酒に酔った勢いで

 酒にはあまり強くないが、酒を飲むのは好きだった。というよりも飲み会の雰囲気が好きだった。アルコールでちょっとふわっとした気分になって、くだらない話にもゲラゲラ笑って、素面じゃ言えないような話を聞く。
 どんな話をしたかなんて翌日には半分以上忘れてるけど、楽しかった~って気持ちと、断片的な会話の記憶が面白い。
 学生時代からずっとそんなで、社会人になってからも声がかかれば出かけるし、暇を持て余したら自分から声かけてでも飲みに行っていた。
 そう頻繁だと、さすがにメンバーはだんだんと固定されていく。たまに飛び入りで懐かしい顔や新しい顔もあるけれど、しょっちゅう顔を合わせているメンバーはだいたい五人位だった。もちろん五人揃わないことも多くて、その時々で都合がつく相手が顔を出すだけだ。
 付き合いが長いと酒での失敗なんかも色々知られているし、互いの許容量もだいたい把握できている。飲み過ぎそうな時は途中で止めてくれるか、それでも飲まずにいられないって時はゴメン後は宜しくって潰れるまで飲んだりもできる。だからこの五人の誰かと飲む時は凄く気楽で、気が抜けているという自覚もわりとある。
 そんなだから警戒心なんて欠片も持ってなかったし、きっと油断もしまくりだっただろう。
「だからってこれはねーんじゃねーかなぁ……」
 ムクリと体を起こしてみたものの、自身の肉体の惨状に頭を抱えたくなった。
 若干の二日酔いで痛む頭と、全く別の理由で痛む腰。というか尻。もっと言うなら尻の穴がヤバイ。
 小さなベッドの中、隣にはメンバーの中では比較的古く、学生時代から一緒になって飲んでいた男が、自分と同じく服を着ずに寝ている。
 しかも場所は良く知った自宅だ。多分ほぼ潰れた自分を連れ帰ってくれたのだろうが、まさか送り狼に変貌を遂げるとは。
「あー……いや違うな」
 引き止めたのは自分で、誘ったのも多分自分。……という気がする。
 昨夜は五人揃ってて、それどころか二人くらい初めましての顔もいた。友人の友人も基本ウェルカムなので全く構わないのだが、ちょっとだけタイミングが悪くて、自分は片思い相手に恋人発覚で少しばかり荒れていた。最初っから潰れたい気持ちで飲んでいた。
 初めましての片方がバイだとか言ってて、なんなら慰めようかと言われた記憶は朧げにある。それに笑って、お願いしまーすとか返した記憶もだ。
 なのになんでコイツなの。
 何度確認したって一緒なんだけど、もう一度隣で眠る男の顔を確かめてしまう。
 相当飲んだし、記憶はいつも以上に途切れ途切れだから、正直どういう流れでコイツに送られて帰ることになったかなんてわからない。後、慰めてくれるとか言ってた男が最終的にどうなったのかもさっぱり記憶に無い。いや別に知りたいわけじゃないけど。
 体の痛み的に、多分突っ込まれたんだろうなーと思うと、酒の失敗にしても今回のは相当だなと思う。あーあ、これでまた黒歴史増えちゃった。
