具のメンテナンスをする時の、真剣で、
楽しそうな目。
稽古や試合で対峙した時に見せる、
獲物を追う獣の目。
そして、自分に向けてくる、
熱く真摯な……

 
 
 
 
 ここに越してきたばかりの小5の秋、美里とは家の近くの道場で会った。
 多少は腕に自信があったから、その時その場で一番強かった彼に挑みかかったのは当然自分の方だったけれど、稽古を終えて帰ろうとした自分を引きとめたのは美里の方だ。
 それから3度の冬を越え、ようやく今年、初めて同じクラスになってからというもの、美里はなんだかすこし変だった。
 最初は気のせいかと思った。気のせいだと、思いたかった。
 自分だって、気付きたかったわけじゃない。
「言いたいことがあるんやったら、はっきり言うてや」
 教室で。部活前の部室で。帰り道で。そう口にすることができたのは、3回まで。
「え?」
「ワイのこと、見とったやろ。言いたいこと、あるんちゃうか?」
「いや、たまたまじゃないのか?」
 まるで、お前が意識し過ぎなのではないかと言わんばかりの対応。しかも、わかっていてとぼけているわけではないようだった。
 3回とも、そんな言葉のやりとりを繰り返し、だから、4回目以降は、言葉にして聞くことができなかった。
 

見てるくせに。
あんな風に、熱い視線で。
人のことを煽るくせに、
まるで自覚が無いなんて。
 
悔しくて、唇を噛んだ。

 

「ちょっと頼まれものしてくれるかい?」
 放課後、美里を置いてさっさと部活へ向かう予定が狂って、結局二人一緒に並んで部室までの廊下を歩いている最中。職員室の窓からヒョイと顔を出した担任の坂東は、手にした紙をヒラヒラと振った。
「二人でこれ運んで来て」
「ワイら、これから部活なんやけど……」
 思わず逆らった自分に、坂東はニコリと笑って担任命令と返した。
「どっちか一人じゃあかんの?」
 出来れば、美里と二人だけでの仕事なんて、遠慮したいのに。
「二人で行けばすぐに済むよ」
 その言葉に、渋々頷いた。
「資料室の棚から、このメモに載ってる資料を持って来て欲しいだけだからね」
 半ばむりやり渡されたメモを手に、仕方なく、社会科の資料室へと向かうために回れ右で今来た廊下を戻る。
「機嫌が悪そうだな」
 本当にさっさと仕事を終えたくて、自然と足早になる自分のやや後方を付いて来るように歩いていた美里から、声が掛かる。
「……別に、そんなことあれへん」
「そうか? お前にしては、珍しく渋ってたじゃないか。ちょっとした用事なんて、いつもなら一つ返事で引き受けるくせに」
 美里と二人だけになりたくないなんてことは言えず、部活が待ち遠しかったのだと答えて濁した。
「……なら、さっさと資料を探して、戻らないとな」
 返答までに少しだけあいた時間が、納得しきっていない美里の心をあらわしている。けれど、選ばれた言葉は、自分の言葉を受けてのちゃんとした返答だ。
 その素直さが、自分を苛つかせる。

それが、彼の優しさだとわかっていて。
その優しさは、誰に対しても向けられるモノだと知っているから。
そんなことに胸が痛い自分に、どうしようもないほどイライラして。

「せやな」
 それだけ返して、先を急ぐ。
 やがて見えて来た資料室に逃げ込むように入って、そこで渡されたメモを初めて開けば、全部で4つのファイル名が記されていた。
 上に記された2つを自分が、下の2つを美里が探すことをその場でサッと決める。後は五十音順にきちんと整理されているはずの資料から、それを抜き出せばいい。
 けれど、資料室の棚は結構高い位置まで伸びていて、上の方の資料を取るには備えつけの台を持ってこなければ届かない。
「チィッ」
 メモに書かれたファイルの、およその位置を判断して、思わずこぼれる舌打ち。
 先にもう片方のファイルを抜き出した後、仕方なく、部屋の隅に置かれていた台を取りに行きそれに登った。
 並んだファイルの背に書かれたタイトルに目を通しながら、目的のファイルを探す。やっと見付けて手を伸ばしかけた時、気付く視線。

既に慣れ親しんだといっても過言ではないかもしれない、
その、熱い視線に、
胸の奥が焼ける。

 わずかに持ち上げた手はその場で凍りつき、振り向くべきか迷う一瞬。そして結局、誘われるように振り向いてしまうのだ。
 その瞳に帯びた熱は、目があった瞬間にいつも消えて無くなってしまうけれど。目が合う瞬間まで灯っている熱を確認するのもまた、いつものこと。
「……ヨシ、ノリ」
 ほんの少し息を吸ってから、上擦りそうになる声をなんとか押さえて、困ったなと言うニュアンスを目一杯表現しながら、ゆっくりと名前を呼んだ。
「どうした? 見付からないのか?」
 既にいつもの、『友達』としての瞳に戻った美里は、その素直さであっさりと騙されてくれ、心配そうに近づいて来る。
 そして、ほんの少し目を細めるようにして、なんて言うファイルだったかな、なんて呟きながらも、下からファイルを探してくれる。
「あれじゃないのか?」
 あるべき所にキチンと並んでいたのだから当然だが、あっさりと目的の物を見付けた美里は、ファイルへ向けて指を伸ばす。棚には背を向けたままで、その伸びた指を、捕らえた。
 スラリと伸びた長い指は爪の形まで綺麗だ。
 傍から見れば親友と呼べる程の近さにいるくせに、そんなことにも、今更気付いた。その瞳が強烈なせいか、手先にまで意識が向いてなかったのだろう。
 不思議そうに見つめてくる瞳を睨みつけながら、直に触れたのは実際数えられるほどしかないだろうその指に、少しだけかがんで唇を寄せる。
 驚きに大きく開かれた瞳に満足しながら、口の中に含んだ指を、丁寧に舐めあげた。
 そんな行為に、男が想像することなんて限られている。わかっているから、なおさらそれを意識させるように。友人にむりやり渡されて、隠れて見たアダルトビデオの中のワンシーンを頭の中に思い描く。そして映像の中で女優がしていたように、舌をからませて、吸い上げて、わざと、音をたててみせる。
 
