別れた男の弟が気になって仕方がない27

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 辛い恋を抱えている子が可愛くて、つい慰めるような真似をしたくなる性癖のせいで、おかしな噂が立ってしまった事がある。
 曰く、抱いて貰うと恋が叶う、らしい。
 たまたま、自分と寝た後で本命とうまく行った相手が数人続いてしまったせいだ。
 もう随分と前になるけれど、特定のパートナーを持たず、頻繁に、続かない相手とわかっていても関係を持っていた時期がある。若かったから持て余し気味の性欲があったし、抱かれる側はやらないし、それなりに大柄なので二人きりの空間で自分相手にむりやり何かが出来る相手なんてそう居ない。という部分で、自分さえしっかり気をつければ大丈夫だと思っていたのだ。
 実際、性病やらの面で被害を被ったことはない。ただ、噂に気付いたら色々と虚しくなってしまった。
 やたらと誘われることが多くなって、最初はモテ期が来たくらいの感覚で喜んでいたのだけれど、積極的に誘ってくるような相手は大概おかしな噂に踊らされて関係を持ちたがっているだけだった。
 それに気付いてしまってからは、さすがにほいほいと誘いに乗る気にはなれなくなったし、なるべく恋人を持つようにもなった。噂はただの噂でしかないと言っても引き下がらない相手も居たから、恋人がいて浮気をする気は一切ないというスタンスを貫くほうが楽だった。
 辛い恋を抱えている子を一時的にでも甘やかしてやりたい性癖があったって、自分を想っていない相手でなければ勃たないだとかの致命的なものではないし、パートナーを持って何度となく繰り返すセックスも悪くない。ただし、そこそこ長く続いて惰性やらが出てくるとうまく行かなくなることも多くなって、そうなってくると元から持つ性癖はそれなりに重要にもなってくるようだった。
 彼の兄とは、恋人と別れた後そこそこの頻度で馴染みの店に足を運んでいた時に、その店の中で声を掛けられ知り合ったのだが、相手は最初から自分を探して訪れていた。さすがに噂も消え去って久しいはずなのに、どこから聞きつけてきたのやら。
 もちろんすぐさま噂を否定して、抱く気はないと追い払った。なのに相手はしつこくて、しかも浮気はしないが通用しないフリーの時期で、なんだかんだあって結局こちらが折れて抱いてしまった。噂に縋ってどうしても、という相手に絆されたわけではない。最初にいささか邪険に追い払ったせいで、相手に何が何でも抱かせてやると思わせてしまったのが多分一番の敗因だ。
 そして一度抱いたら今度は恋人にしろと言い出して、結局それにもこちらが折れて付き合うことになった。とは言っても、しつこく食い下がられて仕方なくというのではなく、これは相手の言い分に納得できたからでもある。
 それは叶える気のない想いを抱き続ける相手をパートナーにして、思う存分甘やかしたらいいという、聞き様によっては随分と放漫でデタラメな理論だった。けれどこちらの性癖を理解した上での提案には違いない。
 叶える気もない恋を抱えて、体だけを満たしてくれる相手と一時的な快楽に耽るような、リスクの高い行為を繰り返していた相手にとっても、安心して甘えていい特定のパートナーが出来るのは魅力的だったのだというのもわかっている。というよりもそういう事を話し合った上で、自分たちは恋人になった。
 実際、恋人関係はかなり順調だったと思う。他に特別に想う相手が居るものの、恋人として誠実に向き合おうとする意思はあったし、一番ではなかっただけで二番目の特別にはなれていた。恋人として付き合った相手の中で、間違いなく一番、愛しいという想いが湧き続ける相手だった。
 もしも自分にそんなおかしな力があるなら、噂通り彼の恋が叶えばいいと思うこともあったし、いつか特別に想う相手よりも恋人である自分の方を好きになって貰えたらいいと考えてしまうこともあった。
 叶うことなんて絶対にないと言い切られていたから、まさか本当に、彼の想い人が彼に振り向くことになるとは思っていなかったけれど。
 そんな彼の兄とのあれこれを思い出しながら、さてどうしようかと思う。絶対に知らないだろうあんな噂を、わざわざ自分から知らせる気もないし、しょうもない自分の性癖だって出来れば口にしたくなかった。けれど付き合わないかと誘った相手に対して、自覚のある性癖を隠したままというのも悪いだろうか。

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別れた男の弟が気になって仕方がない26

