兄の親友で親友の兄1

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 兄の親友であるその人が、兄をどんな目で見ているのか気づいたのは自分自身がそちら側だったからで、彼はその想いをとても上手に隠していたと思う。もちろん自分も、自分自身の恋情は隠しきっていたつもりだし、同類である彼にも全く気づかれなかったと言うなら、いっそ誇っていいかも知れない。まぁこちらなんてまるで彼の眼中になかった、というだけの可能性も高いけれど。
 彼にとって自分は、親友の弟で、かつ、弟の親友でしかなかった。だからなぜこんな誘いを掛けるのか、理由を告げれば相手は相当驚いていた。まさかこちらの本命が彼の弟だなんて、彼からすれば青天の霹靂もいいところだろう。
 つまりそれは、互いに互いの想い人を重ねるような、自己欺瞞に満ちた行為の誘いだ。幸いなことに、どちらの兄弟も、他者からよく似た兄弟だと言われる程度には顔の作りや雰囲気が近い。錯覚は意図的に充分起こせると思う。
 彼はめちゃくちゃ渋い顔でしばらく黙り込んだ後、大きなため息を一つ吐いて、それからわかったと言った。勝算がなければ誘いなんか掛けなかったとは言え、馬鹿なことを考えるなとゲンコツを落とされる可能性もなくはなかったのでホッとする。
「ただし、錯覚はなしだ」
「え?」
「俺を別の名前で呼ぶな。俺もお前を別の名前で呼んだりしない。俺が、俺の意思で、お前を抱く」
 それでいいなら抱いてやると言われても、想定外過ぎてわけがわからず混乱した。
「なんで?」
「だって気持ち悪いだろ。俺はあいつの兄であってあいつじゃねーし。お前がいくら兄貴に似てたって、俺からすりゃお前はお前以外の何者でもねーんだよ」
 どんだけ長い付き合いだと思ってんだと呆れ口調のその人は、本当に錯覚できると思ってるならお前はバカだと言い切った。
「え、でも、それで俺を抱く気になんてなれるわけ? それとも、元々、本命に似たような相手ばっか漁って来たタイプ? ってことはないよね。確か、けっこうなメンクイで過去の恋人、美人ばっかって話だったような気がするんだけど」
 親友の彼女を紹介されたり、兄の彼女が家に来たりということはあるが、さすがに彼の恋人を見たことはない。そもそも親友経由だったり兄経由だったりで聞いた話じゃ、彼が親友やら兄やらに紹介する恋人は気の強そうな美人ばっかりで、でもだからかあまり長くは続かないらしい。長く続かないのは別に本命が居るせいだろ、とは思っていたものの、もちろんそれを親友にも兄にも言ったことはない。
「ああ、兄さんやあいつには紹介出来なかったってだけで、男は兄さんに似たタイプ選んでたとか、そういう話?」
「わかった。やっぱ止めよう。なしなし。この話は忘れてやっから、お前ももうこんなアホなこと言い出すなよ」
「待ってよ。意味わかんないんだけど。てか、俺を俺のまま抱けるってなら、それでいいから抱いてよ」
「えーだってお前、絶対後悔する」
「後悔すると思ったら、こんな身近な相手誘うわけ無いだろ」
 言えば相手はやっぱり呆れた様子のため息を吐いた。
「お前、恋人は?」
「それ言わせる? 男も女も居たことなんてないですけど」
「だからだバーカ」
「バカってなんだよ。せめてもうちょっとわかるように説明してよ」
「お前まさか、初めての相手に俺を選んでんじゃないよな?」
「いや、さすがにそれはないけど。ちょっと虚しくなってきた、てのはある」
「相手いんなら作れよ恋人。それとも足開きゃ寄ってくるようなのばっか相手してんの?」
「そういうわけじゃ……いや、どうだろ。そうなのかな?」
「おい。大丈夫かお前」
 危なっかしいなの口調はやっぱり呆れ気味だけれど、それでも本気で心配されている気がして少し気まずい。
「だって好きになられても応えられないんだし、そんなの困る。逆に聞くけど、本命が居るのに恋人作ってすぐ破局するのって虚しくないの?」
「別に。あいつらに紹介した女の恋人はだいたい事情知ってて俺の恋人やってたし、それとは別に、ちゃんと可愛がってた恋人もいるぞ。男だったからあいつらは知らないけど、そいつとはそれなりに長く付き合ったよ」
「え、知ってるって何を? てか男の恋人もいたの? なんで別れちゃったの?」
「俺がゲイよりのバイだってこと。女の恋人が居たほうが都合いいし、女相手は最初っから期間限定恋人ごっこ、みたいなのが多かったかな。男の方はまぁそれなりに本気だったけど、向こうの家の事情的な感じで、相手の結婚決まって別れたわ」
「えーじゃあ、もしかして、兄さんが本命は俺の気のせい?」
「ではないな」
 でもそれなりに気持ちに整理はついているから、兄とは今後も変わらず親友で居られればいいのだと言って彼は笑う。本気でそう思っているのだとわかる穏やかな顔に、彼は自分と同じように親友への想いに苦しんでいる同士ではないのだとわかって、がっかりすると同時になんだか泣きたいような気持ちになった。

続きました→

 
 
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