Eyes4話 美里の家で

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「泊りにこないか?」
 それは金曜の夜。時間は9時をまわっていた。
「今からか?」
「明日、学校も部活も無いだろう?」
「せやけど……なぁ、それって、誘ってくれとるん?」
 少しだけ冗談めかして尋ねる。
 美里から誘ってきたことなんて無いから、期待なんてしない方がいい。十分わかっていて、それでもやはり、心のどこかで期待している。
「雅善が、疲れてないようなら……」
「今から、行く」
 躊躇いがちに告げられたセリフに即答して、電話を切った。親に一言だけ断って、家を飛び出す。
 
嬉しかった。
 
「早かったな」
 玄関先で掛けられた言葉に、さすがに顔が熱くなる。浮かれて、駆け足で来てしまったことを、笑われているような気がした。
「美里の気が、変わらんうちに来たかったんや。美里から誘うくれたんは、初めてやんか」
「ああ、そうだな」
 優しい口調に少しだけ、ホッとするような不思議な気分を味わった。
「親、いないんか?」
 階段を登りながら、いつ来ても静かな家の中が気になって尋ねる。
「居たら、泊りに来いなんて電話を、わざわざ掛けると思うか?」
 泊まりがけで出掛けたと言う言葉が返ってきた。帰って来るのは日曜の夜だとも。
「さすがに、一人の夜は寂しいんか?」
 本当にそう思っただけだったのに、返ってきたのは呆れたようなため息がひとつ。
「今更だろ。親の居ない夜になんて、慣れてるさ。ただ、明日が休みだから、たまにはちゃんとしてみてもいいかと思ったんだ」
「ちゃんと……?」
「いつも一方的に、むりやり抱かせてる自覚、あるだろう?」
 返事をする前に、美里の部屋の前に着いた。この部屋の中で、抱かれたことがないとは言わない。親が共働きで不在な事が多いと知って、押しかけたことは何度もあった。けれど、いつもとは違う美里に、頭の中で警戒信号が点滅している。
「俺が、抱かせて欲しいと誘ってもかまわないんじゃなかったのか? それとも俺は、お前が抱かれたい時に、都合よく相手をさせるための存在か?」
 部屋へ一歩踏み入った場所から振り返って、美里が誘う。
 優しい微笑みを浮かべてはいたけれど、その目は、笑ってなんかいない。いつも見せる、困っているような、怒っているようなものでもない。何か思う所があるのだろう、強い意思が見え隠れしている。
 その言葉は、頭をガツンと殴られるような衝撃をもたらした。
 
そんな風に思っていたなんて……
   
「雅善が、選んでいい。この部屋にそのまま入ってくるか、回れ右して自分の家に帰るか。ただし、俺 が、俺 の 意 志 で、お前を抱こうとしてるんだって、その覚悟はしておいた方がいい」
 そう言いながら、右手を差し出してくる。
 
美里が、
美里の意志で、
自分を求めてくれる。

 
 それは待っていた瞬間だったはずなのに、なぜか恐怖に似た感情で体が震えた。
 いや、理由はちゃんとわかっている。その瞳の中には、熱い想いのカケラすら見えなかったからだ。見たことのない瞳は、何を考えているのかが見えなくて恐い。
 けれど一歩踏み込んで、その手を取った。
 
 
 
 
傷つけられても、いい。

 

 

 正確には、傷ができるような行為は何もされなかった。
 覚悟した方がいいと言った、その言葉が、全く別の意味を持っていたということには、資料室で最初に誘った時以来のキスを、仕掛けられた時に気付いた。
 乱暴に、美里の欲望の赴くまま抱かれることを想像していた自分を裏切るように、ただそれだけを何度も繰り返す、優しいキス。やがて、くすぶりはじめる熱を自覚して、気付かされた。
 
 
いつも、自分が美里にしていることを、やり返されるということに。
煽って、むりやりに感じさせたいのだ。
ただ、挑戦的に直接の刺激で煽る自分とは、明らかに違う。
逆らうことを許さない優しさで、ゆっくりと焦らされる。

嫌だ。
逃げ出したい。
本気で、そう思った。

    

 美里を受け入れることに慣れはじめていた体は、あっさり心を裏切った。開かれる痛みしか知らなかった場所も、簡単に快楽を享受していく。まるで痛みを感じない行為に、罪悪感が押し寄せた。欲しいのは裁かれる痛みで、優しい快楽なんて、いらない。
 美里の指で、舌で、体で。感じさせてもらうほどの価値が、自分には、ない。
 