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 見つめ合う相手の、潤んだ瞳がゆらゆらと揺れている。赤く腫れた目元がなんとも痛々しくて、指を伸ばすか唇を押し当てるかして慰撫したい衝動を堪えるのが大変だ。今は彼の言葉を待っているのに。
 身の内に湧く衝動に困ったなと思いながらもなんとか耐え続ければ、やがて相手も困ったようにそっと目を伏せたかと思うと、わずかに開いていた隙間を詰めるように身を寄せてくるから驚いた。甘えるみたいに胸元に顔を押し付けられて、さすがに黙っていられない。
「どう、したの?」
 驚きと動揺とを隠しきれず、随分と上擦った声を発してしまった。
「ぎゅって、して、下さい」
 甘えるみたいではなく、本当に甘えられているのだろうか。混乱しながらも、望まれた通り腕に力を込めてやる。
「これでいい?」
 腕の中で小さく頷いた後、相手は一つ息を吐く。素肌の胸に掛かる息は熱かった。
「なんでそんなに俺を甘やかすんですか?」
 自分で擦り寄ってきて、ぎゅってしてなんて可愛いことを言ってきたくせに、こっちこそ、なんでそんなことを聞くのかと聞き返してやりたい。
「甘やかしてやりたいから以外に何かあると思うの?」
「なんでそう思うかを聞いてるんです」
「お前が可愛いから」
「それは俺があの人の弟だから?」
 似てる所があるって言ってましたよねと言われて、なんだか少しガッカリしてしまった。お前の魅力を教えてあげると言って抱いたはずなのに。誰かになろうとしたりせず、お前はお前のままでいいと、そう言ったはずなのに。
「俺に抱かれながら、兄貴の代わりにされてるような気が、ほんの少しでもしてた?」
「いいえ」
「じゃあなんでそんな事聞くの?」
「もし弟じゃなかったら、あなたが俺を気にして、色々構ってくれることなんてなかったと思うから、です。似てるから、兄の後悔を知ってるから、兄みたいな無茶をさせたくなくて、だから俺を抱いてくれたんですよね?」
 なるほどそういう意味か。さすがにこれは否定が出来ない。それに近いことを確かに言ってしまっているし、なにより事実だ。
「でもお前を可愛く思うことと、あいつの事は分けて考えてるつもりだよ。まぁ好みという点で、どうしたって似たタイプを好きになるのはあるだろうけど」
 ついでに言うならと付け加えて、元恋人の弟って所を意識したら逆に抱いたり出来なかったとも教えた。
「あなたが俺を可愛いって言うのは、俺が無謀な子供で、抱いてくれるなら誰でも良いとか言っちゃう危なっかしくて放おって置けないような奴だから、でしょう?」
「まぁそれも一部ではあるけども、それだけであんなに可愛いって言いまくるわけ無いだろ」
「言いますよ。あなた優しい上に、すっかり俺の保護者ですもん。俺の初めてが嫌な記憶にならないように、あなたなりの目一杯で、愛してくれようとしたのは伝わってます」
 ありがとうございましたと言われて、なんと返していいかわからない。
「でもだからこそ、これ以上俺を甘やかそうなんてしなくていいです。約束通り、俺のこぼした好きも、呼んでしまった名前も、忘れて下さい」
 どこか穏やかに言い切った相手に、けれどわかったとは言ってやれなかった。短く嫌だと返せば、相手は少し迷う様子を見せた後、躊躇いがちに口を開く。
「もしかして、兄のことも放って置けなくて、恋人にまでして可愛がってました? だから俺のことも、恋人にしようって、思うんですか?」
 大丈夫ですよと言って、相手は言葉を続ける。
「約束通り、軽率に肉体関係を持つような真似は続けないから、安心して下さい」
「問題はそこじゃない。というか全ッ然違ぇよ。お前の兄貴相手に恋人にならないかと誘った過去なんてない」
「どういう意味ですか?」
「言葉通りだ。俺が口説き落とされた側」
「は?」
 言葉の真意を確かめるためか、胸に埋めていた顔が上がった。

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別れた男の弟が気になって仕方がない25

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 優しくされて、気持ち良くなって、あなたと一緒にイク。って方が、よっぽど酷い真似、ってわかってないから、そういうことが言えるんですよ。
 先程言われたセリフが蘇る。確かにそうだ。全くわかっていなかった。
 いったいどの段階から、相手の想いはこちらへ向かっていたんだろう?
