親切なお隣さん17

1話戻る→   目次へ→

 お隣さん宅と違って、不在時にもエアコンを稼働するなんて真似はしないので、自室は当然寒かった。
「なんだこの部屋」
「なんだってなんだ」
「部屋寒いってレベルじゃなくね?」
 隣に移動するだけなのになんで上着なんか着込んでんだって言われて、ちゃんと部屋が寒いからって教えたのに。ボロアパートの冬の寒さなんて知らない弟は、当然こちらの言う事なんて聞かなかった。
「だから上ちゃんと着とけって言ったろ。今から風呂入れっから、沸くまで着とけよ」
「エアコンつけろよ」
「つけるよ。でも部屋があったまるまで時間かかるだろ」
「つかエアコン以外ないの?」
 ストーブとかコタツとかと言われて、見りゃわかるだろと返す。
「うち、お隣さんほど金に余裕ねぇから」
「それで隣に入り浸ってんのかよ。つかほぼ寝に帰ってるだけってのマジ?」
「お前が来なきゃ今日だってもうちょっとゆっくりするつもりだったよ」
「否定しないのかよ」
「まぁ事実だし。だって隣、人が居ても居なくても夏冬エアコン稼働してんだもん。お隣さん居ない時にもコタツ使っていいって言うし、課題やテスト勉強するのだって、この部屋でやるよりよっぽど捗るし。冷蔵庫でかいし、台所もこっちより断然向こうのが使いやすいし快適だし」
 1日中エアコンが稼働してる部屋から漏れてくる冷気や暖気に加えて、台所用にと夏は小型の冷風機を用意してくれたり、冬はホットマットを用意してくれているのだ。こっちに食材も調理器具もないと言ったとおりに、こっちの部屋では風呂と寝ること以外してないし、ほとんど物置扱いだ。
「そういや遣り繰り上手? とかってのは?」
「それ、言葉の意味聞かれてんの?」
 節約が上手いって意味だよと教えれば、そうじゃなくてと返ってきて意味がわからない。
「兄貴がなんか、アイツが喜ぶようなことしてんだろ?」
 あれは喜んでたのとはちょっと違う気がするけど。
「お隣さん、前は全部外食とかコンビニ弁当とかで済ませてたらしくて、かなり食費かかってたっぽいんだよな。だから俺がスーパーの特売品とか使いまくって2人分の飯作るほうが食費安く済むんだってさ」
 お隣さん的にも得があるとすればそこかなと思って言ってみたら、さすがに弟も少し驚いている。主に、2人分なのに作ったほうが安い、って部分に対してだと思うけど。
「パンと卵と、それにちょっとサラダやスープ付けても、2人分500円も行かないんだよ。でも朝からコンビニでサンドイッチとコーヒー買ったら、それだけで500円くらい行くだろ」
「1食250円!? 兄貴、そんな金すらケチってんの?」
 わかりやすく例を出してみたら、予想外な部分で更に驚かれてしまった。
「1ヶ月にしたら7500円になるだろ。それにもし俺一人だったら、朝なんてもっと金かけないよ」
「は?」
「一人ならパン焼いてお茶かコーヒーで終わりだもん。つまり、100円も掛けないしょぼい朝ご飯が、お隣さんのご飯作ることで250円にレベルアップしてるわけ。それをお隣さんのお金で食べれるんだから、お隣さんにもういいわって言われないように、安くてなるべく美味い飯作らないとってなるだろ」
「じゃあやっぱ、兄貴がアイツに色々してやってんのって、アイツを利用するためなんだよな?」
「やっぱってなんだよ」
「こんなとこ住んでる男に媚び売ったとこでたいしていい思い出来ないだろって思ったけど、兄貴に比べたら全然金持ってたんだな、アイツ。でも正直、兄貴には呆れてる」
「何にだよ」
「こんなとこ住んで隣のおっさんに媚び売ってまでして大学なんか行く必要あった? 別に高卒で働いたって良かったんじゃねぇの」
 そのための商業高校だったはずだろと言われて、そうだけどそうじゃないと思ってしまうのは、高校受験時に普通科という選択肢なんて無いに等しかったせいだ。
「それ、親父がさっさと俺に働いて家に金入れて欲しがってたってだけだから」
「でもここでこんな生活するより、実家から通える会社入って家に少し金入れる生活のが断然楽そうなんだけど。少なくとも実家なら、光熱費とか気にする必要ないだろ。他人に頼らなくたって、そこそこ快適な部屋も、ここより広いキッチンもあるんだし、250円の飯代ケチる生活とかしなくて済むじゃん」
 高校時代、父はバイト代の大半をどうにか奪おうとしてきたし、夏場や冬場の光熱費に文句を言われることはあったし、料理するのは必要に駆られてだし、家族に振る舞ったところで美味しいどころか感謝だって滅多に貰えないし、実家にいたら掃除やらの雑務もなんだかんだ押し付けられるのがわかりきっている。
 バイト三昧だろうと得た給料は全額自分で使い道が決められて、お隣さんに喜ばれて褒められまくる料理を作って、ボロアパートの狭い部屋を不快じゃない程度に維持する方が断然楽に決まってる。
「ばーか」
「はぁあ!?」
「まぁお前は別に悪くないよ。本当にアホなのは親父とお袋。だからお前は、お前がやるべきこと頑張っとけばいい」
 うちが貧乏なのはお前が原因だけど、お前は家の経済状況なんか知らなくていい。という部分はなんとか飲み込んだ。

