フラれたのは自業自得1

フラれた先輩とクリスマスディナーの続き。先輩側。

 尿意で目覚めてトイレを済ませたついでに、シャワーを浴びてさっぱりしようと思い立つ。そうして目を向けた便器横のバススペースを見て、一瞬動きが止まった。
 だいぶ乾いているけれど、ところどころ水滴が残っているし、その他もろもろ、どう考えても誰かが使った形跡がある。誰かというか、そんな事が可能な人物は一人しか居ないのだけれど。
 じゃあ帰りますねと言われて、引き止めたことまではおぼろげながら覚えている。誘うような言葉を吐いて、でも欲しいのはフラれたことを慰めてくれるような優しい同情じゃないのだと、言ったような気がする。しかも、フラれたのはお前のせいだとも、言ってしまった気がする。
 でもそこから先の記憶がなくて、慌てて3点ユニットの小さなバスルームを飛び出した。
 明かりが落とされた暗い部屋でも、目を凝らせば自分が寝ていたスペースの隣に、人一人分の盛り上がりがあるのがはっきりわかる。もしかしたらやらかしたかもしれない不安を抱えてドキドキしながら、ベッドサイドに置かれたランプスイッチのツマミをゆっくりとひねっていく。
 相手の表情が分かる程度の明かりをともしてから、息を詰めつつその顔を覗き込んだ。酷く穏やかな顔で幸せそうに眠る相手を確認し、別の意味でドキドキしながら、再度スイッチを弄って部屋を暗くする。それからそっとまたバスルームへ移動し、扉を閉じてから大きな深呼吸を数回繰り返した。
 大丈夫。あんな顔で寝ていられるなら、酔った勢いで襲ったりはしていない。はず。多分酔ってあっさり寝落ちただけだ。
 それとも、記憶にないだけでもっといろいろ何か会話を重ねたのだろうか?
 そうじゃなきゃ、わざわざ泊まるまでするはずがない。……とは言い切れないような気もするのが、自分の勘違いやうぬぼれの可能性もあって、よくわからない。自分に都合がいいように解釈してしまいそうで混乱する。ついでに、さっき見た可愛らしい寝顔が、チラチラと何度も繰り返し脳内に蘇る。
 くらくらして纏まらない思考に、とにかく一度シャワーを浴びてシャッキリしようと思った。