 そして問題は自分よりもむしろ相手。いっそ初対面だった男のがまだマシだったかも知れない。自分が酔い潰れたせいでこんなことになって、あのメンバーがギクシャクしてしまったら残念過ぎる。あそこまで付き合いのいい気心知れた飲み友を、今更手放したくなんかないのだ。
「なかったことに出来ねぇかなぁ」
「忘れたほうがいい?」
 独り言に返事があるなんて思ってなくて、思わず体が跳ねてしまった。
「痛ててててて」
「大丈夫か? だから無理だって言ったのに」
 相手が慌てたように起き上がって、いたわるように腰をさすってくれる。うんこれ、相手は完全に記憶あるね。
「あー……やっぱ俺が誘った?」
「記憶あるの?」
「ない。でも多分そうかなって」
「荒れてた上におかしな男におかしな誘惑されて、色々混乱してたんだろ」
「おかしな男?」
 というのはやはり、バイ公言してたご新規さんだろうか。
「覚えてないなら忘れときな。後お前、突っ込まれたって思ってるかもしれないけど、入らなかったから安心していいよ」
「は? 体めっちゃ痛いんですけど。体っていうか、腰と尻の穴」
「腰はお前がベッドから落ちて打ち付けたの。尻穴は無理だっつってんのにお前が入れろって煩いからちょっと真似事はした。けどすぐ痛いって泣いて逃げて落下したからそこで終わり。でもまだ穴が痛むってなら、少し裂けたりしたのかも」
 ゴメンと言われて、どう考えても今の話にお前が謝る要素なかったよなと思いながらも、流れのまま頷いてしまった。
「で、酔った勢いだから忘れて、ってなら、忘れることにしてもいいんだけどさぁ」
 なんとなく含みのある言い方な気がして、けどなに、と続きを促す。だって凄く聞いて欲しそうだったから。
「俺のものになって。ってのは俺も割と本気で言ったから、そこだけ改めて言っとくわ」
「は?」
「俺がお前狙いなの、他の奴らも知ってるから今後も気にせず飲みにいけるぞ。良かったな」
「えっ?」
 唐突過ぎる告白についていけずに疑問符ばかり飛び回った。
 そんなこと言われたっけ? 飲み過ぎたら忘れるタイプってわかってて適当言ってない?
 焦るこちらに、相手は自嘲と愛しさとを混ぜたような、不思議な笑みを見せている。ドキッとしたのは、この顔を知ってると思ったからだった。
「てかお前、俺のものになって、なんて殊勝なこと言ってたか?」
 思わずこぼれた自分の言葉に、少しだけ連動した記憶がよみがえる。
 お前は俺のものなんだから、気安く他の男に慰められたりするのは許さない。
 そんなセリフと熱い視線を受けたのは店の中か外かこの部屋だったか思い出せないけれど、確かその台詞のあとで、今と同じような顔を見せられたと思う。
 体の熱が上がっていくのを感じる。これ絶対顔とかも赤くなってそう。
 だって酔ってたとはいえ自分からお前誘ったのって、お前のこと受け入れたい気持ちがあったからじゃないの?
「あ、あのさ」
 酔った勢いだから忘れよう、なんて言ったら駄目だ。それだけは確実にわかる。
 だから飛んでしまった分の記憶を彼の言葉で補完しながら、昨夜のことと今後の話をしなければと思った。