イヤや、とか。
やめて、とか。
許して、とか。

 
 それは、自然に零れ出て、何度も繰り返された言葉。
 
イイ、とか。
もっと、とか。
感じる、とか。
イかせて、とか。

 
 これは、むりやり引き出されて、繰り返すことを強要された言葉。
 声が枯れるほどに感じさせられて、それを、見られていた。じっと見つめてくる瞳はまっすぐで、けれど、感情が読みにくい。気持ちがまるで見えない不安と、恥ずかしさで、泣いた。
 
 
 目に見える表層には小さな傷一つ残らなかったけれど、目には見えない心の奥に、無数の傷が残った。

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Eyes3話 屋上で(美里)

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 背後で閉まる扉の音と、自分の溜め息とが重なる。平静な顔をして教室に戻る気にはなれず、チラリと腕時計を確認してから屋上へ向かった。
 昼休みが終わるまでにはまだ暫くの余裕がある。こつさえ掴めば簡単に開いてしまう錠を外し、少し重い金属の扉を押し開け、冷たくなってきた風の吹く外へと踏み出した。
 正面に見えているフェンスへ向かってまっすぐ歩いて行く。けれど、景色を眺めたい気分ではなかったから、フェンスに寄り掛かるようにして座った。
 この屋上でも、体を重ねたことがない訳じゃない。出入り口の扉のちょうど真裏で、壁に手をつかせた雅善を、後ろから抱いた。後ろからまわした腕で、少しでも、雅善にも快楽を与えようとしたのだが、酷く嫌がられたのを憶えている。
 抱かれたいと言って誘うくせに、感じている顔なんて、見せたことがない。
 
痛みをこらえているのがわかる。
泣きそうな顔をしていることがある。
そのくせ、誘う回数は増えていくばかりで。
 
唯一幸せそうな顔を見せる瞬間があるとすれば、
それは自分が達した後。
ホッとしたような、微笑。
    
抱かれたいんじゃなくて、
本当は、俺をイかせたいだけなんだろう?

 
 誘われて、煽られて、感じないわけがない。けれど、目に見える景色があまりにも痛くて。溜め息の数ばかりが増えて行く。

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Eyes2話 視聴覚室で

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体の痛みは、自分へ与えられる罰だ。
想いを隠してでも、友達のままでいたいと願っていた彼の目を、
抗えないように幾重にも罠を張って、快楽に弱い部分を引きずり出して、
むりやり自分へ向けさせた罰。

 
 いつも、困ったような、怒っているような、そんな表情で自分を抱く美里の瞳は、稽古の時に見せる獣の目に似ている。
 交わす言葉なんて、ない。自分の悲鳴を殺して、少しでも多く、相手の息を聞き取ろうと耳をすます。
 行為への嫌悪を滲ませながら、それでも高みへと駆け登っていく美里の、昇り詰める瞬間にもらす吐息が、好きだ。だから、その瞬間だけは薄く目を開いて、見つめる。
 
汗に濡れて湿った髪が、張り付く額。
眉間に刻まれる皺の深さは、そのまま快楽の大きさを示すようで。    
閉じられた瞳の奥、そこに映るのが自分だったらいいのにと願いながら。
薄く開いた唇からこぼれる甘やかな吐息に、「好き」の幻聴を聞く。

 
 額に落ちる髪を掻き上げて、その頭を自分の胸に引き寄せて抱きしめたいという衝動は、胸の奥へ押し込める。自分から触れることは、許されていない。
 受け入れることに少しの余裕が持てるようになってから、一度だけ腕を伸ばしたことがあったけれど、その髪に触れるよりも先に、驚いたように身を引かれてしまったからだ。だから2度目は恐くて伸ばせない。
 
感じられるんやから、ええやんか。
都合のええ性欲処理の相手とでも思っとき。
そう言って、誘った。
既に体の中の熱を持て余しているのを知っていて。
そんなものは望んでいないと、それでも嫌がる相手に顔を寄せて。
それとも、ワイが、襲ってもええ?
その一言は意外なほど良く効いた。

