雷が怖いので20

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 はっきりとは思い出せない誕生日の夜を繰り返し思い出す。抱いてとねだっても抱いてもらえないのは同じで、でもあの日は酷く幸せだったから。あの日の朝、もっと本気でねだっていたら、どこまでしてくれただろうかと考える。
 抱いてくれないのはこちらの体の準備がまだ出来ていないから、というあの人の言葉を疑っては居ない。触れたことも、見せてもらったことすらないあの人の性器が、大きめだって話も本気で嘘とは思っていない。その日が来たらわかってしまう事で、オカシナ見栄を張る必要なんてないのだから、それはただただ事実なのだろう。
 だからあの日の朝に本気でねだったとしても、入れてくれはしなかっただろうことはもうわかっている。でもあの日だったら、きっとこの抱かれたい気持ちを満たす何かをくれたのではと思ってしまう。
 なんで早く抱かれたいのか、考えても考えてもあの日へ戻ってしまうから、きっとこれはあの日への未練だ。あの日は特別だった。それはわかっている。わかっているはずなのに、あの日のあの人の面影を、どうやら探してしまうらしい。
 普段のプレイだって優しくしてくれる時間はあるけれど、手放しで甘やかしてくれるような、あの幸せが忘れられない。あの日のあの人に、自分の全てを投げ出して、受け入れて、貰って欲しかった。彼がしてくれたことに対して、自分が返せるものがこの体しかないから、というのも大きいのかもしれない。
 でもそんなものを彼は求めていないのだ。あの日を引きずっているのは自分だけ。
 ペットか奴隷になりたいのと聞かれたことで、はっきりしてしまったことがある。
 彼に抱かれたからといって、それで彼の中の自分の位置づけや価値が変わるわけじゃない。多分、帰る前に渡される封筒の厚みが少し増すだけだ。
 これはバイトで、体を差し出すことで破格の給料を貰っているというだけの関係で、自分の立場は愛人で。なるべく考えないようにしているけれど、他にも同じように雇っている愛人だって居るかもしれない。
 気づいたら今以上に苦しくなるのがわかっていたから、目をそらして気づかないふりをしていただけで、胸の奥がキュウっとなって痛む理由なんてわかりきっていた。
 少しだけいじわるで、でも優しくて、恥ずかしくて気持いいことをこの体に刻みこむあの人を、好きになってしまっている。もちろん恋愛感情で。
 最近はそこまで言われることがなくなった、迂闊で警戒心が足りないという言葉を思い出す。本当にそうだ。どこまでも、迂闊で警戒心の足りないバカだった。こんなにあっさり、本来ならまったく対象になどならないはずの男相手に恋をしている。心のなかへ踏み込まれている。
 求められているのは、積まれたお金でどんどんと開発されることを受け入れてしまうこの体なのに。好きになれなんて、一切求められたことがないのに。
 好きになったなんて言ったら、この関係はどうなってしまうんだろう?
 そんなつもりはなかったと言って、バイトそのものが終了するだろうか?
 好きな気持ちにも値段をつけられて、給料に上乗せされるだろうか?
 多分きっと後者だと思うから、好きになったなんて言うのはやめておこうと思う。
 自分から率先して抱いてくれとねだったって、抱かれる日が少し前倒しになるくらいで、抱かれることで自分たちの関係が変わるわけじゃない。それどころか、いつか本当に抱かれるその日、きっと嬉しい半面、胸が痛んで虚しくもなるんだろう。
 ああ、だから、早く抱かれてしまいたかったのかも知れない。目をそらしているうちに、この気持ちに気づく前に。そうすれば、おねだりに応じてくれたことをただ喜ぶバカでいられたかもしれないのに。
 抱いて、とねだることはやめた。好きなったことももちろん言わなかった。
 彼は、最近なんだか少し雰囲気が変わったなと言った。

