プリンスメーカー6話 7年目 春

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 午前中の作業を終え、ビリーと二人昼食を食べに戻ってきたガイは、家の前に停まった豪奢な馬車に気付いて首を傾げる。
「なんやアレ。客やと思うか?」
 振り返った先、ビリーは眉を寄せて考え込んでいた。
「どうした?」
「なんで、今更……」
「って、あ……」
 目的の人物は自分ではなくビリーなのだと、ガイもようやく気付く。
 仕立ての良い服を来て、精巧な細工のされた金の懐中時計を持つ子供。今ではすっかりここでの生活に馴染んでしまったが、ビリーにはきっと、あんな馬車に乗る生活が似合っている。
「ビリーを、迎えに来たんやな」
 吐き出す言葉は少し震えてしまった。
 立ち止まってしまった二人に気付いたようで、一人の老紳士が近づいてくる。
 ビリーの父親にしては少々年配すぎる気がする。そう思いつつも、渋面でその男性を睨んでいるビリーに問い質すこともできないまま、ガイも黙ってその男が目の前に立つのを待った。
「ガイ様ですね」
 男が声を掛けたのは、ビリーではなくガイだった。
「あ、はい」
「長い間、ビリー様をお預かり下さりどうもありがとうございました」
 その言葉に、ガイは落胆を隠せないまま頷いて見せた。やはり、ビリーは連れ帰られてしまうのだ。
「俺は、帰らないからな」
 不機嫌丸出しの声で、ビリーが口を挟む。
「ビリー様!」
「なに言うてんの」
「だって、あれから何年経ったと思ってるんだよ。今更だろ。俺はこれから先も、ここでガイとの生活を続けるつもりなんだ。今更、あんな場所に戻る気になんてなれない」
「あんな場所……?」
 ビリーは失言だったとばかりに、口を閉ざす。
「もしかせんでも、記憶、戻っとる?」
「ゴメン。家に帰れって言われるの怖くて、ずっと、言えなかった。ガイと一緒に居たかったから、さ」
「この親不幸もんめ。こんな長い間探し続けとったんや、帰りたないなんてワガママ言わんと、家戻り」
「そうですぞ。お父君もビリー様のお帰りを長いこと信じておられましたよ」
「でも俺は、山賊に襲われて死んだんじゃなかったのか?」
「告知をご覧になっていたのですね。ご存じないかもしれませんが、あれは既に撤回済みです」
「そのまま死んだことにしといてくれて結構だ。第一、俺の身分を証明するものも、既に手元にないしな」
「それはこちらにございます」
 男が懐から取り出した金の時計に、ガイはアッと小さな声を上げた。馬を手に入れるために、ビリーが手放してしまったソレ。
「私どもがこれを入手し、出所を探りこの場所まで辿り着くのに、多くの月日を費やしました。なぜ、このように大事な物を売るなどという暴挙に出られたのか、理解しかねます」
「親父にも、お前達にも、それがわからないから、俺は帰らないんだ」
 ビリーはどこか悲しげに笑って見せた。
「それはもう、俺の物じゃない。それを手放す代わりに、俺は欲しい物を手に入れた。後悔なんて欠片もしてない」
「これはお父君からビリー様へお渡しするよう言付かっています」
「持って帰ってくれ。そして、親父の期待を一身に受けていた子供はもういないと伝えてくれ」
「貴方には、この国を統率していく義務と能力がおありです」
「ないよ。俺は持てる力全てを、この農場の発展とここでの快適な暮らしのために注いできた。今更戻った所で、こんな田舎育ちの俺に従いついてくる奴らはいまい」
 まるで知らない人間が、そこに立っていた。
 ガイは呆然と二人のやりとりを聞きながら、今まで一緒に暮らしてきたこの青年は、一体何者なのだろうと考える。出会った最初から、高貴な出であることがわかる出で立ちと言動をしていたが、ガイが想像していたよりももっとずっと遠い世界に住むべき男なのかもしれない。
「ビリー様の暮らしぶりについては存じております。剣術の腕は申し分なく、学業も冬の間しか通っていないとは思えない程の成績を残されています。当然、足りない分は戻ってから学んでいただきますが、こんな場所に居てさえ、埋もれることなくその才を発揮されていることを、お父君も高く評価されていますよ」
