酔っ払いの戯言と笑い飛ばせなかった

感謝しかないのでの父側の話です。少し未来。

 好きになった女性は片手の指で足りないくらいには年上のバツイチで子供も居たから、結婚する時にはけっこう揉めた。特に自分の親には相当難色を示されていたから、絶縁上等という気持ちで婚姻届を提出してしまった。
 だから妻となった女性が結婚からほんの数年足らずで他界してしまった後、血の繋がらない息子をどうするか、という話になった時に、愛する妻の忘れ形見なのだから当然このまま自分が育てると啖呵を切ってしまったのも、結婚に反対していた奴らのそれみたことかという顔や態度に腹がたって仕方がなかったから、というのが大きい。
 意地を張っていた、という自覚はある。
 幸いにして彼女の残した一人息子は少年ではあったが幼児というほど幼くはなかったし、母子家庭だった時期に彼女によってある程度鍛えられていた家事能力もあり、少々いびつな父子家庭を維持することにも協力的だった。
 そうして気付けば息子も酒が飲める年齢を超えて数年経過し、そろそろ自分が結婚した年齢に近づいている。
 そう気づいてしまえば、いつ、結婚相手を連れてきてもおかしくないのだ、ということにも思い至った。
 どんな女性を連れてくるんだろう、と楽しみ半分寂しさ半分心待ちにしているのだけれど、そっち方面の話題をふるといつの間にやら過去の自分の話をしていて、肝心の彼の恋愛事情や結婚感が聞けていない。親の惚気話なんて聞いて楽しいのかとも思うが、彼にとっては貴重な母親の話、という意味で楽しまれているのかも知れない。
 そんな中、いつもより酔いが回っているらしい相手からようやく聞き出せたのは、今現在お付き合いをしている女性はいない、という話で、更には今のところ結婚願望も全くないという。
「なんで!?」
「なんで、って、言われても」
 驚きで声が大きくなってしまったのを苦笑されながら、今の生活に満足しきってるからかなぁ、などと言われてますます驚いた。
「満足って、お前、こんなおっさんとの生活に満足してちゃダメだろ」
 二人の生活が上手に回せるように互いが努力してきた結果、という意味では誇らしく思う気持ちもないわけではないが、それでは生活に華がなさすぎじゃないのか。というよりも、自分は彼女との結婚生活が楽しくて仕方がなかったし、愛する女性と一緒に暮らす幸せを、彼にも存分に堪能して欲しいと思う。
「もしかして、俺みたいに愛する女に先立たれたら、みたいな心配でもしてる?」
 一緒に酒を飲むようになってからは、酔った勢いで、妻に先立たれて寂しい気持ちを吐露することもあった。
 まぁ、だからお前が居てくれて良かった、的な感謝も告げているのだけど。どちらかというと、酔った勢いで彼と父子として暮らしてきた日々への喜びが溢れてしまうのをごまかすみたいに、彼女との思い出をあれこれ語っている節もあったりするんだけど。
「でも俺は、あのとき強引にでも結婚に踏み切ってよかったって、胸張って言えるぞ?」
 もちろん自分と同じ様に愛する相手に先立たれる可能性もあるけれど、それに怯えて結婚そのものを忌避するのは馬鹿げている。なのに。
「わかってるよ。わかってるから、結婚しなくていっかな、って話」
「いやそれわかってないだろ」
「あー、じゃあ、父さん以上に愛せる誰かを見つけたら、考える」
「え?」
「俺は愛する人と一緒に暮らす生活するなら、相手は父さんがいいから、結婚はしなくていいし、今の生活に満足しきってる」
 ニコリと笑って見せた後、へにゃっと笑み崩れて、そのままヘラヘラと笑い続けている相手を見る限り、冗談だった……
 そう思えたら良かったのだけど。酔っ払いの戯言だと、一蹴するべきなんだろうけれど。
「まぁだから、孫は諦めて貰うしかないけど、一人にはさせないから安心して」
 バカ言ってんなと笑い飛ばすことは出来なくて、頭の片隅にはホッとしている自分も居て、そんな言葉を喜んでしまう自分が情けなくて、なんだか泣きたい気分になった。

有坂レイへのお題は『笑い飛ばしてしまいたかったのに』です。https://shindanmaker.com/392860

 
 