 ちょっと生意気なところもあるけれど、なんだかんだ慕ってくれているのがわかる後輩を、こいつ可愛いな、と思うのは多分そうオカシナ感情ではないと思う。ただ相手は、中身はともかく見た目だけなら可愛い系とか言うらしいイケメンで、中性的なあのキレイな顔で懐かれ笑われると、なんとも言えない気持ちになる。
 よく皆平気だなと思っていたら、アイツがそこまで露骨に甘えてんのはお前くらいだと指摘されて、ますますなんとも言えない気持ちになった。
 彼は自分の顔の良さを自覚しているし、それを時にあざとく利用してもいる。だからその一端で、どうしたって戸惑いを隠しきれないこちらをからかって楽しんでいるのかと、そう疑う気持ちもあるにはあったが、わざわざ確かめることはしなかった。なんとなく、そこは突き詰めてはいけないような気がしていた。からかって楽しんでるだけなら、もうそれでいいと思う程度に、深入りするのが怖かった。
 そんな何とも言えない気持ちになる瞬間がじわじわと頻度を増していく中、同じ学科の女子から告白されて、思わず飛びついてしまったのは夏前だ。
 サークルには今まで通り顔をだすつもりだが、彼女が出来たから多少はそっちを優先することもあると大々的にサークルメンバーに伝えた時、彼は酷くあっさり良かったですねと笑って、おめでとうございますと続けた。安堵に混じるわずかな落胆に気付いてしまって、内心自分への嫌悪で吐きそうだったのを覚えている。
 まるで逃げるみたいに彼女を作ったことも、こんな試すような真似をしたことも、彼の反応に僅かでもガッカリしてしまったことも、どうしようもなく情けない。なんてみっともない男なんだろう。
 それでも、彼女を作ったことに後悔はなかったし、まるで利用するみたいに告白を受けてしまったからこそ、彼女のことは出来る限り大事にしてきたつもりだった。彼女の存在があるからこそ、自分と彼とは多少距離が近くとも単なるサークルの先輩後輩でいられるのだと、頭の何処かではっきりとわかっていたからだ。
 ただ、気付いてしまわないようにと胸の奥底へ沈めたはずの彼への想いを、暴いて焚き付けたのも、その彼女だった。それなりの頻度で会話にのぼらせてしまう、そのサークルの後輩の細かな情報を、その時の自分の様子を、彼女には抜群の記憶力で覚えられていた。
 お付き合いを開始してからそこそこの期間が経過していながらも自分たちの関係はキス止まりで、今回、クリスマスを機にもう一歩進んだ関係になるつもりだった。23日の土曜に泊りがけでクリスマスを過ごしたいと持ちかけた時、相手は随分と迷う様子を見せたが、それは単に、そろそろ肉体関係を持ちたいと示したこちらへの戸惑いだと思っていたのに。
 一度ははっきりと了承を告げたはずの彼女は、レストランを予約した時間まではのんびりしようとチェックインを済ませた部屋へ入るなり、真剣な顔で大事な話があると言い出した。そして、大事に思ってくれる気持ちは伝わっていたから恋人を続けていたけれど、本気の一番好きをくれない相手とこれ以上深い関係にはなりたくないと、この土壇場できっぱり言い切った彼女の前で、後輩に連絡を取る羽目になった。
 無意識で宿泊先にこのホテルを選んだ意味まで含めて色々暴かれ突きつけられてしまった後だったから、逆らう気なんてとても起きなかったし、後輩もあっさり捕まったけれど、後輩が来ることになって一気に冷静になる。不安になる。
 メッセージのやりとりと、その後一気にテンションを下げた自分を見ていた彼女は、自分たちの雑でそっけないやりとりに苦笑した後、きっと大丈夫だから頑張ってと言い、今までありがとうと柔らかに告げて去っていった。
 フラれたのはお前のせいだなんて、よくも言えたもんだ。こんなの、どう考えたって自業自得だ。
 彼女が言うところの、本気の一番好きを向ける相手とクリスマスを祝えるというのに、彼女が帰ってしまった後も気持ちは沈んでいくばかりだった。頑張ってと言われた所で、むりやり自覚させられたばかりの想いを持て余すだけで、どう頑張ればいいのかなんてわかるはずもない。呼び出しにあっさり応じた後輩だって、どういうつもりで来るのかさっぱりわからない。
 そもそも、今現在自分の中での一番好きが彼に向いているからと言って、後輩と恋人のように付き合いたいのか、もし彼が交際を受け入れたとして、デートしたりキスしたりいずれはそれ以上のことをしたい欲求があるのか、正直自信を持って回答できない。男同士であることへの嫌悪はなくても、そこに躊躇いがないわけじゃない。
 彼と恋人として付き合うことをあっさり受け入れられる精神構造なら、想いを沈める必要も、彼女を作る必要もなく、さっさと彼の本意を確かめていたはずだ。確かめて、もし好きだと返ってしまった場合にそれを受け入れられないと思ったから、彼女を作って自分から先輩後輩のラインをはっきり引いて示したし、彼もそれを受け入れた。
 それを、想いを自覚したからと言って、いきなり翻すのも人としておかしいだろうと思う。それはあまりに自分勝手だ。
 考えれば考えるほど、想いを自覚した所で、今すぐどうこうなんて考えられない。だから今日の所は、せっかくのクリスマスディナーを、一緒に美味しく食べることだけに集中しようと思った。するはずだった。
 なのにアイツが、見たことないレベルの可愛らしい格好をしてくるから。彼女のフリだの代りにだの言うから。フラれたことを喜ぶような素振りをするから。傷心なはずの自分を慰めたがるから。もっと隙を見せろと言うから。
 いや違う。そうじゃないだろう。後輩のせいにしてどうする。

続きました→
気になって続きを書いてしまったのですが、長くなりすぎたので切りました。2話で終わります。続きは明日9時半更新。
イベントネタのため、現在書いてる続き物より優先して上げてます。竜人の続きは28日から再開します。

 
 