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雷が怖いので19

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 両手はベッドマットから持ち上がらないよう括られているせいで、どうしようもなく流れてしまう涙や鼻水を拭うことも出来ず、ぐすぐすと鼻をすすっていたら、大きなため息と共にお尻から玩具が抜かれていく。
 プレイ中にあんなため息を吐かれるのは初めてだ。相手の言葉を信じていつか抱いてくれる日を待てなかったから、怒らせたか呆れられたかしたのだろうか。
 自己嫌悪にますます悲しくなって、彼の気配が離れていくのと同時に頭を伏せた。手が上げられないなら、顔を寄せればいい。動かせないのは両手だけで、足は拘束されていなかったので、膝も引き寄せ背を丸めてうずくまる。
 もう一度大きなため息が、今度は頭に近い方から聞こえてきてビクリと肩が揺れた。
「おい。泣いてないでちょっと顔上げろ」
 硬い声が降ってきて、ああやっぱり怒っているのだと思う。
 何かを取りに行っていたらしい彼が、ベッドの上にその何かを置いたのは気配でわかっていた。顔をあげた先には何が置かれているんだろう?
 けれど顔を上げるのは怖かった。怖いのは何が置かれているかわからないことではなく、怒っているのだろう彼を直視することがだ。
「別に、怒ってるわけじゃねぇから。だから顔上げろって」
 少し和らいだ声に、おずおずと頭をあげる。目の前に置かれていたのは、色んな形と大きさの、大人の玩具が三つほど。しかしその玩具はすぐに見えなくなった。
「あーもーひでぇ顔して」
 そんな言葉とともに、柔らかなタオルが顔に押し当てられたからだ。
「俺はお前の泣き顔好きだけど、好きなのは恥ずかしくて気持ち良すぎてどうしていいかわかんなくなってる泣き顔だからさ、悲しい泣き顔が見たいわけじゃねーんだよ」
「……ごめん、なさい」
「いや、ちゃんと説明しないでお前追い詰めたのは俺だから」
 顔を汚す色々な水分を拭い取ったあとは、手の拘束が外された。
「じゃ、お前をまだ抱けない理由、もっと詳しく説明するからここ座って」
 ベッドに腰掛けた相手が、その隣をぽんと叩く。頷いてその隣へ同じように腰掛ければ、先ほど見た玩具のうちの二つが膝の上に乗せられた。
「この二つはわかるよな?」
「はい」
 一つは今日つい今しがたまで使われていたスティックで、もう一つは前回使われたバイブだ。並べてみると、今日使われていたスティックは随分と細身だった。というか、前回使われていたものが意外と大きい。
「お前、毎回気持ちく終わってるからあんま自覚ないのかも知れないけど、前回どうやって気持ちくなったかどれくらい思い出せる?」
「前回?」