有坂レイへの今夜のお題は『朦朧とする意識 / 酒に酔った勢いで / 「俺のものだ」』です。
shindanmaker.com/464476

 
 
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常連さんが風邪を引いたようなので3(終)

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 毎晩のように店に顔を出す男へ個人的な連絡先を渡してから随分と経つが、唐突に二度目の電話が掛かってきて、なぜか食事に誘われた。びっくりしつつも了承し、店の休日である翌日の日曜夜に指定された店へ行く。
 そこは個室のある居酒屋で、通された部屋には既に彼が待っていた。
 まず視線を向けてしまう彼の左手薬指には、一昨日までは光っていたはずの指輪がない。離婚が成立したのだろうことはわかったが、それでさっそく自分を食事に誘ってくる理由がわからない。というか、これは何かを期待して良いのかと混乱している。
 こちらが気付いたことに、彼も気付いていたのだろう。
「離婚、しました」
 いくつか注文を済ませて店員が下がった後で、口を開いた彼からまず出た言葉は、離婚の報告だった。
「みたい、ですね……」
「気持ちに踏ん切りがついたのは、貴方のおかげです。ずっと、きちんとお礼をしたいと思ってました。ありがとうございます」
「や、あの、まったく身に覚えが……」
「放っておいて、くれたでしょう?」
「いやまぁ、そういう方も、いらっしゃるので……」
「嫌な客だろう自覚はあったんですが、ちょっと甘えてしまいまして」
 他の客に絡んで暴言を吐いたり酔って暴れたりしたわけでもなく、いつもカウンターの隅で一人静かに飲んでいただけの彼を、嫌な客だなんて思ったことはない。それを伝えれば、ホッとしたように小さく笑う。
「一人で居るのが寂しかったんですよね。家の中、一人で食事をするのが苦痛で、そのくせ、若干人間不信で必要最低限しか人と話をしたくなかった」
 自宅のあるビルの1階にそこそこ遅くまで営業してる飲食店があったというだけで入ったら、思いのほか居心地が良くて毎晩通ってしまったと彼は言う。
 今日の彼は饒舌だ。
 やがて酒と料理とが運ばれてきて、いったん話は目の前の食事に移ったけれど、ある程度食べて一息ついた後は、また彼自身の話へと戻った。アルコールが入ったからか、それとも二人で食事などという異質な空間に慣れたのか、先程よりも流暢に彼の言葉はこぼれ落ちてくる。
「半年くらいまえに、風邪を拗らせて寝込んでしまった時、ありましたよね」
「ええ。あれがなければ、あなたの名前さえいまだに知らなかったと思いますよ」
 ですよねと言って彼は苦笑してみせる。
「あの時、本当に驚いたんです。毎日顔を出すとは言っても、陰気な客相手に随分と優しくて。しかも、普段はこちらに関わらずに居てくれてたのに、思いのほか強引で」
「あ、いや、なんか、あの時はそのまま帰しちゃいけないような、気がしてしまって……」
「随分と空気を読むのが上手い人だって、思いました」
「えっ?」
