120分勝負 うっかり・君のそこが好き・紅

 部活終了後、部室で着替えていたら一足先に帰り支度を終えた後輩がススッと寄ってきて、先輩これどうぞと小さな横長の箱を差し出された。意味がわからず着替えの手を止めて相手を見つめてしまえば、先輩にあげますと言いながらそれを胸元に押し付けてくる。
「お、おう……じゃ、サンキューな」
 何がなんだかわからないまま受け取り、取り敢えずで礼を言った。しかし受け取っても後輩は隣を動かない。つまり、この場で中を確認しろということか。
 仕方なく手の中の箱を開けて中身を取り出す。出てきたのは多分口紅だった。なんでこんなものをと思いながら首を傾げてしまったのは仕方がないと思う。
「先輩にはそっちの色のが絶対似合うと思うんですよね」
 そんな自分に気付いたようで、隣から説明するかのような言葉が掛かったが、それを聞いて一気に血の気が失せた。
「はい、お前居残り決定な」
 周りに聞こえるように声を張り上げ、戸惑う後輩を横に残して着替えを再開する。後輩がなんでとかどうしてとか尋ねてくる声は無視をした。だって相手をする余裕なんてまるでない。内心はひどく動揺し焦っていた。
 どうしようどうしようどうしよう。一体どこまで知られているんだろう。
 昨年の文化祭後、先輩たちが引退して演劇部の部長を引き継ぎ、部室の鍵閉めをするようになってから、誘惑に負けるまでは早かった。なんだかんだと理由をつけて他の部員たちを先に帰した後、中から鍵を掛けた密室で、部の備品を借りてひっそりと女装を繰り返している。
 成長期を終えたそこそこガタイのある男に、ピラピラのドレスも、長い髪も、ピンクの頬も紅い唇も、何一つ似合わないのはわかっている。姿見に映る自分の姿の情けなさに、泣いたことだってある。それでも止められないのは、変身願望が強いからなんだろう。
 長い髪のかつらを被って、丈の長いスカートを履いて、胸に詰め物をして化粧を施せば、そこにいるのは醜いながらも全く別の誰かだったからだ。
 演劇部へ入ったのだって、役を貰って舞台に立つことが出来れば、その時だけでも別の誰かになれるかもと思ったからだ。昔から、自分のことが好きになれず、自分に自信が持てずにいる。
 部長になったのだって、部を引っ張って行きたい意志だとか、仲間の信頼が厚いとかそんなものはあまり関係がなくて、単に面倒事を嫌な顔をせず引き受ける利便さから指名されたに過ぎないとわかっていた。そんな頼りない部長のくせに、部室の鍵を悪用し、部の備品で好き勝手した罰が当たったのかもしれない。
 先日うっかり鍵を締め忘れたままで居残った日がある。もし後輩に知られているとしたら、きっとその時に見られたのだろう。
 反応しないこちらに諦めたようで、後輩は近くの椅子に腰掛け、部員たちが帰っていくのを見送っている。自分も着替え終えた後は近くの椅子に腰を下ろしたが、もちろん内容が内容なので会話を始めるわけに行かず、取り敢えずで携帯を弄って時間を潰した。
「で、なんで俺が居残りなんですかね?」
 やがて部屋に残ったのが二人だけになった所で、待ってましたと後輩が話しかけてくる。それを制して一応廊下へ顔を出し、近くに部員が残っていないことを確認してからドアの鍵を掛けた。一応の用心だ。
「それで、お前、あんなのよこしてどういうつもり? てかどこまで知ってる?」
 声が外に漏れないように、さっきまで座っていた椅子を後輩の真ん前に移動させて、そこに腰掛け小声で尋ねる。なるべく小声でと思ったら、しっかり声が届くようにと知らず前屈みになっていたようで、同じように前屈みになった後輩の顔が近づいてくるのに、思わず焦って仰け反った。
「ちょっ、なんなんすか」
「ご、ごめん。てか近すぎて」
「まぁいいですけど。で、どういうつもりも何も、さっき言ったまんまですよ。先輩には、あの色のが似合うと思ったから渡しただけです」
「だから何で男の俺に口紅なんかって話だろ。ていうか、つまりはあれを見た、ってことだよな?」
「先輩が居残って女装練習してるのって、やっぱ知られたらマズイんですか?」
 練習という単語に、そうか練習と思われていたのかとほんの少し安堵する。じゃあもう練習だったと押し通せばいいだろうか?
「知られたくないに決まってんだろ。あんな似合わないの」
「まぁ確かに、似合ってるとは言い難い格好では有りましたけど、やりようによってはもうちょいそれっぽくイケると思うんですよね。だから尚更、一人で練習しないで人の意見も取り入れるべきじゃないですかね?」
 知られたくないなら他の部員たちには内緒にするから、ぜひ協力させてくださいよと続いた言葉に目を瞠った。
「な、なんで……?」
「なんで、ですかね? 先輩の女装姿に惹かれたから、とか?」
「何言ってんだ。似合ってなかったの、お前だって認めたろ」
「だからその、似合ってなかった所が、ですよ。これ俺が弄ったらもっと絶対可愛くなるって思ったというか、なんかこう、とにかく先輩のあの格好が目に焼き付いて、気になってたまらないというか」
「なんだその、一目惚れしました、みたいなセリフ」
「あー、まぁ、それに近い気もします」
 何言ってんだという苦笑に肯定で返されて、なんだか体の熱が上がっていく気がする。
「せっかく二人だけの居残りですし、今から、ちょっとあの口紅、試してみません?」
 衣装とかつらも俺が選んでいいですかと、すっかりその気な後輩に押し切られるようにして、その日から時々二人だけの居残り練習が始まってしまった。

