追いかけて追いかけて20

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 結果的に、後輩男から受けた行為への嫌悪感を彼からの行為で上書きするみたいになったし、経緯を思い返せば自分からそれをねだったみたいになっているけれど、最初からそれを狙っていたわけではない。断固として違う。そんなことをさせたくて、して欲しくて、この誘いに乗ったわけじゃないのに。それを相手は、ただ自覚がないだけだと思っていたというのも、最初から嫌悪感を上書きしてくれるつもりだったという事実にも、なんだか酷く遣る瀬無い。
 ああだから、この部屋に入った後でさえ、興奮よりも優しさが目立つ態度ばかり目についたのかと納得してしまった。納得は出来たけど、でもなんだか少し、ガッカリしてもいるらしい。
 普段から気遣いの上手い人だし、自分と違って女を抱いたことも男を抱いたことも、それどころか抱かれたことまである人だから、そんなもんなのかと思ってしまった。相手のそんなしょうもない気遣いに気づかず、欲しい気持ちが本当なら貰ってって言われたことが嬉しくて、何を貰えるのかと期待して、今日ここで貰えるものは全部もらって帰るつもりで、きっと、この一度限りの彼との行為を大切な思い出として記憶することになるんだろうって、思ってた。
 時折チラついてしまう後輩男と、比較するみたいなことをして、相手が彼であることに安堵して、それを受け入れている、受け入れることが出来る自分を、まるで確認してるみたいな場面は確かに多々あった。それを上書き行為と言うなら、本当は否定出来ないのかもしれないけれど、それでもやっぱり違うって言いたいし、そんなことのために触れて欲しくはないのだ。
 こちらはすっかり全て脱がされた丸裸で、対する相手はシャワーすら浴びてないのでこの部屋に入った時と変わらぬ着衣状態だ、というのはしっかり把握していたし、向き合って見つめ合って冷静に会話できる気持ちの余裕はなさそうだったし、抱きついて相手の肩口に顔を伏せたまま抱きかかえられている体勢に甘え続けていたが、やっと頭を上げて相手の顔を見た。
 後悔と心配とが混ざったみたいな顔が、目があった瞬間に、反射みたいに優しく笑おうとする。バカだこの人と、失敗して歪んだ悲しい笑みに思う。
 顔を寄せて自分から唇を重ねて、それからまた凭れるみたいに抱きついた。
「俺、あの時、あなたの名前呼んだんですよ」
「あのとき、って」
 上ずるみたいな声に、相手の動揺が伝わってきて少し笑いそうになる。
「後輩男に、ヤラれかけてる時。無意識にあなたのこと呼んでて、それを指摘されて、そいつに抱かれてる気にでもなってんのかって言われて。どんなにあなたを好きだって、抱いてもくれない男の名前なんか呼ぶなって、無駄だって。あいつ、俺のこと、ノンケに辛い片想いを続ける健気なゲイって思い込んでたから」
 一呼吸置いてから、わざとらしく努めてゆっくり相手の名前を呼べば、困った声音がどういうつもりと問いかける。
「事実は違うって事を、俺もあなたも知ってるから、言っておいたほうがいいんだろうって思っただけです。あなたの好意を利用した上書き行為をねだったなんて、思って欲しくないから」
「そう……」
 しばしの沈黙の後、理解はするけど残酷だよという呟きと共に一度ギュウと強く抱きしめられ、それから投げ出されるみたいにベッドの上に転がされた。突然突き放されて驚いたし、見上げた顔の表情のなさにもっと驚いた。
「おこった、んです、か?」
「怒ってるってよりは悲しい、かな」
 乱暴されてる最中に思わず名前を呼ばれるほど想われていると知るより、好意を利用されて嫌な記憶を上書きする相手に選ばれたってだけで良かったのにと言って、相手はどうやら自嘲したようだった。表情が乏しくて、いまいちはっきりしないから、多分だけど。

