プリンスメーカー4話 4年目 冬1

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 比較的時間の取れる冬の間に、たまにはゆっくり旅行に出掛けようと誘ったのは、秋ごろからなんだか少し様子のおかしいビリーを気遣ってのことだった。
「どうしたんだよ、突然。学校、行かなくてもいいって言うのか?」
 冬の間くらいは学校へという思いはガイの中で変わらずにあったけれど、それよりも重要なことだってある。
「たまにはな。どうせ、どうしても学校通いたいて言うほど勤勉やないんやから、喜んで付いて来たらええんや」
「ガイがそんなこと言うの、珍しいな」
 小さく笑う姿はやはりこの旅行を渋っているようで、その態度の方がよっぽど腑に落ちないとガイは思う。
 ビリーという働き手と、そのビリーが馬を連れて来てからは、随分生活に余裕が出来た。だから二人で旅行に出掛けるのは初めてではなかったけれど、計画を立てるのはいつもビリーの方だった。
 農作業の日程を調整して、どうしても必要な分は人を雇う。旅行の日程に合わせてそれらの手配まで、いつも楽しげにこなしていたから、そうまでして行きたいほど旅好きなのだと思っていたのに。
「嫌なら、別にええけど……」
「嫌じゃないよ」
「ちぃとも嬉しそうやないやんか」
「ガイが旅行に行こうなんて言い出すの初めてだったから、ちょっと驚いただけだって。で、どこに行くかも決まってるのか? 仕事の調整とかは? 最低でも家畜の餌やりだけは、人手を頼まなきゃならないよな」
 ニコリと笑って見せた後、ビリーは慣れた様子で予定を立て始める。その笑顔がどこか無理をしているように見えてしまうから、悩み事があるならどうにかしてやりたいと思うのに、何を悩んでいるのかすらさっぱり見当がつかない自分に、ガイは心の中でこっそり溜息を吐き出した。

 
 二人の住む村からは少しばかり南に位置するその土地は、さすがに雪が積もる程ではないにしろ、日が沈めば当然かなり寒くなる。
 わかっていたのに、ほんの数分の散歩だと思っていたから、油断して薄着のまま出てきてしまったのは失敗だった。
 部屋の窓から空を見上げたビリーが、今夜は星が綺麗に見えると呟いたから、どうせならもっとしっかり見ようと言って部屋を出たのはガイの方だった。しかし、折角だからもっと拓けた場所で見たいと、近くの湖の畔へと向かって歩き出したのはビリーの方だ。
 それでも、歩いている間はまだ良かった。足を止めて5分も経たない内に、さして強いわけではないけれど、湖水を渡って吹いてくる冷たい風に、身体は寒さで震え始めた。
 既にほとんど身長が変わらないくらいにまで成長したビリーを横目で窺えば、装備はほとんど同じなのに、白い息を吐き出しながらもどこか楽しげに空を見あげている。
 寒いから帰ろう。とは、なぜか口に出来なかった。ただ、あまりの寒さに、堪えきれずにくしゃみを2度ほど連発してしまった。
 気付いたビリーが振り返る。
「悪い……つい、夢中になってた。こんなカッコじゃ寒いよな。そろそろ帰ろう」
「星、綺麗なんは確かやし、ビリーが見たいなら、もう少しくらい、付き合うてもええんやで?」
「いいよ。ガイに風邪引かせるわけにいかないし」
 帰ろうと言って差し出された手を、躊躇うことなく握ってしまったのは、その時ビリーの見せた笑顔が本物だと感じたからだ。久々に見た気がして、握られた手の温かさとあいまって、ホッと息をついた。
「ゴメン。ガイの手、冷え切ってる」
 すぐさま添えられたもう一方の手が、甲の側も温める。
「ビリーのは温かいな」
「……子供の体温だから、かな」
 一瞬の沈黙の後、ビリーはそう言って自嘲気味に笑う。
 また、戻ってしまった。
 それでも、今の会話で少しだけわかったこともある。早く大人になりたいと願う年頃なんだろう。自分にもそういう時期が確かにあったと思いながら、ガイは温かな手をキュッと握り返した。
 記憶も戻らず、迎えも来ないままだけれど、いずれはビリーだって独り立ちする日が来るだろう。本当は、身体も随分大きくなったし、町でのバイトも順調にこなしているようだし、最近では剣術も相当の腕になっているらしいから、ビリーさえ望めば今すぐにだってガイの元を飛び出す事が出来るのだ。
「ええやんか。重宝するで、子供の体温」
 けれどまだもう少し、子供のままでいいから、ビリーに自分の側に居て欲しいと思うガイの気持ちが、少しだけ零れ出る。
「でも、昔ほどじゃないだろ?」
「そういや昔は、こないに寒い日はよう一緒に手ぇ繋いで歩いたよな」
 宿へ向かって歩き出しながら、そんなことを思い出す。
「いつも最初はガイの手のが冷たいんだよな」
「すまんな。けど、すぐにあったまって、ビリーかて、一人で歩くよりあったかい思いしてたやろ?」
「懐かしいな。あの頃も、ガイにはよく、あったまるまで少しだけ我慢してくれって謝られてた」
 寒いのも悪くないなって思えるくらい嬉しかったよ。
 そう言って、一瞬だけ足を止めて振り返ったビリーの、真剣な顔に見つめられて少しだけ胸の奥が騒ぎ出す。秋頃から時折感じていた違和感を、今日はやけに強く感じている。前みたいに、無邪気に楽しげに、迷いのない笑顔を見せて欲しいと思った。
 そんなガイの戸惑いにはきっと気付いていないだろう。ビリーはまた前を向いて歩き出しながら、懐かしげな様子で続ける。
「昔はさ、寒い日は同じベッドで寝たりもしてたよな」
「貧乏やったからね。暖かい部屋もベッドも洋服も、手に入れられたんはビリーのおかげやけどな」
「俺がガイに貰ってる物に比べたら、たいしたことじゃない」
「ワイがビリーにあげたものなんて、それこそたいしたもんとちゃうと思うけど?」
「住む家と家族だぜ? たいしたもんだろ」
「家族を貰ったんはワイかて一緒や」
「そっ、か……」
「そうや……」
 それ以降、ビリーは口を閉じてしまったので、ガイもまた、黙って宿への道を歩く。そんな二人を、月明かりと星々の小さなキラメキが照らしていた。

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