兄と別れさせたい弟が押しかけてきた1

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 仕事の都合で三週間ぶりの逢瀬となるはずが、大事な用事が入ったからゴメンというドタキャンメール一つでポッカリ予定が空いてしまった土曜の午後、家のチャイムを鳴らしたのは本日会うはずだった恋人の弟だと称する男だった。
 大学生の弟がいるという話は確かに聞いたことがある。思わずジロジロとその顔を見てしまったが、顔立ちが似てると言えないことはないかもしれない。ただやはり、全体的に見れば似てるところが少ないというか、分かりやすく彼の弟という男ではなかった。
 纏う雰囲気も、身長も、体格も、かなり違う。
 恋人はふんわりした雰囲気を持ち、平均的な身長で全体的に肉付きの薄い体格をしているが、目の前の男は硬質な雰囲気を持ち、自分とほぼ変わらない高身長で、半袖のシャツから伸びる腕を見ただけでも、細身ながらもしっかりと筋肉がついていそうなのがわかる。
 それでも相手は恋人の情報を正しく把握していたし、疑いの目を向け続けるこちらに、どうしても信じられないなら免許証を見せるとまで言い出した。そこまでされてようやく、仕方なくこの状況を受け入れた。正しくは、とりあえず弟と認めた上で家に上げた。
「で、わざわざ家に押しかけてまで、いったい俺に何をさせたいの?」
「兄と、別れて下さい」
「なんで?」
「兄には幸せになって貰いたいからです」
 別れてくれと言われるのは想定内だったが、その返答はまったくの予想外だった。
「まるで、俺とは幸せになれないみたいな言い方だけど、俺たち、そこそこ上手く付き合えてるよ? まぁ弟としては認めたくないかもしれないけど」
「でも兄が本当に好きなのは、あなたじゃない」
「うん。知ってる」
「えっ?」
 今度はこちらが、相手の想定外の返事をしたらしい。にっこり笑って、知ってると繰り返した。
「知ってるよ。叶わない恋をして苦しんでる部分ごと、愛しいと思えるから付き合ってる。俺が居ることで、あいつの救いになってる部分はそれなりにあると思うんだけど、その俺に別れろって言うってことは、下手したら君のせいでお兄さんが不幸になるよ?」
「なりません」
 こちらの煽りに気付いたのか、ムッとした様子ではっきりきっぱり言い切られて苦笑するしかない。
「ちょっと話変わるけど、君、何か特殊なスポーツしてる?」
 細いけどかなり筋肉あるよねと言えば、質問の唐突さに若干戸惑いながらも、特に渋ることなく素直に口を開いた。
「スポーツクライミングって言って、わかりますか? 特殊、ではないと思いますけどあまりメジャーではないですかね」
「わかるよ。最近はそれなりに知名度上がってきたというか、施設増えてるらしいね」
「で、それが何か……?」
「いや、ただの確認。話戻すけど、不幸にならないって言い切るってことは、君は当然、あいつの本命が誰か知ってるわけだ?」
「はい」
 ということは、これはやはり宣戦布告と捉えていいのだろうか。
 叶うはずもない辛い恋の相手が弟だと言われたことはない。ただ近すぎる存在だということと、クライミングを得意としていて、ヒョイヒョイ壁を登っていく姿がめちゃくちゃ格好良いのだと、聞いたことがあるだけだ。
 さて、どうしよう。彼の叶うはずのない恋が叶うというなら、この手を離して幸せになりなと送り出すことに異存はないのだが、それは彼が直接自分に別れ話を持ち込んだ場合だ。
 恋敵本人に別れてくれと言われて、わかりましたとあっさり頷き、大事にしてきた恋人を渡せるほどの度量なんてものはなかった。
「そんなに俺と、別れさせたい?」
「はい」
 やはり躊躇いなく肯定してくるから、いい度胸だなと思う。まぁそれくらい神経が図太くなければ、兄の彼氏の家になんて押しかけてくるはずもないか。
「お兄さんの幸せのため?」
「そうです」
「その幸せのためにだったら、君は何が犠牲にできる?」
「どういう、意味ですか」
「だってお兄さんの幸せのために、君が、俺に別れを強要するわけだろ」
 君が、という部分をことさら強調してやる。
「だったら君が、別れを了承する俺に、何かしらしてくれる気はあるのかな? って意味かな」
「俺が何をすれば、兄と別れてくれるんですか」
「話が早くていいね。じゃあさ、君が代わりに俺に抱かれてよ」
 三週間も会えてないのに今日もドタキャンされて溜まってんだよねと、あからさまに品のない誘い方をすれば、相手は酷く嫌そうに眉を寄せた。

続きました→

 
 
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