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追いかけて追いかけて19

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 撫で回す余裕がなくすっかり落としたままだった腕を持ち上げて、相手の背を抱くようにまわしてから、やめないでと訴える。わかったの言葉とともに再開される耳へのキスに、抱きつく腕にはすぐに強い力がこもった。
 ゾワゾワして、気持ちが悪いような気がして、怖くて。でも同時に、ゾクゾクするのが気持ちがいいような気もするし、縋ってしまう腕の中の体に安堵も貰っている。
「ふ、……ふぅ……ぅっ……」
「声、我慢しないで」
 気持ち悪くて怖いのを抑え込んで、キモチイイを感じようと必死になりながら、彼の口で弄られ続ける耳に意識を集中させていたからか、歯を食いしばっている自覚はなかった。でもこれで顎の力を抜いてしまったら、何を口走るかわからない。
 ヤダとか怖い程度ならまだ、キモチイイのが嫌だとか、気持ちよすぎて怖いとか、言い訳が利きそうだけど。でも自分から続けて欲しいと頼んでおいて、気持ちが悪いのだと口走るわけにはいかないし、絶対に、気持ちが悪いのを耐えていると知られたくはなかった。なのに。
「大丈夫。気持ち悪いって、言ったって、大丈夫だから」
 宥めるような声音に、どうして、と思う。どうしてと思いながら、反射的に嫌だと返していた。
「やだっ。きも、ちぃ。きもちい。キモチイイ」
「ああうん。ごめん。きもちいね。気持ち良く、なってね。余計なこと言ったね。ごめんね。キモチイイね。気持ち良く、なろうね」
 馬鹿みたいにキモチイイと繰り返してやれば、相手も余計なことを言ったと謝り、キモチイイねと繰り返す。性的な興奮の薄い、甘やかすみたいに優しい声だ。
 泣きそうだと思ったし、そう思ってしまったらもうダメだった。腹筋に力を入れて、抱き縋る体に身を寄せる。涙の滲む目元を、相手の肩口に押し付ける。すぐに、自分の背にも相手の腕が回るのがわかった。
 体を起こすよと声がかかって、そのまま上体が引き上げられる。随分あっさりと、向き合って座りながら抱き合う体勢に持ち込まれた。見た目からひょろっと細くて、抱きしめた体だってやっぱり細身なのに、思った以上に力持ちなのが意外だった。驚いて、ちょっと涙が引っ込んだ。
 本当にごめんと繰り返されながら、宥めるように背を撫でられる。謝るべきはきっと自分の方なのに、あれこれ混乱したまま口を開くのが酷く怖くて、ただただ黙って彼の腕の中、気持ちが落ち着くのを待つ。気持ちが落ち着いたら、聞いて確かめないとならないことがあると、もう、わかっている。
「どこまで、知ってるんです、か」
 かなり長いこと待たせた後で、ようやく口を開いた。でもまだ顔は上げられそうにない。顔は相手の肩口に押し付けたままだし、腕は相手の背に回っているし、相手の腕も自分の背を抱いている。
「知ってるって、何を?」
「俺に起きた事。何をされたのか、そんな事まで詳しく調べられるものですか?」
「ああ、それか。そんなに詳しくは知らないよ」
「だから、それ、どこまで、ですか」
「うーん……抱かれる前には助け出された。ってくらいしか知らないというか、ちょっと調べたくらいで何されたのか詳細わかるような事はないよ」
 警察ではもちろん、何をされたかの詳細を話した。今のは、だからってその詳細が簡単に調べられるような状況にはなってない、という意味だ。安心していいよとは続かなかったけれど、そう言われたような気がしたし、実際、そんな詳細が流出してなくて良かったと思う気持ちはある。でも、じゃあ、なんで。
「でも、耳……」
「あー……それはまぁ、反応見てたらなんとなくってだけで、余計なこと言ったのは本当に自覚してるから」
 またしてもごめんと言われて、さすがに首を横に振った。もう、謝らなくていい。

