青天の霹靂

 父親同士が親友だとかで、互いの家は同県とはいえ端と端の遠さなのに、幼い頃は良く二家族揃って出かけたり、長期休暇中は相手の家に泊まったり、逆に泊まりに来たりと割合仲が良かった。けれど成長するにつれ、互いの溝は分かりやすく深く広がっていった。
 理由ははっきりしている。父親たちも学生時代の大半を捧げていたという、とある競技の才能が自分にはないからだ。
 部活のレギュラー程度なら努力だけでもどうにかなるが、その上となると難しい。競技自体は楽しいが、地域の選抜は当たり前でユースの県代表にも選ばれるような活躍をしている相手とは、はっきり言って既に生きている世界が違う。県代表になれば一緒にプレイできるよと、だからお前も選ばれなよと、何の躊躇いもなく口に出来る子供というのは残酷だ。
 多分それが決定打で、自分は彼をやんわりと避けるようになった。元々県の端と端で、中学に上がってからは部活優先だったから、プレイベートで会うのなんて年に一度か二度程度になっていたし、県大会などではお互い部の一員として参加しているのだから、顔を合わせたってそうそう親しく話込むこともしない。なので避けると言ってもあからさまに突き放したわけではなく、前より少しそっけない程度でしかなかったけれど。
 残念ながら、自分たちのように息子同士も競技を通じて親友に、などと思っていただろう父親たちの望みは叶うことなく、力量の差がありすぎて同じ道を進むことも、同じ景色を見ることも出来そうにない。
 そう悟って、大学に進学すると共に、真剣に競技に打ち込むのは止めた。競技そのものは好きだから、練習日が週に三回程度の社会人サークルに参加はしたが、大会などでそこそこの成績を収めている大学公認の部活は練習を見に行くことすらしなかった。
 納得済みの選択で、そこに未練なんてない。社会人サークルでも十分に楽しかったし、それなりに充実した大学生活を送っていた。
 しかしその生活は、翌年の春にひとつ下の彼が同じ大学に入学してきて一変した。
 最初の衝撃は、彼が進学する大学を知った父からの報告電話で、最初は絶対に嘘だと思った。うちの大学に進学する意味がまったくわからなかったからだ。
 確かに大学の部活もそれなりに強い。でも全国大会常連校という程ではないし、彼なら他からも色々スカウトが来ていたはずだ。
 次の衝撃は、ちゃっかり同じアパートの空き部屋に入居を決めて、近所になったから宜しくと挨拶に来たときだ。こちらが避けていたのはある程度感じていただろうに、なんのわだかまりもありませんという顔で笑っているのが若干不気味ではあったが、そこはお互い大人になったということで、こちらもなんとも思ってない風を装い宜しくと笑って返した。確かに知った顔が近所にいたらお互い心強いだろう。
 そして今現在、三つ目の衝撃に耐えている。大学の部活に初参加してきたという彼が、怒りの形相で訪れていた。
 大学で競技を続けていると聞いたから来たのに、なんで部活に入ってないんだというのが彼の怒りの理由らしい。
「続けてはいるよ。社会人サークルだけど」
「社会人サークル? それ本気で言ってんの?」
「本気も何もそれが事実だって」
「だからなんでっ!?」
「何でって、将来のこと考えたら学業疎かにしたくないし、それには体育会系のがっつり部活はキツすぎるよ」
「ねぇ、どこまで俺を裏切れば気が済むの?」
 キッと強い視線で睨まれて、さすがに一瞬たじろぐ。それでも競技の関係しないところでまで負けたくはない。
「裏切るってなんだよ」
 腹の底から吐き出す声は不機嫌丸出しだったが、相手は欠片も怯む様子がないから悔しい。
「いつか一緒にプレイしようねって約束したろ」
「馬鹿か。お前、それいつの話だよ。俺にはお前と違って県代表に選出されるような力ないって、さすがにもうわかってんだろ」
「わかってるよ。だから同じ大学入れば一緒にプレイできるって思って入学したのに、なんで部活入ってないんだよって話をしてんだろ」
「いやだから、大学の部活は俺にはハードすぎるって」
「今からでも入ってよ」
「お前、俺の話、聞いてた? というか一緒にプレイしようねなんて子供の約束、とっくに時効だろ」
「俺まだ諦めてないんだけど」
「しつっこいな。だいたいお前、俺に避けられてたの気づいてただろ。そこまで鈍くはないだろ? それで良くそんな事言いにこれるよな」
 避けてたと明言したら、強気の顔がクシャリと歪んだ。
「こんなに好きにさせておいて、どうしてそんな酷いことばっか言うんだよ」
「はぁああああ?」
 好きなのにーと、でかい図体をして駄々をこねる子供みたいにその場に泣き崩れた相手を明らかに持て余しながら、それでもなんとか会話を続けてみた結果、彼の言うところの好きは間違いなく恋愛感情の好きらしいと判明して、一瞬気が遠のきかける。しかもはっきりと仲の良かった小学生時代からという年期の入りようだ。
 全く、欠片も、知らなかった。気付いていなかった。
 あまりの展開に思わず天井を見上げながら、青天の霹靂ってこういうのを言うんだろうなと思った。

有坂レイへの3つの恋のお題:青天の霹靂/こんなに好きにさせておいて/いつまでも交わらない、ねじれの関係のように shindanmaker.com/125562

 
 
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