「体調が悪かったせいもあるんでしょうけど、人にかまって欲しかったんですよ。かまってと言うか、自分の存在を誰かに気にして欲しかった。具合が悪いならさっさと帰って寝るなりすればいいものを、ほとんど習慣になってたからって店に寄ってしまったのも、部屋に帰って一人になるのが嫌だったからなのに、そんな日に限って親身にあれこれしてくれるんですもん」
 凄く救われた気持ちになったんですと、照れているのかやや俯いて話す彼は、やはりまたありがとうございますと言った。
「あれがなければ、きっとずるずると別居生活を続けてた気がします」
 離婚関係の話に思わず身構えたら、彼は少し困った様子で、聞きたくなければ止めましょうかなどと言う。
「あ、いや、大丈夫です。聞きます」
 というよりは聞きたいのだ。
「別居の理由から話しても? それとも、結論だけにしましょうか」
「俺が聞いてもいいなら、別居の理由から、お願いします」
「聞いて、欲しいんですよ」
 覚悟と期待とを込めて先を促せば、ホッと安堵の息を吐いた後で彼は話しだす。
 別居と人間不信の理由はどうやら繋がっていて、彼の心情を思うとなんだかこちらが泣きそうだ。
「嫌な話聞かせてすみません。ただまぁ、そういうわけで、あの時期は結構気持ちがドロドロだったわけなんですけど、ただ店に通うだけの客に親身になってくれる人も居ると思うと、きっちり向き合って離婚に踏み切るべきだと思いました」
 まぁ当然揉めましたけどと苦笑しつつ、彼は左手を持ち上げる。
「指輪、本当は離婚を決意した段階で外しても良かったんですけど、ケジメを付けるまでの自制にもなりそうで付けてました」
「それ……って……」
 鼓動がいっきに跳ねる。これはもう気配でわかる。
「どうやら俺は、貴方が好きです」
「お、おれ、俺も、好き、です」
 慌てて言い募れば、目の前の男は随分と柔らかで嬉しげな笑みを見せながら、知ってますと言った。
「えっ?」
「気づいてなかったら、いくらなんでも離婚成立直後に告白なんて真似、出来ませんよ」
「えー……」
「今夜はこのまま帰らないで……って言ったらどうします?」
 展開早いなおい! と驚く気持ちと、オールで飲むにはお互いキツイ年齢ですよと誤魔化してしまおうとする気持ちと、ちょっとその誘いに乗ってみたい好奇心とがグルグルまわって口を開けずにいれば、冗談だったらしく彼が思い切り吹き出した。
 派手に笑う姿なんてもちろん初めてで、驚きと困惑と、なのに笑ってる姿にホッとして嬉しい気持ちになるから、なんかもうこちらもだいぶ重症だ。
「ちょっ、酷くないすか」
 それでもこれを笑われるのは理不尽だという気持ちはあって、少しばかり口をとがらせる。
「ご、ごめん。迷ってくれてありがとう」
「えっ、感謝?」
「貴方の好意は感じてましたが、本当は少し、自信がなくて、試すような真似をしました。すみません。迷ってくれたってことは、そういうのもありな感情ですよね?」
 もとから男性とお付き合いされる方ですかと確かめられて慌てて否定したら、驚かれてしまった。
「さすがにそれは予想外だったんですけど、俺と付き合って下さいと言ったら、もしかして迷惑になりますか?」
 一転オロオロとしだす相手に、今度はこちらが笑う。笑いながら、ぜひお付き合いを始めさせて下さいと、自分から申し出た。

