せんせい。8話 職員室を優先してた

<< 目次  << 1話戻る

 

 暫く待ってみたが返事がない。不思議に思いながらもドアに手を掛ければあっさりひらき、美里は軽く声を掛けながら室内に踏み込んだ。
「いらっしゃらないんですか、先生……?」
 室内に人の気配はなく、返事はやはり返ってこない。鍵が掛かっていないということは、きっとすぐに戻ってくるのだろう。
 仕方なく、美里は再度火傷部分を冷やすために、取りあえず流しへ向かった。
 流水に手を浸しながら、窓の外へ視線を向ける。
 いい天気だった。誰もいない校庭に、秋の日差しが降り注いでいる。思考することすら放棄して、ただただ目に映る景色を見ていた。
 そんな中。
「失礼します。河東の容態は……」
 よほど慌てていたのか、ノックもなくドアが開き、雅善の声が飛び込んできた。
 驚いて入り口を振り返った美里の目に、ズンズンと歩み寄ってくる雅善の切羽詰ったような表情が映る。
「授業、は……?」
「少し早めに切り上げた。それより怪我は? 手当て、してへんの?」
 雅善は流水に浸された美里の手に視線を投げかける。
「ああ。校医の先生、不在みたいで。手もたいしたことなさそうだし、鐘鳴っても戻ってこなかったら、教室戻る気でいた」
「ちょお見せて」
 乞われるままに濡れた手を差し出せば、躊躇うことなくその手をとり、怪我の様子を探るようにジッと観察された。
 昨日、あんなことをした相手の手を、こうも心配できるのはなんでだろう。この躊躇いのなさの意味を、どう受け取ればいいのだろう。
「ヨシ、ノリ……?」
 ふと顔をあげた雅善が、不思議そうに名前を呼んだ。
 ホント、何から何まで、ズルイ。
「教師と生徒になれって、そう言ったのはアナタですよ、西方先生」
「あっ……」
「アンタ、ズルイよ。こんな風に心配して、それは教師としての責任からなのかも知れないけど、それでも俺は、誤解しそうになる。ガイに、少しは特別に思われてるんじゃないかって、さ」
 雅善の手の中から、そっと自分の手を取り戻そうとした美里は、その手をキュッと握られ動きを止めた。
「西方、先生?」
 呼びかけに、雅善の瞳が悲しそうに揺れる。
「あ、あのな……」
「手、放してください。じゃないと俺、先生をまた困らせるようなこと、言いますよ」
 更に強く握り締めてくる暖かな手。けれど、雅善自身の口から、思いを肯定するようなことは言って貰えない。
 言って貰えないけれど、繋がった手から、雅善の想いが伝わってくるような気がした。だから、そんな雅善の立場ごと、丸ごと全部絡め取ってやればいいのだと思い至る。
 美里はゆっくりと口元に笑みを浮かべて見せた。
「ガイが、好きだ。校内では今後一切そんなことは言わない。だから代わりに、俺が卒業するまでは知り合いさえ居ない様な、どこか遠い場所へ遊びに行こう?」
「そんな……ん、」
「頼むよ。ダメだなんて、言わないでくれ」
 ガイが困らない範囲でいいから、付き合って欲しい。そう頼み込む美里に、雅善はやはり少し困ったような顔で考え込んだ後。ようやく頷いて、その頬を赤く染めていく。
「ワイも、美里を好きやで」
 ホッと息を吐き出す美里の耳に、校内では二度と言わないという注釈付で、そんな言葉が囁かれた。

 

 

**********

 自宅の最寄駅からは大分離れた場所にある小さな駅を降りた美里は、駅前のロータリーに停車する一台の車に、迷うことなく向かって歩く。
 雅善が車持ちだったので、二人で過ごす時間は車の中がダントツに多い。
 本当は助手席に雅善を乗せて自分が運転したいのだけれど、免許の取得は受験が終わってからと決めている。親にも友人達にもそう宣言していたことを最初は少しばかり悔やんだけれど、ハンドルを握る雅善をのんびり観察するのも楽しいので、もう暫くはこの状態に甘んじて居ようと美里は思う。
 互いの家に行き来することも、街中を並んで歩くことも、今はまだ出来ないけれど。来年の春、桜が咲く頃にはそれらの夢も叶うだろう。
 美里が近づくのに気付いて口の端を持ち上げる雅善に、自分も同じように笑いかけてから、残りの距離を急いだ。

<END No.3>

 
 