他の選択肢を奪って、
追いつめて、
怒らせて、
そうして、手にした関係が、コレ。

 
「余韻も何も、あったもんやないな」
 行為の後の甘い時間なんて、ある訳もない。息を整えるためのわずかな時間の後、あっさり離れていく熱が名残惜しい。だから、からかいを混ぜることでごまかす本音。
「当たり前だ。ここがどこかわかってないんじゃないのか?」
「わかっとるに、決まっとるやろ」
 暗幕の張られた薄ぐらい空間。滅多に使われる事のない視聴覚室の鍵を、職員室の鍵棚からこっそり持ち出してきたのは当然自分。
 抱きあう場所なんて、選ぶ余裕がない。隙を見つけて、色々な場所へ引きずり込んだ。最初はいつも躊躇う相手の、熱を煽って体を繋ぐ。自分の快楽なんて初めから期待していないから、とにかく美里が感じられるようにと、それだけ。
 
不安で、仕方がない。
 
 むりやり関係を持ってから、熱い視線が注がれることはなくなった。しかし、焦らされることが無くなっても、素直になんて喜べなかった。自分を抱く時の美里の目にあの熱さはない。
 あの視線の意味を取り違えたなんて、思ってないけど。
(体の熱を引き出すのは簡単なんやけどな……)
 脅迫めいた関係に、美里の中の想いも何もかもを壊してしまったのだろうかという不安を、抱かれることで消そうとしている。
(なんとも思ってへん相手に、欲情したりせぇへんやろ?)
 そう自分に言い聞かせる反面。
(ホンマに性欲処理の相手として割り切っとったら……?)
 自分が言った言葉に、囚われてもいる。
「疲れてるんじゃないのか?」
 思わず零した溜め息を聞き取ったのか、訝しげに尋ねられた。
「かも、知れへんな」
 確かに、慣れてきたとはいえ、抱かれることで体に負担がかかっているのは事実だった。
「……だったら、こんな所でまで、誘わなきゃいいだろう」
「ええやんか。ワイが、抱かれたい言うとんのや。美里かて、ちゃんとイイ思いしとるやろ」
「…………」
 困ったような、嫌そうな顔。
「先、戻っとってや。ワイは、ここで少し休憩してから、戻る」
「……わかった」

 
 
 
 部屋を出て行く背中が、少しだけぼやけて見えた。

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Eyes1話 資料室で

>> 目次

 

その瞳を知っている。
ほんの少し離れた場所から仲間たちに向ける、
優しい目。
竹刀や防具のメンテナンスをする時の、真剣で、
楽しそうな目。
稽古や試合で対峙した時に見せる、
獲物を追う獣の目。
そして、自分に向けてくる、
熱く真摯な……

 
 
 
 
 ここに越してきたばかりの小5の秋、美里とは家の近くの道場で会った。
 多少は腕に自信があったから、その時その場で一番強かった彼に挑みかかったのは当然自分の方だったけれど、稽古を終えて帰ろうとした自分を引きとめたのは美里の方だ。
 それから3度の冬を越え、ようやく今年、初めて同じクラスになってからというもの、美里はなんだかすこし変だった。
 最初は気のせいかと思った。気のせいだと、思いたかった。
 自分だって、気付きたかったわけじゃない。
「言いたいことがあるんやったら、はっきり言うてや」
 教室で。部活前の部室で。帰り道で。そう口にすることができたのは、3回まで。
「え?」
「ワイのこと、見とったやろ。言いたいこと、あるんちゃうか?」
「いや、たまたまじゃないのか?」
 まるで、お前が意識し過ぎなのではないかと言わんばかりの対応。しかも、わかっていてとぼけているわけではないようだった。
 3回とも、そんな言葉のやりとりを繰り返し、だから、4回目以降は、言葉にして聞くことができなかった。
 

見てるくせに。
あんな風に、熱い視線で。
人のことを煽るくせに、
まるで自覚が無いなんて。
 
悔しくて、唇を噛んだ。

 