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常連さんが風邪を引いたようなので2

1話戻る→

 体調を崩した彼を送っていった翌日土曜日は、店に電話が掛かってきて、昼と夜の二回出前を届けた。ついでに使いかけだった市販薬の残りもそのまま渡した。
 もちろん普段はそんな出前サービスは行っていないし、届けたものもメニューにない、彼が食べられそうなものを適当に作って運んだ。
 夜の出前を運んだ時、日曜は店の定休日だが、必要なら食べられるものを運んでもいいと言って、店ではなく個人的な連絡先を渡した。さっそく翌朝掛かってきた電話にウキウキで出れば、お礼と共にだいぶ回復したから後は自分でどうにか出来そうだと言われてしまい、少しがっかりだったのを覚えている。
 ただ、彼が風邪を引いたおかげで、その後は彼との距離がグッと縮んだようだった。
 平日夜の来店時間もオーダーも変わらないが、まず交わす挨拶が増えて、たまに会話が出来るようになった。そして、極たまに、土曜日も顔を出すようになった。
 土曜日はランチタイムだったり、夜もちょうど混みあう夕飯時に訪れるので、こちらも忙しくなかなか会話どころではないのだが、土曜の彼は普段に比べると比較的機嫌がよくて食事量も多い。
 半年くらいかけて分かった事がいくつかあるが、それもなかなか衝撃的だった。
 実は結構なグルメで仕事休みの週末に食べ歩くのが好きだということ。自炊も弁当類も嫌いで基本全て外食なため、家には電子レンジすらないこと。飲み物用に冷蔵庫と電気ポットはあるが、ヤカンも鍋もなく備え付けのガスコンロに火をつけたことがないこと。引越してきた時に隣と真下の家には挨拶をしていたこと。単身赴任ではなく別居中で、多分近いうちに離婚が成立するだろうこと。
 近いうちに離婚が成立すると聞いたのはついさっきの事で、相手は既に色々と気持ちの折り合いが付いているのか口調も態度も平然としていたが、何故かそれを聞いた自分が動揺した。その動揺を見抜いたのは彼ではなく、隣で作業しつつそれを聞いていた従業員だった。
 その従業員の彼もどちらかと言えば寡黙で、あまり無駄話はしない方なのだけれど、店を閉めた後に珍しく良かったですねと言った。
「何が?」
「さっきの話です。離婚、成立したら、言ってみたらどうですか?」
「な、何を……??」
「好き、なんですよね?」
 確かめるように聞かれて、グッと言葉に詰まってしまった。なんとなく自覚はあったが、そんなまさかと否定し続けてきたのに、自分と過ごす時間が一番長い彼からの指摘でとうとう逃げ場がない。
「好きそうに、見えた?」
「ええ。かなり」
「言わないよ」
 だって言えるわけがないだろう。離婚間近とはいえ相手は女性と結婚していた男で、自分だって今までの恋愛対象はずっと女性だった。
 これは胸の引き出しにしまっておかなければいけない、想いと言葉なのだと思う。
「常連さんと気まずくなりたくないし。てか通って貰えなくなったら困るし」
「脈ありそうに見えますけど」
「え、何の冗談? てか俺が男と付き合いだしても気にしないタイプ?」
 冗談で口にしたわけではないことはわかっていたが、笑って冗談にしてしまいたかった。そんな気持ちと、だから話を逸らしたことは多分伝わっている。
「気になりませんね。逆に、もし私が男と付き合ってたらどうですか? 一緒に働きたくないから店辞めろって言いますか?」
「それは困る。辞めないで!」
「誰と付き合ってるかなんて、その程度のことですよ」
 即答したらこれまた珍しく優しげな笑顔になって、彼はお疲れ様でしたと残して帰っていった。