 想う相手が居るようだ、というその想う相手が自分だった可能性に頭を抱えたくなる。兄と好みが嫌になるほど似ているだとか、なれるなら兄になりたいだとか、そんな言葉の端々から、てっきり兄の恋人となった幼馴染が想いの向かう先と思っていた。けれどその相手が兄の恋人だった自分の方だったとしたって、そこまでの違和感がない気がする。
 相手の様子から、継続する関係の結べない相手と思い込んで、最初から一度きりの慰めを渡すつもりで触れていた。嫌がられながら抱く覚悟、結果嫌われてしまう覚悟ばかり決めていて、好きになって貰おうなんて欠片も考えていなかったし、相手がこちらに好意を持っている可能性すら一切考えなかったのだ。
 もし、好きになってという態度を取っていたら、何かが変わっていたのだろうか?
 せめてキスを試してそこまでの拒絶感はないらしいとわかった時に、好きになってくれたら嬉しいと、一言伝えておけば良かった。拙いながらも必死に応じようと頑張ってくれていたのに。そんな相手に自分がかけた言葉といったら、焦る必要はないだとか、応じようと考える必要はないだとか、気持ち悪くないか気持ちよくなれそうかを判断するためのキスだとかだった。相手の好意を受け入れる要素のまるでない態度を見せてしまった。
 ボロボロと溢れだす涙を拭おうと目元に指先を触れさせれば、嫌がるように首を振って、こちらが躊躇ったすきに両腕を持ち上げ、目元を隠すように顔の前でクロスさせる。
「触らないで」
 先程の憤りのある叫びと違って打って変わって、漏れた声は掠れた呟きだった。
「でも俺はお前に触れたいよ。抱きしめて、キスして、好きだって言いたい」
 行き場をなくしていた指先を、隠されていない唇にそっと押し当てる。小さく震える唇を、撫でるように指先を滑らせた。
 指の下、微かに唇が動く。多分ヤメテと言いたかったのだろうそれは、けれど結局、音にはならなかった。
「今から抜くけど、頼むから、逃げるなよ」
 そう声を掛けてから、ゆっくりと腰を引いて彼の中からペニスを引き抜いていく。そうして繋がりを解いてから、まずは好きだよと告げながら軽いキスを一つ落とした。相手は無言で無反応だったが、気にせず隣に側臥し、相手の体へ腕を乗せてそっと力を込めてみる。嫌がる素振りがなかっただけで、今は十分だった。
 暫くそのまま黙って、相手の呼吸に意識を向ける。先程、口でイカせた後と同じだが、散々泣かされて涙が枯れかけているか、それとも泣くことに慣れてしまったのか、しゃくりあげるような様子はなかった。
 それでも相手が落ち着くための時間を十分に置いてから、そっと口を開く。
「お前に嫌われることはあっても、好きになって貰えることはないって思ってた。だから対応を間違えた。お前が俺を好きだと思ってくれるなら、それは本当に、嬉しいんだよ」
 俺と付き合わないかと続けたら、すぐさま絶対に嫌ですとはっきりきっぱり断られて、思わず小さく笑ってしまった。否定であっても言葉が返ってきたのが嬉しかったし、ボロボロと涙を流す姿を見てしまっていたから、多少涙声ではあるものの断固拒否の強気な姿勢になぜかホッとしたのもある。
「もし抱いてくれた相手を好きになれたら、そのまま付き合う気があるって、お前、言ってなかった?」
「あなたは、別」
 そこに嘘はないだろう。自分自身、そう聞いていたのに、それが自分にも当てはまると思ってはいなかった。それは彼のそういった気持ちを、彼の態度や様子から正しく受け取っていたからに他ならない。
「なんで俺だけダメなの」
「十も年上のオッサンが恋人とか嫌です」
 兄の元カレだからと言われるかと思っていたのに、最初に言うのはそれなのか。