*ポチッと応援よろしくお願いします*
にほんブログ村 BL短編小説/人気ブログランキング/B L ♂ U N I O N/■BL♂GARDEN■


HOME/1話完結作品/コネタ・短編 続き物/CHATNOVEL/ビガぱら短編/シリーズ物一覧/非18禁

せんせい。7話 部活を優先してた

<< 目次  << 1話戻る

 

 返事を待たずにドアを開ければ、中は一見無人のようだった。
「いらっしゃらないんですか、先生……?」
 軽く声を掛けてみるが、やはり返事はない。
 仕方なく、美里は再度火傷部分を冷やすために取りあえず流しに向かった。
「河東……?」
 流水に手を充てた美里の背後から、名前を呼ぶ声がする。振り向いた先、ベッドを仕切るカーテンから顔を覗かせていたのは今泉だった。
「どうしたんだよ。サボりか?」
「ちょっと寝不足で」
「テストはこの前終わったばかりだろう?」
「おいおい。俺達一応受験生だぜ?」
 苦笑を零しながらも、今泉は心配そうに美里を見ている。
「どうかしたか?」
「それはこっちが聞きたいな。手、どうかしたのか? 先生、電話が来たとかでお前とほとんど入れ違いに出て行ったよ」
 タイミングが悪いなと言う言葉に、美里は曖昧に苦笑して見せた。
 体よく追い払われただけのような気もするし、実際、多少痛んではいるがそんなにたいした火傷でもないのだ。
「ちょっと、な。バカやって火傷した」
「化学の授業だったのか?」
「ああ。お前んトコはもう実験授業終わったのか?」
 軽く頷いて見せた後、今泉はカーテンの影から姿を現し、美里へと近づいてくる。
「大丈夫なのか?」
「たいしたことはないと思う。ただ、右手なのがこれから先ちょっと不便ではあるかもな」
 今泉の視線の先を追うように、美里も蛇口から流れる水の中に浸された自分の手を見つめた。その視界の中、ふいに今泉の顔が迫る。
 下から顔を覗き込まれて、美里は驚きに目を見張った。
「なぁ、俺に、しないか?」
 そのセリフからすると、不安そうな表情は美里の火傷の具合を心配しているからではなさそうだ。
「何の話だ?」
「西方先生相手にするより、俺にしとけよ。って話」
「は? 何言って……」
「見たんだ。昨日の放課後、化学準備室で言い争ってたろ」
「見たって、お前……」
「お前らの噂、俺もちょっと気になってさ。先生に確かめてやろうと思ってたんだ。でも、それどころじゃなかったけどな」
 本当の寝不足の原因はソレだと告げる今泉に、美里は一瞬言葉を失った。
「好きなんだろ? 西方先生のこと。でも、相手は教師で、お前を相手にする気は、多分、ない」
「うるさいな。わかってるよ、そんなことは」
「そう怒るなよ。ただ、そんな脈のない奴を相手にしてるなら、俺が立候補したって構わないかなと思っただけだって」
「お前、自分が何言ってるかわかってるのか?」
「わかってるよ。昨日のアレを目撃したのは、ある意味ラッキーだったと思ってる。お前が男もイけるってわかったからな」
 今泉はようやくニコリと笑って見せる。
「本当は言わずにいようと思ってたけど、ずっと好きだったよ、河東のこと」
「俺は、お前をそういう対象で見た事なんて、ない」
 困ってそう吐き出した声は、わずかに掠れていた。
「これから、そういう対象として見てくれれば構わないけど?」
「いや、でも、それは……」
「試しにでも、付き合ってみないか? お前だって、誰にも言えないような気持ち抱えてたら辛くないか? 暴走して本当に西方先生を犯してからじゃ遅いだろう?」
 立て続けに浴びせられる言葉が痛い。
「お前が、ガイの代わりに抱かれるとでも?」
「そうだな。お前がどうしてもって言うなら」
「どうかしてるぞ」
「そうか? 俺は、お前とデキルなら、西方先生の変わりでもかまわないけど」
 だって、絶対にそんな機会はないと思ってたから。
 そう告げた時の今泉のはにかんだ表情に、美里の心が揺れた。雅善相手に、自分は同じことが言えるだろうか?
 『物わかりのいい年下の友人』という立場を守るために、昨日、その身体を開放してしまった自分には、きっと無理だ。
「知らなかった。お前、意外とバカだったんだな」
「俺がバカになれるのは、お前に対してだけだと思うけどな」
 小さな苦笑を漏らせば、同じように苦笑を返された。
 その苦笑顔に、唇を寄せる。就業を告げるチャイムが鳴るのに構わず、その唇に触れた。
 そういえば、雅善とはキスをしていない。なんてことを考えてしまうのは、やはり、今泉が雅善の代わりでもいいなどと言ったからだろう。
「了承の、意味で取るぞ?」
 身体を離すより前に、首にまわされた腕によって引き戻され、息の掛かる距離で囁かれた。
 頷きかけたその時。
「失礼します。河東の容態は……」
 ノックもなくドアが開き、雅善の声が飛び込んできた。
 ここが保健室という場所で、鍵を掛けていない室内に、いつ誰が入ってきても可笑しくないのだと言うことを失念していたようだ。
 慌てて振り返った先、驚きに目を見張る雅善と視線が合った。今泉の腕は既に解かれていたが、美里は黙ったまま動けない。
「スマン……」
 先に動いたのは雅善のほうだった。クルリと背を向け、後ろ手にピシャリとドアを閉める。
「まっ……」
 伸ばしかけた腕はなんとか堪えたものの、その口からは待って欲しいという気持ちの片鱗が零れ落ちていた。
「追いかけないのか?」
 掛かる声に隣を見れば、今泉はなんとも複雑な表情をしている。きっと自分も同じくらい、複雑に絡んだ感情を面に出してしまっているだろう。
 それでも、自分の気持ちと選ぶ未来を決めるのは自分自身でしかないのだ。
 答えは決まっていた。