続きました→

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常連さんが風邪を引いたようなので1

 平日夜のラストオーダー間際にやってくる疲れた顔のその男は、ほぼ毎日、一番出入り口に近いカウンター端の定位置に腰掛け、日替わりのオススメメニューから一品と、その日の気分で何かしらのアルコール飲料を一杯注文する。
 晴れの日はもちろん、雨の日も、雪の日も日課のようにやってきて、突き出しの小鉢とオススメ一品とを酒で流し込んで帰っていくのだ。
 愛想が良い感じではなく、放っておいて欲しいオーラーに満ちているので、こちらも黙って注文の品だけ出して、後はだいたい閉店準備にとりかかる。
 だから毎日通ってくれる大事な常連客ではあるが、男のことは殆ど何も知らない。
 選ぶ品から食の好みが多少わかる他、見た目からは、多分まだ三十代に入ったかどうかくらいの若さであることと、サラリーマンらしいこと、それと既婚者らしいことくらいしかわからない。
 そう、その男の左手薬指には、銀色のシンプルな指輪が光っている。
 既婚でありながら、毎晩ここで少量とはいえ食事と酒とを摂っていく理由が気になりつつも、この男に関しては、そんな立ち入ったことが聞ける日はきっと来ないだろう。
 そんな日々が一年ほど続いたある週末の夜、男はいつにも増して疲れた様子で来店した。そしてふと気付けば、カウンターに伏せてどうやら眠っているらしい。
 常連なので多少の融通は利かすが、毎日ほぼ定刻に現れ定刻に帰っていく男を、親切心でそのまま寝かせておくことが正解なのかわからない。
 仕方なく、軽く肩を揺すって、大丈夫ですかと声をかけた所で気付いた。随分と具合が悪そうだ。
 もし家がこの近くなら、家族に迎えに来てもらった方が良いのではと提案してみたが首を振られ、一人暮らしだからと力なく返され驚いた。既婚らしいのに一人暮らしなことはともかく、彼が自身のことを話すのが初めてだったからだ。
「すみません、今日は、これ以上食べれそうになくて……」
 カウンター上の料理と酒はほとんど減っていない。
「いえそんな、全然構いません。というか、あの、雑炊……とかなら食べれたりしませんか?」
「え?」
「帰ってから何か食べれる感じじゃないですよね?」
「あ、ああ、まぁ、基本家で食事しないから」
 ということはやはり、小鉢とオススメ一品とアルコール一杯が彼の夕飯ということなのだろうか。もしくは別の場所で夕飯を食べた後の二軒目で寄ってくれているのかもしれない。
「お酒、ほどんど飲んでないですよね? なら薬飲んでいいと思うというか、飲んだほうが良さそうですよ。ここ来る前に何か食べてますか? 薬飲む前に少し何か胃に入れておいた方が良くないですか?」
「あー……薬……なんてものは家にないな」
 どこか投げやりな返事に立ち入りすぎたかと思ったが、なんだか今日は余計なことを言ってすみませんと引く気にはなれなかった。
 なんだかんだ気になる常連の男と、珍しく会話が成立していることに、若干興奮しているのかもしれない。
「いつも通りの時間にここ出ないとまずいですか?」
「……いや」
「なら、食べれそうなもの作りますから言って下さい。でもって、貴方が食べてる間に、ちょっと薬取ってきますから」
「え?」
「ここの上に俺の部屋もあるんですよ」
 店は小さなビルの一階にあって、上は1DKの賃貸マンションになっている。三階建てで部屋数も全部で四つしかなく、本当に小さなビルだけれど、職場が徒歩一分なのは魅力的だ。
「ああ、そうか……」
「何なら食べれますか?」
 結局あっさり目の雑炊を作って出し、彼が食べている間に素早く自宅から幾つかの市販薬を取ってくる。その中にあった一般的な風邪薬として知られた一つを選んだ彼が、薬を飲むのを見届けてから、かなり迷いつつ家まで送ることを提案してみた。
 明らかに踏み込み過ぎだと思ったが、具合が悪いせいかぼんやりとして、いつもの人を寄せ付けないオーラがない目の前の男を、なんだか放って置けない気持ちが強い。
「ほんと、空気読む人だなぁ」
「え?」
 ぼそりとした呟きは聞き取りにくくて聞き返す。
「じゃあ、ここまで来たら、それもお願いしようかな」
 近いしと言ってふわっと笑った顔になんだかドキドキしてしまった。相手は同年代の男だというのに、なんだこれ?
「俺の家、多分、貴方の部屋の斜め上です」
 軽く指を上に向ける仕草に、本日何度目になるかわからない大きな衝撃を受けた。