「ヒデェな。というかお前、紹介する相手の年齢気にしないって言ったろ。後、十は離れてないから。ギリギリ一桁だから。ついでに言うなら二十八はおにーさんの範囲だから。で、正直なところはどーなの? 兄貴の元カレはダメ? 兄弟ってのをひとまず置いといて、過去の恋人と較べてどうこう言ったりしない程度の誠実さはあるつもりなんだけど」
 言いにくいのかと思って自分から聞いてみた。
「あいつだって、本命とうまく行ってるらしいし、お前が俺と付き合うことにしたからって、文句言ったりしないだろ?」
「そうじゃなくて、だって……」
 言葉を選んでいるのか、迷っているのか、続く言葉はなかなかない。続きを促す代わりに、じっくり考えていいからちゃんと本心を教えてくれと頼めば、ゆっくりと目元を覆う両腕が降ろされ、向き合うように相手も側臥に体勢を変えてきた。

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別れた男の弟が気になって仕方がない24

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 散々泣いて真っ赤な目元に、またうっすらと涙が滲んでいく。
「ご、ゴメンっ」
 慌てて目元へ伸ばした手は払われて、顔を見られたくないようでフイと横を向いてしまった。
 その後は懲りずに伸ばす手を嫌がるように、闇雲に腕を振り回してくる。その腕をかい潜って相手に触れようとするが、これがなかなか難しい。無言の攻防は、結局相手が諦めたように腕を下ろすまで続けられた。
 ギュッと目を瞑り、肩を震わせ細く息を吐き出す相手の頭に手を置き、髪を梳くようにそっと撫でる。
「今のは俺が悪かった。ビックリしすぎて、無神経なこと言ったよな」
 もう一度ゴメンと伝えても、相手に反応は殆どなかった。まるで今にも声を上げて泣き出してしまうのを、ギリギリこらえて居るようだ。
「もし、本当に俺を好きだと思ってくれてるなら、嬉しいよ」
 相手は辛そうに震える息を浅く繰り返している。宥めるように、何度も髪を梳いて頭を撫でた。それを嫌がる素振りはなかったものの、だからといって受け入れられているのかはわからない。そのまま泣き出すでもなく、何かを語ることもなく、ただただ辛そうに黙り込むその姿からは、彼が何を考え思っているかはわからなかった。
「お前が俺を好きなら、俺たち両想い、だな」
 両想いだなんて言った所で、喜ぶ反応があるとは思っていない。こちらの気持ちなんて求められていない。なんせ、行為の終了を認識した彼の最初の言葉は、ちゃんと忘れてくれだった。
 それでもここまで言えば、さすがに何かしら反応はあるだろうと思っていた。
 ふざけた事を言うなでも、嬉しいだなんて嘘を吐くなでも、なんだっていい。好きだなんて思っていないと、突っぱねてくれたっていい。
 ヒュッと小さく喉が鳴った。とうとう堪えきれずに泣き出したのだろう。結局、泣かせてばかり居る。
 しかし泣き出したと思ったのは勘違いで、喘ぐような呼吸を数度繰り返した後、思いの外しっかりとした声が聞こえてきた。
「っも、抜いて、下さい」
 終わったんですよねと続いた声は苦しそうに吐き出されてきた割に、熱のない冷たい響きをしている。
 本当に失敗だった。あれは聞かせてはいけない、飲み込むべき言葉だった。
「抜いて落ち着いたら、俺と話、してくれる?」
 熱を吐いた後とはいえ萎えきってはいないし、そんなものが興奮を煽るでなくただただ中にとどまっているのだから、この状態が辛いというのは確かにわかる。こんな状況になければとっくに引き抜いていただろうし、今頃はこちらが先にイッてしまったお詫びも兼ねて、彼のペニスを握って扱いて甘い声を上げさせていたはずだ。