「これでお尻んなかぐりぐりされても、きもちぃもっとーとは、なかなかなれなかったろ。というかこれ突っ込まれて、きもちぃより苦しくなかったか?」
 バイブを差し出されて、確かに最初はかなり苦しかったと思い出す。でもちゃんと入ったし、最後は気持ちよくもなれた。
「でも、ちゃんと、イきました、よ」
「最後はな。でもそれだってイケるほど気持ちよかったのはお尻じゃなくてちんこの方だろうが」
「そもそもお尻だけでイッたことないんですけど」
「そうだな。だからまずはそれが一つ目」
「一つ目?」
「ちんこ同時に弄らなくても、お尻だけでもイケるようになろうなって話」
「両方同時にされるの、凄く気持ちいい、です、よ?」
「でもお尻だけ弄られてても、ちゃんと気持いいって思うようになってきてるだろ?」
「まぁ、はい」
「で、そこからが二つ目だけど、お前がお尻気持ちぃってなれるの、まだこのサイズなわけ」
 そう言って差し出されたのは、今日使われていた方のスティックだ。確かに細身というか、多分自分のフルサイズと比較しても小さいとは思う。
 というところで、なんとなく話が飲み込めてきたような気がした。
「おっきいんですか?」
「何が?」
「あなたの」
 いつもされるばっかりで、そういえば一度だって、この人が脱いだ姿を見たこがない。
「あー、それな。というわけで、はいこれ」
 そう言って渡されたのが、まだ使われたことのない、三つ目の玩具だった。前回使われたバイブよりも、さらに一回り以上大きい。
「まさか……」
「俺のサイズ、それくらいあるから」
「嘘だ」
「なんだとこら」
「だって触ったことも、見たことも、ないし」
「まぁな。されるの好きじゃないからな」
 そうなのか……
 抱いてもらえなくても、せめて他の方法で、相手を気持よくさせることが出来たらいいのに。なのにあっさり拒否されてしまってがっかりだった。
「本当に、このサイズだとして、入れるの無理、ですか?」
「お前、俺の話聞いてた? お前が気持ちよくなれるの、このサイズだっつってんじゃん」
「でもこっちのバイブは入ったし、最後は気持ちよくなれたじゃないですか」
「ちゃんとじっくり慣らせば、俺サイズで気持よくなれるから、いい子で待っとけっての」
「だってそれ、凄く時間かかりそう」
「そりゃそれなりに掛かるだろうけど、お前まだ暫くはこのバイト続けるんだろうし、別に焦んなくたっていいだろ?」
「でも早く、あなたに抱かれたいです」
「なんで?」
「なんで、って……あなたのものに、して欲しい、から?」
「それは愛人契約じゃ不満ってこと? お前、俺のペットか奴隷になりたいの?」
「えっ……?」
 違うの? という問いかけに、咄嗟に違いますよと返したものの、じゃあどういう意味かと聞かれると良くわからない。
 なんで自分は、こんなにもこの人に早く抱かれたくてたまらないんだろう?