「ちょっと頼まれものしてくれるかい?」
 放課後、美里を置いてさっさと部活へ向かう予定が狂って、結局二人一緒に並んで部室までの廊下を歩いている最中。職員室の窓からヒョイと顔を出した担任の坂東は、手にした紙をヒラヒラと振った。
「二人でこれ運んで来て」
「ワイら、これから部活なんやけど……」
 思わず逆らった自分に、坂東はニコリと笑って担任命令と返した。
「どっちか一人じゃあかんの?」
 出来れば、美里と二人だけでの仕事なんて、遠慮したいのに。
「二人で行けばすぐに済むよ」
 その言葉に、渋々頷いた。
「資料室の棚から、このメモに載ってる資料を持って来て欲しいだけだからね」
 半ばむりやり渡されたメモを手に、仕方なく、社会科の資料室へと向かうために回れ右で今来た廊下を戻る。
「機嫌が悪そうだな」
 本当にさっさと仕事を終えたくて、自然と足早になる自分のやや後方を付いて来るように歩いていた美里から、声が掛かる。
「……別に、そんなことあれへん」
「そうか? お前にしては、珍しく渋ってたじゃないか。ちょっとした用事なんて、いつもなら一つ返事で引き受けるくせに」
 美里と二人だけになりたくないなんてことは言えず、部活が待ち遠しかったのだと答えて濁した。
「……なら、さっさと資料を探して、戻らないとな」
 返答までに少しだけあいた時間が、納得しきっていない美里の心をあらわしている。けれど、選ばれた言葉は、自分の言葉を受けてのちゃんとした返答だ。
 その素直さが、自分を苛つかせる。

それが、彼の優しさだとわかっていて。
その優しさは、誰に対しても向けられるモノだと知っているから。
そんなことに胸が痛い自分に、どうしようもないほどイライラして。

「せやな」
 それだけ返して、先を急ぐ。
 やがて見えて来た資料室に逃げ込むように入って、そこで渡されたメモを初めて開けば、全部で4つのファイル名が記されていた。
 上に記された2つを自分が、下の2つを美里が探すことをその場でサッと決める。後は五十音順にきちんと整理されているはずの資料から、それを抜き出せばいい。
 けれど、資料室の棚は結構高い位置まで伸びていて、上の方の資料を取るには備えつけの台を持ってこなければ届かない。
「チィッ」
 メモに書かれたファイルの、およその位置を判断して、思わずこぼれる舌打ち。
 先にもう片方のファイルを抜き出した後、仕方なく、部屋の隅に置かれていた台を取りに行きそれに登った。
 並んだファイルの背に書かれたタイトルに目を通しながら、目的のファイルを探す。やっと見付けて手を伸ばしかけた時、気付く視線。

既に慣れ親しんだといっても過言ではないかもしれない、
その、熱い視線に、
胸の奥が焼ける。

 わずかに持ち上げた手はその場で凍りつき、振り向くべきか迷う一瞬。そして結局、誘われるように振り向いてしまうのだ。
 その瞳に帯びた熱は、目があった瞬間にいつも消えて無くなってしまうけれど。目が合う瞬間まで灯っている熱を確認するのもまた、いつものこと。
「……ヨシ、ノリ」
 ほんの少し息を吸ってから、上擦りそうになる声をなんとか押さえて、困ったなと言うニュアンスを目一杯表現しながら、ゆっくりと名前を呼んだ。
「どうした? 見付からないのか?」
 既にいつもの、『友達』としての瞳に戻った美里は、その素直さであっさりと騙されてくれ、心配そうに近づいて来る。
 そして、ほんの少し目を細めるようにして、なんて言うファイルだったかな、なんて呟きながらも、下からファイルを探してくれる。
「あれじゃないのか?」
 あるべき所にキチンと並んでいたのだから当然だが、あっさりと目的の物を見付けた美里は、ファイルへ向けて指を伸ばす。棚には背を向けたままで、その伸びた指を、捕らえた。
 スラリと伸びた長い指は爪の形まで綺麗だ。
 傍から見れば親友と呼べる程の近さにいるくせに、そんなことにも、今更気付いた。その瞳が強烈なせいか、手先にまで意識が向いてなかったのだろう。
 不思議そうに見つめてくる瞳を睨みつけながら、直に触れたのは実際数えられるほどしかないだろうその指に、少しだけかがんで唇を寄せる。
 驚きに大きく開かれた瞳に満足しながら、口の中に含んだ指を、丁寧に舐めあげた。
 そんな行為に、男が想像することなんて限られている。わかっているから、なおさらそれを意識させるように。友人にむりやり渡されて、隠れて見たアダルトビデオの中のワンシーンを頭の中に思い描く。そして映像の中で女優がしていたように、舌をからませて、吸い上げて、わざと、音をたててみせる。
 
視線に煽られて、
熱くなるほど焦らされ続けることに、
そろそろ、限界だった。

 
 それは一つの賭けのようなものだ。
 いっそのこと、友情ごと壊れてしまえばいいという破壊的な衝動と、何としてでも認めさせてやりたい意地とが入り交じった、苦々しい思いの中。どんな反応が返って来るのかわからない恐怖に怯える、長いような一瞬だった。
 
