まるで呪いのような11

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 泣きそうとまでは言わないがそれでもやはりどこか不安げな顔に、大丈夫だという気持ちを込めて、ゆるく笑いかける。
 彼の執着と、こちらの恋情との差は、自分が思っていたよりも遥かに大きかった。同じ想いが返らないという意味でなら、間違いなく、彼のほうが辛い思いをしているだろう。自分には、化け物じみた執着も、明確な覚悟も、ない。それでも。
 放さない逃さないと言い切る彼の執着に、捕らわれたまま生きていくのも悪くはない。だって元々、ずっと彼と共に過ごす未来を見据えて高校を選んだし、大学も就職先もそれを前提に選ぶ予定だった。このまま恋人という関係ごと続けるのだろうから、自分が思い描いていた甘やかな恋人関係からはだいぶ外れてしまったというだけで、結果として、同性の恋人を生涯の伴侶として生きていくことにだって変わりなんてない。
「お前とずっと一緒にいたいと思ってたのが、俺の独りよがりじゃないなら、良かった」
 気持ちを噛みしめるように、ゆっくりと言葉を吐いた。間違いなく彼が欠片も想像していない、先程までの会話とは一見まるで続いていない、ほぼ脈絡のない言葉のはずだ。だから彼がその言葉の意味を飲み込めるまで、口を閉じてジッと待つ。
「…………えっ?」
 やがて漏れ出た困惑の声に、堪えきれずにふふっと笑った。
「お前自身がキモくて怖いと恐れるほどの、ドロドロに拗れた執着が怖くないなんて言えないし、それを受け入れてやれる自信があるかっていうとないし、覚悟だって出来てるかって言われたらちょっとよくわかんない。でもお前の執着が、学年の違う親友を側に置いておきたいってだけのものじゃなくて、俺の一生を縛って狂わせたままにしたいって思うようなものなら、多分、お互い様だと思うんだよね」
 程度の差はかなりありそうだけど、とまではさすがに言わないでおいた。
「いやちょっと、……えぇぇ、お互い様とか、えっ、ちょっと、意味、わかんねぇんだけど」
 戸惑いすぎて混乱しきった様子がなんだかおかしくて、ケラケラと笑いだしてしまいたい気持ちを抑えるように、何度かそっと深呼吸を繰り返す。自分の中で答えが出たからと言って終わりにせず、ちゃんと、彼にもこちらの結論を説明してやらなければ。
「俺の場合はさ、執着じゃなくて恋愛感情だし、お前も同じ気持ちなはずって思い込んでたから、お前とは違う意味で辛い思いをしてた。お前が必要としてるのは親友としての俺で、執着は子供の癇癪や我侭みたいなものなんだから、同じように想っては貰えないんだって諦めかけてたんだけど、俺は、お前とずっと一緒に生きていくつもりで今の高校選んでるからさ。同じように想っては貰えなくても、お前が俺をずっと捕まえっぱなしにする気だってなら、もうそれでいいんじゃないかなって、気にはなった」
 あんだけ逃さないって言い切ったんだからお前こそ俺を放さないでよねと、少々おどけて続ければ、ムッとした様子で語気は荒かったものの、絶対放さねぇから覚悟しろよと、まるで挑むみたいな力強さで返されホッとする。うん、と頷く自分の頬が緩んでいるのは自覚できたし、あっさりとしかも嬉しげに肯定された相手が面食らっているのもわかってしまって、やっぱり笑ってしまいそうだった。というか笑った。
「何笑ってんだよ」
「んー、なんか、ちょっとホッとした。のかなぁ……」
「お前のそういうトコ、ちょっと尊敬するわ」
 言葉上は尊敬なんて言いつつも、呆れ返った声をしている。絶対尊敬なんてしてない。
「そういうトコ、って?」
「ホッとする要素なんて俺はなかったっつってんの」
「なんでよ。恋人やめないでが実現してるどころか、お互いの希望通り一生一緒にいようねってことになったんだから、もっとお前も安堵したら?」