 けれど今、相手の言葉に従い離れてしまったら、この子は間違いなく逃げていく。こちらが忘れるを実行する前に、彼自身が既にもう、口走った名前をなかったことにしようとしている。
「話すことなんて、ない」
 告げられたのは拒否の言葉なのに、内心では良かったと安堵していた。本気で逃げ出すなら、従うふりをするべきだった。頷かれ繋がりを解いてしまった後では、今以上に引き止めるのが難しくなる。
 そういった駆け引きなんて、きっと思いつきもしないのだろう。可哀想にと思う気持ちはあるが、狡くて卑怯な大人な自覚はあるので、当然そこに付け込ませて貰う。
「俺にはあるから、付き合ってって頼んでる」
「俺が、何言っても、忘れてくれる。って言った、くせにっ」
 冷たかった声に熱が帯びた。
「今日この場限りで、だろ。まだ忘れるには早い」
「ヘリクツだっ」
「わかった正直に言う。まさかお前が俺の名前を呼ぶなんて思ってなかったんだよ。忘れてやるって前提がガラッと変わっちまったの」
 言えばずっとこちらの視線を避けるように横を向いていた顔を戻し、はっきりと涙の浮いた瞳でギッと睨みつけてくる。
「だ、からっ、優しくされて、一緒に気持ちよくなろうなんて、ヤだった、のに。忘れてくれない、なら、優しくなんて、されたく、なかった。好きだなんて、言いたく、なかったっ。あなたの、名前、なんてっ、呼びたくなかった」
 憤りの篭った叫びのような言葉を吐き、ギュッと目を閉じる。目の端からボロボロっと大粒の涙がこぼれ落ちた。

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別れた男の弟が気になって仕方がない23

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 ぎゅうと抱きしめられる。同じようにぎゅうと抱きしめ返せば、キスが出来ない代わりに、互いの口が互いの耳元へくるほどに近づいた。
 好きだ、可愛い。そう何度も繰り返せば、こちらの耳にもスキという単語が届くようになった。今度は間違いなく、彼の想いが音になったものだ。結局奥を突いてしまっているせいか、思考が乱れているんだろう。
 酷く泣いている様子はないし、先程より苦しさも随分と紛れているようなのは、スキだと吐き出す声音から伝わっている。
 名前を呼んでしまったり、好きだと口に出してしまうかもと言っていた。気持ちよくなってそうなるのではなかったけれど、それはもう仕方がない。彼の望んだ形に落ち着いたとも言える。
 出来れば一緒に気持ちよくなりたかったのだけれど、誰かと重ねて混乱しているうちに、終えてしまったほうが良さそうだと思った。
「好きだよ。お前のナカ、凄く気持ちいい」
 イッていいかと聞けば、顔の横で頷く気配と、イッてと促す甘やかに囁く声が聞こえる。
 抱きしめられたままではあるものの、自分が達するための動きに変えていく。そうしながら、好きだも可愛いも変わらず繰り返した。だんだんと高く上がる悲鳴の中、それでも一途に、スキを混ぜてくるのがいじらしい。
 もう出すよの宣言にも、頷く気配がした。最後とばかりに強く突き上げる中、相手が必死な様子で名前を呼んだ。
 知らない名前じゃなかった。それは紛れもなく、自分の名だ。
 驚きと混乱に声を上げる間もなくクッと息を詰めて射精して、息を吐きながら抱きしめていた腕を解き、まず最初にしたことは相手のアイマスクをむしりとることだった。
 眩しそうに何度か瞬きする瞳を真っ直ぐに覗き込めば、驚きと戸惑いにじわりと羞恥が広がっていく。連動して頬も紅く染まって行ったから、最後、何を口走ったかの自覚はしっかりあるらしい。