>> 追わない

>> 追う

 
 
*ポチッと応援よろしくお願いします*
にほんブログ村 BL短編小説/人気ブログランキング/B L ♂ U N I O N/■BL♂GARDEN■


HOME/1話完結作品/コネタ・短編 続き物/CHATNOVEL/ビガぱら短編/シリーズ物一覧/非18禁

せんせい。6話 従わず暴走

<< 目次  << 1話戻る

 

 ズルイ ズルイ ズルイ。
 こんな状態に陥っても、慌てて醜態を晒すような男じゃないから。相手を宥めるための言葉を選べる大人だから。
 悔しさに美里は唇を噛み締める。
 声を震わせはしたけれど、怯えているわけではない。
 結局、雅善に敵いはしないのだ。
 美里は一度瞳を閉じて、心の中で3つ数えた。それは、多くを望まず諦めるための時間。
「俺は、今も結構冷静だと思うけどな。てわけで、諦めろよ」
 そう口に出しながらも、諦めるのは自分のほうだと美里は思う。
 心が手に入らないなら、せめて身体だけ。
 その考えが酷く醜いものだという自覚もある。それでも、もう、止まらない。
 握りこんでいたモノを放した美里は、雅善が一瞬ホッとしたように力を抜いた隙を逃さず、更に奥へと手を伸ばした。
「イッ!!」
 知識だけで知っている男同士で繋がるための場所へ、半ば強引に指先を埋め込めば、雅善の口から苦痛の声が漏れる。
「慣らせるようなもの、ないのか?」
 背後の棚に並ぶ薬品類に目を走らせながら問うが、遠目にラベルを見た所で美里にはそれらの薬品が何であるかはわからない。
「はっ、何言うとんの。アホなんも大概にし」
「力じゃ敵わないってのに、余裕だな」
 更に強引に突き立てた指に、上がる悲鳴はキスで塞いだ。
 背けようとする顔を顎を掴んで押さえ込めば、口内へと吐き出される苦痛の声。構うものかと指も舌も乱暴に動かせば、胸に鈍い衝撃と痛みが走った。
 雅善が括られた両拳で美里の胸を突いたのだ。
「ムチャクチャ痛い。最悪や。このヘタクソ!」
 吐き出す声はさすがに怒りに満ちている。しかし、ヘタクソなどと罵られた美里の方も、充分に怒りを煽られていた。
 一旦身体を離し、男にしてはやや小柄な身体を抱き上げる。そうしてから、部屋の奥に置かれた机の上に雅善を腰掛けさせた。
 足元に絡まるズボンと下着を引き抜き、問答無用で両足を大きく開かせれば、雅善の顔が羞恥で赤く染まる。それに構わず、美里は開かせた足の間へと顔を寄せた。
「なっ……!」
 慌てた雅善が力を込めた両足は、それを押し返す美里の力の前では無力だった。
「あ、あかんて、美里。カンニンや!」
「大声出すなよ。慣らすもんないんだ、仕方ないだろ?」
「わ、わかった。わかったから、ちょおストップ。ストップや!」
 美里の掴む膝から下をバタつかせる雅善に、さすがの美里も動きを止めて、雅善を窺うようにわずかに視線を上げる。
 必死の表情で雅善は机の隣にある小型冷蔵庫を開けるようにと訴えた。
「そこに、ラップ掛かった500mlビーカーあるやろ」
 言われるままに冷蔵庫を開けた美里は、丁度目の前の位置に置かれたそれに手を伸ばす。中には半透明の液体らしきものが、ビーカーの半分量ほど入っている。
「なんだよ、コレ」
「単なるデンプン糊や。一応、食べたとしても毒やない」
「で、これをどうしろって?」
「ちょお触ってみぃ。そしたらわかる」
 美里はフッと小さなため息を吐き出すと、仕方なく手の中のビーカーからラップを外し、ほんの少し傾けて、手の平の上へとその液体を垂らした。
 思っていたよりもずっとトロミのあるソレは、ゆっくりとビーカーの内壁を伝って落ちてくる。
「ここまでされたら、本気で合意してるんだと勘違いするぞ?」
 コレを潤滑剤代わりにしろと言っているのだと理解はしたが、雅善の思惑が図りきれず、美里は眉を寄せて見せた。
「止めてもムダやって言うなら、仕方ないやんか。ワイかて、自分の身体は大事にしたいねん」
「悪かったな、ヘタクソで。なら、お望み通り使ってやるよ」
 言い捨て、美里はトロミの付いた液体を乗せた左手を、舌の代わりに深部へと押し当てる。
「んんっっ」
 咄嗟に口を閉じた雅善の鼻から漏れる、甘い響き。
 あらわになっている太腿は、一瞬にして粟立った。潤滑剤の力を借りて、今度は比較的すんなりと、雅善の深部はビリーの指を飲み込んでいく。
「……っ」
 声を洩らすまいとしてか、雅善は括られた両拳を口元に押し当てている。視線が合うと、困ったように瞳が揺れた。
 その瞳を見据えながら、ゆっくりと内部に埋めた指の抜き差しを繰り返せば、逃げるように瞳を閉じて、いっそう固く口を結ぶ。
 ゆがめた眉の上、額に薄く汗が滲んでいる。上気した頬も、耐える表情も、時折零れ落ちる吐息も。
 無理を強いている自覚があってなお、美里の熱を煽ってやまない。
 逸る気持ちを押さえ、極力丁寧にその場所を解したビリーは、ほとんど抵抗を示すことのない雅善の両足を抱え上げた。
 バランスが取れずに、雅善の身体が傾ぎ、背後の壁に打ちつけた頭が鈍い音をたてる。
「悪い……」
 呻く雅善に声を掛ければ、涙の滲む瞳で睨まれた。
 またヘタクソと罵られるかと覚悟したが、雅善が口にしたのは別の言葉だった。
「逃げへんし、この手、解いて貰えん?」