続きました→

 
 
*ポチッと応援よろしくお願いします*
にほんブログ村 BL短編小説/人気ブログランキング/B L ♂ U N I O N/■BL♂GARDEN■


HOME/1話完結作品/コネタ・短編 続き物/CHATNOVEL/ビガぱら短編/シリーズ物一覧/非18禁

親切なお隣さん16

1話戻る→   目次へ→

 落ちた鍵を拾ったのはお隣さんで、二人ともちょっと落ち着いてと、険悪な雰囲気を宥めてくる。
「ここで一緒に食べるのは、光熱費の節約って意味もあるからさ。出来れば君も一緒に食べていってよ。ただ、さっきも言ったように無理に引き止める気はないから、先に一人で隣に戻ってても構わないんだけど」
 拾った鍵を差し出しながら、要る? と尋ねるお隣さんに、弟は渋々ながらも首を横に振って見せた。
「良かった。じゃあこれはお兄さんに返しておくね」
 数歩の距離を近寄ってきたお隣さんが、手を取って鍵を握らせてくる。そのついでみたいに顔を覗かれ、何かを納得したように頷かれたけれど、多分ついでだったのは鍵を持ってくる方だったんだろう。
「思ったより落ち着いてそう」
 家族との間に何かしら問題を抱えているのは知られているし、弟に会わせたくないみたいなことを言ったことだってある。
「おれもこっち居たほうがいいかな? 夕飯、なにか手伝えることある?」
 多分間違いなく、めちゃくちゃ気を遣わせている。でも自分自身、不思議なくらい落ち着いていた。弟が来てると知った瞬間の激しい動揺を、ほとんど引きずっていない。
 それは壁一枚隔てた先でお隣さんと弟が二人きり、なんて状況になっても、変わらないと思う。二人きりにしても、弟が付け入る隙はお隣さんになさそうだし、そもそも弟自身にそんな気がなさそうだ。それを今なら信じられる。
「いや、ないっす」
 部屋で待っててくださいと言えば、また一つ頷いて見せる。
「大丈夫なんだね?」
「はい」
「わかった。じゃあ、夕飯3人分、よろしくね」
 そう言って弟を促し部屋に戻っていくのを見送ったあと、引き戸がきっちり閉められるのを待って、大きく息を吸って吐いた。
 気持ちを切り替えてさっさと夕飯を作ってしまおう。
 冷蔵庫の中には、昨日の買い出しでお隣さんが、大晦日だしと景気よくカゴに突っ込んだ色々が詰まっているので、元々そう時間がかかるような物を作る予定ではなかったのも幸いした。
 ただ、切って盛っただけとか温めて盛っただけの夕飯は、弟にはだいぶ不評だった。
「飯炊きって、このレベルなら俺でも出来んじゃん」
「出来てもお前はやらないだろ」
「年末年始くらいは楽して貰いたかったから、おれが奮発したの。一緒に買い物いかないと、自主的に楽しようとはしないから困っちゃうよね。普段はちゃんと色々作ってくれてるよ」
 凄い遣り繰り上手なの知ってる? となぜかお隣さん自身が誇らしげに言うのを、弟は小さな舌打ちで返している。多分遣り繰り上手の意味はあまりわかってなくて、自慢されたことそのものが不快なんだろう。
 お隣さんが誇ることか? という気持ちはあるものの、でもやっぱり、褒められて嬉しい気持ちにはなる。
 まぁ喜んでばかりってわけにもいかないんだけど。だって、楽してもらいたいなんて話、今初めて聞いた。
「初耳なんすけど」
