こんな関係はもう終わりにしないか?

「こんな関係はもう終わりにしないか?」
 深刻な顔をした相手に告げられた言葉を、寝起きの頭はなかなか理解できない。したくない。それでも終わりという単語に反応し、ただただ胸がきゅううっと苦しくなって、なんでと吐き出す声は細く掠れていた。
 始まりは本当に酷かったものの、昨夜まではそれなりに、互いに都合よく気持ちのいいセックスが出来ていたはずなのに……
 
 自分たちは親友と呼べるほど親しくはなく、言うなれば高校時代に部活が一緒だった程度の友人で、それでも関係が切れずに居たのは進学した大学が学部違いとは言え同じだったことと、就職先が割合近かったと言うだけだ。
 たまに会って酒を飲み、互いの会社の愚痴を吐くような関係を二年くらい続けて居たその当時、相手は学生時代から続いていた彼女と別れて一年以上が経過していて、新しい恋人が出来ずに風俗へ行くかを迷っていた。そして自分の方は、ネットで見かけたアナルオナニーに好奇心から手を出し、すっかり嵌まり込んでいた。
 その日もそこまで酔っては居なかったが互いに酒は飲んでいて、やっぱり風俗に行ってみたいが病気が怖いだとかグズグズ言って躊躇う相手に、俺でいいなら相手するけどと言ってしまった。
 失くしたくないほどの親友だったなら、逆に誘えなかっただろうと思う。誘うことで関係が切れたって、さして痛くもない相手だったのは大きい。
 こちらも長らく恋人が居ないことは知られていたし、オナニーライフ最高という話はチラと出しても居たので、そのオナニーの中にアナルを使ったアナニーも含まれていると教えてやれば、相手は当然ながらかなり驚いていた。
 やってみてもやらなくても、もう二度と酒も食事も付き合わないと言われようと構わないという態度で居たら、相手は見せてよと言いだした。何をと返せば、アナニーをと言われて、今度はこちらが盛大に驚く羽目になった。
 それでも今、こうしてセックスする関係になっているのは、アナニーするこちらの姿に相手が勃ったということを意味している。
 かなり自己開発済みではあっても、人にアナルを弄らせたことはなかったし、当然男に抱かれたこともなかったが、相手はそれをちゃんと考慮してくれた。つまりは、友人の男相手でも、びっくりするほど優しいセックスをしてくれた。
 風俗へ行くか迷っていた割に、出したいだけの自分本意なセックスではなく、むしろ一緒に気持ちよくなれることを目的としたセックスだった事に、結構驚いたのを覚えている。
 さすがに初回から感じまくるなんて事はなかったが、特別嫌な思いをしたわけではなかったから、またしたいという相手を拒むことなく続けた結果、あっと言う間に体は相手とのセックスに慣れてしまった。その日の体調や気持ちにも大きく左右される物の、アナニーするより気持ち良くなれる事があると知ってしまった。
 ついでに言えば、たまに会って酒を飲む関係は、都合のつく週末は会ってセックスする関係に変わっている。会うのはもっぱら自宅になり、居酒屋とはとんとご無沙汰だ。
 学生時代の恋人とは就職を機に遠距離となってしまって続かなかったと聞いたが、こんなにセックスの上手い相手を逃した彼女は随分と勿体ないことをしたのではと、自分も大概下半身中心の下世話なことを思ったりもしている。
 だって本当に、時々めちゃくちゃキモチイイ。
 それは、なるほどメスになるってこういうことか。などという、ネットで拾った情報に納得してしまうくらい衝撃的な快感だ。
 頭の中がキモチイイばっかりになって、何度も白く爆ぜて、ペニスの先からドロドロと精子を吐き出してしまう。善がり啼いてクタクタになって、何もかも放り出して寝落ちするのは、たまらなく贅沢だなと思う。
 思いの外優しいセックスをするこの相手は、事後もそれなりに甲斐甲斐しく、最近では寝落ちても体を拭き清めてしっかり朝まで寝かせてくれるようになった。それはすなわち、やった日の夜は泊まって行くようになったという意味でもある。
 最初の一回は気絶したと焦った相手に必死で叩き起こされたし、その後もしばらく休んだ後でそろそろ後始末をと言って起こされていた。勝手に帰っていいから起こさないでくれと言って合鍵を渡したのは、そのまま寝ていたかったと思うことが増えたからで、つまりはめちゃくちゃ気持ち良くなれる頻度が増えた頃でもあった。
 しかしなぜかその鍵は使われることなく、朝目覚めた時におはようと笑う相手と対面することとなり、最初の一回だけはさすがに驚いたが最近はもうそれが当たり前になっている。
 だから今朝も、いつもと同じように、優しい笑顔と共におはようと言って貰えるはずだった。
「なんか、あった?」
 神妙な顔をした相手に問えば、冒頭のセリフが返されて今に至る。
「なんでって、正直最近しんどくなってきたっつうか」
「しんどい、って俺が寝落ちた後始末の話なら、しないで放っておいてくれて全然いいんだけど」
「いやそうじゃなくて」
「じゃあ、男同士でセックスするのなんか不毛とかいう話? 恋人になってくれそうな女の子でも出来た?」
 会社の愚痴は今でもそれなりに言い合うが、そういや恋愛方面の話はすっかりしなくなっていた。
 あの日、このまま縁が切れてしまっても惜しくないと思っていたはずの相手は、今はもう、出来れば手放したくない相手へと変わってしまっている。それでも、自分が風俗行くよりはマシ程度の相手であることはわかっていたし、恋人ができそうだというならこんな関係を続けている場合じゃないこともわかっていた。なのに相手はあっさりそれを否定する。
「昨夜のが、不毛だと思いながらセックスされてる、なんて思われるセックスだったならちょっとショックなんだけど」
「男同士のセックスに嫌気が差したわけでも、恋人できそうって話でもないなら、都合よくセックスできる今の関係を終えたいくらいのしんどい事って、一体何?」
 わけがわからなくて、幾分きつい言い方になってしまった。相手は困った様子で眉尻を下げながら、都合が良すぎるのが嫌になったと返してきた。ますますわけがわからない。
「都合がいい事の、何が嫌なのかわかんないんだけど」
「いやだから、そのさぁ……」
「いいよ。はっきり言って」
「えっと、だからお前と、恋人になりたいなって、思って」
「は? 恋人?」
「セフレみたいな今の関係、もう、やめたい。恋人として、お前のこと甘やかしてみたい」
 真剣な目に見つめられて、じわじわと頬が熱くなるのを自覚する。ズルいズルいズルい。どんなに優しいセックスをされてたって、この男と恋人として付き合いたいだなんてことは、考えてはいけないと思っていたのに。
「ダメ?」
 唐突過ぎるし男の恋人を作る覚悟なんて欠片も出来ていない。アナニー嵌ってたって、男に抱かれて気持ちよく善がってたって、恋愛対象は今も一応女のつもりだ。
 だから今は、せめて考えさせてと答えるべきだと頭ではわかっている。なのに口からはダメじゃないと吐き出されていた。

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