>> 解く

>> 解かない

 
 
*ポチッと応援よろしくお願いします*
にほんブログ村 BL短編小説/人気ブログランキング/B L ♂ U N I O N/■BL♂GARDEN■


HOME/1話完結作品/コネタ・短編 続き物/CHATNOVEL/ビガぱら短編/シリーズ物一覧/非18禁

せんせい。5話 制止の声に従う

<< 目次  << 1話戻る

 

 ズルイ ズルイ ズルイ。
 昔と違って、今では随分と体格差がついているのだから、このまま力尽くで身体を繋ぐことも不可能ではないだろう。けれどそれでは絶対に、雅善の心は手に入らないのだ。
 こんな状態に陥っても、慌てて醜態を晒すような男じゃないから。相手を宥めるための言葉を選べる大人だから。
 声を震わせはしたけれど、怯えているわけではないだろう。結局、雅善に敵いはしないのだ。
 悔しさに美里は唇を噛み締める。雅善の手首を縛めるネクタイの結び目を解いた美里は、何も言わずに背中を向けた。
「ビリー……」
 小さな呼びかけの声は無視して、そのまま化学準備室を出て後ろ手にドアを閉める。
 張り詰めていた糸が切れたようにその場に座りこんでしまいたい衝動を押さえて、大きく息を吐き出した。
「ホント、ズルイ……」
 小さな呟きを一つ残して、美里はその場を後にした。

 