 スーパーで買い物するのが珍しいせいで、あれこれカゴに突っ込んでいたのかと思っていた。あれもこれも、気になる食べてみたいって言ってカゴに入れるから、それを素直に信じてしまった。
「言ったら買わせてくれないかと思って。それに、どれも美味しそうだったのも本当だし。実際美味しいし」
 美味しいよね? という問いかけに、だって値段がと考えてしまうのは仕方がないと思う。だから応じたのは値段を知らない弟の方が先だった。
「まぁ、悪くはないけど」
 でもコンビニ弁当よりはマシ程度、という評価を下す弟の舌は、甘やかされて贅沢に慣れている。でもお隣さんはそんな風には思わなかったらしい。
「せっかく慣れ親しんだ味が食べれると思ったのにガッカリした?」
「は? なんだそれ?」
「あれ? お兄さんが実家にいた頃、お兄さんのご飯食べてたんじゃないの?」
「そりゃ、あれば食ってたけど」
「これがコンビニ弁当よりはマシ程度に思えるくらい、久々にお兄さんの作るご飯食べれるって思って楽しみにしてたのかなって」
 美味しいもんね、というお隣さんの言葉は疑う余地もなく本気なんだけど。
「いやいやいや。こいつの舌が贅沢なだけっす。俺の飯だってコンビニよりはマシくらいにしか思ってないっすよ」
 どこそこで食べたなんとかが美味かった、的な自慢をされることはあったから、美味しいって思う感覚はあるんだろうけど。でも一緒に食事をしていて、この弟が美味しいなんて単語を口にしたことはなかったと思う。
「こいつと一緒に飯食っても全く楽しくないって言ったじゃないすか。こいつ、普通の飯に美味いとか絶対言わないんすよね」
「うるせぇな。だって本当に美味いもん知ってたら、特別美味くないもんを美味いとか言わないだろ。つか兄貴の飯が美味いって、貧乏舌ってやつなだけじゃね?」
「まぁ確かに食材に拘りとかないし、そこまで自分の舌に自信があるわけじゃないけどね。でもお金を積んで食べられる美味しいご飯とは、違う種類の美味しさもあるんだよ」
 あれが美味しいって思えないのは勿体ないねと、これも多分本気で言ってくれているから、胸の奥が温かい何かで満たされていく。弟を目の前にして、こんな風に自分を評価してくれる誰かがいるなんて、考えたこともなかったのに。
 その誰かがお隣さんで本当に良かった。
 弟の突然の来訪にどうなるかと思ったけれど、お隣さんは大丈夫。そう思ったら、嬉しいのと安心したのとで、気が緩んだんだろう。だから弟の機嫌がますます悪くなったことには気づいたものの、少しばかり調子に乗ってしまった。
 調子に乗って何をしたかと言うと、帰り際、いつも通りのキスをねだった。お隣さんは気を遣ってそのまま見送ってくれようとしたのに、いつものは? と自分から口にしてせがんで、躊躇うお隣さんに自ら口を寄せていった。
 なにか言われるかと思ったが弟は黙ったまま睨んできただけで、お隣さんの心配そうな「大丈夫?」の言葉に、ようやく少しばかり焦りだす。揉めるようなら呼んでいいからねと、そっと耳元に囁かれて、そういや弟の目的が何なのかも結局まだ何も知らないと思い出す。
 どう考えたって何かしらの文句を言いに来たはずで、わざわざここまで来てしまうくらい何かしら腹に溜め込んでいるのだろうから、揉めないはずがないのに。これは余計な揉め事の種を一つ、自ら増やしただけかも知れない。