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フラれた先輩とクリスマスディナー

 サークルの先輩から、今から出て来れないかという連絡が入ったのは土曜の夕方だった。確か一日早いクリスマスを彼女と過ごすと言って浮かれていたはずだ。
 フラれたんですかと直球でメッセージを送れば、うるせー来るのか来ないのかどっちだと返って来たので、奢りなら行きますと返して家を出る支度を始める。家を出る直前にチェックした返信には、奢ってやるから急げと書かれていた。
 呼び出された先は最寄り駅から二駅ほど移動したターミナル駅の改札で、こちらの顔を見るなり遅いと文句を言いかけた先輩は、途中で言葉をとめて訝しげに眉を寄せる。
「どうです? ちょっとは可愛いですか?」
 さすがにスカートやらは履いていないが、ぱっと見ただけでは性別不詳な格好をしてきていた。性別不詳と言うか、普段大学へ行く時に着ているものより、格段に可愛らしい服を選んできた。ついでに言うと、目元にちょっとだけメイクもしている。
「つか何だよそのカッコ」
「彼女にドタキャンされた先輩に、彼女のために用意したディナー奢ってもらうお礼に、彼女のふりしてあげようかと。というか、俺に声かけたの、そのためじゃないんすか?」
 男性平均並の身長があるので、女性と考えたら背はかなり高い部類に入ってしまうが、母親譲りの女顔だという自覚はある。昔はしょっちゅう、今でもたまに、素で女性に間違われる事があるくらいだから、そのせいで呼ばれたのだと本気で思い込んでいたのだけれど。
「ばっ、……ちげーよっ!」
「じゃ、なんで俺なんです?」
「お前の家、確かこの辺だったっての覚えてただけだ。てか一番はやく来れるの、お前だと思ったんだよ」
 そう言った先輩は、そこで急いでいたことを思い出したらしい。時計を確認するなり、とにかく行くぞと歩きだす。
 連れて行かれたのはそこそこ名の知れたホテル内のレストランで、もしかしなくてもしっかり部屋まで押さえてあった。さすがに不憫過ぎる。思わずうわぁと声を漏らしてしまったが、先輩は黙れと言い捨て、さっさとレストランの中へと入っていく。
 料理はコースで決まっていて、飲み物は先輩がシャンパンをボトルで注文した。最初、自分だけ酒を頼んでもいいかと言った先輩に、先週誕生日だったので一緒に飲めますよと返した結果だ。ただ、一緒に飲めますとは言ったものの、実際にはほとんど飲まなかった。
 一口飲んだ瞬間、マズっと思ってしまったのが、先輩にあっさりバレたせいだ。
 美味いと思えないなら無理して飲むなよと言われて、ドリンクメニューのノンアルコール欄を突きつけられてしまえば、大人しく引き下がるしかない。しかし、ソフトドリンクにしろノンアルコールカクテルにしろ、どれもこれもめちゃくちゃ高い。選べない。
「あの、」
「なんだよ」
「水でいいです」
「値段気にしてんなら余計なお世話」
「いやだって、」
「パーッと金使いたい気分なんだから付き合えって」