 楽しみだったはずの化学の授業が、今日は憂鬱でしかたがない。
 美里は黒板の前に立つ雅善を見ることが出来ず、その言葉も耳を素通りしていく。
「……ウクン、河東君!」
 隣に座っていた女生徒に名前を呼ばれ、ハッとしたように美里はそちらを振り向いた。
「ビーカー、沸騰してるよ?」
 目の前の三脚の上では、確かにビーカーの中の湯がボコボコと煮立っている。明らかに加熱しすぎだった。
「あっ!」
 慌てて手を伸ばすのと、隣の女子が小さく叫んだのはほぼ同時だっただろう。
「熱っ!!」
 次の瞬間には、実験台の上にビーカーが落ちる音と美里の上げた声が重なった。
 割れはしなかったが、倒れたビーカーから溢れた湯が机の上に広がって行く。
 辛うじて隣の女子は自分のノート類を脇へ除けたが、美里のノートと教科書は、大分湯を吸ってしまったようだった。
「なにやっとんのや、このアホが!」
 たまたま見ていたのか、それともやはり、今日の美里の様子の可笑しさに気付いて気にしていたのか、すぐさま黒板前から怒声が飛んでくる。
「ボーっとしとらんで早よ手ぇ水に晒せ。入っとったのはまだただのお湯やな?」
 美里は辛うじて頷いた。雅善は隣の女子に机の上を雑巾で拭くように指示を出しながら近づいてくる。
「ボーっとつっ立っとるヤツが居るか。ほら、早よ冷やして」
 既に教室中の視線を集める中、雅善は美里の腕を掴んで、実験台の隣に設置された水道の蛇口を捻った。
 流れる水の中に美里の右手を突っ込み、雅善はようやく一つ大きな息を吐き出す。そうしてから、二人へ視線を注いでいる他の生徒へ向けて注意を呼びかける。
「余所見しとらんで、自分の分の実験しっかりせぇよ。河東みたいに火に掛けたビーカー、素手で掴むアホは他におらんと思うけども、触れたりせんよう気ぃつけや」
 美里はそれら全てをどこか他人事のように感じながら、呆然とした表情で流れる水に視線を向けていた。
「河東君、大丈夫?」
 机の上を拭き終えたらしい隣の女子が、ついでとばかりに、濡れてしまった美里のノートや教科書の水分を拭き取ってくれながら、心配そうに声を掛けてきた。
「ん、ああ……」
 鈍い返事を返す美里に、取りあえず保健室に行って来いと告げたのは雅善だった。
「別に、たいしたことない」
「ガッツリ掴んどいて、たいしたことないわけないやろ。というより、もう暫く冷やさなあかん。けど、ここでやられたら迷惑やんか」
 保健室でもう一度じっくり冷やした後、保険医に一応診てもらった方がいいと言いながら、雅善はポケットから取り出したハンカチを濡らして美里に握らせる。そして、実験室を出て行けと言うように、ポンと背中を押し出した。
 仕方なく、美里はその指示に従い実験室を出て行く。
 このまま屋上にでも行ってしまおうか。なんてことを一瞬考えた。
 けれどやはり右手がヒリヒリと痛んでいたので、美里は小さな溜息を吐き出し、隣接する保健室のドアを叩く。

>> 部活を優先してた

>> 職員室を優先してた

 
 
*ポチッと応援よろしくお願いします*
にほんブログ村 BL短編小説/人気ブログランキング/B L ♂ U N I O N/■BL♂GARDEN■


HOME/1話完結作品/コネタ・短編 続き物/CHATNOVEL/ビガぱら短編/シリーズ物一覧/非18禁

せんせい。4話 中間考査後

<< 目次

<< 部活優先に戻る  << 職員室優先に戻る

 