続きました→

 
 
*ポチッと応援よろしくお願いします*
にほんブログ村 BL短編小説/人気ブログランキング/B L ♂ U N I O N/■BL♂GARDEN■


HOME/1話完結作品/コネタ・短編 続き物/CHATNOVEL/ビガぱら短編/シリーズ物一覧/非18禁

親切なお隣さん15

1話戻る→   目次へ→

 しかもなぜか、お隣さんは弟に取り込まれていない。お隣さんだって、弟に会ったら弟の味方になるんだろうって思ってたのに。
 信じられない気持ちもあるが、弟が不機嫌な声と態度で、お隣さんをあからさまに邪険にしていたのも事実だ。だからきっと、嫌われたと言ったお隣さんの言葉も嘘じゃない。
 いったい二人の間で、何があったんだろう?
 知りたいけれど、知らないままで居たい気もする。
「無理に引き止める気はないんだけど、一緒に食べていくのはどう?」
 弟と睨み合う中、緊迫感のない声を挟んできたのはもちろんお隣さんだった。
「お正月でちょっと奮発して色々買い込んだし、食材足りないってことはないよね?」
 足りないどころか、実はちょっと持て余し気味にある。
 家でも持ち帰った仕事をしてることが多いお隣さんだけど、さすがに年末年始くらいはちゃんと休むつもりだと言って、ここ数回の買い出しに付いてきていたせいだ。
 行き先はスーパーだけど、わざわざバイト帰りに待ち合わせているのと、お隣さんがやけに楽しげにするせいで、まるでデートでもしてるみたいな錯覚を覚えたのが少しばかり恥ずかしい。
 もしかしたら、欲求不満が溜まって、そんな錯覚を起こしているのかも知れない。お隣さんに抱いて欲しい気持ちはあるものの、結局、お隣さんに向かってはっきり口に出せてはいなかった。
 何度か口に出し掛けてるけれど、最後の最後で飲み込んでしまう。だって困らせるかやんわり断られる想像しか出来ない。抱いて貰える未来が見えなくて怖気づいてしまう。
「まぁ、金払ってるのアンタだし、アンタがこいつにも振る舞えってなら」
 手間はたいして変わらない、と返しながら、一旦お隣さんに向けていた視線を弟に戻せば、弟はますます嫌そうに顔をしかめている。
「どうすんの? 一緒に食ってく?」
「ここで作るのは許可してやるけど、食うのは兄貴の部屋で二人でがいい」
「却下」
「なんでだよ。飯代浮かすために飯炊きやってるだけなら、ここで食う必要なんてないだろ」
「アホかよ。飯代浮かすためだけでこんなの続けてるわけないだろ」
「じゃあなんだっつうの?」
 まず第一に、お隣さんの部屋のが圧倒的に居心地がいい。既に部屋の中は空調が効いて暖かいし、コタツもあるし加湿器だって大きめのが稼働してる。まだ兄の部屋の実態を知らない弟にはわかるはずもないが、快適さが段違いだ。
 次に、作ったものを幸せそうに食べてくれること。美味しいとかありがとうとか、たくさん言葉にしてくれること。相手の役に立てている実感も、相手から伝わってくる好意も、既にたくさん貰ってるけど、足りないってわけじゃないんだけど、でも、いくらだって欲しいと思ってしまう。だから貰える機会を自ら逃す気なんかない。
「俺がここでお隣さんと一緒に飯食いたいから」
「は?」
 意味がわからないという顔をされて、そりゃお前にはわからないよな、と思ったら、なんだかもう色々と面倒になってしまった。
「だいたい、お前と一緒に飯食って何が楽しいの?」
「なんだって?」
 聞き捨てならないと言いたげにまた睨まれたけれど、やっぱり気持ちは落ち着いている。
 実家にいた頃、どんな気持ちで家族の分まで食事を用意してたか、どんな気持ちで一人きりな食事をしてたか。ついお隣さんと比べてしまって苦しい思いをしたこともあったけれど、毎日幸せな食卓を囲んでいるうちに、そんな過去はすっかり忘れ去っていた。
 もう、思い出すことなんて殆どなかったのに。今またそれを苦々しく思い出してしまうのは、弟と一緒に食卓を囲む想像をしてしまったせいなんだろう。
 よくまぁ二人で食べたいなんて言えたもんだ。
「この人と一緒に食べるほうが絶対楽しいし、正直言って、お前、おじゃま虫なんだよ。そうだ。飯出来たら運んでやるから、お前、俺の部屋で一人で食えよ」
 ポケットを探って自宅の鍵を取り出し、弟に向かって放ってやる。けれどそれは受け止められることなく、弟の腹あたりに当たってから床に落ちた。