「ちゃ、ちゃんと、わ、すれて、下さい、よ?」
「お前、俺の名前なんて知ってたのか?」
 下の名なんて教えて居ない。けれど知らない筈だと言い切れるまでの確信もなかった。そして疑念はもう一つ。彼の想い人が同じ名前である可能性にも、思い当たっていた。
 もし、俺の名前と聞いて不思議そうな顔を見せるなら、後者だ。しかし相手は憮然とした表情で、兄が呼んでいたのでと返してくる。ということは、彼に呼ばれたのは間違いなく自分自身だ。
「どういうことだ?」
 思わずこぼした呟きに、相手が目に見えて狼狽えた。
 恋人という関係にない相手とでも、気持ちを盛り上げるために互いの名前を呼びあって、好きだと言い合って、まるで本当の恋人のようにセックスをする。という場合もあるにはある。
 けれど今日の相手はそうじゃない。今回も最初のうちは、恋人に触れるようなつもりで扱ってみたけれど、結局それは受け入れては貰えなかった。たとえ偽りでも、この時間だけは恋人として甘やかに過ごすという事が、出来るような相手ではなかった。
 必死に何度も繰り返す、スキという声が耳の奥でこだまする。あれには間違いなく、彼の想いが乗っていた。きっと相当混濁していただろう意識の中で、呼ぶとしたら自分なんかではなく、本命の名前じゃないのか。
 抱いてくれるなら誰でも良くて、自分は相手にとって好きでも何でもないどころか、きっと今はもう嫌いな部類に入っているだろう男のはずだ。
 散々泣かされて、感じるよりも苦しかったり辛かったりの酷い目に合わされる方が良いなどと言って置いて、なのに最後の最後で名前を呼んでくるなんて。
「まさか、本当に俺が、好き……だ、とか……?」
 そんなバカなと思いながら、こちらを気遣って最後だからと名前を呼んでくれた可能性を考える。
 彼の色々とムチャの多い望みを、そこそこ叶えてやれたとは思うから、感謝はあるかもしれない。しかしこちらを気遣う気持ちがあったとしても、あの状況でそれを示す余裕なんて、彼にはなかったはずだ。
 見下ろす先、狼狽えまくった相手が、それでも頷くかを迷っているのがわかってしまって愕然とする。
「嘘、だろ……」
 口から漏れた瞬間に、音にしてしまったことをひどく後悔した。サッと相手の顔が強張って、キュッと唇を引き結ぶ。傷つけてしまったのは明らかだった。

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別れた男の弟が気になって仕方がない22

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 弄ってというお願いを口にするのと、自分で弄ってこちらを楽しませるのとで迷った結果、後者を選んだらしい。やがておずおずと股間に伸びた手が再度自分からペニスを握り、今度はこちらの動きに合わせるようにゆるゆると手を上下させる。
「ぁああっっ」
 堪えることなく吐き出されてくる声は、随分と気持ちが良さそうだった。
「ん、いい声。すごく気持ちよさそ。お前がキモチイイとお尻もキュッて締まって俺もキモチイよ。イヤラシクて可愛いね」
 興奮するよと続けると同時に、ナカがグニグニとうねって締め付けてくる。当然、意識的に締めてくれたわけではないだろう。
「んぁあっ」
 どこか驚いた様子の声が高く響くから、ますます愛しくなる。
「お尻のナカ、キュッてなったの自分でもわかった?」
 ホント可愛いなと零した声は、自分でもわかる相当な甘ったるさだ。
「何言われて興奮したのか、教えてくれる?」
 素直に教えてはくれないだろうと思っていたのに、相手の躊躇いは一瞬だった。
