プリンスメーカー8話 エピローグ

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 ビリーの手を思い出すのが怖くて、ビリーが居なかった数ヶ月、ガイは一度も処理してはいなかった。そんな気が起きないほどに、働き尽くめだったというのもある。
 そう白状したガイを、ビリーは優しく抱きしめて、その手と口で、久々の快楽をガイの身体へ刻んだ。
 簡単に息を整えてから、ガイもお返しとばかりにビリーの下肢へと手を伸ばす。初めて告白された日から、何度もこんな夜を過ごしてきた。ビリーに女を買うことを禁止したのはガイだったから、自分だけがイかされて終わるわけにはいかなかったのだ。
 抵抗を感じたのは最初だけで、正直に快楽を示す手の中のモノも、熱い吐息を零すビリーの表情も、自分がそうさせているのだと思えば愛しさが勝った。
「待って、ガイ」
 伸ばした手を掴まれて、ガイは眉を寄せてビリーを睨む。
「睨まないでよ。自分で処理はしてたけど、断じて女なんて買ってないからさ」
「今夜も、自分でする言うんやないやろな」
「まさか。そんなこと、俺が言うわけないだろ。カラッポになるほど自分でした後でだって、ガイがしてくれるなら嫌だなんて言わないよ」
「ほな、なして止めるんや」
「城下町には色んなお店があってさ。お土産、買ってきたんだ」
 唐突に話が変わって、ガイは不思議そうにビリーの次の行動を待った。
「コレ。使わせて欲しいんだけど……」
 ビリーは小さな小瓶を取り出し掲げて見せた。
「なんやの、ソレ」
「男同士で抱き合っても、気持ち良くなれる薬だよ。ガイを、抱きたい」
「そ、れは……」
「躊躇うのはわかるよ。でも、絶対痛くはしないから。そのために、買ってきた薬なんだ。どうしても無理そうなら、途中でやめてもいい。だから、試させてくれないか」
 真剣に頼まれ、ガイはほんの少し迷った後で頷いて見せた。
 こんなに簡単に了承されるとは思っていなかったのか、ビリーは拍子抜けしたようだったが、なんでそんな気になったのかをガイは説明する気にはなれず、黙って服に手を掛ける。ビリーとのあっけない別れの後、ずっと、思っていたのだ。
 もっとしっかりその想いに応えていれば良かったと。
 別れは突然やってくるものだ。だったら、その時になって後悔しないように、やれることはやっておきたい。ビリーが言い続ける好きだという言葉に、ずっとガイの側に居たいのだというビリーの想いに。同じだけの言葉と想いを、態度で示してやりたかった。
 今までも何度か、ビリーはガイを抱きたいという気持ちを表に出す事があったから、男同士で何をどうするのかという知識は、ある。
 あるにはあるが、その分、羞恥も躊躇いも恐怖も大きい。いっそ何も知らないまま、感情の昂りに任せて奪われてしまったほうが楽だったのではないかと思う事すらあるが、順調に背を伸ばし、ガイを押さえ込むことも可能な程の成長を遂げた後も尚、そうしないビリーだからこそ、好きなのだ。
「で、ワイはどうすればええの?」
 うっすらと頬を染めながらも全ての服を脱ぎ去ったガイは、信じられないものを見る目でそれを見つめていたビリーへと問い掛ける。
「え、あ、こっちへ」
 ようやく正気に返ったビリーの差し出す手をとり、ガイは身体を寄せた。
 膝立ちになってビリーの肩に捕まるガイの足を、ビリーはそっと割り開く。その隙間に、薬を垂らした手の平を差し込んだビリーは、ガイが他人の手に触れさせた事などない秘所にゆっくりと薬を塗り込めていく。
 その場所で発生する違和感に、やはり拭いきれない嫌悪感や背徳感が混ざりあう。相手がビリーでなければ、さっさと逃げ出しているだろう。
「薬で滑るから、痛くはないだろ?」
 眉を寄せて息を詰めれば、心配げに問いかける声。ガイは湧き上がる感情を飲み込み、黙ったまま小さく頷いて見せた。
 あからさまにホッとした様子で、ビリーはその場所を広げる行為に没頭していく。