続きました→

 
 
*ポチッと応援よろしくお願いします*
にほんブログ村 BL短編小説/人気ブログランキング/B L ♂ U N I O N/■BL♂GARDEN■


HOME/1話完結作品/コネタ・短編 続き物/CHATNOVEL/ビガぱら短編/シリーズ物一覧/非18禁

親切なお隣さん14

1話戻る→   目次へ→

 前回までは祖父が居たから渋々ながらも正月には祖父宅で顔を合わせていたけれど、祖父が居ない正月に顔を出す気なんてあるはずがない。しかし祖母や親は当然来ると思っていたらしい。
 といっても祖母には一応事前に知らせてあったから、まさか元旦になってから電話が来ると思ってなかったし、親が何度も電話を掛けてきていたその時間は当然だがバイト中だった。
 今年は帰省しないと言ったら、お隣さんも帰省時期をずらして年末年始をアパートで過ごすと言ってくれたから、休みを貰うか迷う気持ちもなくはなかったのだけれど。でも休みを貰ったところで何をしていいかわからないというか、お隣さんと過ごす正月のイメージが欠片も湧かなかったのと、通常の土日祝日よりも更に時給がアップするとわかっていたから、バイトの方を優先してしまった。
 ただ、年越しは一緒にしようと誘われて、昨夜はお隣さんの部屋で年が明けるまで一緒に過ごした。といっても、夕飯後から年が明ける少し前まで、コタツでぬくぬくと寝てしまっていたのだけど。
 年末特有のテレビ番組が流れる部屋で、お隣さんの気配を感じながら微睡むのは、なんとも贅沢な時間だった。少なくとも、自分の中では。
 それに、今朝は少し早めに一緒に家を出て、近くの小さな神社に初詣まで行ってしまった。
 一人で寂しく過ごすどころか、例年より穏やかで楽しい年末年始を過ごしていたから、帰省しなくて大正解って思ってたのに。
 大量の不在着信には、バイト終わりにすぐに気づいた。嫌な予感しかなかったものの、放置するともっと面倒なことになりそうで折り返しの電話をかける。
 開口一番、どういうつもりだと苛立ちを隠さない声で怒鳴られたのを適当にいなして、祖父が居ない正月に顔を出す必要を感じないことと、ついでに大学を辞める気なんてないことを伝えた。春にはちゃんと戻るんだろうな、なんて言うから、戻るわけがないと知らせるためだ。学費の目処は立っていると言ったら、借金なんて許さないとか言ってたけど、アンタの許可は必要ないと言い返して電話を切ってしまった。
 大きく溜め息を吐き出しながら、今から帰りますとお隣さんにメッセージを送る。しかし、すぐに返ってきたメッセージを見て、気持ちはますます落ち込むことになった。
「なんで……」
 画面に映し出された文字は、間違いなく、弟の来訪を伝えている。
 でも、部屋の前で寒そうにしてたから保護したってどういうことだ。てかアイツは正月早々なにやってんだ。親と一緒に祖母だけになった祖父宅に行ったんじゃないのか。
 意味がわからなすぎるし、会いたくないし、憂鬱すぎる。でもお隣さんと弟を二人きりのままにしたくもない。
 嫌だ嫌だ帰りたくないって気持ちでいっぱいなのに、足だけはなぜかいつもよりよく動いて、アパートに着く頃にはすっかり息が上がっていた。
「戻りました!」
 合鍵を使って飛び込んだ先、こちらが台所と部屋とを分ける引き戸に手を掛ける前に、それがカラリと開いて少し困った顔のお隣さんが顔を出す。
「お帰り。早かったね。というか急かしちゃったかな」
 お隣さんに悪いとこなんて一つも無いのに、ごめんねと謝られてしまった。
「いえ、こっちこそ、弟がお世話になりました」
「帰宅時間を知らせて、寒いから部屋に誘っただけで、お世話ってほどのことはしてないけど……」
「えと、何か、ありました?」
 最初から見せている困り顔はそのままで、明らかに何かあったのはわかるけれど、それを確かめるのはなんだか怖い。
「てかさぁ、今、兄貴、合鍵で入ってきたよな? てことは、マジに兄貴がアンタの飯炊きやってんの?」
 お隣さんの奥から聞こえてきた不機嫌そうな声に、あれ? と思う。家庭内では王様な弟は外面がめちゃくちゃいいので、初対面の相手にこんな不機嫌な声を出すことなんてないはずなのに。
「その、弟さんとは出来れば仲良くしたかったんだけど、どうやら嫌われたっぽくて」
「は? 嘘だろ?」
「んじゃ兄貴も戻ったことだし、俺等は兄貴の部屋行くから」
 ドーモオセワニナリマシタ、と明らかな棒読みで告げながら、弟がお隣さんを押しのけて台所に姿を表す。けれど、そうだなと頷いて一緒に戻る気はなかった。
「俺に用があって来たんだろうし、まだ帰る気ないってなら俺の部屋居ていいけど、俺はまだここでやることあるから」
「まさか夕飯作るとか言うのかよ」
「まさかってなんだよ。そうだよ」
「じゃあ俺の夕飯は?」
「知るかよ。コンビニでも行って好きに買ってくれば?」
「俺がコンビニ飯なんか食わないの知ってるだろ」
「別に食えないわけじゃないだろ。それに俺の部屋、食材も調理器具もなんもないぞ。あとスーパーも今日は休みだな」
 ギリっと歯ぎしりが聞こえそうなくらい弟の顔がこわばっている。というか睨まれているのだけれど、なぜか焦りもなければ怖さもない。
 多分、ここがお隣さんの部屋で、すぐそこにお隣さんがいるせいだった。