 
そして、自分はその賭けに勝利したことを知る。
 
 
 呆然とされるがままに指を嬲られていた美里が、小さな声を漏らし、慌てて、それ以上声が零れない様にと眉間に皺を寄せて唇を噛む仕草まで、全てを見ていた。
 やがてうっすらと頬が染まるのを待って、ようやくその指を解放する。
 何か言いたそうで、けれど、何を言えばいいのか迷うように黙ったまま立ち尽くす美里をほんの少しだけ見つめた後、まるで何事もなかったかのように、むりやり自分を元いた現実へと連れ戻す。そしてようやく、美里に背を向けて目的のファイルへと腕を伸ばした。
「雅善」
 ファイルを引き出す背中へ向かって掛けられた呼び声は、無視した。
「雅善ッ!」
 再度繰り返す苛ついた声に、ことさらゆっくりと振り向いてやる。
「ワイに、欲情したんや」
 疑問符は付けずに決めつけるように告げて、久し振りに見せる悔しそうな顔を目の端に捕らえながら台を降りた。
 それ以上掛ける言葉が見付かるはずもなく、そのまま通り過ぎてしまえと歩き出した自分の腕を、美里が掴む。
「痛っ」
 思いのほか強く掴まれて、思わず小さな声を漏らした。しかし、そのまま腕を引かれて、棚に強く押え込まれる。
 衝撃に棚が揺れたが、ファイルが落ちてくるようなことはない。けれど、その衝撃は背中に確かな痛みを残した。
「お前が、誘ったんだ」
 睨みつける視線とは裏腹に、泣きそうな顔をしていた。
「ああ、そうやな」
 確かに、誘った。目に見える形で、あからさまに。
 
せやけど、そうせんかったら、いつまでも知らない振りしてたんやろ?
 
「けど、誘われて、感じてもうたんは、美里自身やで。隠さんでええよ。感じとったやろ?」
 そう言いながら、あざけるように笑ってみせる。それもまた、誘うことになるとわかっていた。
 
ここまで来たら、
もう、
落ちれる所まで落ちればいい。
     
優しい友達の瞳より、
キツク睨むその視線の方が、
よほど 『特別』 を感じる程、
自分は既に腐っているのだろう。

 
「お前も、俺も、男なのに……」
 苦しそうな呟きに、胸が痛まないわけではない。常識で考えたら、これはやはり 『いけないこと』 なんだとわかっている。
 だから……
 
ワイのせいにして、ええよ。
常識の中で生きていたかったんやろ?
むりやり暴いておいて、許してもらおうなんて、
思ってへんから、安心してや。

 
「ワ イ が 、誘っとんのや」
 その言葉で、やっと覚悟を決めたようだ。キツイ視線を瞼の奥へ隠して、顔を寄せて来た。
 
気持ちいいのか悪いのか。
触覚としては確かに 『悪い』 で、
精神的にはまぎれもなく 『いい』 と言える行為。

    
 触れただけですぐに離れた唇はもう一度重なって、確かめるようにゆっくりと、濡れた舌で舐められる。口を開けと言わんばかりに下唇に立てられた歯に従って、その舌を受け入れた。口内を乱暴に探られることに気持ち悪さを感じながら、それでも、感じていく。
 
ちゃんと、感じている。
自分の体も、相手の体も。

 
「ちゃんと感じられるんやから、きっと、大した問題はあれへんのやろ」
 やがて解放された唇で、そう囁いた。
 後悔が滲む美里の顔に、負けられないと思ったからだ。ここで、自分まで後悔してはいけないと思ったから、そう言うしかなかった。
 言葉にして、そう思い込むことで、自分を勇気づける。
「……戻らないと、先生が心配するな」
 けれど美里は、そっと視線をそらした。
「そう、やな……」
 挫けそうになる気持ちを、職員室に着くまでにはどうにかしなければ。
 来た時とは逆に、美里の背中を苦い想いを抱いて見つめながら、けれど、確かに動きはじめた何かを感じていた。
 何もなかったことにはさせないと誓う。
 
 
 
 
 たとえ美里が、友達のままでいたいのだとしても。

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Eyes 目次

美里が無自覚に投げかける熱い視線に煽られて、自ら誘ってしまう雅善の話。
中学同級生。
3話と5話が美里の視点で、それ以外は雅善視点。

1話 資料室で
2話 視聴覚室で
3話 屋上で(美里)
4話 美里の家で
5話 自覚(美里)
6話 幸せな時間

 
 