 明日は彼女へ贈るクリスマスプレゼントを一緒に選ぶ予定だったそうで、そのために用意していたお金を使ってしまいたいらしい。ますます不憫だと思ったけれど、さすがにもう、うわぁと声に出してしまうことはしなかった。しなかったけれど、振られたんですかと聞くことはした。
「つまり急用ができてドタキャンってわけじゃなく、フラれたってことでいいんですかね?」
「聞くな」
「奢ってもらってるし、泣き言なり愚痴なり文句なり、なんでも聞いたげますけど」
「いやいい。飯まずくなりそうなことしたくねぇし」
 迷う素振りもなく断られて、ああくそカッコイイな、と思ってしまった。
「ホテルレストランで食事して、そのままホテルお泊りして、翌日はプレゼント買いに行くようなデートをドタキャンして振るって、先輩いったい何したんです?」
「お前な。その話はしなくていいっつの」
「フラれた理由、聞いてないんですか?」
「おい。いい加減にしとけ。つかなんでんなの聞きたがるんだよ」
「だってこんないい男をこのタイミングで振る理由、わかんないんすもん」
 嫌そうに眉を寄せていた先輩が、少し驚いたような顔をしてから笑い出す。
「いい男、ね。別に煽てなくていいぞ。さっきも言ったけど、お前に奢ってんのは、お前の家が一番近かったってだけだし」
「本気でいい男だって思ってますけど。あと、さっき言った彼女のふりしてあげましょうかも、割と本気だったんですけど」
「は?」
「傷心な先輩を、彼女の代りに慰めてあげよう。ってつもりで出てきたんで、もうちょい落ち込むなりして下さいよ。つかフラれたくせに隙なさすぎじゃないですか?」
 あ、ちょっと余計なことまで言い過ぎた。これ以上漏らさないよう、慌てて口を閉ざした。
「なんだそりゃ。慰めなんていらねーし」
 先輩はまるで気づかなかったらしく、ホッと胸をなでおろす。さすがにこれ以上この話題を続けるのはやめておこうと、その後はサークルの話題をメインに乗り切った。
 ただ、シャンパンをほぼボトル一本飲み干した先輩はいつの間にかかなり酔っていて、仕方なく足元がフラフラの先輩をチェックイン済みだという部屋まで連れて行く。
 ダブルの大きなベッドに先輩をごろりと転がし、じゃあ帰りますねと声を掛けたら、服の裾をガッツリ握られ引き止められた。
「なんすか? 何かしておいて欲しいことでもありますか?」
「今、俺、隙だらけなのに帰んの?」
「はい?」
 言葉は返らず、酔ってトロリとした目で睨みつけてくるからドキリとする。
「えっと、慰めはいらないって……」
「慰めろとは言ってない。後、俺がフラれた理由、多分、お前」
「は? えっ? なんすかそれ」
「さぁ?」
 くふふと笑った相手は、多分間違いなくただの酔っ払いだった。しかもその後目を閉じて、握っていた服もあっさり手放してしまう。
「えー……」
 零した声に返るのは寝息だ。その寝姿を眺めながら、取り敢えずシャワーを浴びようかなと考える。
 さすがにあんな意味深なセリフを吐かれて、そのまま帰る気にはなれない。どこまで覚えてるかわからないけれど、明日絶対問い詰めると心に決めて、バスルームへ移動した。