 今まで部活で消化されていた分の時間が勉強に利用できるので、中間考査の結果は随分と芳しかった。
 部活動に精をだしていた生徒の多くが、きっと同じような状態だったはずだと美里は思う。
 だから、98点という学年内最高得点をマークした化学にしろ、それは頑張った結果に過ぎず、雅善が事前にテスト内容を洩らしたなどという事実は欠片もないのだ。
 学内新聞に取り上げられたこともあり、美里と雅善が幼馴染であるという話は既に校内の広範囲に広まっていたから、そういった憶測があったこと事態は、仕方がないのかも知れない。そうは思うが、そんな憶測に振り回されるのはたまったもんじゃない。
 放課後、ここ一月程で随分と馴染んでしまった化学準備室へと赴いた美里は、迎える雅善の暗い表情に気付いて首を傾げた。
「何かあったのか?」
「ああ、うん。美里に、言わなならんこと、あんのや」
「いい話、じゃなさそうだな」
「そうやな。ハッキリ言うて、胸糞悪い話やねん」
 一瞬、雅善の瞳に怒りの炎が浮かぶ。
「ガイが俺にテスト内容を教えたとか言う噂絡みだろう」
 尋ねると言うよりは言い切って、美里は雅善へと近づいていく。
「そんな噂、無視してりゃいいじゃないか」
 実際こちらに非はないのだ。どうどうとしていればいい。
「相手が生徒やったらな。ワイかて簡単に否定して終わりにするわ」
「相手?」
「教頭先生に呼び出されてな~」
 雅善は大きなため息をひとつ吐き出した。
「問題なんは、一人の生徒と親しくしすぎることやって言われたわ。美里の点が良かったのは美里自身が頑張った結果やってのは、向こうも認めとる」
「なんでだよ。どんな先生だって、親しい生徒とそうじゃない生徒がいるもんだろ?」
「せやから! 昔同じマンションに住んどって親しくしてたとか、こうやって毎日クラブ活動でもないのに放課後話しに来たりとか。一応気をつけとったけど、お前、二人きりん時はワイを名前で呼ぶやろ? 壁に耳ありなんを忘れて、他の生徒が『河東のテストの点が良かったのは臨採教師が裏でテスト問題を横流ししたからだ』て言い出すようなことしとった、ワイの落ち度なんや」
「バカ言うなよ。何がガイの落ち度だって言うんだよ。当然そんなのは否定したんだろ?」
「相手は聞く耳持ってへん。それに、どう考えてもワイの方が立場弱いねん」
 就任一ヶ月で辞めさせられるわけにはいかないだろうと告げる、雅善の表情は悲しげだ。
「で? 俺に、もうここには来るな、って言いたいわけだ?」
 沈黙は肯定。
 どれくらいの時間が過ぎただろう。そっと視線を外したまま口を開かない雅善に焦れて、美里はわざとらしく舌を鳴らして見せる。
「教師と生徒、だもんな。昔お世話になった大好きなお兄さんに会えて、浮かれすぎてたみたいだ」
「それは、ワイかて……」
「それでもガイは、明日から俺をただの一生徒として接してくるんだろう?」
 その口から、ヨシノリだとかビリーだとか、名前だったり昔のあだ名だったりが響くことはもうないのだろう。今までは、教室や廊下や職員室でカトウと呼ばれても、放課後この部屋で、笑顔と共に名前を呼んで貰えればそれで構わなかった。
 ガイという呼びかけに振り向いて貰えれば、それだけで満たされるのに。また、奪われてしまう。
 いや、昔と違って引越しで会えなくなるわけじゃない。雅善は美里の目の届く先に居て、美里のことを『河東』と呼び、『西方先生』という呼びかけに振り向くのだ。ムカムカと胸の奥を圧迫するものの正体を知っている。
 美里は目の前にある自分より頭一つ分小さな身体に腕を伸ばして引き寄せた。
 驚きに目を見張る雅善に構わず、その胸元に掛かるネクタイに指先を掛けて引き解く。
「よ、ヨシノリ!?」
「黙れよ。騒いで人が来たら、困るのはガイの方だろう? こんなの誰かに見られたら、間違いなく辞めさせられるぜ?」
 冷たく言い放った言葉に、雅善が息を飲むのがわかった。
 動きが鈍ったのをいいことに、美里は解いたネクタイで雅善の両手首を括り合わせる。
「何を、する気やの……?」
 細く吐き出される声に美里はフッと鼻で笑った。
「いい大人がこんなことされて、この後何が起こるのかわからないわけないだろ」
 ズボンの布地越し、美里は躊躇いもなく握りこむ。小さな悲鳴を飲み込む気配がした。
「あかん、て。こんなん、やめや」
 諭すような囁きが腹立たしい。
「止めて欲しきゃ、助けを呼べばいいだろう?」
 手首をネクタイで縛り上げてある上でのこの体勢を見れば、非がこちらにあるのは明らかだ。それでも、助けなんて呼べないのはわかっている。
 美里は構わず、雅善のYシャツのボタンを荒い手付で外した後、ベルトへと手を伸ばす。上体を捻って逃げようとする身体を引き戻して、下着ごといっきにズボンを引き摺り下ろした。
 剥き出しになった股間に、快楽の兆しなどはいっさいない。美里は手の中にすっぽりと納まるほどに縮こまっているソレに、強引に刺激を与えてやる。今度は確実に、その口から小さな悲鳴が漏れた。
「呼ばないのかよ、助け。止めないとこのままヤっちまうぜ?」
「ワイが困るて言うたん、自分やろ。助けなんか呼べるかい」
「じゃあ、合意の上ってことで」
「アホかっ!」
「そうかもしれない」
 馬鹿なことをしようとしている自覚はある。こんなことをしても、雅善の心は手に入らない。
 わかっている。この一月ほどの間で、尊敬や憧れに近かった幼い頃の想いは穢れ、恋だの愛だのという言葉で飾ってみた所で、どうしようもない欲望を抱えてしまった。
 否。むしろ心に体が追いついただけなのかもしれない。
 長らく離れていた時間を埋めるように、心も、体も、相手を求めてやまなかった。
 それでも、雅善が笑いかけてくれる喜びと秤にかければ、そちらの方が重かったから。だから、溢れかける想いや欲望は押さえつけてきたのだ。
 本当ならもっと個人的な繋がりが欲しくてたまらないのに、今更、ただの教師と生徒になんて戻れるわけがない。
「ビリー。少し落ち着こや、ビリー」
 美里の手で与えらる刺激に声を震わせながら、雅善が必死に言葉を紡ぐ。
 ヨシノリと呼ぶよりも、ビリーと呼ぶ方が柔らかく声が響くのを、きっと雅善も意識している。