続きました→

 
 
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雷が怖いので18

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 誕生日を祝ってもらってから先、イヤラシイおねだりを口にする、というプレイが格段に増えた。今までは恥ずかしさにやだやだ言いながらも、結局感じまくってイかされて、羞恥と居た堪れなさで泣いてしまうことが多かったのに、今は焦らされすぎるのとその結果言わされてしまうセリフが辛くて泣いてしまう。
 多分あの日、酔って甘えて、ちんちん入れてよなどと口走ったのが原因だ。
 外見も相まって背徳感が増すとかいう理由で、おちんちん弄って気持よくしてだとか、もっとおちんちんクチュクチュしてだとか、幼い言葉使いをさせられるのが恥ずかしすぎる。チビな童顔でも、股間にぶら下がるものにおちんちんという呼称が似合う幼さはさすがにない。酔っていたからといって、いつになく随分と甘やかな雰囲気だったとはいえ、なんであんな単語を口にしてしまったのか、今となってはもうさっぱりわからなかった。
 体毛だって薄い方ではあるかもしれないが、あちこちちゃんとそれなりに生えている。それらを剃りたいという要望は今のところ拒否できているけれど、いつまで拒否し続けられるかという不安は大きい。
 無理に感じさせられるよりもじりじりと炙られるように焦らされ続けるのとでは、圧倒的に後者のほうが思考力を奪っていくし、その状態で体毛の比較的濃い部分を柔らかに撫でられながら、剃ってツルツルにして可愛くしてしまおうよと優しい声音で囁かれると、彼以外に裸を見せる機会なんてそうそうないのだから別に剃られたって構わないのではと思考がグラグラ揺れるのがわかる。
 しかも、抱いてというお願いはその後も何度か口に出して頼んでいるのに、未だ叶えてもらっていない。それは可愛くおねだりが出来ていないとか、本気で求めていないとか、そういった話ではなく、体の準備がまだできてないと言う理由だった。
 せっかくだからちゃんとキモチイイ処女喪失がいいだろう? と言われたけれど、正直、そんなのどうでもいいから早く抱かれてしまいたい。そもそも、それなりの太さのある玩具やらを突っ込まれ済みなので、とっくに処女とは言えない気もする。わざわざ言ったりはしないけど。
 要するに、相手が、そうしたいだけ。結局のところ、まだその気にならないだけ。そして、そう思っている相手の気持ちが変わるような、有効的な誘惑が出来ていないというだけだ。
 整骨院やらマッサージ店とかに置かれているものより、やや幅広に感じる本当に簡易な造りのベッドの上、四つ這いで掲げたお尻に幾つかのボールが連結した形のアナルスティックがゆるゆるとした速度で出入りしている。
「ぁ、……あっ、…あぁ……」
 アナル以外一切弄るどころか触られていないし、両手は括られてベッドマットから離れないようにされていて自分で触ることだって出来ない状態なのに、ペニスは先端が腹につくほどはっきりガチガチに勃起していた。
「ふぁああああ」
 ずるずると抜け出ていく時にゾクゾクとした快感が背筋を走り、膝をガクガクと震わせながらたまらず声を上げる。
「お尻の穴、気持いいな?」
「ん、あっ、おしり、気持ちぃ」
 すでに癖のようなもので、言われた言葉を繰り返す。
「イヤラシク腰振って、凄く、可愛いよ。もっと気持ちよくなるには、どうすればいい?」
「も、っと、おしり、ずぽずぽぐりぐりして、ほし」
「うん、いい子だ」
 自分から言えるようになってきたねと褒められながら、出入りするスティックの速度が速められる。
「あああ、っああっっ」
 角度を変えたり回すように捻ったりと、求めた言葉通りに動かされて、強烈な快感にますます声を上げた。
 お尻の穴の中を玩具に擦られるだけでこんなに気持ちよくなれるのに、彼の言うキモチイイ処女喪失に、一体何が足りないのかわからない。
「あっ、あっ、やぁ、きもちぃっ、いきたい、も、いかせてっっ」
「いっていいよ。このままおしりズポズポされながらいってごらん?」
 そう言われたところで、簡単に達せられるものでもない。
「や、やぁ、いけ、ないっ」
「どうして? おしり、きもちいいんだろ?」
「きもちぃ、きもちぃっ」
「うん。きもちいぃな」
「うぁあああっっ」
 ますます激しくなる動きに、言葉が紡げなくなる。前も、ペニスも一緒にいじってほしいのに、それを口にだす余裕を奪われている。多分きっと、わざとだ。
 最近はこうやっておねだりすらさせて貰えないまま、脳が焼ききれそうな快感にさらされる時間が増えている。
「あああ、んああっ、やぁっ」
「ほら、どうした。いつでもイッて良いんだぞ」
 少し緩んだ動きに、ぐすっと鼻をすすった。
「おもちゃじゃ、やだぁ」
「え?」
「おもちゃ、やだ。入れて。も、ちんちん入れてよぉ。ちんちんで気持ちくしてよぉ」
 多分彼の予定では、ちんちん弄ってと言われるはずだったんだろう。実際、そうお願いするつもりだった。だって言ったところで、どうせ入れてもらえないことはわかっている。
 でも、お尻でこんなに気持ち良くなれてるのに、一向に抱いてもらえないことが、今日はなんだか凄く悲しいような気になってしまった。

