淫魔に取り憑かれてずっと発情期

 壁に手をつき尻を突き出しながら、熱を持った固い楔に尻穴を穿たれると、心に反して自身の熱も昂ぶっていく。発情しきった体は慣れてしまった行為に明確な反応を示すのに、こんなことは望んでいないと反発する気持ちが抑えきれない。
「ぁっ、んぁっ、やぁあっ」
「こんなぐちゃぐちゃのトロトロにして腰振って誘って、何がやぁあだ」
 背後でフンッと鼻で笑った相手は、容赦なくガツガツと尻穴の中をえぐってくる。多少乱暴に突かれても、たまらない快感が体の中を走り抜けていく。なんてイヤラシイ体だと、惨めな気持ちで泣きそうになった。
「何泣いてんだよ。気持ち良すぎってか」
 耐えられず何度かしゃくり上げれば、下卑た笑いが響いて今日の相手はハズレだなと思う。
「すっげ良さそうだもんなぁ」
 淫乱ケツマンコだなどと揶揄い混じりに告げながら、随分と自分勝手に好き放題に腰を振ってくる相手に、こんな体じゃなければ絶対に感じないのにと悔しさがこみ上げた。
「あっ、あッ、もイくっイッちゃう」
 こんな場合はさっさと終わってしまうに限る。
「ほら、イけよ」
「んっ…んっ……あぁっイッてっ……お願い、一緒にイッてぇ」
「はっ、えっろ。だったらもっとケツ締めな」
 パアンと乾いた音が響いてお尻にジンと痺れる痛みが走った。
「はぁんんっっ」
 なのに口からは甘い響きが迸る。実際、痛みと快感は背中合わせに存在している。
「叩かれても感じんのかよ。まじドMだな。おらもっと感じろよ」
 パァンパァンと続けざまに尻を叩かれて、そのたびにあっアッと甘い息を零しながら、相手の望みに応えるように肛門を締めるよう力を込めた。
「はぁっ、良いぞ。イくっ」
 一段と激しい律動の後、体の奥にドロリと熱が広がっていく。結局こちらの熱は置いてきぼりだが目的は達成だ。
 次回を誘う相手の言葉に適当な相槌を愛想よく振りまきながら、この近辺で相手を漁るのはこれで最後かなと思う。自分本位で下手くそなセックスも嫌だが、何より執着されるのが困る。下手な奴ほど執着傾向にあるから、その点から言ってもコイツは要注意人物だ。
 また別の場所を探すのもそれはそれで面倒だが仕方がない。今日のうちにもう一人くらい探したいところだけれど、次はどこへ行ってみようか。
 じゃあねと名残惜しげな相手に別れを告げてその場を後にする。
「おい、居るんだろ」
 歩きながら携帯でハッテン場と呼ばれる場所を検索しつつ、何もない空間に語りかけた。
『居るよぉ』
 声は頭のなかに響いてくる。
「あんま変なの引っ掛けてくんなよ。もうあそこ使えないぞ」
『なんでぇーそんな気にする事なくない?』
「いやアレは面倒なタイプだろどう見ても。だからもっと紳士的でセックス上手いヤツ連れて来いって」
『叩かれて喜んでたくせにぃ』
「何されたって感じる体にしたのお前だろ。あんなのまったくタイプじゃないから」
『ああいうタイプのがさっくり誘われてくれて楽なんだよねぇ。ナマ中出しにも抵抗薄いし』
「だからそこ手ぇぬくなって言ってんの」
『優しくされたらそれはそれで泣いちゃうくせにぃ』
「煩いな。誰のせいでこんな目にあってると思ってんだ」
『ボクのためってわかってるし感謝もしてるよぉ』
 声の主は、100人分の精子を集めるための任務に、女でも男に抱かれたいゲイでもない人間に取り憑いてしまうような、アホでドジで迷惑極まりない自称淫魔だ。100人の相手に中出しされるまで、この体はずっと発情し続けると言われ、実際抜いても抜いても治らない体の熱に、泣きながら初めて男に抱かれたのは二か月近く前だった。
 中出しされるとしばらくの間は体の熱が治まるけれど、それもせいぜい二、三日程度でしかない。おかげで一切そんな性癖がなかった自分が、嫌々ながらも日々男に抱かれて相手の精子を搾り集めている。
 精子を注がれるために発情している体は、男に何をされても基本気持ちが良いと言うのが楽でもあるし、切なく苦しくもあった。
 そんなこんなで、半月くらいはこの現状を呪って泣き暮らしたけれど、そのあとは開き直って積極的に男を漁っている。さっさと100人斬りを達成して、こんな生活とおさらばしたい。
 相手は自称淫魔がその場で適当に見繕ってくれるが、基本アホでドジなので、オカシナ男を連れてくることも多々あった。こんな自分に取り憑いたくらいなので、特に相手の性癖を見抜く力が低いらしい。
 どうやら自分に取り憑くのと似た方法で相手をその気にさせるようだが、その効力は相手が精を吐き出すまでしか持続しないから、ノンケを引っ掛けてきた時は色々と面倒だった。そういう意味では、事後に次の誘いを掛けてきた今日の男は、自称淫魔的には当たりなんだろう。
 わざわざハッテン場まで出向いているのだから、それくらいは当たり前にこなして欲しいし、出来ればこちらへの気遣いもある、セックスの上手い奴を探して連れて来て欲しい。けれどそんな大当たりは、今のところ片手で足りる程度しか記憶に無い。
『ごめんねぇ』
 大きくため息を吐いたら、申し訳無さそうな声音が頭に響いた。
「謝罪はいいから次行くぞ次。次はもっとマシなの引っ掛けてこいよ」
 本当に、早い所100人に抱かれて、こんな日々をさっさと終わりにしようと思った。