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追いかけて追いかけて18

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 そう言えば、何もかもが受け身で、自分から相手に手を伸ばしたことはない。両手を持ち上げるように伸ばして、相手の頬を挟むように触れてみた。目の前の彼は、嬉しいの言葉通り柔らかな笑みをこぼすものの、何も言わない。こちらが次に何をするかを見守る気で居るらしい。
 腹筋に力を入れて、少しばかり上体を起こす。ゆっくりと相手の唇を自分から塞げば、近すぎてぼやける視界の中で、相手の目が笑うように細められたのはわかった。
 肩に掛かった力に従い腹に入れた力を抜けば、唇を合わせたまま、また背中にベッドマットの感触が押し付けられる。すぐにキスは深いものになったから、必死に応じて、流れ込んでくる唾液を飲み込んだ。
 口の中を探られても、互いの舌が触れ合って擦れても、唾液を飲まされても。嫌悪感はないしキスは多分気持ちがいい。
 キスを繰り返しながら体のあちこちを撫でていく彼の手も、時々くすぐったい以外はだいたい気持ちがいい。こちらも負けずと相手の体を撫で回そうとするものの、相手のくれる刺激に意識が拡散して、あまり上手くは行かなかった。
 こちらはシャワー後に備え付けの部屋着を着用しているから、相手の手が肌に直接触れるのも早かったし、すべて脱がされ丸裸になるのも早かった。もちろんわかっていて、自分からある程度協力したのもあるのだけれど、それにしたって器用だなとは思う。だってほとんどずっと、キスを続けたままだったから。
「好き、なんですか」
「うん?」
 唇が離れた隙に問いかければ、何をと言いたげにもう少し頭が離れて顔を覗かれる。
「キス、ずっとしっぱなし、だから」
 しゃべると口の中の違和感が増した。口の中のあちこちと、舌全体にじんわりとした痺れがまとわりついている。
「ああ、うん。嫌?」
「いや、ではないけど……」
「ないけど?」
 嫌悪感はないし、間違いなく気持ち良くても、さすがにもっともっとして欲しいって感じではないし、でも、したいならどうぞ続けて下さいとも思う。
「じゃあちょっと、口へのキスは一旦休憩してみようか」
 言い淀んだら何を察したのかあっさり引かれて、代わりとばかりに唇が落とされたのは耳元だった。ゾワッと肌が粟立って、それに気づいた相手がふっと小さく笑った吐息にさえ、ゾクゾクとした何かが背筋を走る。
「っぁ……」
 ちゅっと響いた音に、たまらず小さく声を零した。嫌悪、なのかもしれない。それともこれも気持ちがいいんだろうか。わからない。
「耳、ずいぶん敏感だね」
 楽しげな囁きに、泣きそうになった。耳に触れる唇は想う相手のもので、自分に覆いかぶさっているのは間違いなく彼だ。あの男じゃない。思い出すなと思うのに、耳に触れる相手の息も唇も舌も、気持ちが悪くてたまらなかったあの日の感触を思い起こさせる。
 ゾクリゾクリと体の中を貫いていくのが、快感からなのか恐怖からなのかわからない。わからない。わからないことが、怖い。
 混乱する中、耳へのキスを繰り返していた相手に、耳朶を食まれて吸われて体が震えた。
「ひっ……」
 わずかに零した悲鳴に、ピタリと相手の動きが止まる。酷く嫌な感じの沈黙に、どうしていいかわからないまま、ひたすら相手の次の行動なり言葉なりを待ってしまう。
「耳、いじられるのが嫌なら止める。感じちゃって辛いって話なら、続ける。どっちがいい?」
 耳の近くで語られて、吹き込まれる声にすら体が震えるのに、そう聞いてまっさきに思ったのは、止めて欲しくないだった。