「かいかぶりだ。俺よりも、もっと相応しい人間が、その地位に着きたいと願っている人間が、大勢いるはずだろう?」
「たとえ多少の問題を残していようとも、貴方が生きている以上、この国の第一王位継承権をお持ちなのは貴方ですぞ。城へ戻り、王子としての責務を果たして下さいませ」
「王子!?」
 ガイは思わず大きな声を上げてしまった。
「山賊に襲われて死んだハズの王子が、ビリーや、言うんか……?」
 王子というものの存在をとても遠い物と認識していたから、ガイは当然のことながら、自国の王子の年齢すら知らなかったのだ。
 ビリーは小さな舌打ちの後、黙っていて悪かったと告げ、それを認める。
「山賊には襲われたけど、死にはしなかったんだ。一時記憶が混乱して、自分が何者かもわからないまま辿り着いた町で、ガイに拾われた。記憶の混乱は割りとすぐに解けたけれど、既にここでの暮らしが楽しくなってた俺は、もう暫くここに居たいと思ったんだ」
 そうこうしてるうちに国の王子が死んだと言う噂が流れてきたので、そのまま王子だったという過去を捨てて、この地に骨を埋めるつもりで今までの日々を過ごしてきたのだとビリーは語った。
「やっぱり、怒ってるか?」
 怒る、というよりは、あまりのことに感情がついていかない。
「何度でも言うけど、俺はここに、ガイのいるこの場所に、居たいんだ。今更、迎えが来たなら帰れなんて、言わないでくれよ」
 ガイが好きだ。
 何度も囁かれた言葉が身体の内に蘇って、ガイはわずかに震える自身の身体を、支えるように両の腕で抱きしめる。
「帰れ、ビリー」
 そっと、ガイは別れの言葉を吐き出した。
「ガイ!」
「最初の約束、覚えとるか?」
「……記憶が戻るか、迎えが、来るまで」
「そうや。記憶が戻っとったのを隠してたんは、この際問題やない。記憶があって、迎えが来て、もう、この家で預かる理由があれへん」
「俺がここに居たい。ってのが、最大の理由だよ」
「あかん。ワイが拾ったんは、記憶がなくて行く場所のない子供や。やるべきことのはっきりしとる人間が、感情に任せて我侭言うんは、褒められた行為やないな」
 もう一度帰れと告げたガイに、迎えに来た男はホッとしたような顔を、ビリーは酷く辛そうな表情を見せる。
「ガイにとって、俺は、その程度の……簡単に手放してしまえるような、存在?」
 ガイは肯定も否定もしなかった。
「わか、った。やるべきことを、やりに戻るよ。いつまでも我侭な子供だと思われてるのも、癪だし」
 むりやりの笑顔を残して、ビリーは馬車へと向かって歩いて行く。振り返ることは、しなかった。
「後ほど、今までの養育費なども含め、改めて御礼をさせていただきます」
「結構です。生活費は、ビリーが自分自身で稼いでいましたから。ワイは、アイツが雨風をしのぐための部屋を貸してただけに過ぎません」
「そういうわけにはいきません」
 また来ると言い残し、男もビリーの後を追いかけて行く。
 最後に、馬車の窓から男が軽く頭を下げるのがかすかに見えた。ビリーを乗せた馬車は、軽やかな音を立ててぐんぐん遠ざかって行く。
 一気に重くなった足をひきずって、ようやく家のドアをくぐったガイは、玄関先に座りこんでしまった。
 こんな風にあっけない別れ方になるとは、欠片も思っていなかった。悲しみというよりも、胸の中にポッカリと空いてしまった喪失感。それは、親を亡くした時に感じた物にとても近い。
 ビリーは死んだわけではないけれど、二度と会う事すらないだろう。それ程に、遠い世界に行ってしまった。
「また、一人になってもうたな」
 それでも、日々は変わらず過ぎて行き、仕事は山のようにある。忙しさに身を任せることで、いつしかこの痛みも少しづつ薄れて行くのだと、ガイは経験的に知っている。
 深いため息を吐き出した後、ガイはなんとか立ち上がり、午後の仕事に備えて昼食の準備にとりかかった。

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