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女装して出歩いたら知り合いにホテルに連れ込まれた

 そいつは友人の友人の友人で、顔くらいは知っているが、たいして話をしたこともない相手だった。そんな相手に街中で声をかけられた時は女装がバレたのだと思って焦ったが、どうやらそうでもないらしい。
 めちゃくちゃ好みのタイプだと言って、躊躇いなく可愛いねと笑ってくるから、なんとなくの好奇心でお茶くらいならしてもいいと返した。
 友人の友人の友人ではあるから、バレた時のリスクは高い。けれど最悪罰ゲームとでも言えば良いと思ったし、女装男にそうと気付かずナンパを仕掛けた相手だって相当の恥辱だろう。
 相手は自分と違って割といつも人の輪の中心に居るようなタイプだけれど、納得の会話術でどんどんと相手の話に引き込まれていく。人を気分よく動かす術にも長けているようで、どう考えたってマズイのに、気づいたらラブホの一室に連れ込まれていた。
 なぜオッケーしてしまったのかイマイチわからない驚きの展開だったが、逆に、こうして女性をホテルに連れ込むのかと感心する気持ちも強い。といっても自分に同じ真似が出来るかといえば、彼女いない歴=年齢の非モテ童貞男の自分には絶対にムリなのだけれど。
 初めて訪れたラブホテルという空間に呆然と魅入っていたら、緊張してるなら先に一緒にお風呂に入ろうかなんて声が掛かって、慌てて首を横にふる。
「じゃあ取り敢えず座る?」
「あの、やっぱり……」
「怖くなっちゃった?」
 帰りたいかと問いつつも、逃さないとでも言いたげに手を取られて握られた。自然と視線はその手へ落ちる。その視界の中、ギュッと相手の手に力がこもった。思いの外強く握られ焦っていると、大丈夫と彼の言葉が続く。
「わかってるよ、大丈夫。俺、男の娘とも経験あるから、心配しないで?」
「……えっ?」
 慌てて顔を上げれば、相手は優しい顔で頷いてみせる。
「えっ……知って……?」
「ん? 君が女装子だってこと? それとも俺達が元々知り合いだってこと?」
 名前を言い当てられて血の気が引いた。
「男の君も良いなとは思ってたんだけど、女装姿も凄くいいよ。可愛いって言ったの嘘じゃないからね? 君がそっちって知れたのめちゃくちゃチャンスだと思って頑張っちゃった。警戒するのもわかるけど、もうちょっと頑張らせてくれない?」
 下手ではないと思うよと言いながら、取られた手を引かれて抱き寄せられる。近づく顔から逃げるように顔を背けて、なんとか口を開いた。
「ま、待って。待って」
「知られてると思わなかった?」
「だって、そんな……そ、そうだ、これ罰ゲームでっ」
 バレたら罰ゲームだった事にしようとしていたのを思い出して咄嗟に口走るものの、あまりにあからさま過ぎて、口に出しながら恥ずかしくなる。相手がおかしそうに吹き出すから、恥ずかしさは更に増した。
「ほんと可愛いな。女装知られたくないなら、他の奴らには言わないよ。2人だけの秘密ね」
 顔を背けたままだったからか、ちゅっと耳元に口付けられて盛大に肩が跳ねてオカシナ声が飛び出てしまった。
「ひゃぅっ」
「良い反応。でもちゃんと唇にもキスしたいなぁ。ね、こっち向いて?」
「や、やだっ」
「俺の事、嫌いじゃないでしょ? だって嫌いだったらこんなとこ付いてこないよね?」
「な、なんでこんなとこ来ちゃったのか、わかんない。ゴメン、ホント、ただの好奇心。てか女装してるけど男好きってわけじゃないし、き、キスも、初めてが男とかマジ勘弁」
「えっ……?」
「ど、どーてー拗らせまくって女装してるけど、俺は、女の子が、好きですっ」
 必死で言い募ったら無言のまま掴まれていた手も腰に回っていた腕もスルリと離れていった。
 相手はよろよろとベッドへ近づくと、そのままボスンとベッドに倒れ込む。
「騙されたー」
「えっ、えっ?」
「ねぇ、本当の本当に、好きなの女の子だけで男はなしなの?」
「今のところは」
「キスもまだの童貞拗らせて女装かぁ……」
「うっ……」
 しみじみ言われて言葉に詰まる。自分で言ってしまったことだし、それを言うなと相手に強いる立場にはなさそうだ。
「俺、結構本気で落としにかかってたんだけど、やっぱ脈なし? 諦めたほうが良い?」
 即答できずに居たら、少しばかり復活した様子で相手が嬉しげに笑う。
「取り敢えずさ、連絡先くらいは交換しない?」
 まずはお友達から始めようという提案に、否を返すことはなかった。