続きました→

 
 
*ポチッと応援よろしくお願いします*
にほんブログ村 BL短編小説/人気ブログランキング/B L ♂ U N I O N/■BL♂GARDEN■


HOME/1話完結作品/コネタ・短編 続き物/CHATNOVEL/ビガぱら短編/シリーズ物一覧/非18禁

親切なお隣さん13

1話戻る→   目次へ→

 結婚前提のお付き合いとやらは検討しないと退けたのに、好きを認めてしまったし、あれ以来、帰宅間際に好きって言われてキスするのが習慣化している。
 なんかもう、毎回当たり前みたいに好きって言われるし、何回かに一回はこちらも好きを返すけれど、俺もと短に返しても、知ってますと素っ気なく返しても、なんなら頷くだけでも、相手はニコニコと楽しげだ。そして、決まり文句の「お休み、また明日」の言葉と共に、軽く口を触れ合わせてくる。
 慣れた素振りで受け止めているけれど、内心はそれなりに複雑だった。
 いやだって、これどういう状況?
 結局、今現在の自分たちの関係がどうなっているのかよくわからないというか、多分、恋人になったってわけではないんだろう。
 だって習慣化したのは帰り際に告げられる好きの言葉とキスだけで、それ以上の進展は特に何も無い。押し倒されたりしないし、デートに誘われたりもしない。
 どういうつもりでキスするのか聞いてみたい気もするけど、あの日の話を蒸し返されたくはなかった。でもキスしかしない理由は正直かなり気になっている。
 一応アレコレ考えてみた結果、一番しっくり来るのが、今はまだ恋人ではないから、なんだけど。
 そもそもキスだって、ちゃんと口にしてってせっついたのはこちら側だ。なし崩しで口へのキスがOKになってしまっただけで、あの時、額へのキスに文句をつけなければ、習慣化したのは額へのキスだっただろう。
 お付き合いは検討できないと言ったのは自分なのに、日々繰り返されるキスに焦れているのがなんだか悔しい。お隣さんの方はただただ満足気なので、それが余計に、悔しさに拍車をかけているとも思う。
 自分の置かれた状況は特に何も変わってないから、お隣さんとお付き合いなんて出来ないって気持ちは変わらないのに。自分もお隣さんのことが好きなんだって気持ちを認めてしまったせいで、キスの先を期待する気持ちが抑えられない。はっきりと好意を持つ相手と、もっとエロいことをしてみたい。
 でもだからこそ、自分が相手に対して持つ好意は、相手がコチラに向けている恋愛感情とは違うものなのかな、とも思う。
 もし自分の中にあるのが恋愛感情なら、お隣さんみたいに、自分の好きに相手の好きが返ってくるだけでも嬉しくて仕方がないって思えるのかも知れない。付き合うことが出来ないのに、好きって言い合えてキスまで出来るのだと思えば、幸せを感じられるのかも知れない。
 そんな想像はしてみるものの、自分には理解できそうにない感情だった。少なくとも、今の状況に幸せを感じるのは無理だし、正直、欲求不満が溜まっていくばかりで嫌になる。
 過去のパパ活でお尻を弄って得る快感を知ってしまったせいで、最近はもう、お隣さんに抱かれることを明確に想像しながらアナニーしていた。
 ペニスに装着して快感を得るために使うわけではないから、とにかく安いものを利用してはいるものの、ゴムだってタダじゃないのに。もちろん、潤滑剤だって必要だ。
 パパ活ではお尻にペニスを突っ込まれるまではしなかったどころか、指だって1本しか入れられなかったから、今まではずっとそれを真似るだけで、指を1本以上入れたことなんてなかったのに。頻度だって、お尻まで弄るオナニーは数ヶ月に1回くらいだったのに。
 お隣さんに抱かれることを考えながらするアナニーのせいで、お尻の穴は確実に広がってしまったし、頻度だって確実に上がっている。
 お隣さんにはそんな気全然なさそうだけど。抱いて欲しい欲求なんてぶつけたら、ドン引きされる可能性のが高そうだけど。
 だから余計に、自分だけ欲求不満を募らせている苛立ちやら、自分ばっかりそんなことを求めている虚しさやら悲しさに、少しずつ心が疲弊している気がする。今はまだ平然を装っていられるけれど、いつまで隠していられるだろう。
 気づかれるのが先か、抱いて欲しいと口にしてしまうのが先か。そろそろ限界が近そうだ。

続きました→

 
 