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追いかけて追いかけて17

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 一緒にシャワーを浴びず一人でシャワーを済ませるということが、イコールで、相手は事前にシャワーを使わない。だなんて事がわかるはずがない。当然入れ替わりで相手もシャワーを浴びに行くのだろうと思っていたから、行かないよと言われたら戸惑うし、戸惑っている間にベッドの上に転がされていたし、こちらの戸惑いに相手はなんだか楽しそうに笑っているし、これは確かに狡くて悪い大人の顔って感じがすると思った。
 もっと狡く悪く立ち回っていいと言ったのは自分だ。深めの呼吸を繰り返しながら恐る恐る驚きと戸惑いで硬直している体の力を抜けば、こちらを押し倒す形で見下ろしている相手はますます楽しそうに笑っている。
「納得できないのにそんな態度見せてると、本当に好きなようにされちゃうよ?」
「していいって言ったの、自分なんで」
「ああ、そういう方向で納得しちゃうのか」
 信頼されてるなぁとしみじみこぼす顔は優しいから、信頼を裏切られる恐怖なんてない。
「してますよ、信頼。でも聞いていいなら、教えてください。なんで俺だけシャワー使わせたのかって」
「そうだね。中洗おうとするのなしで、一緒にシャワー浴びても良かったんだけどね。あんな強烈な誘い文句貰った直後に一緒にシャワーはこっちの理性がちょっと危なかった。から、一人で使ってもらったのは俺のためのインターバル。で、俺がシャワーを使いに行かないのは、そういった時間はもう必要がないから。逆に、君を一人でこの部屋に残すほうが問題」
 余計な思考を回しそうな手持ち無沙汰な時間はあげられないと言われて思わず納得した。
「ああ……」
 なるほど、とまでは口にしなかったけれど、こちらの納得は相手も感じたらしい。ふふっと優しく笑う顔は満足気だ。
「一応、どうしてもシャワー浴びてきてくれって言われたら、従うつもりはあるんだけど。というかあったんだけど、でも、大丈夫そうだよね?」
「はい」
「コンドームは絶対に使うし、触れとか舐めろとかは言わないけど、でももし、シャワー浴びてくれたら嫌悪感が減るかも、みたいな気分になった時は正直に教えて」
 じゃあ、触るよ。という宣言とともに近づく顔に待ったを掛ける。
「あの、多分、汚いとか思わないから、触るくらいは俺もしたい、んですけど……」
 シャワー浴びてくれたら、舐めるのだってチャレンジくらいはしてみたいんだけど。とは思ったけれど、さすがにそこまで言っていいのかは迷ってしまって止めた。シャワー浴びて貰っても、いざ目の前にしたら口を付けるのは無理かもしれないし、そうしたら相手の期待を無駄に上げるだけで終わってしまう。
 なんか、相手が男に抱かれたこともあるって知ってしまったせいか、相手任せで触れてもらうことばかり考えていた欲求に、自分からも触れてみたい欲が混ざり始めているのかもしれない。
 さっき、もし童貞貰ってって言っていたら、抱かれてくれる気が少しでもあったんだろうか。なんてことをチラリと思いながら、照れくささで伏せていた視線を相手へ向けた。思考時間はそう長くなかったと思うけれど、相手の反応のなさに、あっさり不安になったというのもある。
「あ、あの……」
 目が合った相手は、なんとも言えない微妙な顔をしていたから焦る。多分きっと、相当変なことを言ってしまったらしい。
「うん、ごめん。ちょっと待って」
 苦しげにそう言ってから、相手は大きく息を吐く。そのあとは笑顔を作ってくれたけれど、思いっきり苦笑交じりだから、なんだか本当に申し訳ない気分になる。
「あの、あの、変なこと言って、」
「あー違う違う」
 オロオロと謝罪を口にしかけたら、遮るように否定された。
「俺の体に興味があるわけじゃないんだろうって思ってたから、意外だっただけ」
 そんなことないですと、はっきり否定は出来そうにない。だってつい今しがた、似たような事を自分で考えていた。相手に触れてみたいなんて気持ちは、触れとも舐めろとも言わないって言われて初めて自覚した。そんなこと言わずに触らせてって思ってしまった。
「あと、触りたいって言われて、ちょっと理性が揺れただけ」
 煽る気ないのはわかってんだけどねと、やっぱり苦笑交じりに笑う顔が近づいてきて、軽いキスが一つ。
「もちろん、触ってくれたら嬉しいよ」
 こちらから手を伸ばしていいし、どこに触れたっていい。そうやってこちらから触れたがるのは、とても嬉しいことだと相手は言った。