続きました→

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アナニーで突っ込んだものが抜けない

 隣の家の幼なじみから、助けてと半泣きの電話が掛かってきたのは土曜の夜も更けた時間だった。内心面倒くさいと思いつつ、お願いだから今すぐ来てと請われて、仕方なく隣の家のチャイムを押した。
 来いと言ったくせに玄関先に現れたのは彼の母で、こんな時間にどうしたのと驚かれてしまったから、電話で呼ばれたと告げて勝手知ったると上がり込む。呼んだくせに出てこない彼に、彼の母も呆れ気味だ。そろそろ寝ちゃうけどという言葉にお構いなくと返してから彼の部屋へ向かった。
 軽くドアをノックしたら入ってという声が聞こえてきたのでドアを開けたが、一見部屋の中に彼の姿がない。おや? と思って視線を巡らせれば、ドア横のベッドが盛り上がっていて、どうやらその中に居るらしい。ご丁寧に頭まで布団をかぶっている。
 助けてというのは体調不良という話なのだろうか? だったら自分ではなくまず母親にでも助けを求めればいい話なのに。
「来たぞ。大丈夫か?」
 それでもそうやって様子を窺ってやる自分は彼に対して甘いという自覚はあった。まぁそれがわかっているから彼も自分を呼ぶのだろうけれど。
「お前だけ?」
「ああ」
 もそもそと顔を出した彼は、半泣きどころではなく泣いていた。真っ赤な目に溜めた涙をボロボロこぼしながら助けてと言われて、さすがに尋常じゃないなと思ったが、何が起きているのかはやはりわからない。
「俺に出来ることならするけど、何をどう助けろって?」
「あの、……そのさ……」
「言わなきゃわからないぞ」
「うん……その、抜けなく……って……」
「抜けない?」
「あの、だからさ……」
 泣くほど困っているのに何を躊躇っているのか、元々泣いて上気していた顔がますます赤みを増していく。
「あの、あの……もちょっと近く来てよ」
「そんな言い難いことなのか?」
 ベッド脇に立って見下ろしていたのだが、仕方ないなと腰を下ろして、彼の顔の横に自分の顔を近づけてやった。
「ほら、これでいいだろ。で、なんなんだよ」
「誰にも、言わないで、欲しい」
「そんなの内容によるだろ」
「だってぇ……」
「さっさと言わないと面倒だから帰るぞ」
「ダメ。やだっ」
 慌てたように伸ばされた手が、ベッドの上に軽く乗せていた手をギュウと握る。その手は彼にしては珍しく冷えて、心なしか震えているようだ。
「本当にどうしたんだよお前。何があった?」
 反対の手で、その手を包むように覆ってやってから、もう一度なるべく優しく響くように問いかける。
「だから抜けなくなっちゃって」
「だから何がどこから抜けないんだよ」
「お尻から……」
「は? 尻? 尻から何が抜けないって?」
「……っが!」
 口は動いたがほとんど音になっていない。
「聞こえねぇよ」
 更に顔をというか耳を彼の口元へ近づけた。再度告げられた単語はどうにか拾ったが、やはりよく意味がわからない。
「は? マッサージの棒? なんだそれ」
「だからツボマッサージするやつ。あるだろこう棒状の」
「あー……まぁ、それはわからなくない。けどそれが抜けないって……あっ?」
 一つの可能性には行き当たったが、まさかと思う気持ちから相手の顔をまじまじと見てしまった。
「お前、そんなものケツ穴に突っ込んで……た?」
「言わないで。言わないでっ」
「言わないでじゃねぇよ。マジなんだな?」
「うん」
 ぐすっと鼻をすすりながら、更に何粒かの涙をこぼす。
「あー……じゃあちょっと見るわ。布団めくるぞ」
「う、ん……」
 躊躇いを無視して布団をめくれば、むき出しの下半身が現れた。無言のまま足を開かせるように手に力を込めれば、おとなしく足を開いてみせる。
 なんで自分がこんなことをと思いつつも、更に尻肉に手を添えを割り開く。その場所は濡れているようだったが閉まっていて、中にマッサージ棒が入っているなどとは到底思えない。
 大きくため息を吐いて覚悟を決める。
「おい、中、触って確かめるぞ」
 ビクリと体が揺れた。躊躇って戻らない返事を待つ気もなく、その場所へ指を触れさせ力を入れる。
「ぁっ……ァ……」
 するりと入り込んだ指先はすぐに固い何かに触れた。
「ああ、……確かになんか入ってんな。てか材質何? プラスチック? 木の棒?」
「木……」
「普通に力んだら出てこないのか?」
「そんなの試したに決まってるだろ」
「まぁそうだな。で、俺に指突っ込んでこれ抜き取れって?」
「ムリ?」
「わかんねぇ」
「お願い」
「ったく、お前、本当バカ。アホな遊び覚えてんじゃねぇぞ。取り敢えずチャレンジはしてやるけど、最悪抜けなかったら医者行けよ」
「医者やだ。お前が抜いてよ」
「俺にだって出来ることと出来ないことがある。いいから濡らすもんよこせ。ローションか何か使っただろ?」
 最低でも2本の指を入れて摘んで引っ張りだすことを考えたら、何かしら潤滑剤があったほうが良さそうだ。
「そこ、あるやつ」
 言われて目を走らせた先にあったのはワセリンのケースだった。
 結局、どうにかこうにか抜き取ることに成功したのは、既に日付をこえた時間で安堵とともにどっと疲れが押し寄せる。
 さっさと帰って眠りたい。眠って今日のことは忘れてしまおう。
 ごめんねとありがとうを繰り返す相手に適当に相槌を打って逃げるように隣の自宅へ帰り、ベッドの中に潜り込む。しかし疲れて眠いはずなのに、体はオカシナ興奮に包まれて眠れない。
 股間に手を伸ばしながら、変なことに巻き込みやがってと幼なじみの彼を罵ったが、オカズは結局のところ先ほどの彼が見せた痴態でもあった。