*ポチッと応援よろしくお願いします*
にほんブログ村 BL短編小説/人気ブログランキング/B L ♂ U N I O N/■BL♂GARDEN■


HOME/1話完結作品/コネタ・短編 続き物/CHATNOVEL/ビガぱら短編/シリーズ物一覧/非18禁

親切なお隣さん12

1話戻る→   目次へ→

 家族の話や生い立ちなどの、踏み込まれたくない時に見せるのと同じ顔をしてると指摘されて、そんなにわかりやすく顔に出ているなんて知らなかったなと思う。だからいつも、さっと察して話題を変えてくれるのか。
 あれこれ顔に出る相手を素直な人だと思っていたけど、あまり人のことは言えないのかも知れない。でもこんな指摘、人からされるの初めてなんだけど……
 と思ったところで、そんな指摘を受けるほど他者と長く時間を共有したことがないせいか、と気づく。2年間、ほぼ毎日顔を合わせて一緒に食事をしてきたのだ。家族とだって、こんな生活はしたことがない。
「もしご家族の許可が得られたら、おれとの結婚を考えてくれたりする?」
「は?」
「だっておれ自身に何かがあってお断りされてるわけじゃないなら、周りの障害を取り除いていったら、いつかはOKして貰えそうじゃない?」
 うーん、前向き。と思わず呆れてしまって、泣きそう、なんて思ってた気持ちが霧散する。
 いやまぁ、この人のこういうとこに多分かなり救われているし、だからこそ惹かれてもいるんだろうけれど。一緒にいると、嫌な気持ちを引きずることが少ない。
「家族の許可が欲しいなんて思ってないす。ただ、祖父さん死んで俺が家戻るって思ってるっていうか、俺の大学生活にちょっかい出さないようにしてくれてたのも、多分祖父さんなんすよ」
 自分の学費と同じかそれ以上、弟に援助してる可能性が高いはずだ。だから渋々ながらも口出しせずに放置しててくれるのだと思っていた。
 遺産がどれくらいあったのかは知らないが、それで賄いきれる問題かはわからない。
「うちのゴタゴタに、アンタを巻き込みたくない、す。金持ってる男を恋人だの伴侶だのにしたなんて知られたら、アンタにたかりに来るかもだし、弟がアンタに何するかちょっと想像つかないっていうか……」
「ああ、そういう感じか。というか弟さんが危害加えに来そうな感じ?」
 お兄ちゃん子なの? と聞かれて、全然と首を横に振ったものの、どう説明したらいいのかわからない。うちの王様なんですよ、なんて言って通じるとはとても思えなかった。
「あー……弟にアンタ取られたら、さすがに俺も立ち直りにどれくらいかかるかわからないな、みたいな?」
 そんなことするとは思えない。と言い切れないのが弟の怖いところだ。自分の利がデカいと判断すれば、兄の恋人を奪うことに躊躇なんてしないと思う。