「一次創作版深夜の真剣一本勝負」(@sousakubl_ippon)120分一本勝負第71回参加

 
 
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結婚した姉の代わりに義兄の弟が構ってくれる話1

 何度も呼び鈴が鳴って意識が浮上したが、出れるわけがないとすぐに居留守を決め込んだ。
 軽い頭痛は泣いたせいで、意識が戻ればやはり今も鼻の奥と、擦り過ぎた目の端がヒリリと痛い。たいして幸せな夢なんて見れないけれど、それでも現実よりは幾分ましだと、逃げるようにまた目を閉じた。
 そのままもう一度眠れるはずだったのに、カチャリと部屋のドアが開いて心臓が飛び跳ねる。
「なんだ、居るんじゃん。てか凄い格好だな」
 慌てて飛び起きれば、部屋の入口には見知らぬ男が立っていて、ポケットから取り出した携帯を何やら操作していた。
 次にはカシャリと音が響いて、写真を撮られたのだと気付いて血の気が失せる。
「呆然としすぎ」
 苦笑した相手が近づいてくるので、恐怖とともに必死で後ずさる。とは言っても狭い部屋の中なので、あっと言う間に壁際に追い詰められた。
「目ぇ真っ赤。また泣いてたの?」
「だ、誰?」
 目線を合わすように腰を落とした相手が手を伸ばしてくるのを咄嗟に払って、なんとか声を絞り出す。相手はびっくりした様子で目を瞠った後、おかしそうに笑いだした。
「俺のこと覚えてないの? お前の義理の兄になった人の弟なんだけど」
 結婚式で会ってるよと言われて、嫌なことを思い出した。この人が義兄の弟だと言うなら、あの日もやっぱり泣かれているのを見られた上にシスコンすぎと笑われた。
「顔、違う」
「それを言うなら顔じゃなくて髪型。あと今日はメガネってだけでしょ。それに見た目だったら、そっちのがよっぽど大きく変わってる」
 姉弟だけあってそうしてるとお姉さんによく似てると言われて、写真を撮られたことを思い出し慌てる。
「写真、消せよ」
「嫌だね。というか女装が趣味なの? それともお姉さん恋しさで、そうやって自分の中の彼女の面影見て寂しさ紛らわせてる?」
 キュッと唇を噛み締め回答を拒否した。簡単に言い当てられたのが悔しかったのもあるし、認めたらどうせまたシスコンと笑われるのがわかりきっている。
「寂しいなら寂しいって言って、結婚なんかしないでって言えば良かったのに。というか、お前が大丈夫だからってあの人の背中押して結婚させたんだろ?」
 確かに姉は何年も付き合い続けていた彼との結婚を渋っていた。原因は自分にある。
 両親の死後、歳の離れた姉がずっと親代わりだった。責任感の強い優しい姉は、自分が高校を卒業するまでは結婚しないと言っていた。けれど彼氏の転勤が決まって、できれば結婚して付いてきて欲しいと言われて悩んでいたから、付いていきなよとその背を押したのは自分だ。
 だって誰よりも幸せになって欲しい人の、足手まといになんてなりたくなかった。
 金銭的には親の残してくれた遺産があるので特に問題はないし、働く姉を助けて家事だってそれなりにこなしてきたのだから、一人暮らしに大きな不安なんてなかった。はずだった。
 毎日を一人で過ごすことが、自分以外誰も居ない家の中が、こんなに寂しいなんて知らなかった。
「なのにそんなグズグズ泣いてんの知ったら、あの人結婚したこと後悔しちゃうよ?」
「お前に言われたくない」
 そんなの言われなくたってわかっている。やっぱり結婚しなければよかったなんて、自分のせいで思わせたくない。姉には笑っていて欲しい。心配なんてかけたくない。
 なのに一人が寂しすぎて、姉が結婚する前の日々に未練たらたらで、家の中に姉の気配が欲しくて女装して過ごすのが止められない。
 そんな自分に自己嫌悪しながら、泣き疲れて寝ていただなんて、姉に知られるわけには行かないのに。
「つうかそもそもなんでアンタがここに居るんだよ。どうやって入った。完全不法侵入だろ」
「あ、やっとそこ? どうやって入ったって、そんなのお前の姉さんから合鍵預かってるからに決まってる。ついでに言うと、そのお姉さんに心配だから様子見てって頼まれたから、わざわざ来てやってんだけど」
 やれやれと言った様子で感謝しろよと告げられたけれど、感謝なんか出来るはずがなかった。