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あと少しこのままで

キスしたい、キスしたい、キスしたいの続きです。

 日付けが変わる30分程まえ、明日は祝日だしとだらだら雑誌を捲っていたら、控えめに部屋のドアがノックされた。少し前に玄関ドアが開閉された音は聞こえていたが、こんな時間に従兄弟が部屋を訪れるのは珍しい。
「なにー?」
 ベッドから起き上がりつつ、ドア越しにも聞こえるだろう声量でとりあえずそう返せば、やはりそっとドアが開いた。
「起きてて良かった」
 顔を覗かせた従兄弟の、軽やかな声とどこか浮かれた表情に、そう深刻な問題が起きたわけではないらしいと思う。
「何かあった?」
「うん。焼き鳥あるからちょっと晩酌付き合わない?」
「食べる!」
 即答してうきうきで部屋を出る。
 リビングへ行けば、ソファの前のローテーブルの上、ざっと15本程度の焼き鳥が無造作に皿に盛られていた。
「てかさ、どーしたのこれ」
 今までも出張土産とかいうお菓子類は何度か渡された事があるけれど、こんな土産は初めてだ。
「お前にって思って買ってきた」
「え?」
「今日飲んでた店、焼き鳥すんごく美味かったんだよ。で、途中、大学生の従兄弟が同居中で若いからか肉ばっか食ってるっつー話したら、土産に持ってってやれって言われてさぁ。この店の焼き鳥、お持ち帰りしても美味いんだって」
「なにそれ優しい。てか乗せられて買っちゃった系?」
「うっせ。お前はありがたく食っとけばいーの」
「食うよ。食うけど!」
「食うけど?」
「やっぱ最近、なんかちょっとオカシクない?」
 どこらへんがと問われて口ごもる。なぜなら、従兄弟の変化のきっかけは、やはりあの日のキスにある気がしているからだ。それとも自分が意識しすぎなだけだろうか?
「なんか、シタゴコロ的な……」
「まぁ、否定はしない。そりゃ多少はあるよな、下心」
「あんのかよっ」
「そう警戒すんなって。食ったらならキスさせろ、なんてことは言わんから」
「本当に?」
 ホントホントと軽いノリと、やはり目の前の美味しそうな焼き鳥の誘惑に負けて、いそいそとソファに腰掛けた。
 食ってていーぞと言って、いったん併設の小さなキッチンに引っ込んだ従兄弟は、冷蔵庫を開けてからお前なに飲むのと問いかけてくる。
「晩酌付き合えって俺にも飲めって事じゃないの?」
 二十歳になった時、お祝いで飲みに連れて行って貰って以降、たまーに誘われて一緒に飲んでいたから、今日もそれだと思っていたのに。
「と思ったけどやっぱなし。お前今日は酒禁止」
「なんで!?」
 何を飲むかの返事はしていないのに、戻ってきた従兄弟はビールの缶とペットボトルのお茶とグラスとを器用に抱えている。
「今日の俺は下心があるから。てかお前のせいで下心湧いちゃった~」
 お前が酔ったらイタズラしそう。なんてどこまで本気かわからない笑顔と共にお茶とグラスを差し出されたら、黙って受け取る事しか出来ない。
「でも乾杯はして?」
 隣に座った従兄弟はプルタブを上げてビールの缶を軽く掲げて見せる。
 お茶で? とは思いつつも、望まれるままグラスをカチンと合わせてやれば、酷く嬉しげだ。やたら幸せそうに崩れかけた頬と口元が目に入って、なるほど既に少し酔ってるのだとようやく気付いた。そういえば、この焼き鳥を買った店で飲んできたのだと言っていたのを思い出す。
「どーした?」
「今、どんくらい酔ってんの?」
「酔ってないよ?」