続きました→

 
 
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雷が怖いので17

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 その小さな体のどこに消えてくんだと、驚きと呆れと感動とを混ぜた様子で、でもやっぱ若さかなと言われながら大量の朝ごはんを食べた。昨夜の夕食も美味しかったけど、朝食も負けず劣らずどれもこれもが美味しい。
 シャワーを浴びてさっぱりした段階でかなりお酒の影響は抜けていた気もするけれど、あれこれ食べると同時に、スープや味噌汁やジュースやお茶やコーヒーやらも飲みまくったら、食事が終わる頃には体調もだいぶ回復していた。
 しかし、朝飯食った後に誘ってみろと言われたことを忘れていたわけではないのだけれど、部屋に戻ってからもそこには一切触れずに、テレビを点けてニュースなどを見だしてしまった相手にどうしていいかわからない。誘えと言われているのだから、自分から何かしかけて行かなければという事なのかもしれないけれど、いざ自分からってどうすればいいんだろう?
 結局お腹がいっぱいで満たされきっていたのもあって、隣に腰掛けてぼんやり一緒にテレビを見ているうちに、気づけば寝落ちていたらしい。
 昨夜彼に抱かれてしまいたかった気持ちは確かにあるが、まったくエロい雰囲気のない今この瞬間にも、彼に抱かれたくて仕方がない気持ちがあるかといえば、全然そんなことはないというのも大きい。抱いて貰えなかったと落ち込んだ気持ちも、理由を聞いて納得してしまったのと、美味しいご飯をお腹いっぱい食べたのとで、割と簡単に浮上していた。
 そろそろ起きてくれという言葉と共に体を揺すられて目を開ければ、笑いを含んだ、それでも柔らかな優しい顔に見下されていて状況がさっぱりわからない。わからないなりに、起きてと言われたのでゆっくりと体を起こしていく。起こしながら、あれ、ソファで寝ちゃってたのかと思う。
「え?」
 慌てて振り返り、今自分が頭を置いていた場所を確認してしまった。
「え?」
 もう一度呟いて、今度は相手の顔をまじまじと見つめてしまう。だっていつからかは知らないが、間違いなくこの男の膝枕で寝ていた。
「随分気持ちよさそうに寝てたな」
「や、あの、ごめんなさい」
「謝る必要はねぇな。むしろこれ、お前が俺に謝罪を要求したって良い場面だぞ?」
「え、なんで?」
「お前が気持ちよさそうに寝こけてるの可愛くて、チェックアウトぎりぎりまで寝かせてたわけだからな。つまり、俺に今日ここで抱かれたいのかもしれないお前から、その機会奪ったってわけだ」
 残念だったなと、全く残念そうではない顔で言われて、ぶんぶんと首を横に振った。もし食後も抱かれたくてたまらない気持ちでいたら、きっとそれを無視はしなかっただろうことはわかっている。
「まぁ、お前が俺に抱かれたい気持ちになってるってのははっきりしたから、もう暫くいい子で待ってな」
 ちゃんと俺が気持ちよく奪ってやるからと笑われて、期待に体の熱が上がってしまう。エロい気分はすっかり飛んでいたのに、彼の笑顔一つでその気になってしまうのだから驚きだ。
 その後、支度という程のものもなく部屋を出てチェックアウトをしたのだけれど、実はけっこう長い時間寝こけていたらしく、すっかり昼を過ぎていることにも驚いた。ホテルのチェックアウトってのは10時が標準だと思っていたが、レイトチェックアウトと言うサービスがあるそうだ。
 なので、結局そのままホテル内のレストランで昼食を済ませてからの帰宅になった。朝ごはんを食べまくったのでさすがにさして空腹でもなく、昼なんて抜いたっていいくらいだったのだけど、これも誕生日プレゼントの一部と思って奢られとけと言われたら頷くしか無い。
 改めて、昨日から今日にかけての全てが、彼からの誕生祝いなのだと思い知る。
 嬉しいと思う気持ちの中に、なぜか少しだけ、寂しいような気持ちが混ざりこむ。だって本来ならこんな場所には全く縁のない貧乏学生なのだ。今回、優しく甘やかされる時間が多かったから何か勘違いをしてしまいそうだけれど、自分はやたらお金持ちな彼にただ雇われているだけの関係でしかないのに。
 気持ちが落ちたことにはやっぱり気づかれてしまったけれど、また連れて来てやるからと言う言葉に、この贅沢な時間が終わることを惜しんでいると思っているらしいと苦笑する。確かに、全部の気持ちが筒抜けなわけじゃないようだ。
 家の前まで送るという言葉を断って彼の家に戻り、いつも通りだけれどいつもより確実に厚みのある白い封筒を受け取り、いつの間にかクリーニングが済まされていた昨夜のスーツもプレゼントとして持たされて、自宅アパートまでの道をゆっくりと歩く。
 夢のような世界から戻って、気持ちは落ちていく一方だった。