 でもって、それが可能なくらいに、弟は多くの他人にとって魅力的な人物だ。ということを、自分は知ってしまっている。
「え、さすがにそれは……」
「ないって言い切れないくらいには、凄い弟なんですって」
「実際に会ったことがない以上、絶対にないから信じて、は信じてくれそうにないよね」
「まぁ、そっすね」
 うーん、と腕を組んで悩み始めてしまった相手に、夕飯冷めますよと声を掛けた。今更という気もするくらい、とっくに冷めきってるけど。
「あ、ああ、ごめん。お腹減ってるよね」
 食べようと言って箸を持った相手が、いただきますを告げるのに合わせて、自分も再度いただきますと唱えて箸を取る。
 その後はいつも通りというか、さっきまでの結婚云々とは全く関係がない雑談ばかりで過ごした。
 いつも通り、後片付けを済ませ明日の朝用の米を炊飯器にセットして、じゃあまた明日と玄関に向かえば、いつも通り後を追ってきた相手が、いつもならまた明日と応じるところを、何か言いたげに見つめてくる。
「なんすか?」
「あのさ、さっき肝心なとこ聞きそこねたんだけど」
「はぁ、なんすか」
「その、君もおれのことが好き。……って、思ってても、いい?」
「あー……」
「今はまだ、おれとの結婚を検討出来ない、ってのはわかったけど。でも俺を想う気持ちが全くなかったら、ああいう断り方は、君ならしない。……よね?」
「そ、っすね」
「じゃあ、君もおれを好きってことで」
 一応、いいよね? と疑問符付きで問われる形ではあったけれど、眼の前にあるのは、ダメと言われることを想定している顔じゃない。期待に満ちた顔は、いいですよという肯定待ちというよりは、こちらからの「好き」を待っているように見えて仕方がない。
「あー……好き、です。俺も、アンタが」
 観念してそう告げれば、相手は、嬉しそうに笑って良かったと言った。その笑顔が近づいて、慌てて目を閉じたけれど、チュッと小さな音を立ててその唇が触れたのは額だった。
 玄関の段差はあるが数センチだし、喪服が借りれるくらい身長にそう大きな差なんてないのに。つまり、わざわざ伸び上がって額を狙ったってことだ。
「え、なんで口じゃないんすか? プロポーズまでしといて、まさか未だにガキ扱いすか?」
「え、いや、そんなつもりは……」
 いいの? と聞かれて、何をいまさらと返せば、今度こそその唇が自身の唇に落とされた。

続きました→

 
 
*ポチッと応援よろしくお願いします*
にほんブログ村 BL短編小説/人気ブログランキング/B L ♂ U N I O N/■BL♂GARDEN■


HOME/1話完結作品/コネタ・短編 続き物/CHATNOVEL/ビガぱら短編/シリーズ物一覧/非18禁