「嘘ばっか。けっこー飲んだろ」
「まぁ飲んだけど。でも帰ってからシャワー浴びてさっぱりしたし、もうあんま残ってないって」
 ジロジロと見つめる従兄弟は確かに風呂あがりで、しかも綺麗に髭も剃られている。
「明日、仕事は?」
「さすがにないよ。あったらこの時間に追加で飲まないって」
 前から休前日の夜にもこんなに小奇麗にしていただろうか?
 忙しい従兄弟は休日出勤も多い上に、こんな風に夜間一緒に過ごすことはめったにないので分からない。いや、たとえあったとしても、きっと覚えてなかっただろう。だらしなく小汚いおっさんだったあの朝が珍しかったのは確かだが、キスの上書きなんて話がなければ、従兄弟の普段の格好など気に留める事もなかったのだ。
 ああ、やっぱり自分が意識しすぎている。
「お前、本当にあれトラウマになってんのな」
 従兄弟を見つめたまま黙ってしまったら、苦笑とともにそう言われたけれど、唐突過ぎて意味がわからない。
「どういう事?」
「だってさっきから、何度も繰り返し思い出してんだろ。俺にキスされたこと」
 ごめんと謝る顔は一転して真剣だった。
「もう少しこのまま様子見ようかと思ってたけど、やめるわ」
 そんな前置きの後、従兄弟は続ける。
「キスなんてたいしたことないだろーって流しちまおうかと思ってたけど、なんかお前どんどん意識してるっぽいし逆効果だったよな。本当、ごめん。寝ぼけてやらかしたことだから、二度としない、とは言えないけど。でももう、あんな醜態晒さないようにはするつもりだし、キスしようなんてことも、もう言わない。それでもお前が不安になるってなら、一緒に飯食ったりするの一切やめてもいいけど、どうする?」
 生活費を持つんじゃなくて家事負担分はバイト代みたいな形で定額払うよ、なんてことまで言われて、かなり本気の提案なのだと思う。もしこれに頷いたら、どうなるんだろう? 頭のなかはいっきに真っ白だった。漠然とした不安だけが押し寄せる。
「ついさっき、シタゴコロあるって言ったくせに」
「うん。一緒に住んでんだから、お互い家に居るときくらい、お前と普通に楽しく過ごしたいって下心は、ある」
「なにそれ。本気で言ってんなら、俺が酔ったらイタズラするかもって言ったのなんなんだよ」
「お前酔っ払うとちょっと可愛いから、そんな状態で俺意識されんの嫌だな~って思っての牽制。まぁ、言葉が悪かったのは認める。お前あれで余計身構えたもんな」
 すぐに答えだせとは言わないから、俺との生活どうするのが理想か考えて。と言って従兄弟はビールの缶を片手に持ったまま立ち上がる。
「焼き鳥はせっかく買ってきたんだからお前が食べろよ。全部食べなくてもいいけど、明日の朝、もし手付かずで残ってたら俺は泣くからな!」
「なんだその脅迫。食うよ。てかちょっと待って」
 とっさに伸ばした手でシャツの裾を握った。
「俺をからかって遊んでるわけじゃなくて、本当にキスする気だったなら、……キスして、いいよ」
 従兄弟を見上げつつ、かなりの覚悟でそう告げたのに、従兄弟は困ったように笑う。
「今のお前にキスしたら、ほらたいしたことないだろ、なんて言えない感じになりそうだからダメ」
 まさか断られるとは思っていなくてショックだった。意識させてごめんともう一度謝ると、従兄弟は服の裾を握る手をそっと撫でてくる。力が抜けてしまった手の中から、服の布が逃げていく。
 お休みと言ってリビングを出て行ってしまった従兄弟の背を見送る頭のなかは、やはり酷いとかズルイとかの単語でいっぱいだった。