続きました→
どうしてもクリスマスネタやりたかった。二人はほんのり両片想い。先輩は彼女に男への恋情がバレて振られた感じ。

 
 
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なんと恋人(男)が妹に!?

 ゆさゆさと揺すられ意識が浮上すると共に、「おにーちゃん起きて」などと耳慣れない単語と随分可愛らしい声が聞こえてくる。可愛らしいというか媚びた感じというか、つまりはわざとらしさの滲んだ声だ。
 妹なんて生まれてこの方一度だって居たことがないのに、これはいったいどういう事だろうか?
 夢の中で夢から目覚める的な状況で、ようするにこれはまだ夢の中なのかもしれない。
「おにーちゃんってば!」
 再度呼ばれて揺すられて、おにーちゃんとはやはり自分らしいと思いながらも未だ重い瞼をどうにか押し上げた。
「おはよ」
 そう言ってにこりと笑うのは恋人によく似ているが、ストレートの髪と胸元に柔らかそうな膨らみを持つ可愛らしい女性で……
 ああ、これは夢でも何でもない現実だ。
「うっわ。ちょっ、何やってんだお前」
 合鍵は渡してあるので、勝手に部屋に上がり込んでと言うつもりはないが、週末の朝っぱらから女装姿で強襲される理由がわからなくて慌ててしまう。
「あれ、もうばれた」
 そう言いつつも、相手は随分と楽しげだ。
「そりゃわかんだろ。てか何? どういう事?」
 これ何入ってんのと言いながら胸元へ伸ばした手は、おにーちゃんのエッチという言葉とともにはたき落とされ掴むことが出来なかった。まだ続くのかこの設定。
「つかホント、説明欲しんだけど」
 言いながら取り敢えず体を起こせば、同時に相手も、寝ているこちらを覗き込むように折り曲げていた腰を伸ばす。なので結局、相手を見上げる距離にそう差は出来なかった。
「さて今日は何の日でしょう?」
 そんな出題されたところで、わからないものはわからない。何かの記念日ということはないはずだ。
「あれ? わかんない?」
「わかんねぇって」
「4月1日だよ?」
「だからそれが……ってまさかエイプリルフール?」
「大当たり〜」
 にこにこ顔で返されたけれど、エイプリルフールってこういうイベントだったっけ?
「つまり、これはどんな嘘?」
「なんと恋人が妹に?」
「疑問符ついてんぞー」
「まさか妹と恋人だったなんて?」
「だから疑問符付いてるって」
 しかし妹と言い張っているだけで、恋人という事実は変わらないらしい。
「あー、つまり、禁断の近親相姦セックスプレイを楽しみましょう的な?」
 決して倦怠期ではないはずだが、いつもとは違うプレイで刺激をと言うなら、それはそれで大歓迎ですよ?
「ちっがーう。いや別にお前が俺の女装姿でも勃つってならやるのは構わないけど、そうじゃなくて」
「あ、やっていいんだ。じゃあぜひ、おにーちゃんって呼ぶのもそのままで」
 言ったら驚かれた上に若干引かれた気がする。お前が恋人って設定にしたくせに。
「まぁそれは後で楽しむとして、そうじゃなくて、何?」
「あー……だから、せっかくエイプリルフールが土曜日でお前と会えるから、何かしら言って驚かしてやりたかっただけだよ。でも何か嘘つくって考えても、嫌いになったとか別れましょうとか、万が一本気にされたらシャレにならないもんばっか浮かんでくるから発想を変えてみた」
 要するに、普段絶対やらないような事をしてみせたら驚くと思ったらしい。そりゃまぁ驚きますよね。まだ恋人になる前、女装とか意外と違和感ないっていうか似合いそうって言った時にめちゃくちゃ嫌そうにしていたから、恋人になった後も女装してみてなんて言った事なかったけど、寝起きに想像以上のもん見せられたらそりゃあ驚くし慌てるに決まってますよ。
「焦ってるお前見れたから満足した」
「そりゃ良かった。じゃ、次は俺を満足させてよ」
 どういう意味かと首を傾げる仕草も、カツラと服装のせいかいつも以上に可愛らしい。
「禁断の近親相姦プレイ」
「え、マジでやるのか?」
「やりますよ。というかお前すっかり素に戻ってるけど、裏声でおにーちゃん言うの忘れないでね?」
 逃さないよと言うように、手を伸ばして相手の手首をギュッと掴んでやった。