 何度も薬を継ぎ足し、ゆっくりと抜き差しを繰り返される指の感触に、やがて熱い吐息が零れ落ちる。膝が震えてしまい、ビリーの肩を掴む手にも力がこもる。
「あっ、はぁ……」
 その場所で快楽を感じることが出来ると、知識として知ってはいても、やはり不思議な感覚だった。
「どう? そろそろ、平気かな」
 そんなことをいちいち確かめないで欲しい。大丈夫かどうかなんて、初めての身にはわかりようがない。ビリーが弄り続けるソコは、指を抜き差しされるたびに、どんどん熱を増していくようだった。
「も、ビリー」
 ビリーに縋っても立って居られず、ガイはとうとう腰を落としてしまった。
 指を抜かれた後もジンと熱く痺れ、ビリーの指を惜しむようにヒクヒクと収縮を繰り返しているのがわかる。
「あ、あ、」
 恥ずかしいなどという感情よりも先に、どうしようもなく声が溢れて行く。身体の奥から湧き出してとまらない熱を、言葉と息に乗せて、少しでも冷まそうとするようにガイは口を開いた。
「ビ、リー……身体、熱い」
 助けて欲しい。
 早くこの熱を吐き出したくて、ガイはビリーの名を呼んだ。
「凄いな。これが、薬の効力なのか?」
 何事か呟いたようだが、聞き取れなかった。しかし、ビリーの口から吐き出された息が肌を掠めるだけでその場所がわななき、聞き返す余裕などない。
「ビリー、はよ、なんとかしてぇ」
 助けを求めて再度ビリーの名を呼べば、伸ばされた腕に抱きしめられた。
「ああんっ」
 自分でも驚くほどの甘い声が上がる。
 薬の影響なのか、どこもかしこも感度があがっているようだった。身体の内で渦巻く熱がもどかしくて首を振れば、クルリと向きを変えられて、ビリーに背後から抱きしめられた。そして、触れられてもいないのにトロトロと蜜を溢れさせるペニスを、キュッと握りこまれる。
「やぁぁぁっ!」
 経験したことのない痺れるような快感が走り、ガイは自分の発する高い声を、どこか遠くで聞いていた。
「どこもかしこも、ビンビンだな、ガイ」
 既に痛いほどしこった胸の先にもビリーの指が伸び、摘まんでクリクリと弄られる。ビリビリと身体中が痺れるような、強すぎる刺激に頭がどうにかなりそうだった。
「やぁ、やっぁ、ビリー、もう、お願いやから」
 ビリーの手で果てた事は何度もあったが、こんな風に熱を帯びた状態のまま、焦らされるのは初めてだ。早くイかせて欲しくて、ガイは涙の滲み始めた瞳でビリーを見つめながら懇願する。
 ゴクリと息を飲んでから、ビリーはようやくガイの身体を横たえた。どこかホッとしながら、ビリーが自身を取り出すのを待った。それは既に蜜が溢れて、はじけんばかりに硬くそそり勃っている。
 足を開かれ、ビリーがそっと覆いかぶさってくる。とうとう一つになるのだ。
 ガイは息を潜めてその瞬間を待った。
「んんっっ」
 指とは違う圧迫感。それでも、薬を使って丁寧に慣らされた身体は、苦痛よりも快楽を与えてくれた。
 ゾワリと走る快感に、肌が粟立ち熱い息が零れ落ちる。ゆっくりと身の内に入り込んでくるビリーを迎え入れるように、その場所が脈打つのがわかった。
「あ、ああ、あああ」
 より深く繋がるためか、腰を掴まれ引き寄せられる。決してビリーから逃げたいわけではなかったが、あまりに過ぎる快感に、身体が開放を求めてのたうった。
「ひぃっ、んんっ」
 逃がさないとでも言うように抱きしめられて、更に深いところを抉られる。小さな悲鳴があがった。
「ガイ。ガイ、好きだよ。大好きだ」
 耳元に響く声は甘く脳内を揺さぶるけれど、やはりどこか不安を帯びているようだった。
「ワイも……ワイも、好きや」
 無理矢理に声を絞り出せば、ビリーの顔が泣きそうに歪んだ。
「この先、なにがあっても。もう二度と、ガイの側を離れないからな」
 絶対に手放さないから覚悟してくれと、言葉とは裏腹に懇願するような声音。
「うん。ええよ」
 小さく笑ってやって、大きな背中をぎゅっと抱き返した。