レイへの3つの恋のお題:寝ぼけてキスをした/キスしたい、キスしたい、キスしたい/あと少しだけこのままで
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お題は消化したけど、これこんな所で終わりにしていいのか……?

 
 
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キスしたい、キスしたい、キスしたい

寝ぼけてキスをしたの続きです。

 共同生活ルールの中には、従兄弟が在宅中に食事を作る場合は従兄弟の分も一緒に作る事。というのがある。
 比較的自由にさせて貰ってはいるが、こちらは学費と従兄弟へ払う家賃(激安)以外の生活費はバイトで賄う大学生だ。自分がここに放り込まれた主な理由はどう考えても親の経済力だが、従兄弟がそれを受け入れた理由ははっきり知らない。ただ、共用部分の掃除と洗濯と買い出しとたまの簡単な食事作りで、大半の生活費を向こうが負担する条件を提示してきたのは従兄弟なので、こんな自分が適当にこなす家事でも、一応役には立っているのかもしれない。
 自分で買い物をしている手前、それがどれだけ割の良い待遇かはわかっているつもりだ。自分のバイト代だけで食費も雑費も遊ぶための小遣いも全部賄う事を考えたら、多少家事が増える方が断然いい。二人分だからといって手間が二倍になるわけじゃないのだから尚更だ。
 そんなわけで、あんな事があった後ではあるけれど、今から少し遅めの朝食を作る以上、やはり彼の分も考えなければならないだろう。とすると、まずは食事がいるかどうかの確認が必要だ。家に居るからと勝手に作って無駄になった事が数回あって、残された分を捨てたのを怒られて以降は、確認も必須になった。
 リビングを出た所でかすかに水音が聞こえて来たので、どうやら従兄弟はシャワー中らしい。あの状態なら、自分だってまずはシャワーを浴びるだろうから、なんの不思議もないけれど。
 なのでそのまま洗面所に入り、バスルームの扉を軽く叩き、少しだけ扉を開いて声をかけた。
「ちょっといい?」
 従兄弟は髪を洗っている最中で、振り向くことはなかったが、それでも返事はしてくれる。
「どーした?」
「朝飯作るけどいる?」
「ご飯と味噌汁なら食べたい」
「冷凍のご飯でいいなら。もしくは炊飯器のセットだけする」
「チンでいーよ。よろしく」
「出たらすぐ食べる?」
「食べる」
「わかった」
 言って扉を閉めた。その後はリビングに戻って、二人分の朝食を用意する。
 自分一人が食べる弁当類は自腹だが、食材なら従兄弟が出してくれるおかげで、自炊率は高い方だ。しかしだからと言って料理が上手いかどうかは別だった。
 朝食の用意と言ったって、冷凍しておいた白米をレンジに突っ込み温めている間に、お湯を沸かしてインスタント味噌汁を作って、二個の卵を目玉焼きにして、一袋分のソーセージを焼き、後はご飯のお供系瓶詰め類をテーブルに並べるだけの簡単すぎるお仕事だ。なお卵二つとソーセージの大半は自分の胃袋に消える計算で焼いている。多分従兄弟はそれらにほとんど箸をつけないだろう。