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プリンスメーカー8話 エピローグ

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 ビリーの手を思い出すのが怖くて、ビリーが居なかった数ヶ月、ガイは一度も処理してはいなかった。そんな気が起きないほどに、働き尽くめだったというのもある。
 そう白状したガイを、ビリーは優しく抱きしめて、その手と口で、久々の快楽をガイの身体へ刻んだ。
 簡単に息を整えてから、ガイもお返しとばかりにビリーの下肢へと手を伸ばす。初めて告白された日から、何度もこんな夜を過ごしてきた。ビリーに女を買うことを禁止したのはガイだったから、自分だけがイかされて終わるわけにはいかなかったのだ。
 抵抗を感じたのは最初だけで、正直に快楽を示す手の中のモノも、熱い吐息を零すビリーの表情も、自分がそうさせているのだと思えば愛しさが勝った。
「待って、ガイ」
 伸ばした手を掴まれて、ガイは眉を寄せてビリーを睨む。
「睨まないでよ。自分で処理はしてたけど、断じて女なんて買ってないからさ」
「今夜も、自分でする言うんやないやろな」
「まさか。そんなこと、俺が言うわけないだろ。カラッポになるほど自分でした後でだって、ガイがしてくれるなら嫌だなんて言わないよ」
「ほな、なして止めるんや」
「城下町には色んなお店があってさ。お土産、買ってきたんだ」
 唐突に話が変わって、ガイは不思議そうにビリーの次の行動を待った。
「コレ。使わせて欲しいんだけど……」
 ビリーは小さな小瓶を取り出し掲げて見せた。
「なんやの、ソレ」
「男同士で抱き合っても、気持ち良くなれる薬だよ。ガイを、抱きたい」
「そ、れは……」
「躊躇うのはわかるよ。でも、絶対痛くはしないから。そのために、買ってきた薬なんだ。どうしても無理そうなら、途中でやめてもいい。だから、試させてくれないか」
 真剣に頼まれ、ガイはほんの少し迷った後で頷いて見せた。
 こんなに簡単に了承されるとは思っていなかったのか、ビリーは拍子抜けしたようだったが、なんでそんな気になったのかをガイは説明する気にはなれず、黙って服に手を掛ける。ビリーとのあっけない別れの後、ずっと、思っていたのだ。
 もっとしっかりその想いに応えていれば良かったと。
 別れは突然やってくるものだ。だったら、その時になって後悔しないように、やれることはやっておきたい。ビリーが言い続ける好きだという言葉に、ずっとガイの側に居たいのだというビリーの想いに。同じだけの言葉と想いを、態度で示してやりたかった。
 今までも何度か、ビリーはガイを抱きたいという気持ちを表に出す事があったから、男同士で何をどうするのかという知識は、ある。
 あるにはあるが、その分、羞恥も躊躇いも恐怖も大きい。いっそ何も知らないまま、感情の昂りに任せて奪われてしまったほうが楽だったのではないかと思う事すらあるが、順調に背を伸ばし、ガイを押さえ込むことも可能な程の成長を遂げた後も尚、そうしないビリーだからこそ、好きなのだ。
「で、ワイはどうすればええの?」
 うっすらと頬を染めながらも全ての服を脱ぎ去ったガイは、信じられないものを見る目でそれを見つめていたビリーへと問い掛ける。
「え、あ、こっちへ」
 ようやく正気に返ったビリーの差し出す手をとり、ガイは身体を寄せた。
 膝立ちになってビリーの肩に捕まるガイの足を、ビリーはそっと割り開く。その隙間に、薬を垂らした手の平を差し込んだビリーは、ガイが他人の手に触れさせた事などない秘所にゆっくりと薬を塗り込めていく。
 その場所で発生する違和感に、やはり拭いきれない嫌悪感や背徳感が混ざりあう。相手がビリーでなければ、さっさと逃げ出しているだろう。
「薬で滑るから、痛くはないだろ?」
 眉を寄せて息を詰めれば、心配げに問いかける声。ガイは湧き上がる感情を飲み込み、黙ったまま小さく頷いて見せた。
 あからさまにホッとした様子で、ビリーはその場所を広げる行為に没頭していく。