< 終 >

 
 
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せんせい。10話 解かない

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「それは、ダメだ」
 冷たく言い放てば、最初から期待などしていなかったようで、あっさり諦めたようだった。
 頭をそのまま背後の壁に預け、けれど顔は美里を避けるように横を向く。さすがに美里もそれを咎めることはせず、行為の再開を告げるように腕の中の両足を抱えなおした。
 少し高めに抱え上げて、デンプン糊で濡れた秘所に昂る自分自身を押し当てれば、それを拒むように雅善の身体に緊張が走る。
「力、抜いて置けよ」
「出来たら、苦労せん」
 取りあえず掛けただけの常套句に、返事があるとは思わなかった。
 少しでも雅善が楽なように、何かしてやれないだろうか……
 ここまできて止める気などなかったが、美里が雅善へと向ける想いは、やはり愛しさなのだ。
 その心が手に入らないことはわかっていても、それを理由に逆恨みで憎み傷つけたいというわけではないし、出来ることなら雅善にだって感じて欲しい。たとえ身体だけだとしても。
 けれど雅善の口から吐き出されるのは諦めの溜息だった。
「ここまで来て躊躇うってのもおかしな話やな。ワイのことなんか構わず、さっさとヤったらええやろ?」
「言われなくても、やるさ」
「ほな、早よそうし。ほいで、さっさとイってさっさと終わってや」
 決して美里の方へ顔を向けることなく、強い口調で吐き出される言葉。
 煽られたと頭の片隅でわかっていて、けれどその誘いに簡単に乗れるくらいには、理性などとうの昔にどこかへ消し飛んでいる。
「そう簡単に開放してやるつもりなんてないけどな」
 その言葉と共に、半ばムリヤリ押し入った。
 ギュッと噛み締められた唇の端、血が滲んでいるのがわかる。この場所と状況では、さすがに声を殺すなと口にすることはできなかった。
 本当にただ、ムリヤリ繋がっているだけの自分達に、虚しさだけが残る気がする。
 身体だけでいいと思った気持ちを貫き通すには、邪魔な思考でしかないそれを振り切るように、美里は快楽だけを追って雅善の身体を揺すった。
 
 下半身に美里の吐き出した白濁液を浴びながら、グッタリとだらしなく机の上に身体を投げ出している雅善に、美里は携帯のカメラを向ける。
 撮影音の鳴るのに、雅善の身体がピクリと反応した。
「今、何、したん……?」
 恐々と尋ねるその口調は、既に気付いているのだろう。
「記念撮影」
 美里はニコリと笑って見せた。疲労で血色の良くない雅善の顔から、さらに血の気が引いたようだ。
 この写真を楯に、今後も関係を強要するつもりだった。
 身体だけでもいい。手放したくない。
「どうしようもない男に育ったもんやな」
 青ざめた表情で呟かれた言葉は、聞こえなかった振りをした。