「すげー解釈だな。ホント、尊敬する」
「お前ね。何が不満なの」
 聞けばぶっきらぼうに色々と返ってくるから、こちらも少しばかり意地になって、ここまで来たんだからきっちり全部スッキリさせようと促してみた。お前のドロドロな執着以上に、聞いて怯むようなことなさそうだしと言えば、相手もそこには同意したようだ。
「じゃあ言うけど、お前が俺と一生一緒に生きてくつもりだったとか初耳だし、結局別の高校選んだせいで別れ話だされたって理由もわかんねぇままだし、お前の好きに同じ気持ちで好きって返せないままなの変わらねぇし、お前がまた惨めだとか泣き出した時どうすりゃいいのかっつうか、恋人として何したらお前が満足するのかわかんねぇままだし、お前が満足そうに笑ってんのが嘘だとは思わねぇけど、でも疑う気持ちゼロじゃないしまたすぐ辛くなって俺から離れてこうとするんじゃって不安な気持ち、あるから」
「あー……なるほどね」
 相手の気持も確かめないまま、彼と恋人として一生一緒に暮らせるようになんて考えていたことを恥じていたから、彼の気持ちが恋じゃないと知っていて口になんて出せるわけがなかったし。彼が別の高校を選んだ今なら、彼への恋を終わらせられると思ったからだし、そうするべきなんだと思ってたし。こちらの好きに同じ想いが返らないことは、やっぱり寂しかったり惨めに思ったりするかもしれないけれど、でも彼が抱える化け物じみた執着に同じだけの執着は返せないし、そこはもうお互い仕方がないのだと諦めに似た気持ちが湧いているし。今のところ、ドロドロの執着でこちらの一生を縛り付けるというその強い意志を突きつけられたことで、なんとなく満足してしまったような気がするから、彼に何かして欲しいなんて気持ちは特に無いし。今後辛くなって離れたくなる可能性が一切ないとはいわないけど、でもだって何がなんでも逃さないし放さないって言われているのに、それを振り切って逃げ出そうとするには相当大きなエネルギーが必要になることもわかっているし。
「うん、じゃあ、一つずつその疑問と不安を潰していこうか」
 まずは一生一緒に生きてくつもりの人生設計してるなんてとても言えなかった理由からだなと思いながらも、目の前で何とも言えない妙な顔をしている相手を見つめてしまう。
「えっと、どーした?」
「つくづく、お前って凄いやつだと思って」
「え、どこが?」
「まるで敵う気がしないっつーか、お前、ちょっと俺に甘すぎじゃねぇの」
「俺、好きな子甘やかしたいタイプだから。つまりお前が俺をそうさせてんだっつーの。それにそんなの今更だろ。てかお前、」
 顔赤くすんなよこっちが照れるわ、と続けるはずだった口は、グッと顔を寄せてきた彼によって塞がれてしまった。
「俺だって俺の執着でお前泣かせたいなんて欠片も思ってねぇし、おかしな執着押し付ける分、お前が幸せに笑えるようになんでもしてやりていって思ってんだから、頼んで触ってもらうのは惨めだなんて言ってねぇでもっと甘えてこいよっつーの。俺だってお前を甘やかしたい」
「えー……ええー……」
 真剣に見つめられながらそんなことを言われても戸惑うしかない。顔が熱くなってくる。
「顔真っ赤」
 頬を薄っすらと赤く染めたままの相手にそんな指摘をされて、お前が言うなとさすがに怒鳴ってしまった。なのに相手はおかしそうに肩を揺すっているし、それに釣られてこちらも笑いだしてしまったし、こちらが笑えば相手も声を立てて笑い出す。
 そんな笑いの連鎖が収まって互いが落ち着くまで、当然、彼の疑問と不安とを潰す作業はお預けとなった。

続きました→

 
 
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