さすがに黙って受け入れられるわけもなく、とっさに自身の口を手で覆って隠した。
「やっぱダメ?」
口を手で覆ったまま肯定を示すように何度も頷いてしまえば、可笑しそうに笑ってから頭をくしゃくしゃっと撫でられる。
「いい子だねぇ」
頭から手が離れると同時に寄せられていた顔も離れていったので、ホッとしてこちらも口から手を離す。
「からかって……あ、もしかして、試されて……?」
「や、一応本気で誘ったけど」
ちなみにダメな理由は? と聞かれて、普通は了承しないんじゃ? と思ったけれど、正直ちょっと自信がない。こんな風に誘われたら乗ってしまうのが普通、という可能性も捨てきれない。
ゲイの自覚を持ちながらも長年同士に出会う努力をいっさいせずに悶々としてた自分は、ゲイコミュニティの中での交流が盛んだったっぽいこの人や彼とは、普通に対する感覚が多分絶対に違う。
いやでもここ、一応彼氏の家だし。まぁ家主はこの人らしいけど。だとしても、この部屋に今居ないだけで、恋人と呼ぶ相手が同じ家の中にいるわけだし。
と考えたところで、ふるふると頭を振ってしまう。
いやいやいや。彼が居ない場所だってこんな誘いに応じちゃダメだし、応じる気はないはずなんだから。少なくとも、自分のなかの常識では。
「教えてもらえない感じ?」
「や、恋人いるんで。片想いみたいなもんだけど、一応ちゃんと好き、なんで」
健気! と驚いているのか喜んでいるのかわからないテンションで告げた後。
「じゃあアイツが俺に抱かれろって言ったら?」
俺が頼んだらアイツは交ぜてくれるかも、の言葉に現実感が増していく。本気で頼みそうだし、頼まれたらダメって言わないんだろうなとも思ってしまう。
だってそういうのが当然、みたいな関係だったみたいだし。
「あれ、泣くほど嫌がられてる?」
想像してじわっと涙が浮かんだことにあっさり気づかれて、あなたが嫌なわけじゃなくて、ととっさに口走ってしまった。
「恋人いるのにその人以外に抱かれる、って状況がなんかもうツライっていうか。しかもその恋人が横で見てるんですよね? 何考えて見てられるんだろとか考えたら、ヤなこと色々想像しちゃって」
過去に楽しんでたって話だから、恋人が別の男に抱かれてるのを見ても興奮できるってことなんだろうし、他の男に抱かれてるのを平然とした顔で見られたら絶対に悲しい。しんどい片想いが始まっていることを自覚した今はもう、自分ばかりが好きなんだという事実を突きつけられる結果が見えている。
「交ぜてってのは、俺と君のセックスを横で見てるってよりは、一緒に楽しむ、だと思うけど?」
「よくわかんない、です」
「えー……と、二人がかりで君の気持ちぃとこ撫で回したり、交代で君の中に入るから、入ってない側がやっぱり君の気持ちぃとこ撫でられるとか。あとは、あー……や、まぁ、確かに君が安心して楽しめるプレイの幅は狭そう、かなぁ」
楽しいのは俺達だけ、ってことになりかねない。の言葉は多分当たっている。
「あの、いつか俺が失恋したら、その時もしあなたがフリーだったら、一回くらいは抱かれてみてもいい、です。ちゃんとセーフセックスしてくれるなら、ですけど」
「え、1回だけなの? フリー同士でも?」
「や、だってあなた、俺の次の恋人になってはくれないでしょう?」
「あー、うん。確かに。恋人とかパートナーとか、ちょっと俺には無理かなぁ」
死んじゃってもずっと好きなんだよねと笑う顔は儚げだった。肯定してくれて、良かった。
「あの、どんな人だったんですか、とか聞いても大丈夫ですか?」
「とんでもエピソード満載だけど、ダイジョブそう?」
「た、多分?」
甥っ子カップルと恋人交換とか抱かれろって言って相手を連れて来る以上に、まだまだとんでもな話が出てくるんだろうか。でもこの人がそこまで惚れ込む相手がどんな男だったのか、聞いてみたい気持ちのほうが強かった。
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