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感謝しかないので

 寝る前に水分を取りすぎたせいか、尿意によって起こされてしまった深夜。トイレ側の和室にまだ明かりがついていることに気づいて、薄く開いた隙間から中を覗き見る。
 ローテーブルの上には晩酌のあとが残っていて、その机につっぷすようにして父親が寝落ちていた。
 数時間前、そこで一緒に酒を飲んでいたのは自分だ。
 席を立つとき早めに寝るよう促しはしたが、ある意味特別な日でもあったから強制はしなかったし、正直に言えば、この光景じたいが想定内とも言える。
 別に寒い時期じゃないし、明日は休みだし、このまま放っておいてもいいのかも知れない。
 でも見つけてしまったからには、やはり放ってはおけなかった。あんな体勢で長時間寝てしまったら、どこか痛めそうな気がする。
 せめて横にならせて、何か上に掛けてやろう。
 部屋の中に入って、机に伏した体をそっと引き起こしてそのまま後ろに倒した。そうしてから、ローテーブルの方を移動させて、足元のスペースを開ける。
 崩れた足をのばしてやって、後は何か掛けるものを持ってこようと立ち上がりかけたところで、服の裾を掴まれた。
 寝ぼけて呼ばれた名前は不明瞭だったけれど、どう間違っても自分のものではない。そして不明瞭ながらも、誰を呼んだかはわかっていた。
 もう随分と前に亡くなっているのに、この人は未だに母を愛し続けている。母よりだいぶ年下のこの男に、次の人を探すよう勧める人は多かったと思う。
 自分自身、連れ子だった自分の世話なんて、母方の親戚に放り投げれば良かったと思っているのに。20代半ばで小学生の子持ちとなったこの男は、愛する女性の忘れ形見だからと、血の繋がりもないのにそのままずっと育ててくれた。
 もちろん感謝はしている。この人が居てくれたおかげで、母と暮らしていた家も、友人たちも失うことなく生活を続けられた。
 けれどそのおかげで、自分もこの家から離れられない。結婚したいと思えるような相手だって作れない。別にそれでいいとも、思ってるけど。
 だって、この人が母を愛するのと同じくらいに愛せる女性となんて、きっと一生出会えない。だったら母を愛し続けるこの人の残りの人生に、このままずっと寄り添っていたかった。
 母の血を継ぐ自分は、きっと母の好みも受け継いでいる。もし娘として生まれていたら、母の代わりになれていただろうか、なんてことを考えてしまうくらいには、この男のことを好きだった。
 必死で父親をしてくれたこの人への、裏切りだと思う気持ちももちろんある。けれど、自分から今の距離を手放す気にはどうしたってなれそうにない。
 一緒に酒が飲める年齢になってからは、なおさら強くそう思うようになった。
 実はかなりの寂しがり屋で、息子が結婚して家を出ていき、この家に一人残されてしまうことを恐れている。なんてことを知ってしまったら、結婚を急かされようが気にならない。
 まぁ、結婚式で語りたい内容だとか、孫との楽しい触れ合いだとか、酔ったついでに色々と未来の夢を語られてもいるので、結婚はして欲しいのだろうとは思うけれど。
 寂しがり屋の彼のために、同居OKの嫁を探そうなんて気は全くないので、結婚式も孫との触れ合いも諦めて貰うしかない。
 そんなことをぼんやり考えながら、棚の上に置かれた小さな仏壇を見上げた。仏壇の横には、二人の思い出の品だというかわいらしいこけし人形が二体、仲良さげに並んでいる。
 昨日は母の命日だったから、夢の中で、母と会えているのかもしれない。あの二体のように、仲良く並んでおしゃべりでも楽しんでいたら良い。
 そんな想像に、二人のじゃまをしたくなくて服の裾を握られたまま動けずにいれば、自分の名前を呼ばれた気がした。
 まじまじと相手の顔を覗き見れば、次にはゴメンと謝られてしまう。
 どんな夢を見ているかわからないし、もし母と会っているのなら、その謝罪は自分へ向けられたものではないだろう。そうは思いはしたものの、うっすら滲んできた涙を放っておけない。
「謝んないでよ。ずっと、感謝しかしてないんだから」
 そっと目元を拭いながら、思わず口からこぼれた言葉に反応してか、相手の瞼が持ち上がる。
 ぼんやりとした目と視線が合ってしまって、慌てて体を離せば、相手は数度瞬きした後でまた瞳を閉じてしまった。
 暫く息をつめて相手の様子を窺ってしまったが、静かに寝息を立てていて、どうやらまた夢の中に戻ったらしい。けれど今はうっすらと口元が笑んでいるから、少しばかりホッとした。

父側視点の少し未来の話はこちら→

有坂レイさんは、「深夜(または夜)の畳の上」で登場人物が「離れる」、「人形」という単語を使ったお話を考えて下さい。https://shindanmaker.com/28927

 
 
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