>> 制止の声に従う

>> 従わず暴走

 
 
*ポチッと応援よろしくお願いします*
にほんブログ村 BL短編小説/人気ブログランキング/B L ♂ U N I O N/■BL♂GARDEN■


HOME/1話完結作品/コネタ・短編 続き物/CHATNOVEL/ビガぱら短編/シリーズ物一覧/非18禁

せんせい。3話 職員室優先

<< 目次  << 1話戻る

 

 けれど結局、軽い嫉妬にも似た気持ちが勝ってしまった。あの笑顔を、自分に向けさせたい。
 名前を呼ぶつもりで口を開いた美里は、けれど、昔と同じようにガイと呼び捨てるわけにはいかないだろうと思い至って、一旦口を噤む。
「西方、先生」
 そして結局、かなりの違和感を覚えながらもそう口にした。
 真っ先に反応したのは呼ばれた本人ではなく、その周りを囲んでいる女子の一人で、昨年は確か同じクラスだった。
「河東君?」
 名前を呼ばれたが、申し訳ないことに、相手の名前に自信が持てない。だから美里は軽く頷き、相手の名前には触れないままで話を進める。
「先生を囲んで、なんの話をしてたんだ?」
「学校新聞への協力要請よ。ちょっとしたプロフィール調査。河東君こそどうしたの?」
「俺は……」
「カトウ、ヨシノリ?」
 正直に知り合いなのだと告げずにすむ言い訳はないかと思いつつ、口を開いた美里を遮るように、雅善がゆっくりと名前を呼んだ。確かめるような疑問符付の、語尾がやや上がったその声に、美里は返す言葉が見つからない。
「知り合いなんですか?」
 覚えて貰っていたという喜びを噛み締める間もなく、女子の一人が雅善へと問い掛けた。
「てことは、うっわ、ホンマに美里なん?」
 瞳のあたりに面影があるとかなんとか言いながら、雅善が笑う。美里もしかたなく肯定の返事と共に頷いて見せた。
「随分でかなったなぁ。昔はワイの胸くらいまでしかなかったくせに、暫く会わんうちに立場逆転の勢いや」
 壇上に立つ姿を見た時には気付かなかったが、今、目の前に立つ雅善の背は、美里の肩くらいまでしかない。美里もそれほどの高身長ではなかったから、思っていた以上に小柄だった。
 昔はその顔を見上げていたのにと思うと、なんとも不思議な気分だ。
「本当にお久しぶりです。それで、色々と積もる話もありますし、少しでいいんで、時間、貰えませんかね?」
「それは、ええけど……」
 笑顔をしまって、雅善は困惑の色を浮かべる。昔とはあまりに違う態度に対するものなのだとわかるから、早く二人きりになって、その誤解を解きたいと思った。
 それにはまず、好奇の目をして自分達の会話を聞いている女子達から離れたい。

 