視線に煽られて、
熱くなるほど焦らされ続けることに、
そろそろ、限界だった。

 
 それは一つの賭けのようなものだ。
 いっそのこと、友情ごと壊れてしまえばいいという破壊的な衝動と、何としてでも認めさせてやりたい意地とが入り交じった、苦々しい思いの中。どんな反応が返って来るのかわからない恐怖に怯える、長いような一瞬だった。
 
 
そして、自分はその賭けに勝利したことを知る。
 
 
 呆然とされるがままに指を嬲られていた美里が、小さな声を漏らし、慌てて、それ以上声が零れない様にと眉間に皺を寄せて唇を噛む仕草まで、全てを見ていた。
 やがてうっすらと頬が染まるのを待って、ようやくその指を解放する。
 何か言いたそうで、けれど、何を言えばいいのか迷うように黙ったまま立ち尽くす美里をほんの少しだけ見つめた後、まるで何事もなかったかのように、むりやり自分を元いた現実へと連れ戻す。そしてようやく、美里に背を向けて目的のファイルへと腕を伸ばした。
「雅善」
 ファイルを引き出す背中へ向かって掛けられた呼び声は、無視した。
「雅善ッ!」
 再度繰り返す苛ついた声に、ことさらゆっくりと振り向いてやる。
「ワイに、欲情したんや」
 疑問符は付けずに決めつけるように告げて、久し振りに見せる悔しそうな顔を目の端に捕らえながら台を降りた。
 それ以上掛ける言葉が見付かるはずもなく、そのまま通り過ぎてしまえと歩き出した自分の腕を、美里が掴む。
「痛っ」
 思いのほか強く掴まれて、思わず小さな声を漏らした。しかし、そのまま腕を引かれて、棚に強く押え込まれる。
 衝撃に棚が揺れたが、ファイルが落ちてくるようなことはない。けれど、その衝撃は背中に確かな痛みを残した。
「お前が、誘ったんだ」
 睨みつける視線とは裏腹に、泣きそうな顔をしていた。
「ああ、そうやな」
 確かに、誘った。目に見える形で、あからさまに。
 
せやけど、そうせんかったら、いつまでも知らない振りしてたんやろ?
 
「けど、誘われて、感じてもうたんは、美里自身やで。隠さんでええよ。感じとったやろ?」
 そう言いながら、あざけるように笑ってみせる。それもまた、誘うことになるとわかっていた。
 
ここまで来たら、
もう、
落ちれる所まで落ちればいい。
     
優しい友達の瞳より、
キツク睨むその視線の方が、
よほど 『特別』 を感じる程、
自分は既に腐っているのだろう。

 
「お前も、俺も、男なのに……」
 苦しそうな呟きに、胸が痛まないわけではない。常識で考えたら、これはやはり 『いけないこと』 なんだとわかっている。
 だから……
 
ワイのせいにして、ええよ。
常識の中で生きていたかったんやろ?
むりやり暴いておいて、許してもらおうなんて、
思ってへんから、安心してや。

 
「ワ イ が 、誘っとんのや」
 その言葉で、やっと覚悟を決めたようだ。キツイ視線を瞼の奥へ隠して、顔を寄せて来た。
 
気持ちいいのか悪いのか。
触覚としては確かに 『悪い』 で、
精神的にはまぎれもなく 『いい』 と言える行為。

    
 触れただけですぐに離れた唇はもう一度重なって、確かめるようにゆっくりと、濡れた舌で舐められる。口を開けと言わんばかりに下唇に立てられた歯に従って、その舌を受け入れた。口内を乱暴に探られることに気持ち悪さを感じながら、それでも、感じていく。
 
ちゃんと、感じている。
自分の体も、相手の体も。

 
「ちゃんと感じられるんやから、きっと、大した問題はあれへんのやろ」
 やがて解放された唇で、そう囁いた。
 後悔が滲む美里の顔に、負けられないと思ったからだ。ここで、自分まで後悔してはいけないと思ったから、そう言うしかなかった。
 言葉にして、そう思い込むことで、自分を勇気づける。
「……戻らないと、先生が心配するな」
 けれど美里は、そっと視線をそらした。
「そう、やな……」
 挫けそうになる気持ちを、職員室に着くまでにはどうにかしなければ。
 来た時とは逆に、美里の背中を苦い想いを抱いて見つめながら、けれど、確かに動きはじめた何かを感じていた。
 何もなかったことにはさせないと誓う。
 
 
 
 
 たとえ美里が、友達のままでいたいのだとしても。

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