「きも、ちぃ……? いい、の?」
「ん? 俺がキモチイイかって事?」
 もちろん気持ちがいいに決まってる。彼を貫く興奮が持続しているのはどうしてだと思っているのか。でも確かに、言葉では伝えていなかったかもしれない。
「キモチイイよ。気持ちいいから、ずっと萎えもせず、お前を抱いていられるんだろ」
「よか…った」
 ホッとしたように吐き出す口元が、うっすらとした笑みを形作る。それを見た瞬間、どうしてもその唇に触れたくなった。指ではなく唇で。キスという形で。
「ゴメン、少しキツいけどちょっとの間、我慢して」
 深い挿入になってしまうのをわかっていながら、自身の腰と腿で相手の尻を支えるように持ち上げ、身を屈めて顔を寄せる。苦しそうに呻く相手の顎を捉えて唇を奪った。
 驚いて小さく体を跳ねたものの、相手はすぐに舌を差し出し応じてくる。この体勢でそんなキスをすれば当然相手の口内に唾液が流れ込んでしまうが、相手の喉が上下し、彼がそれらを嚥下したのだとわかって体の熱が上がった。
 まさかの反応に放し難いのもあったし、いつの間にか肩に伸びた手にギュッとしがみつかれても居たので、ちょっとの間は想定していたよりも随分と長くなってしまった。
「急にゴメンな。ほら手、放して」
 唇を離しても肩を掴んだまま離さない相手に、促すように告げる。しかしますます手に力が篭った上に、嫌がるように首を振られた。クライマーの握力で掴まれた肩が痛い。
「この体勢苦しいだろ。俺もお前に肩潰されそうで怖いし」
 責める口調にならないように気をつけつつ、さすが握力凄いなと言えば、ハッとしたように手の力が緩んだ。けれど肩を掴むのを止めた手はするりと動いて、今度は首を抱え込んでしまう。ますます相手に引き寄せられる結果になったし、相手も苦しそうな息を吐きだしている。
「ゴメンって。俺が悪かったから手放せって。そんなしても、奥は使わないよ」
「キス、……もっと」
 こちらの言葉を無視しまくったおねだりに、それでもダメだとは言えずにもう一度唇を塞いだ。
 苦しそうな中、甘く鼻を鳴らしてもっともっととキスをねだり、口内に流れ込む唾液を必死に飲み込んでいく。放して貰えないままそんなキスを続けていたら、動けと言わんばかりに相手が腰を揺すりだす。
「こら。ダメだって」
 キスの合間に咎めても、相手に聞く気はなさそうだ。
「キモチ、よく、ない?」
「俺だけ気持ちよくてもダメなの。一緒にイくんだろ?」
「きも、ちぃ。俺も、きもちい、から」
「嘘はだめ」
「ウソじゃ、なっ、ひぅんっっ」
 軽く腰を引いてからグッと奥まで突いてやれば、苦しそうな悲鳴が上がる。
「ほら、苦しい」
「でっ、も、キス、きもちぃの、うそ、じゃないっからぁ」
 どこか怒ったような、憤りを感じる声音だった。
 確かにそれは嘘じゃないのかもしれない。けれどキスをしながらなら、奥を突かれても一緒にイケる、という話でもないだろう。
 わかっているのに、口を塞いでキスをして、望まれるまま腰を揺すった。
「っぁ、スきっ……」
 キスの合間に漏れ出た言葉にドキリとして、一瞬次のキスを忘れて腰の動きも止めてしまう。
「スキっ、スキって、言って」
 それを咎めるように、自ら腰を揺すった彼が続けた言葉に苦笑を噛み殺す。
「好きだ。好きだよ。凄く、可愛い」
 望まれた言葉を吐き出しながら腰の動きを再開させれば、んっ、と嬉しそうに頷いて抱きつく腕に力を込めてくる。引き寄せるというよりも、彼自身がこちらに身を寄せるような形で背が浮いてしまったので、思わず抱きとめるように相手の背に腕を回した。

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