 何度も薬を継ぎ足し、ゆっくりと抜き差しを繰り返される指の感触に、やがて熱い吐息が零れ落ちる。膝が震えてしまい、ビリーの肩を掴む手にも力がこもる。
「あっ、はぁ……」
 その場所で快楽を感じることが出来ると、知識として知ってはいても、やはり不思議な感覚だった。
「どう? そろそろ、平気かな」
 そんなことをいちいち確かめないで欲しい。大丈夫かどうかなんて、初めての身にはわかりようがない。ビリーが弄り続けるソコは、指を抜き差しされるたびに、どんどん熱を増していくようだった。
「も、ビリー」
 ビリーに縋っても立って居られず、ガイはとうとう腰を落としてしまった。
 指を抜かれた後もジンと熱く痺れ、ビリーの指を惜しむようにヒクヒクと収縮を繰り返しているのがわかる。
「あ、あ、」
 恥ずかしいなどという感情よりも先に、どうしようもなく声が溢れて行く。身体の奥から湧き出してとまらない熱を、言葉と息に乗せて、少しでも冷まそうとするようにガイは口を開いた。
「ビ、リー……身体、熱い」
 助けて欲しい。
 早くこの熱を吐き出したくて、ガイはビリーの名を呼んだ。
「凄いな。これが、薬の効力なのか?」
 何事か呟いたようだが、聞き取れなかった。しかし、ビリーの口から吐き出された息が肌を掠めるだけでその場所がわななき、聞き返す余裕などない。
「ビリー、はよ、なんとかしてぇ」
 助けを求めて再度ビリーの名を呼べば、伸ばされた腕に抱きしめられた。
「ああんっ」
 自分でも驚くほどの甘い声が上がる。
 薬の影響なのか、どこもかしこも感度があがっているようだった。身体の内で渦巻く熱がもどかしくて首を振れば、クルリと向きを変えられて、ビリーに背後から抱きしめられた。そして、触れられてもいないのにトロトロと蜜を溢れさせるペニスを、キュッと握りこまれる。
「やぁぁぁっ!」
 経験したことのない痺れるような快感が走り、ガイは自分の発する高い声を、どこか遠くで聞いていた。
「どこもかしこも、ビンビンだな、ガイ」
 既に痛いほどしこった胸の先にもビリーの指が伸び、摘まんでクリクリと弄られる。ビリビリと身体中が痺れるような、強すぎる刺激に頭がどうにかなりそうだった。
「やぁ、やっぁ、ビリー、もう、お願いやから」
 ビリーの手で果てた事は何度もあったが、こんな風に熱を帯びた状態のまま、焦らされるのは初めてだ。早くイかせて欲しくて、ガイは涙の滲み始めた瞳でビリーを見つめながら懇願する。
 ゴクリと息を飲んでから、ビリーはようやくガイの身体を横たえた。どこかホッとしながら、ビリーが自身を取り出すのを待った。それは既に蜜が溢れて、はじけんばかりに硬くそそり勃っている。
 足を開かれ、ビリーがそっと覆いかぶさってくる。とうとう一つになるのだ。
 ガイは息を潜めてその瞬間を待った。
「んんっっ」
 指とは違う圧迫感。それでも、薬を使って丁寧に慣らされた身体は、苦痛よりも快楽を与えてくれた。
 ゾワリと走る快感に、肌が粟立ち熱い息が零れ落ちる。ゆっくりと身の内に入り込んでくるビリーを迎え入れるように、その場所が脈打つのがわかった。
「あ、ああ、あああ」
 より深く繋がるためか、腰を掴まれ引き寄せられる。決してビリーから逃げたいわけではなかったが、あまりに過ぎる快感に、身体が開放を求めてのたうった。
「ひぃっ、んんっ」
 逃がさないとでも言うように抱きしめられて、更に深いところを抉られる。小さな悲鳴があがった。
「ガイ。ガイ、好きだよ。大好きだ」
 耳元に響く声は甘く脳内を揺さぶるけれど、やはりどこか不安を帯びているようだった。
「ワイも……ワイも、好きや」
 無理矢理に声を絞り出せば、ビリーの顔が泣きそうに歪んだ。
「この先、なにがあっても。もう二度と、ガイの側を離れないからな」
 絶対に手放さないから覚悟してくれと、言葉とは裏腹に懇願するような声音。
「うん。ええよ」
 小さく笑ってやって、大きな背中をぎゅっと抱き返した。

< 終 >

 
 
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