エイプリルフールネタを書かずに居られなかった。
次回更新(別れた男の弟が気になって仕方がないの続き)は2日の夜か3日の午前中になります。4日からはまた通常通り更新予定です。

 
 
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卒業祝い

 次の日曜に三時間ほど時間貰えませんかと、ひとつ下の後輩に打診された時から、なんとなく予測は付いていた。
 後輩と自分はいわば同士で、簡単に言えば二人とも性愛の対象が同性だった。知ったのはたまたまで、というよりは、なんとなくそうかなとカマをかけたらあっさり相手が引っかかった。
 正直とてつもなく嬉しかった。はっきり同性愛者だと自覚のある人間は、自分の周りでは今のところ彼だけだ。それまでは仕方がないと思いながらも、やはり心細く思っていた。自分と同じと思える相手が近くに居ることが、こんなにも心強いとは思わなかった。
 きっと彼も同じだったのだろう。昨年度の文化祭実行委員会で一緒だったと言うだけの、はっきり言ってかなり薄い関係だし、学年だって違うから学校ではたまにすれ違って挨拶をする程度の接点しかないのに、気づけば頻繁にメッセージをやりとりする仲になっていた。
 それでもそこに恋が生まれたり、セックスをするような関係に発展したりしなかったのは、彼には長年想い続ける相手がいたのと、とりあえずやってみたいなんて理由で他者と触れ合う軽さが一切なかったからだ。
 そもそもカマをかけたのだって、きっと好きな男が居るんだろうと思ったせいだし、最初っから想い人がいる相手に恋なんてしようがない。いくら身近で同じ姓嗜好を持つのが彼だけだからといって、無理やり自分に振り向かせようとはさすがに思わなかった。行為だけでもと誘ったのだって一回だけで、きっぱり断られて以降はしつこく誘ったりもしていない。
 それで関係がギクシャクしたり、ギクシャクで済まずにバッサリ切られてしまったら元も子もない。そんなことになるくらいなら、男が好きだということを隠さずに済む、素の自分を互いにさらけ出せる、居心地のいい友人的なポジションを維持する方を選ぶに決まってる。
 なのに今、行為の誘いをはっきりきっぱり断ってきたはずの相手が、率先して自分をラブホに連れ込んでいた。
 男二人でラブホを訪れたのに、すんなりと部屋まで到達できたあたり、きっと事前に色々調べてきたんだろう。
 真面目で、几帳面で、そしてとても臆病な子なのに。その彼にこんなことをさせている責任の半分くらいは、多分きっと自分にある。
「数日早いですけど、卒業、おめでとうございます」
 部屋の中を一通り見回した後、くるりと体ごと振り返って後輩が告げた。声が固いのは緊張のせいだろう。
「ああ、うん。それは、ありがとう?」
 返すこちらの声は、戸惑いが滲みまくった上に、最後何故か語尾が上がってしまった。けれどそれへの指摘はなく、彼は用意していたのだろう言葉を続けていく。
「今日のこれは卒業祝いって事で。シャワー、使いますか? 口でして欲しいとか言い出さないならどっちでもいいです。あと俺の方は一応来る前に使ってきたんですけど、もう一度浴びてきたほうが良ければ行ってきます」
「あのさ、本気かどうかなんて聞くまでもないのわかってんだけど、それでも聞かせて。初めてが好きじゃない相手で、ホントにいいの?」
 自分としてみないかと誘った時は、そういうことはやっぱり本当に好きな相手としたいのでと言って断られたのだ。あの時彼は、乙女みたいなこと言ってすみませんと恥ずかしそうにしていたけれど、こちらはこちらで、やってみたい好奇心だけで誘ったことを恥じていた。
「好きじゃない相手、ではないです。一番ではないですし、きっと恋でもないんですけど、それでも先輩のこと、あの時よりずっと好きになってるので。先輩となら、経験しておくのも悪くない、って気になりました」
 あの時自分は彼に、お互い経験しておくのも悪くないと思わない? と言って誘っていた。あの時よりは好きになっている、してみてもいいと思えるくらいに好きになっている。そう言って貰えて嬉しい気持ちは確かにあるのに、今にも苦笑が零れ落ちそうだ。
 その言葉が嘘だと思っているわけじゃない。ただ、長いこと彼が想い続けていた相手に、最近かわいい彼女が出来てしまったという、別の理由があることを知ってしまっているだけだ。
 想い人の名前をはっきりと聞いたことはないが、さすがに一年以上恋バナを聞いていればわかってしまう。その相手との直接の接点だってないが、相手は同じ学校の生徒だし、もっとはっきり言えば彼と同学年でこちらからすれば後輩だし、その相手が所属している部活の部長だった男とは同じクラスで仲もいいほうだ。ついでに言えば相手の彼女となった女子が部のマネージャーだったものだから、卒業間近のこの時期なのに、元部長の羨望混じりの愚痴という形で、自分の耳にまであっさりその情報は届いてしまった。
 しかしこちらが知っていることを、彼は知らない。だから指摘する気はないけれど、でも卒業祝いだなどと言わず正直に、失恋したから慰めてとでも言ってくれれば良かったのにと思う気持ちは確実にある。
「それに、先輩が卒業してしまうのは、やっぱり寂しいです」
「卒業するからって、連絡断ったりしないよ? 辛いことがあったら、いつだって連絡してきていいんだからな?」
「でも、先輩の大学、遠いじゃないですか。卒業式の翌日に引っ越しって、言ってましたよね」
 また独りになると続いた声は、ほとんど音にはなっていなかったけれど、まっすぐに見つめていたせいで唇の動きと共に聞き取ってしまった。そして酷く不安げに瞳が揺れるのまでも捉えてしまったら、想い人に彼女が出来たからという理由がどれくらいの割合で含まれていようが、そんなのはどうでもいいかと思ってしまった。
 恋が出来る相手ではなかったけれど、自分だってやはり彼のことは好きなのだ。多分、今のところ一番に。
 数歩分離れていた距離をゆっくりと詰めた。好奇心でしてみたいのではなく、好きだからこそ相手に触れたいと思う。
「じゃあ、卒業祝い、貰ってく」
「はい」
 頷いた彼の瞼がそっと閉じられるのを待ってから触れた唇は柔らかく、けれどかすかに震えているようだった。

 
 