 自分的には十分だけど、これ絶対また野菜が足りないとか言われるメニューだ。なんてことを、並べ終わったテーブルの上を見つつ思っていたら、風呂から上がった従兄弟がさっぱりとした様子でリビングに戻ってきた。
「野菜足りない?」
 言われる前に自分から言ってしまえと口にすれば、テーブルの上を確認した従兄弟はあっさり足りないと返してくる。
「自分で足す? 俺に作れって言うなら作る物も決めてよ」
「いや、足りないけどお前がいいなら今日はいーわ。でも卵残ってるなら出して。生卵。卵かけごはんしたい」
「わかった」
 冷蔵庫から出した生卵を小鉢に割り入れて、醤油と共にテーブルへ運ぶ。
「はい。これでいい?」
 席に着いた従兄弟の前にその二つを置き、さて自分も席に着こうと移動しかけたら、従兄弟に腕を掴まれた。
「なに?」
「どうよ」
「どうよって何が?」
「さっきの、小汚いおっさんてやつを訂正して欲しいなーって」
 にっこり笑って見せる顔は、じゃっかん作りモノめいている。笑顔がなんとも胡散くさかった。
「えー……」
 確かに今の格好を小汚いおっさんとは言わないどころか、こうしてラフな服装だとむしろ実年齢より若く見えるけれど、言われるまま訂正してやるのはなんだか納得いかない。だって思い出さないようにしているだけで、小汚いおっさんにキスされた事実は変わらないのだ。
 そう言ったら、じゃあキスする? などと返ってきて、まったく意味がわからない。
「はあぁ?? なんでそーなる」
「トラウマかわいそうだし上書き」
「小汚くなくてもおっさんに変わりないし。おっさんにキスされたらどっちにしろトラウマだよ」
「んなこと言われるとますますしたくなるな」
「だからなんでだよっ!」
 変態かよと言っても否定されなかったから、どうやら従兄弟は変態のお仲間ということで良いらしい。普段は下の名前にさん付けで呼んでいるが、今度から変態さんとでも呼んでやろうか。
「おっさんのテクでトラウマとか言えないくらいには良くしてあげるから、まぁちょっとキスくらいさせなさいよ」
「バカじゃないの! 絶対やだ」
 ちょっと焦りつつ掴まれた手を振り払ったら、めちゃくちゃ楽しげに笑われた。からかわれただけっぽいとわかって、ホッとしつつも腹が立つ。
 さらに面倒なのは、このやり取りがあってから、たまに思い出したようにキスしようかと言われる事だ。
 遊ばれてるのは悔しいし、時々本気かと思ってドキッとさせられるのはもっと悔しい。悔しさのあまり最近は、いっそのことキスの一つくらいしてしまおうかとまで思い始めている。

レイへの3つの恋のお題:寝ぼけてキスをした/キスしたい、キスしたい、キスしたい/あと少しだけこのままで
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寝ぼけてキスをした