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追いかけて追いかけて16

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 やがて仕方ないなと言った様子で、狡いのは承知で言うけど出来れば最後まで抱きたいと思っている、と言われたけれど、何が狡いのかがわからない。こっちだって、出来れば最後まで抱かれたいと思っているのに。
「俺も、そう思ってますけど……」
「うん。でも男同士のセックスって、それなりに準備必要だからね」
「それはまぁ、仕方ない、ですよね」
「そう。仕方ない」
 同意しながらも相手は困ったように笑って、どこまでわかって言ってるのと続けた。
「どこまで、って?」
「お腹の中、洗うことまで考えてる?」
「あぁ、それか……」
 酷く言いにくそうに告げられた内容に、そうか抱かれるならそういう事をしなきゃいけないのか、と思う。
 一応知識としては持っていた。ただ、妄想の中ではそういった現実的な手順なんて踏まないし、本格的なアナニー経験だってない。ペニスを弄りながら、アナルも一緒に撫でてみたり、指先を軽く埋めてみたりはしたけれど、ローションだのワセリンだのを使ってはっきりと自分で中に触れたことはなかった。
 ローションとゴムさえしっかり使えば、なんとかなるようなイメージもあるがどうなんだろう。
 ついでに言うなら、あの日、突っ込む気満々で来ていた後輩だって、お腹の中が綺麗かどうかなんて一切気にした様子がなかった。ただあの後輩に関してはなんの信用もないからな、とも思う。ローションとゴムを持参してたのはもちろん知ってるが、結果だけ言えば、洗っても居ない腸内に生指を突き立ててきたし、同居人の到着がもっと遅かったら、そのまま生ペニスをその場所に突っ込んでいただろう。頭に血が上っていたからって、衛生観念の欠片もない。
 ああ、余計なことを思い出しすぎた。
「知識はあるっぽいけど、まぁ、普通に考えて抵抗あるよね」
 嫌そうに顔を歪めてしまったのを、完全に別の意味で受け止めた目の前の相手が、小さく息をつく。
「一緒にシャワー浴びながら、必要な準備だよって言いくるめたら、もしかしたら納得してお腹の中洗わせてくれるかも。という期待のもと、出来れば事前に何も教えずに、バスルームに連れ込みたかったんだよね」
 失敗したけどねと言って相手はやっぱり苦笑する。
「抵抗感って意味なら、中を洗うことそのものより、あなたの手で洗われるってのが物凄く抵抗感じますけど。どうしても必要な準備だから中洗えってなら、自分でしますよ?」
「でも経験もなく一人で綺麗になんて出来ないでしょ。それとも経験有る? アナニーとかしてたりする?」
「いえ、ないです、けど」
「じゃあダメ。中途半端な洗腸ならしないほうがいいし、そうなる可能性のが高いから」
「しなくていいんですか?」
「うん。反応と態度次第で手順変えるって言ったろ。嫌がることさせる気ないもの。ただ、口で説明したら嫌だって言われることも、実際の反応見ながらお願いしたら、つい頷いちゃったり受け入れちゃったりする場合もあるよねというか、まぁ、悪い大人でごめんね?」
 色んな下心ありまくりでどうしても狡くなっちゃうんだよと自嘲気味に笑われて、やっぱり首を傾げてしまう。
「そんなの、お互い様で良くないですか。恋人にもセフレにもなれないのに、誘いに乗って抱いて貰おうとしてる俺だって、たいがい狡いし悪いと言うか、酷いことしてるって自覚、ありますけど」
 むしろ自分のほうがよっぽど狡くて酷い真似を相手にしている気がするのに。
「ああ、俺に酷いことしてるって、思ってるんだ」
「そりゃまぁ」
 この誘いに乗ること以外にも、本当にいろいろと酷い真似をし続けてきている。自覚は有る。
「だから、別に狡いだの悪いだの気にしなくていいです。俺が嫌がって怖がって拒否することを強要する気がないのはわかってますし、納得できないと頷けないことも多いと思うんでこの後も手間かけさせちゃうと思いますけど、でも、俺が流されて頷いて受け入れることに関しては罪悪感とかいらないです。むしろもっともっと狡く悪く立ち回って、俺に気づかせないまま、あなたの好きなようにして欲しい」
 言えば、最初少し驚いた様子で、次にはおかしそうに、でもどこか嬉しそうに、柔らかく笑って見せる。優しい笑顔を見せられると、それだけで少しホッとする。
「うん。すごい誘い文句だった。でもわかったよ」
 じゃあ一人でシャワーを浴びておいでと残し、彼は脱衣所を出ていった。