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バレンタインに彼氏がTENGAをくれるらしい

 あちこちでバレンタイン用のチョコレートを見かけるようになったので、一応バレンタインをどうするか聞いてみたら、せっかく恋人になったんだから贈り合おうと返された。マジかよと思ってしまったのは、そんな世間のイベントに踊らされる真似はしたくないと返ってくる予定だったからだ。
 恋人なんて関係になったのは昨年末で、それまでは長いこと友人として付き合ってきた。だから相手があまりバレンタインというイベントを好きではない事だって知っている。
「お前、バレンタイン嫌いじゃなかった?」
「嫌いだったけどもう平気」
「どういうこと?」
「本命からは絶対に貰えない、自分から渡すことも出来ない、そんなイベント欠片も楽しくないだろ。でも今年は違うから」
 お前とだったらしたいよと酷く真面目な顔で返されて、とたんに顔が熱くなった。
 彼に長いこと想われていたというのは、恋人になるかどうか迷っていた時に聞かされて知っているのだけれど、それとこれとが繋がっているとは全く気付いていなかった。
 なるほどと思うと共に、さてどうしようかとも思う。
 こんな理由を聞かされて、やらないつもりで聞いたなんて言えない。しかも贈り合おうということは、自分だけが用意するわけではないらしい。相手も用意すると言っているのに、自分からどうするか聞いておいて、買えないなんてとても言えそうになかった。
 しかし、男も買う側にしたい販売店側の思惑が透けるような、逆チョコだの俺チョコだのという単語も聞かないわけではないけれど、長いこと女性から貰うもの、女性が買うもの、という意識だったものが、男の恋人ができたからとそう簡単に変われるはずもない。
 わかったとは言ったもののどうしようか焦るこちらに気付いたのか、相手はおかしそうに笑って、チョコである必要もバレンタイン用商品である必要もなく、ただせっかくの初イベントだから一緒に楽しみたいだけだと言った。
「ついでに言うと、俺、お前に贈るもの既に決まってるからさ」
「マジで!?」
 今度は思ったまま口から飛び出た。
「え、何くれんの?」
 秘密と言われるかと思ったが、相手はあっさり口を開く。
「TENGA EGG LOVERS CHOCOLAT DESIGN」
「ん?」
「バレンタイン用の、チョコっぽいデザインのテンガ」
 なんだそれってのと、テンガって聞こえた気がして思わず聞き返してしまえば、相手はわかりやすく言い換えてくれた。やっぱテンガって言ったのか。
「テンガって、あのテンガ?」
「あのってのがわかんないけど、いわゆるオナホのテンガだね」
「ちょ、待てよ。お前、バレンタインで俺にオナホくれる気なの?」
 それはいったいどういうつもりで?
 ずっと好きだったと言われて、恋人になって、キスをして、互いの体を触りあって、でもまだ体を繋げるようなセックスは未経験だ。そんな関係でオナホをプレゼントされるってことは、つまりまだまだ突っ込ませる気はないって意味だろうか。というか、遠回しに突っ込ませろって言われている可能性はあるのだろうか。
 俺はお前に突っ込むからお前はオナホに突っ込んどけよ、みたいな?
「結構可愛いデザインなんだよ。中の凹凸がハート型でさ。ほらこれ、可愛くない?」
 ぐるぐるとオカシナ事まで考え始めているこちらに気づかない様子で、何やら携帯を弄っていた相手が件のテンガ画像を見せてくる。
「いやちょっと、そういう話じゃなくて。それを俺にくれるって、つまり一人でオナっとけって意味なのって聞いてんだけど」
「えっ。違う違う。一緒にする時、使いたいなって思ってさ。というかバレンタインにそういうこと、する気なかった?」
「えーと、つまり、オナホ使ったかきっこしよって話?」
「まぁ端的に言うとそうなるかな」
 プレミアムボックス通販済みなんだよねと続いたから、つまりはバレンタインに五個のテンガを贈られるらしい。オナホ使った相互オナニーを想像してまぁそれもありかとは思ったものの、チョコではなくとも結局相手が選んだ物はバレンタイン商品だし、ますます何を贈ればいいのかわからなくなった。

バレンタインに便乗したくて書いちゃった。

 
 
