Eyes1話 資料室で

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その瞳を知っている。
ほんの少し離れた場所から仲間たちに向ける、
優しい目。
竹刀や防具のメンテナンスをする時の、真剣で、
楽しそうな目。
稽古や試合で対峙した時に見せる、
獲物を追う獣の目。
そして、自分に向けてくる、
熱く真摯な……

 
 
 
 
 ここに越してきたばかりの小5の秋、美里とは家の近くの道場で会った。
 多少は腕に自信があったから、その時その場で一番強かった彼に挑みかかったのは当然自分の方だったけれど、稽古を終えて帰ろうとした自分を引きとめたのは美里の方だ。
 それから3度の冬を越え、ようやく今年、初めて同じクラスになってからというもの、美里はなんだかすこし変だった。
 最初は気のせいかと思った。気のせいだと、思いたかった。
 自分だって、気付きたかったわけじゃない。
「言いたいことがあるんやったら、はっきり言うてや」
 教室で。部活前の部室で。帰り道で。そう口にすることができたのは、3回まで。
「え?」
「ワイのこと、見とったやろ。言いたいこと、あるんちゃうか?」
「いや、たまたまじゃないのか?」
 まるで、お前が意識し過ぎなのではないかと言わんばかりの対応。しかも、わかっていてとぼけているわけではないようだった。
 3回とも、そんな言葉のやりとりを繰り返し、だから、4回目以降は、言葉にして聞くことができなかった。
 

見てるくせに。
あんな風に、熱い視線で。
人のことを煽るくせに、
まるで自覚が無いなんて。
 
悔しくて、唇を噛んだ。

 

「ちょっと頼まれものしてくれるかい?」
 放課後、美里を置いてさっさと部活へ向かう予定が狂って、結局二人一緒に並んで部室までの廊下を歩いている最中。職員室の窓からヒョイと顔を出した担任の坂東は、手にした紙をヒラヒラと振った。
「二人でこれ運んで来て」
「ワイら、これから部活なんやけど……」
 思わず逆らった自分に、坂東はニコリと笑って担任命令と返した。
「どっちか一人じゃあかんの?」
 出来れば、美里と二人だけでの仕事なんて、遠慮したいのに。
「二人で行けばすぐに済むよ」
 その言葉に、渋々頷いた。
「資料室の棚から、このメモに載ってる資料を持って来て欲しいだけだからね」
 半ばむりやり渡されたメモを手に、仕方なく、社会科の資料室へと向かうために回れ右で今来た廊下を戻る。
「機嫌が悪そうだな」
 本当にさっさと仕事を終えたくて、自然と足早になる自分のやや後方を付いて来るように歩いていた美里から、声が掛かる。
「……別に、そんなことあれへん」
「そうか? お前にしては、珍しく渋ってたじゃないか。ちょっとした用事なんて、いつもなら一つ返事で引き受けるくせに」
 美里と二人だけになりたくないなんてことは言えず、部活が待ち遠しかったのだと答えて濁した。
「……なら、さっさと資料を探して、戻らないとな」
 返答までに少しだけあいた時間が、納得しきっていない美里の心をあらわしている。けれど、選ばれた言葉は、自分の言葉を受けてのちゃんとした返答だ。
 その素直さが、自分を苛つかせる。

それが、彼の優しさだとわかっていて。
その優しさは、誰に対しても向けられるモノだと知っているから。
そんなことに胸が痛い自分に、どうしようもないほどイライラして。

「せやな」
 それだけ返して、先を急ぐ。
 やがて見えて来た資料室に逃げ込むように入って、そこで渡されたメモを初めて開けば、全部で4つのファイル名が記されていた。
 上に記された2つを自分が、下の2つを美里が探すことをその場でサッと決める。後は五十音順にきちんと整理されているはずの資料から、それを抜き出せばいい。
 けれど、資料室の棚は結構高い位置まで伸びていて、上の方の資料を取るには備えつけの台を持ってこなければ届かない。
「チィッ」
 メモに書かれたファイルの、およその位置を判断して、思わずこぼれる舌打ち。
 先にもう片方のファイルを抜き出した後、仕方なく、部屋の隅に置かれていた台を取りに行きそれに登った。
 並んだファイルの背に書かれたタイトルに目を通しながら、目的のファイルを探す。やっと見付けて手を伸ばしかけた時、気付く視線。

既に慣れ親しんだといっても過言ではないかもしれない、
その、熱い視線に、
胸の奥が焼ける。

 わずかに持ち上げた手はその場で凍りつき、振り向くべきか迷う一瞬。そして結局、誘われるように振り向いてしまうのだ。
 その瞳に帯びた熱は、目があった瞬間にいつも消えて無くなってしまうけれど。目が合う瞬間まで灯っている熱を確認するのもまた、いつものこと。
「……ヨシ、ノリ」
 ほんの少し息を吸ってから、上擦りそうになる声をなんとか押さえて、困ったなと言うニュアンスを目一杯表現しながら、ゆっくりと名前を呼んだ。
「どうした? 見付からないのか?」
 既にいつもの、『友達』としての瞳に戻った美里は、その素直さであっさりと騙されてくれ、心配そうに近づいて来る。
 そして、ほんの少し目を細めるようにして、なんて言うファイルだったかな、なんて呟きながらも、下からファイルを探してくれる。
「あれじゃないのか?」
 あるべき所にキチンと並んでいたのだから当然だが、あっさりと目的の物を見付けた美里は、ファイルへ向けて指を伸ばす。棚には背を向けたままで、その伸びた指を、捕らえた。
 スラリと伸びた長い指は爪の形まで綺麗だ。
 傍から見れば親友と呼べる程の近さにいるくせに、そんなことにも、今更気付いた。その瞳が強烈なせいか、手先にまで意識が向いてなかったのだろう。
 不思議そうに見つめてくる瞳を睨みつけながら、直に触れたのは実際数えられるほどしかないだろうその指に、少しだけかがんで唇を寄せる。
 驚きに大きく開かれた瞳に満足しながら、口の中に含んだ指を、丁寧に舐めあげた。
 そんな行為に、男が想像することなんて限られている。わかっているから、なおさらそれを意識させるように。友人にむりやり渡されて、隠れて見たアダルトビデオの中のワンシーンを頭の中に思い描く。そして映像の中で女優がしていたように、舌をからませて、吸い上げて、わざと、音をたててみせる。
 