続きました→

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夕方のカラオケで振られた君と

 自分がバイトするカラオケは、昼の11時半から19時半までの8時間が昼のフリータイムになっていて、2時間以上歌うのであればそちらが得になる料金設定になっている。
 その男性二人組は開店と同時にやって来て、片方の男が迷うことなくフリータイムで二人分の申し込みをした。
 彼の事は少しだけ知っている。近くの高校に通っている学生らしく、いつもは学校帰りの夕方に友人たちと歌っていく事が多い。
 同じく近くの大学に通い、夕方はだいたいバイトに入っている自分とは、遭遇率も高かった。だいたい4〜6人くらいでやって来るが、受付をするのは決まって彼なので、軽い世間話くらいはする事もある。
 その彼が、いつものメンバーとは全く雰囲気の違う、真面目で大人しそうな男を連れて来店したのが、まず驚きだった。しかも二人利用というのも、自分が知る限り初めてだ。
「学校は春休み?」
 大学はとっくに春休み期間で、だからこそ自分も平日のこんな時間からバイトに入っている。いつもは制服の彼も今日は私服だし、高校もどうやら春休みに入ったようだ。
 わかっていつつも、受付ついでに問いかける。
「あっ、はい」
 緊張と動揺と興奮とが滲む硬い声に、更に感じてしまう違和感。
「どうした?」
「えっ?」
「なんか、らしくないけど」
「あーまぁーちょっと」
 ごにょごにょと言葉を濁され、触れられたくないらしいと深追いはせず、伝票ホルダーにルームナンバーと利用人数と退室時間の記された紙を挟んで渡した。
 恋人だったりして。なんて事を部屋に向かう二人の背中を見送りながら思ってしまったのは、彼のツレに対する態度が明らかにいつもの友人たちに対するものとは違っていたからだ。気を使いつつも馴れ馴れしく、そのくせどこかぎこちない。
 彼らが恋人なら少し残念だなと思ってしまうのは、同性が恋愛対象な自分にとっては、時折訪れる彼が魅力的に映っていたからだ。それとも、彼も同類かもしれないと喜ぶべき場面なのだろうか?
 なんて事をつらつらと考えていたら、そのツレの男が、入店から1時間もしないうちにレジカウンター前にあらわれた。とはいってもこちらに用がある様子ではなく、どうやらそのまま帰るらしい。
「お帰りですか?」
「……はい」
 思わず声をかけてしまえば、彼は気まずそうに会釈して、そそくさと出入り口の扉を通って行ってしまった。
 その直後、彼らが入った部屋からの入電があり、何品ものフードメニューを注文された。ツレは帰ってしまったのに、どう考えても一人で食べる量じゃない。そうは思いながらも、注文が来た以上は次々と料理を作り運んでいく。
 最初に運んだ数品はすごい勢いで食べ尽くされて、次の料理を運ぶ時には空になった前の皿を下げるという調子だったが、さすがに途中からはテーブルの上に料理の皿が並んでいく。
 しかも部屋の空気は訪れるごとに重く沈んでいくようだった。
 ペースは落ちたものの変わらず黙々と料理を食べ続ける彼からは、いつもの明るさも楽しげな様子も一切抜け落ちている。必死に何かを耐えているようにも見えた。
 帰ってしまった彼と喧嘩でもしたのだろうか。しかし何があったかなど聞ける立場にはいない。
「あのっ!」
 注文された最後の料理を運び、部屋を出ようとしたところで呼び止められる。
「他にも何か?」
「いやその……これ、一緒に食べて、貰えないかなって……」
「はっ?」
 思わず漏れてしまった声に、相手はすまなさそうな顔で言葉を続ける。
「振られたからやけ食い。って思って頼んだけど、やっぱ頼みすぎだったから」
 振られたんだ!? と言う驚きと、そりゃこの量を一人で食べるのは無理だと頷く気持ちとが同時に押し寄せて言葉に詰まってしまったら、相手は泣きそうな顔を隠すように俯いて、ごめんなさいと言った。
「仕事中に無理言ってすみません。大丈夫なんで戻って下さい」
 少し震える硬い声に後ろ髪引かれつつも一度退室した後は、手すきの合間にバイト仲間に電話をかけまくった。
 ようやく急な代打を引き受けてくれる相手を見つけて、その相手が到着したのは既に夕刻だったが、幸い彼はまだ退室していない。
 慌てて着替えて向かう先はもちろん彼の居る部屋だ。
「お待たせ」
「えっ?」
「食べに来たよ」
「な、なんで?」
「一緒に食べてって誘ってくれたのそっちでしょ?」
 びっくり顔で目をぱちくりさせる様子はかわいいが、その目元は泣いたのか赤くなっている。
 遠慮なく彼の隣に腰を下ろし、その顔を覗き込むようにグッと顔を寄せた。
「泣いたの?」
 慌ててのけぞろうとするのを阻止するように腕を掴めば、ますます慌てたようだった。
「実は、チャンスだと思ってる」
「ちゃ、…ンス?」
「一緒に来てた男の子に振られたって事は、俺を好きになって貰える可能性、ゼロじゃないよね?」
「それ、って……」
 にっこり笑って頷いて、君が好きだと告げてみた。

有坂レイさんは、「夕方のカラオケ」で登場人物が「振られる」、「春」という単語を使ったお話を考えて下さい。
shindanmaker.com/28927

 
 