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鐘の音に合わせて

 大晦日は泊まりに来いよと言われて、当然そういうつもりで訪問していたから、やり納めと笑いながらベッドに誘われるのも想定内で、紅白最後まで見たいんだけどなんて事は言わずに素直にその手を取った。
 慣れた手順で繋がって、けれど普段とは違うことに気づくのはすぐだった。
 酷くゆったりと、長いストロークで穿たれる。ゆるい動きなのに、グッと最奥を抉られれば痺れるような快感が背を貫いていく。じわじわと追い詰められていく。
「あ…、あぁっ……ィイ……っん……も、っと……」
「ふはっ、かっわいい。まさかお前がこんななると思わなかった」
 早くもっと激しく突かれたい。ねだる言葉を吐いて、はしたなく腰を揺すって。なのに相手は悪戯真っ最中と言わんばかりの子供みたいな笑顔で、変わらぬゆったりとしたリズムを崩すことがない。
「ひっ、……ひぃんっ、も、イきたい、よぉ」
「ばっか、そんな煽んなって」
 啜り泣くまで焦らされて、相手の興奮が増しているのもわかるのに、何を意地になっているのか変わらないリズムがもどかしすぎる。
 こんな風に焦らされるのは初めてだった。ひたすらゆっくり捏ねられるのが、こんなにたまらなく気持ちがいいのも初めて知った。
 でもガツガツ突かれて押し上げられるように精を吐き出す、トコロテンの快楽を知っている。早くいつもみたいに貪られたい。奥を優しく捏ねられるだけでは、いくら気持ちよくても達せない。
「な、っで……も、して、よ……も、っと、……いっぱい、突いて」
「もーちょい我慢だって。後30回」
「さんじゅ、っかい……??」
 何の話だと思った矢先、会話をしながらも変わらず動いていた相手がまた深く奥を穿ってくる。それと同時に、微かに耳に届いた鈍い響き。
「まさ、か……」
「気付いてなかったか」
 そ、除夜の鐘。と笑った顔はやっぱり子供の顔だ。というか後30回ってことは、ずっと数を数えていたのか?
「ば、っかじゃ、ない……の」
「でもお陰で、今まで知らなかったお前が見れてる」
 ゆっくり奥突かれるのキモチィんだろと、また一つ鐘が鳴るのに合わせて奥を突かれる。
「っぁあ」
「ほら、すっげ善さそ。こんな気持ちぃならさ、トコロテンじゃなくてメスイキってのも出来んじゃね?」
 メスイキってのは確か、吐精もないままお尻だけでイッちゃうことだっけ?
「む、りぃ」
「ま、今日は無理でも、いつかな」
 お前はきっとイケるようになるよと、そんな断言嬉しくない。
「そ、なの、やだぁ」
「なんで? 俺は見たいけどなぁ」
 今度トコロテン出来ないように根本押さえたまま突いてみようかなんて、また新たな遊びを思いついたとばかりに言われて、嫌々と首を横に振った。でもきっと、忘れた頃にやられてしまうんだろう。そんな予想に、吐き出せないままガツガツ突かれて無理矢理押し上げられることを想像して、ブルリと体を震わせる。
「あ、期待した?」
 そんな言葉とともに性器の根本をキュッと握られた。慌てて止めてと声を上げたが無視されて、そのまま数度、鐘の音に合わせた律動が繰り返される。
 ゆっくりとした動きは元々イケるような刺激ではないのに、吐精を許されないと思うとなぜか余計に追い詰められる。さっきよりも更に気持ちがいい、気がする。
「やぁあ……」
「嘘ばっか。中、めっちゃうねってんだけど」
 イケそうならこのままイッてと言いながら、結局、除夜の鐘が鳴り終わるまでそのままゆっくりと突かれ続けた。つまりキモチイイは増したものの、やはり達するまでには至らなかった。
「はは、残念。じゃ、年も明けたみたいだし、焦らすのはここまでな」
 俺ももうさすがに限界との言葉を最後に、根本を押さえ続けていた手が外される。そうして漸く、いつも通りガツガツと貪られて、あっと言う間に頭の中が真っ白に爆ぜた。

明けましておめでとうございます。
昨年はたくさんのご訪問・閲覧・ランキング応援・コメントなどなど、ありがとうございました。とても励みになってます。
本年も基本一日置き更新を頑張っていきますので、どうぞよろしくお願いします。
2日からは通常通り偶数日午前中更新の予定です。

 
 
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