続きました→

 
 
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雷が怖いので16

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 プレイなしでいいならビュッフェがいいと言ったら、やはりおかしそうに笑われながらも了承されて、取り敢えずシャワーを浴びておいでとバスルームに突っ込まれた。
 ふと目に入った洗面台の鏡に映る自分の姿にギクリとして、確かめるようにグッと鏡に身を寄せる。
「これ……もしかしなくても、キスマーク……?」
 胸元のあちこちに散らばる赤色に、カッと頭に血が昇った。なぜなら、多分、これを望んだのは自分の方だからだ。
 もっと、とねだった記憶とともに、明日後悔するぞと言われながらも肌に寄せられる唇と、吸い上げられてチリと感じる僅かな痛みと、大げさにアンアン零す自身の痴態が、断片的に脳内に浮かび上がる。
「俺を、あなたのものに、して」
 そんなセリフまで浮かんできて、口元を隠すように片手で覆った。多分これも、昨夜、口に出している。なのに、相手がそれになんて答えたのか思い出せない。
 シャワーを浴びながら、昨夜食後に何があったのか、曖昧な記憶を正そうと必死に試みる。けれどやはり相当記憶は飛んでいて、思い出すのは自分が晒した痴態の断片ばかりだった。
 食後に立ちあがろうとしたらぐらりと世界がゆがんで立てなくて、抱き上げられてベッドの上に運ばれた。着ていたスーツを脱がされて、お尻に入っていたプラグも抜かれて、確か、抱くのかと聞いた気がする。そして、抱かないよと返された、はずだ。多分。
 もともと、いつかは抱かれる日が来るのだろうと思っていたし、それを期待する気持ちを自覚しても居たから、抱かないと返されて、なぜかそこでムキになってしまったようだ。なんでそんな方向へ行ってしまったのかさっぱりわからないが、酔っていたからだとするなら、アルコールによる思考力と判断力の低下が心底恐ろしい。
 結局その後、あの手この手で抱かせようとして、あなたのものにしてってセリフも、きっとそれの一環だった。
 そんな酔っぱらいの戯言に、相手はどんな様子だっただろう?
 思い出そうと考えれば考えるほど、シクシクと胸に痛みが広がっていくから、あまりいい反応は貰えなかったんだろうなと思う。もしかして忘れているのは僥倖で、思い出さないほうがいいのかもしれない。
 きっと昨夜は最後まで、ちゃんと抱いてはくれなかった。抱かれたような記憶は断片ですら欠片もないし、むしろ、ちんちん入れてよなどと信じられない言葉を吐きながら、相手の手でイかされ泣いた記憶の欠片が存在していて遣る瀬無い。
 胸元に散ったたくさんのキスマークだって、彼のものになりたいと言った自分を、所有印を刻むという形でごまかしたのだろう気持ちが強かった。それでも、この痕をつけられたあの瞬間、相当嬉しかったらしい自分が、おぼろげな記憶の中でふわふわと笑っている。
 もっと付けてとねだって、寄せられる唇に喜んで、アンアン言って腰をよじって相手を誘う仕草を見せて。
 ああ、確かに今日、彼の言葉通り後悔しかない。
 寝起きから随分と甲斐甲斐しく甘やかされて幸せが続いていたはずなのに、どうしようもなく気持ちが沈んでいく。
 そしてそんなこちらの変化を、見逃すような相手ではなかった。
「どうした? まさか、泣いたのか?」
 バスルームから戻って真っ先に掛けられた言葉がそれで苦笑を零す。
「全部、お見通しなんだ」
「全部わかるわけじゃないが、お前は顔に出やすいから、ある程度はわかるよ。で、何が原因?」
「昨夜、どうして抱いてもらえなかったんだろう、って、思って……」
「なんで、……って、お前の記憶にはっきり残るか微妙なときに、初めて終わらせるとか、んな勿体ない真似するわけねーだろ」
 実際どんくらい覚えてんのと聞かれて、けっこう曖昧で断片的にしか思い出せないと答えたら、ほらみろと言わんばかりの顔で呆れられてしまった。
「ああでも、お前、俺に抱かれたくて必死だったもんな?」
 入れてよって泣かれた時はこっちの理性もさすがに飛ぶかと思ったわと笑うので、恥ずかしさも相まって、飛べばよかったのにと思わずこぼしてしまう。
「じゃあ、朝飯食った後に誘ってみろよ」
「えっ?」
「さすがに記憶飛ぶほど酔いが残ってはないだろうし、今もう一度、お前が本気で俺を誘うなら、その誘いに乗ってやってもいい。昨夜くらい可愛く、赤裸々に、俺を求められたら、な」
「えっ……?」
「でもまぁ、その前に飯食おう。お前、どこまで記憶にあるかわかんないけど昨夜吐いてるし、腹減ってるって言ってたし」
「え、吐いた?」
「記憶に無いか?」
 言われて記憶を探れば、なんとなくそんな記憶があるような気がしないこともない。トイレでえずきながら、背中を擦られている記憶だ。
 記憶の中ではまだ服を着ているみたいだから、抱き上げられて最初に運ばれたのはもしかしてトイレだったのかもしれない。