 一応美里もサッカー部のキャプテンとして、今年の夏には、高校総体の県代表まであと一歩と言う所まで部員達を率いた実績があり、校内での知名度もそこそこだ。
 校内新聞に余計なことを書かれたくはなかった。
「できれば立ち話より、どこか……そこの生徒指導室あたりに招待して貰えると嬉しいんですが」
 廊下を挟んで職員室のほぼ真向かいにある部屋の入り口を指差しながら、ニコリと笑い掛ける。
「あー、うん、そうやな。えっと、ワイの権限で開けてもええんやろか? ええんやろな。教師やもんな。うん、ほな、行こか」
 一歩を踏み出した所で、雅善は自分達を見つめる女子の視線に気付いて足を止めた。
「あ、っと。そっちの質問はさっきので最後やて言うたよな?」
「そうです。けど、一個追加です。サッカー部元主将の河東君との関係を教えて下さい」
「美里はな、昔、ワイと同じマンションに住んどったんや。親の転勤だとかで、三年くらい居ったな。ご近所のよしみってやつで、小学校入ったばっかだったコイツの面倒、ようみたってん」
 まさかこんな所で再会することになるとは思わなかったけどと、しみじみ告げる雅善に、美里は胸の内で大きな溜息を吐き出した。これで次回の学校新聞には臨採教師とサッカー部元主将との縁が少なからず掲載されてしまうだろう。
 ご協力ありがとうございましたと、元気良く告げて去って行った女子達の背を見送ってから、二人はようやく生徒指導室へと足を踏み入れる。
「まったく。生徒と幼馴染だなんて、先生自ら言っちまっていいのかよ」
 背後のドアをきっちり閉めた後、まず美里がそう口を開いた。
 口調を変えた美里に、雅善はようやく、先ほど美里が見せたよそよそしい態度の理由に思い至ったらしかった。
「生徒の一人と特別親しいて宣言したようなもんやもんな。あー……やっぱまずかったやろか……」
「俺が気をつけりゃいいんだろ。な、西方センセ」
「うっわ、ごっつ違和間」
「皆の前でガイって呼んでもよければ」
「ほな、ワイはビリーて呼ぼか?」
 美里という名前を音読みしてビリー。
 最初に言い出したのは、当然、目の前に立ち楽しげに笑っているこの男だ。
「そんな風に呼ばれるのは随分久しぶりだ」
「せやろ。けど、さすがにそれはあかんよな。生徒と先生やもんな」
 けじめが大事だと諭す口調は昔と変わらない。
 お隣のお兄さんだった彼には、こうして色々なことを教わってきた。
 思えばサッカーだって、最初にボールを蹴りあった相手は雅善だった。
「それにしても、まさかここで美里に会うとは思ってへんかったわ」
 この仕事を受けて良かったと雅善は嬉しそうに笑った。
「俺だって、まさか、もう一度会えるとは思ってなかった」
「引っ越すとき、一緒に行こて泣かれたん、覚えとるよ」
「あのころは、ガイと本気で兄弟になったつもりだったからな」
「そのくせ、引越し先から電話も手紙も貰った記憶ないねんけどな~」
「ガイだって、くれなかったろ」
 美里が雅善に連絡を入れなかったのには、一応理由がある。雅善に懐きすぎていた事に不安を持ったらしい親に、雅善との接触を阻止されていたからだ。
 引っ越してからすぐ、雅善に会いに行こうとして家出まがいのことをしてしまったから、多分、それが決定打だったのだろう。
 雅善君とはもう会えないのだから忘れなさいと、何度も説かれた。そして、会いたいと口に出すことをしなくなり、もう会えないのだということを子供ながらも理解した。
 けれどそれでも、忘れることだけは出来なかった。
「ワイは出したで? 二回ほど」
「えっ……?」
「返事ないんは、新しい生活でいっぱいいっぱいなんやろうって、そう思っとったんやけど。子供なんて、目先のことしか重要やないもんな~」
「そんなことない。手紙、届かなかったんだ、俺の所には」
 親が握りつぶしたのだろうということは、容易に想像がつく。
「そうなんや。ワイ、住所間違うて書いてたんかな~」
 スマンなと苦笑しながら頭を掻く雅善に、美里は親のことは告げないまま、再度口を開いた。
「もう、過ぎたことだろ。俺だって手紙出さなかったし。今、こうして会えてるんだから、それでいい。この偶然に感謝してる」
「そうやな。偶然に、感謝、やな」
 ゆっくりと吐き出される言葉。どこかしんみりとしてしまった雰囲気を払うように、美里は明るい口調で話題を変える。
「そういえばガイは高原先生の代わりに来たんだよな。てことは、近いうちに授業でも会えるわけだ。どんな授業してくれるのか、楽しみにしとくよ」
「わざわざプレッシャーかけんでええっちゅうの。けど、めっさ気合入るわ。おおきに」
 笑顔に笑顔を返してから、そろそろ職員室に戻らなければならないと告げた雅善に頷いて、美里は生徒指導室を後にした。

 

 時計を確認した後、美里はグラウンドに急ぐ。この時間なら、まだ毎年恒例である、引退した三年対現レギュラーの紅白試合が続いているはずだった。

>> 次へ

 
 
*ポチッと応援よろしくお願いします*
にほんブログ村 BL短編小説/人気ブログランキング/B L ♂ U N I O N/■BL♂GARDEN■


HOME/1話完結作品/コネタ・短編 続き物/CHATNOVEL/ビガぱら短編/シリーズ物一覧/非18禁