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夜の橋/髪を撫でる/ゲームの続き

1話戻る→

 数歩さがって距離を置くと、彼はポケットから携帯を取り出し何かを操作した後、こちらに画面を向けてくる。時計のような03:00の表示を見て、タイマー機能なのだとすぐにわかった。
「きっちり3分。じゃあスタートするよ」
 画面タッチでカウントが1つずつ下がっていく。携帯画面が気になって自分の視線は携帯に向いてしまうが、彼の視線がしっかりこちらを捉えているのはわかっていた。下がって距離を置いたのは、こちらの全身を見るためだったようだ。
 じっと見られる恥ずかしさの中、残された時間はどんどんと減っていく。迷っている時間などなくて、二重留め式なコートのボタンをまずはすべて外した。
 丈の長いベンチコートなので、下の方は軽く持ち上げながら外したが、裾から入り込む冷えた空気にゾワリと肌が粟立っていく。中が素肌だということを否応なく思い出させる冷たさに、続いてファスナーに伸ばした手は、やはり躊躇い止まってしまう。
 チラリと見返す彼は黙ってこちらを見つめるままで、きっとそのタイマーが鳴るまでは口を開く気がない。決めるのはこちらなのだと突きつけられている。
 どうせならお仕置きよりはご褒美が欲しいと思う。良く出来ましたと笑って欲しい。
 なのにそう思う気持ちと裏腹に、体の動きは緩慢だ。指先が震えてしまって、ファスナーを何度も取り落とす。
 携帯が3分経過を告げて小さく鳴ったのは、ファスナーを腹の辺りまで下ろした時だった。どうしてもその先には進めずに、時間切れになってしまった。
 間に合わなかったと泣きたいような気持ちと、時間切れをホッとする気持ちとが混ざり合う。ファスナーを摘んだまま立ち尽くしていたら、携帯をしまった彼が数歩の距離を詰めてくる。
「時間切れだけど、まずは頑張ったご褒美を少しだけ」
 言いながら伸びてきた手が頭に触れて、また撫でられるのかと思ったら引き寄せられてキスされた。
 ただ触れて、最後にチュッと軽く吸われただけなのに、じわりと広がるシビレのようなもの。自分自身の性癖を確かめるためと、同性に惹かれる性癖を隠すために、何度か女の子と付き合ったこともあるから、キス程度は経験済みだけれど、キスだけで感じるなんてことはもちろん初めての経験だ。
 驚きで呆然としていたら、またしても可愛いねと笑われた。
「残りのご褒美はホテル戻ってから。でもってこっからのは出来なかった分のお仕置き」
「えっ……」
「そう。ここで」
 まさかこの場所で何かされるのかという焦りの気持ちは伝わったようで、言葉にはしなかったのに肯定の言葉が返されてしまった。
「お仕置きだから、動かずじっとしてなさい」
 少し厳しく響いた声音に、緊張と戸惑いが走る。
「返事は?」
「は、はいっ」
「うん、いい子」
 きつく問われて慌てて返事をすれば、そう言って柔らかに笑ってみせる。先ほどの雰囲気に戻って少しだけホッとする。
「まずはファスナー下ろすよ」
 こちらの返事は待たず、残りのファスナーが腿の辺りまで下ろされてしまった。
「下着、ちゃんと着けずに来たんだね」
「はい」
「見せれなかったのは、勃っちゃってるのが恥ずかしかった?」
「……はい」
「じゃあ、触れてもないのにおっきくなっちゃったココに、お仕置きをあげようね」
「なに、を……」
 さすがに不安すぎて逃げたくなる。股間に伸ばされた手に思わず腰を引いてしまったけれど、躊躇いの混じる抵抗などなんの意味もなく、ペニスは彼の手に掴まれてしまった。
「ううっ……」
 触れられても感じるなんて余裕はまるでなく、ただひたすら恐怖で呻く。何も言わずに見つめてくる彼が怖くて、けれど彼の手を振りきってこの場から逃げ出すような真似はできっこない。
「お仕置きが怖いんだね」
 ふふっと笑ったのは、彼の手の中のペニスがあからさまに固さを失くしてしまったからだろう。
「だっ、て……」
「怯える君も可愛いけど、そろそろホテルにも戻りたいし、手早く済ませちゃおう」
 これを付けるだけだからと、ペニスを掴むのとは逆の手に握ったものを見せてくる。短めのゴム紐を輪にしたようなそれが何かわからずにいたら、ペニスリングの一種だよと教えてくれた。
 コックタイと呼ぶようで、留め具で強さを調節できるのが特徴らしい。
「別に痛いようなものじゃないから大丈夫」
 言いながら輪になった部分に玉袋と竿部分とを通して、根本をキュッと締められた。そうしてから、ファスナーを首まで上げて、丁寧にボタンも全部留めてくれる。
「さて、じゃあ行こうか。人も居ないし、手、つなぐ?」
 恋人っぽくと笑われて頷けば、暖かな手が繋がれた。ギュッと握ってくる手の力に、股間の違和感は拭えないものの、なんだか少し安心した。

 
 
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