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雷が怖いので15

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 ルームサービスなんて軽食類のイメージしかなかったのに、前菜からデザートまでのしっかりコースで、デザート時にはコースのデザートと一緒に、一旦下げられたバースデーケーキもカットされて再度運ばれてきた。
 思ったより酒に強いなと驚きを混ぜつつ言われながらも、注がれるまま飲み干していたシャンパンだのワインだののおかげで、デザートの頃にはさすがにかなり頭がぼんやりしていた。それでも、コース外のケーキもほぼ一人でぺろりと平らげるくらいには、料理は全て美味しかった。
 食事は美味しいし、お尻に栓をされてるとはいえ、食事中はプレイ的な要求は一切されないまま、目の前の男は普段の何倍も優しい顔を見せていたし、最高に幸せな時間を過ごしたと思う。なんだか凄く幸せだと、何度も口に出してしまったくらいに。
 ただ、食事を終えた後から記憶は随分と曖昧だ。というか、いつの間にベッドへ移動して眠っていたのかわからない。
「う゛ー……」
 取り敢えずで身を起こしたら、頭がズキズキと痛んで呻いてしまった。痛みはあるのに、ふわふわとした浮遊感と多幸感が残っているのも、なんとも不思議な感覚だった。
「なんだこれ……二日酔い……ってやつ?」
 口に出したら、それっぽいなと思う。
 しばらくぼんやりとベッドに身を起こしたまま座り込んでいたが、やがて、トイレに行って何か水分補給をしようと思い至る。体の欲求に、思考が追いつくのが随分と遅い。
「あれ……?」
 ベッドを降りるまで、自分が裸だということにも気づかなかった。ふとお尻に手を当ててみれば、そこにあったはずのものも抜き取られている。
 おぼろげに、ベッドのうえで何やらイロイロされたっぽい記憶の欠片が蘇りかけたが、それを深く考えるよりさきに、尿意に促されてトイレへ急いだ。
 ベッドの置かれた空間とテーブルセットなどが置かれた空間は、それぞれ別の部屋と認識できる造りにはなっているが扉はなく、トイレはベッドルームを出た先にある。
「おはよう。いい格好だな」
 隣の部屋に踏み入ったら、すぐにそんな声が飛んできた。慌てて声のする方向へ顔を向ければ、ソファに腰掛け新聞を読んでいたらしい男がニヤニヤ顔でこちらを見つめている。
「ああ、まだ酔ってんなお前。大丈夫か?」
 ぎくりとして立ち止まり、その顔をまじまじと見返してしまえば、すぐにそんな言葉と共に男が立ち上がった。ニヤニヤ顔は少し困った様子の苦笑顔になっている。
「と、トイレに行くだけだからっ」
 近づくように歩き出す姿にハッとして、叫ぶように告げると慌ててトイレに駆け込んだ。
 急に動いたせいか、頭がぐわんぐわんと回る気がして、トイレの壁に寄りかかって息を整える。しんどい。
 それでもなんとか無事に用を足し、さて、どうしようかと思う。とは言っても、どうしようもない。トイレの個室に着替えが湧いて出てくるはずもないので、このまま裸でもう一度ベッドルームまで戻るしか無いのだ。
「よしっ」
 気合を入れてトイレのドアを開け、今度は最初から駆ける勢いでベッドルームへ急ぐ。チラリと見たソファでは、やはり男が新聞を読んでいる様子で、けれど今度はこちらを振り向くことはない。
 しかしやっぱり急な運動に頭がぐらぐらと揺すられて、戻ったベッドルームで盛大に呻くはめになった。横になる気にはならず、ベッドの脇に座り込んで、ベッドに頭だけ乗せて粗い呼吸を繰り返す。
「未だに裸を晒すのが恥ずかしいってのは、それはそれで評価するけど、あんま無茶すんなよ。というかそこで吐くなよ?」
 背後から声がかかって、気配が近づいてくる。
「吐きません、よ」
「気持ち悪くないか? 頭は?」
 すぐ隣に同じように腰を落とした相手の手が、よしよしと慰めるように優しく頭を撫でてくれる。
「頭は、痛い、です」
「ん、二日酔いだな。薬、飲めるか?」
「薬?」
「もしくは食事。朝飯食えそう? 水分とエネルギーの補給出来る元気あるなら、そっちおすすめ」
「あ、水……飲みたいんだった」
「わかった。ちょっと待ってろ」
 一旦立ち上がって気配が遠ざかったかと思うと、すぐに戻ってきてペットボトルのミネラルウォーターが手渡される。
「ほら、薬も。薬ってーかサプリみたいなもんだし一応飲んどけ」
 口元に押し付けられてしまったので、黙って口を開いて錠剤を二粒ほど口の中に受け取った後、ペットボトルに口をつける。蓋は既に開いていた。
 そのまま一息に半分ほど飲み干して、ほっと息をつく。
「なんか、すごく、甲斐甲斐しい」
 思ったままつい口からこぼせば、嬉しいだろう? と少しからかうような口調で返された。
「うん、……凄く、嬉しい、かも」
「そりゃ良かった」
 またゆっくりと頭を撫でられて、うっとりと目を閉じる。
「もいちど寝るか?」
 優しい声に、そうしてしまおうかという気持ちが湧かないわけではなかったけれど。
「ううん。お腹、減った」
 水を飲んだら、空腹なことにも気づいてしまった。
 それを口にしたら、吹き出されるというなかなかに珍しい経験をした後、着替えてビュッフェかルームサービスなら和食か洋食が選べるぞという提案がなされた。

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