続きました→

あなたは『この人の幸せが自分にとって一番大切なのに、どうして喜んであげられないんだろう、どうして涙が出てしまうんだろう、と自己嫌悪に陥る』誰かを幸せにしてあげてください。
shindanmaker.com/474708

 
 
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女装して出歩いたら知り合いにホテルに連れ込まれた

 そいつは友人の友人の友人で、顔くらいは知っているが、たいして話をしたこともない相手だった。そんな相手に街中で声をかけられた時は女装がバレたのだと思って焦ったが、どうやらそうでもないらしい。
 めちゃくちゃ好みのタイプだと言って、躊躇いなく可愛いねと笑ってくるから、なんとなくの好奇心でお茶くらいならしてもいいと返した。
 友人の友人の友人ではあるから、バレた時のリスクは高い。けれど最悪罰ゲームとでも言えば良いと思ったし、女装男にそうと気付かずナンパを仕掛けた相手だって相当の恥辱だろう。
 相手は自分と違って割といつも人の輪の中心に居るようなタイプだけれど、納得の会話術でどんどんと相手の話に引き込まれていく。人を気分よく動かす術にも長けているようで、どう考えたってマズイのに、気づいたらラブホの一室に連れ込まれていた。
 なぜオッケーしてしまったのかイマイチわからない驚きの展開だったが、逆に、こうして女性をホテルに連れ込むのかと感心する気持ちも強い。といっても自分に同じ真似が出来るかといえば、彼女いない歴=年齢の非モテ童貞男の自分には絶対にムリなのだけれど。
 初めて訪れたラブホテルという空間に呆然と魅入っていたら、緊張してるなら先に一緒にお風呂に入ろうかなんて声が掛かって、慌てて首を横にふる。
「じゃあ取り敢えず座る?」
「あの、やっぱり……」
「怖くなっちゃった?」
 帰りたいかと問いつつも、逃さないとでも言いたげに手を取られて握られた。自然と視線はその手へ落ちる。その視界の中、ギュッと相手の手に力がこもった。思いの外強く握られ焦っていると、大丈夫と彼の言葉が続く。
「わかってるよ、大丈夫。俺、男の娘とも経験あるから、心配しないで?」
「……えっ?」
 慌てて顔を上げれば、相手は優しい顔で頷いてみせる。
「えっ……知って……?」
「ん? 君が女装子だってこと? それとも俺達が元々知り合いだってこと?」
 名前を言い当てられて血の気が引いた。
「男の君も良いなとは思ってたんだけど、女装姿も凄くいいよ。可愛いって言ったの嘘じゃないからね? 君がそっちって知れたのめちゃくちゃチャンスだと思って頑張っちゃった。警戒するのもわかるけど、もうちょっと頑張らせてくれない?」
 下手ではないと思うよと言いながら、取られた手を引かれて抱き寄せられる。近づく顔から逃げるように顔を背けて、なんとか口を開いた。
「ま、待って。待って」
「知られてると思わなかった?」
「だって、そんな……そ、そうだ、これ罰ゲームでっ」
 バレたら罰ゲームだった事にしようとしていたのを思い出して咄嗟に口走るものの、あまりにあからさま過ぎて、口に出しながら恥ずかしくなる。相手がおかしそうに吹き出すから、恥ずかしさは更に増した。
「ほんと可愛いな。女装知られたくないなら、他の奴らには言わないよ。2人だけの秘密ね」
 顔を背けたままだったからか、ちゅっと耳元に口付けられて盛大に肩が跳ねてオカシナ声が飛び出てしまった。
「ひゃぅっ」
「良い反応。でもちゃんと唇にもキスしたいなぁ。ね、こっち向いて?」
「や、やだっ」
「俺の事、嫌いじゃないでしょ? だって嫌いだったらこんなとこ付いてこないよね?」
「な、なんでこんなとこ来ちゃったのか、わかんない。ゴメン、ホント、ただの好奇心。てか女装してるけど男好きってわけじゃないし、き、キスも、初めてが男とかマジ勘弁」
「えっ……?」
「ど、どーてー拗らせまくって女装してるけど、俺は、女の子が、好きですっ」
 必死で言い募ったら無言のまま掴まれていた手も腰に回っていた腕もスルリと離れていった。
 相手はよろよろとベッドへ近づくと、そのままボスンとベッドに倒れ込む。
「騙されたー」
「えっ、えっ?」
「ねぇ、本当の本当に、好きなの女の子だけで男はなしなの?」
「今のところは」
「キスもまだの童貞拗らせて女装かぁ……」
「うっ……」
 しみじみ言われて言葉に詰まる。自分で言ってしまったことだし、それを言うなと相手に強いる立場にはなさそうだ。
「俺、結構本気で落としにかかってたんだけど、やっぱ脈なし? 諦めたほうが良い?」
 即答できずに居たら、少しばかり復活した様子で相手が嬉しげに笑う。
「取り敢えずさ、連絡先くらいは交換しない?」
 まずはお友達から始めようという提案に、否を返すことはなかった。

続きました→

お題提供:pic.twitter.com/W8Xk4zsnzHimage

 
 
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