 今日の講義は3限からなので、のんびりと起きだした朝。とりあえず何か飲みたいと思いつつキッチンへ向かうが、併設されたリビングの惨状に、冷蔵庫へ辿り着く前に足を止めてしまった。
 リビングの床にスーツを脱ぎ散らかして、下2つだけボタンの止まったYシャツにトランクスというひどい格好でソファに沈んでいるのは、従兄弟でありこの家の世帯主でもある男だ。親の間でどういう話があったのか、入学したら大学の近くで一人暮らしが出来るのだと思っていたのに、気づけばこの従兄弟の家に放り込まれていた。
 最初は本当に苦労した。なんせ従兄弟とはいっても年が離れすぎていて、一緒に遊んだような記憶どころか、話しをしたという記憶すらほとんどない相手だ。正直、いきなり見知らぬ他人との共同生活が始まったといってもいい。
 しかし共同生活におけるルールがある程度決まってしまえば、多忙な従兄弟とはすれ違いも多く、ここでの生活は既に2年を越えたがけっこう気楽に過ごせてもいる。最初は憂鬱だったここでの暮らしは、思っていたよりもずっと快適だった。
 ソファの脇に立って、改めて従兄弟を見下ろす。確か14ほど上と聞いた気がするから、そろそろ30代も半ばだろうか。眠っていてさえ疲れの滲みでている顔には無精髭が伸びていて、ボサボサの頭髪にはちらりと白いものが混ざり始めている。
「わー……いつにも増しておっさんくさい」
 起きていたらさすがに咎められそうな事を、そこそこの声量で口に出しても、相手は依然無反応だ。
 こんな場所で無造作に寝るから余計に老けていくんじゃないのか? と思いつつも、だからといって起こしたほうがいいのかはわからなかった。忙しいのは知っていたが、さすがにこんな状況は初めてだからだ。
 パッと見、疲れてる以外のおかしな様子はないけれど、まさか具合が悪くてここで力尽きたという可能性もあるだろうか?
 そっと額に手のひらを当ててみたが、とりあえず熱はなさそうだ。
 ますますどうしようか迷いつつ、目の前に垂れていた結び目だけ解いて首にぶら下がったままのネクタイを、なんとなく握って引っ張った。スルリと抜けるかと思ったそれは何かに引っかかって、従兄弟の頭がぐらりと揺れる。
 あ、まずい。と思った時には従兄弟の目がゆっくりと開いていく。
「ご、ごめん。起こすつもりはなくて」
 体はネクタイを握ったままフリーズしていたけれど、口だけはなんとか動かした。従兄弟はぼんやりとした表情のままこちらの顔を見て、それからネクタイへと視線を移す。
「なに? 人の寝込み襲うとか、お前欲求不満なの?」
「は? ちょっ、んなわけなっ、うぁ……って、なんだよっ」
 否定の途中、結構な力で腕を引かれてよろけて倒れこめば、わしゃわしゃと頭を撫でられる。
「んー? ちゅーくらいならしていいぞ」
「だからっ! 欲求不満じゃ」
 ない、という言葉は続けられなかった。
 14も年上の、だらしなく小汚いおっさんにキスされたという衝撃でそのまま硬直していたら、「うわっ」という慌てた様子の声とともに、唐突に突き飛ばされて尻もちを付いた。
「えっ、ちょっ、何してんの」
 何してんのはこっちのセリフだと思ったけれど、それは言葉にならなかった。なんで朝からこんな目にと思いつつ相手を睨みつけたけれど、正直怒りよりもショックが強くて泣きそうだ。
「あー……悪い。スマン。多分寝ぼけた」
「酷い。色々酷い。小汚いおっさんにキスされたなんてトラウマになりそう」
「小汚いおっさん、ってお前もたいがい酷いぞ」
「ホントの事だろ。てか自分が今どんな格好してるかわかってんの?」
 言ったらようやく自分の格好に気づいたようで、情けない顔になって本当に悪かったと繰り返した。その後はソファの周りに散らかした服類をまとめると、それを抱えてそそくさとリビングを出て行く。
 尻餅をついたまま、そんな従兄弟を視線だけ追いかけてしまったが、彼から掛かる言葉はもうなかった。酷いとかズルイとかの単語が頭のなかをグルグルとまわる。のどが渇いていたことを思い出して立ち上がるまで、随分と時間がかかってしまった。

続きました→

レイへの3つの恋のお題:寝ぼけてキスをした/キスしたい、キスしたい、キスしたい/あと少しだけこのままで
http://shindanmaker.com/125562

 
 
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