視線に煽られて、
熱くなるほど焦らされ続けることに、
そろそろ、限界だった。

 
 それは一つの賭けのようなものだ。
 いっそのこと、友情ごと壊れてしまえばいいという破壊的な衝動と、何としてでも認めさせてやりたい意地とが入り交じった、苦々しい思いの中。どんな反応が返って来るのかわからない恐怖に怯える、長いような一瞬だった。
 
 
そして、自分はその賭けに勝利したことを知る。
 
 
 呆然とされるがままに指を嬲られていた美里が、小さな声を漏らし、慌てて、それ以上声が零れない様にと眉間に皺を寄せて唇を噛む仕草まで、全てを見ていた。
 やがてうっすらと頬が染まるのを待って、ようやくその指を解放する。
 何か言いたそうで、けれど、何を言えばいいのか迷うように黙ったまま立ち尽くす美里をほんの少しだけ見つめた後、まるで何事もなかったかのように、むりやり自分を元いた現実へと連れ戻す。そしてようやく、美里に背を向けて目的のファイルへと腕を伸ばした。
「雅善」
 ファイルを引き出す背中へ向かって掛けられた呼び声は、無視した。
「雅善ッ!」
 再度繰り返す苛ついた声に、ことさらゆっくりと振り向いてやる。
「ワイに、欲情したんや」
 疑問符は付けずに決めつけるように告げて、久し振りに見せる悔しそうな顔を目の端に捕らえながら台を降りた。
 それ以上掛ける言葉が見付かるはずもなく、そのまま通り過ぎてしまえと歩き出した自分の腕を、美里が掴む。
「痛っ」
 思いのほか強く掴まれて、思わず小さな声を漏らした。しかし、そのまま腕を引かれて、棚に強く押え込まれる。
 衝撃に棚が揺れたが、ファイルが落ちてくるようなことはない。けれど、その衝撃は背中に確かな痛みを残した。
「お前が、誘ったんだ」
 睨みつける視線とは裏腹に、泣きそうな顔をしていた。
「ああ、そうやな」
 確かに、誘った。目に見える形で、あからさまに。
 
せやけど、そうせんかったら、いつまでも知らない振りしてたんやろ?
 
「けど、誘われて、感じてもうたんは、美里自身やで。隠さんでええよ。感じとったやろ?」
 そう言いながら、あざけるように笑ってみせる。それもまた、誘うことになるとわかっていた。
 
ここまで来たら、
もう、
落ちれる所まで落ちればいい。
     
優しい友達の瞳より、
キツク睨むその視線の方が、
よほど 『特別』 を感じる程、
自分は既に腐っているのだろう。

 
「お前も、俺も、男なのに……」
 苦しそうな呟きに、胸が痛まないわけではない。常識で考えたら、これはやはり 『いけないこと』 なんだとわかっている。
 だから……
 
ワイのせいにして、ええよ。
常識の中で生きていたかったんやろ?
むりやり暴いておいて、許してもらおうなんて、
思ってへんから、安心してや。

 
「ワ イ が 、誘っとんのや」
 その言葉で、やっと覚悟を決めたようだ。キツイ視線を瞼の奥へ隠して、顔を寄せて来た。
 
気持ちいいのか悪いのか。
触覚としては確かに 『悪い』 で、
精神的にはまぎれもなく 『いい』 と言える行為。

    
 触れただけですぐに離れた唇はもう一度重なって、確かめるようにゆっくりと、濡れた舌で舐められる。口を開けと言わんばかりに下唇に立てられた歯に従って、その舌を受け入れた。口内を乱暴に探られることに気持ち悪さを感じながら、それでも、感じていく。
 
ちゃんと、感じている。
自分の体も、相手の体も。

 
「ちゃんと感じられるんやから、きっと、大した問題はあれへんのやろ」
 やがて解放された唇で、そう囁いた。
 後悔が滲む美里の顔に、負けられないと思ったからだ。ここで、自分まで後悔してはいけないと思ったから、そう言うしかなかった。
 言葉にして、そう思い込むことで、自分を勇気づける。
「……戻らないと、先生が心配するな」
 けれど美里は、そっと視線をそらした。
「そう、やな……」
 挫けそうになる気持ちを、職員室に着くまでにはどうにかしなければ。
 来た時とは逆に、美里の背中を苦い想いを抱いて見つめながら、けれど、確かに動きはじめた何かを感じていた。
 何もなかったことにはさせないと誓う。
 
 
 
 
 たとえ美里が、友達のままでいたいのだとしても。

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