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追いかけて追いかけて15

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 部屋に入ったらの言葉通り、扉が閉まったと同時に振り返った相手に何度も繰り返しキスされた。最初だけはただ触れるだけのキスだったけれど、一度僅かに離れて触れる度に少しずつそれは変化して、彼の舌を口内に受け入れる頃には背後の扉に完全に背を預けてしまっていた。
 個室居酒屋や車の中ではそこまで意識しなかったけれど、並んで立てば二人の身長差は歴然だ。ひょろりとして見えたって目の前に立たれれば当然圧迫感はある。でも相手と背後のドアとの間に挟まれて、こちらの僅かな抵抗などは完全無視でやや強引にキスを続けられていても、嫌悪感はわかない。その事実に安堵しながら、重力に従い流れ込んでくる相手の唾液を喉の奥に落とした。
 それが合図だったとでも言うように、ようやく相手の顔が離れていく。濡れた唇を相手の指が拭っていくのに合わせて、途中から閉じていた瞼をどうにか押し上げれば、優しく慈愛に満ちたような目とかち合ってしまって戸惑うしかない。
 執拗なキスを繰り返していた興奮だってないわけじゃなくて、頬はかすかに上気していたしキスの名残で濡れた口元は嬉しげに口角があがっている。でもやっぱり全体的な雰囲気が、あんなキスの後だと言うのに生々しさが薄くて酷く優しい。
「あの……」
「俺の唾液飲まされても、嫌じゃなかったね?」
「それ、確認必要ですか?」
「あまり必要ないね。でも、なんでそんな顔をしてるのって、思ってるみたいだったから」
 拒否されなかった安堵と受け入れてもらえた愛しさだよと言った相手は、ありがとうと続ける。一体なんのありがとうかわからない。そう思ったら、俺を欲しがってくれてありがとうと言い直された。どんだけ顔に出てるんだ。
「じゃ、次は一緒にシャワーを浴びようか」
 言いながらこちらの手を取った相手が部屋の奥へと促してくるが、もちろん咄嗟に対応できるはずもなく、口からこぼれたのは疑問符の乗った音だけだ。
「は?」
「洗ってあげるよ」
「え、いや、ちょっと」
「大丈夫。俺も勃ってる」
 え、勃ってるんだ。という驚きに捕らわれている内に、あっさりバスルームの脱衣所だったわけだけれど、これは相手の手際が良すぎるってことでいいんだろうか。
 服を脱がそうと伸びてくる手から逃れるように身を捩って、ちょっと待ってと訴える。待って貰えないかと思ったけれど、相手はこちらに伸ばしていた手を引っ込めた。
「一緒にシャワー浴びるのの、何が問題?」
「何って……」
 聞かれても何が問題なのかはわからなかった。そもそも何で抵抗しているのかも良くわからない。一緒にシャワーを浴びるという手順が自分の中に存在していなかったから、ただ戸惑ったというだけな気がしてくる。
「手順がわからない、のが、嫌……みたいな?」
「あー……なるほど」
 それもなんだか違う気がすると思いながら口に出してみたけれど、相手はそれに納得がいった様子だ。けれど少し考える素振りを見せた後、相手は困ったように苦笑する。
「らしいと言えばらしいけど、そっちの反応と態度次第で次の手順大きく変わるような事だから難しい、かな。言葉で先に説明することで、身構えられても嫌ってのも大きい」
「それ、言ったら身構えるようなことをする予定があるって、言ってますよね」
「そうだね」
 すでに身構えちゃったよねと苦笑を深くした相手は、どうしようかなと言った後で口を閉ざした。

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