>> 部活を優先してた

>> 職員室を優先してた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

**********
部活優先 >>

 ラブホテル内の広いベッドの端に腰掛けた美里は、広げた両足の合間に蹲る雅善の揺れる髪の毛を、指先で摘んで弄ぶ。
 脅すための写真の枚数が増える一方、雅善の抵抗も薄れているようだ。今ではもう、縛って自由を奪わなくても、諦め切った表情で大人しく、口も足も言われるままに開く。
 どう考えても悪者は自分の方で、相当好き放題に雅善の身体を貫いても。それでもまだ、足りないと渇望してしまう気持ちを、結局雅善にぶつけてしまう。
 この先も決して心が満たされることなどないとわかっていながら、それでも、この身体を手放してはやれないくせに。せめて優しくしてやりたいのに、いつだって真逆の行為を強いている。
 ジレンマに陥りながら、弄んでいた髪をガシリと掴み直し、美里は雅善の頭を激しく揺さぶった。
 漏れる呻き声に構うことなく喉の奥まで押し込んで揺すり、最後にはその顔に向けて白濁液を放つ。雅善は既に、文句を言う気にもならないらしい。
 黙ったまま、まずは汚れたメガネを外そうとする雅善を、美里の声が止めた。
「外すなよ」
「前が、見えへん」
「見えなくたっていいだろ別に。それより、ベッド上って足開け」
 言われるまま、雅善はベッドの上に這い上る。
「イったばっかの俺が復活するまでに、顔に掛かった精液使って、自分自身で広げて置けよ」
 汚れた眼鏡越しでも、さすがに戸惑いが滲み出ている。
「嫌だなんて、言わないだろ?」
 それでもその一言で、雅善は諦めの溜息を吐き出した。
 ユルユルと足を開いて行く雅善をジッと見つめながら、今、自分の目の前に居るのは一体誰なんだろうと美里は思う。かつて憧れ、大好きだった幼馴染のお兄さんと、自分の命令に従い、貫き揺さぶられながら喘いで見せる男が、同一人物だなんて嘘みたいだった。
 行為の最中、メガネを外すことが許せないのは、記憶の中の雅善がメガネを掛けていないせいだろう。
 自分達は一体どこへ向かっているのだろう?
 命令に従って美里の前で足を開き、自らの指で解し広げようとしている雅善に、背筋を冷たいものが伝って行った。

<END No.4>

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  **********
職員室優先 >>

 化学準備室でほとんどムリヤリ雅善を抱いてから数日。美里は校長室へと呼び出された。
「失礼します」
 そう声を掛けて入室すれば、中には校長の他に一名。振り向きもしない後姿だけでも、すぐに雅善だとわかる。
 ここへ来るまで呼び出しの内容に思い至らなかった美里の背に、冷たい汗が流れていく。
「3年の河東美里君、だね。もっとこちらへ」
 呼ばれて、雅善の隣に並んだ。雅善はやはり、顔を向けようとはしない。
「君達が、化学準備室で如何わしい行為をしていた。という報告を貰ったんだけれども、本当かね?」
「それは……」
「虚偽です。確かに言い争いはしましたが、それだけです」
 躊躇う美里をよそに、きっぱりと雅善が否定を示した。
「では、この写真の相手は、河東君、君ではないのですね?」
 差し出された一枚の写真に、胸の奥がキュッと痛む。ピントの合っていない写真は粗悪なものだったが、机の上で足を広げた雅善に覆いかぶさる男子学生の姿がはっきりと写し出されている。
 どこから撮られたのだろう?
 角度的に、化学準備室に盗撮用のカメラでも仕掛けられてるのかもしれない。
「違います」
 あまりの写真に呆然と言葉を失くす美里を横に、やはり雅善がはっきりと否定の声をあげる。
「私は、河東君に、聞いているのですが?」
 これだけ雅善が否定しているのだから、認めてはいけないのだということはすぐにわかった。
「俺では、ありません」
 だから美里も、顔をあげて校長をまっすぐに見据えながら、きっぱりと告げる。
 その返事さえ聞ければ良かったのか、美里はその後すぐに校長室を追い出されてしまった。
 雅善をそこへ残すことへの不安はあったが、関係を否定した以上、話し合いの場に残れないのは仕方がない。それよりもまずは確かめたいことがあって、美里は職員室へと足を向けた。
 教師に頼まれたのだという体を装って、特別教室の鍵を並べた棚の前へ立った美里は、迷うことなく化学準備室の合い鍵を手に取る。そうして向かった先、おおよその予測を付けて探った先に、隠しカメラを設置していたのだろう後を見つけた。
「誰がこんなことを……」
 悔しさで唇を噛んだ。
 
 
 翌日から雅善は学校へ姿をあらわさず、暫くしてから別の臨採教師が学校を訪れた。雅善は間違いなく、一人全ての罪を被って学校を去ったのだろう。
 写真を撮りそれを匿名で校長へと送りつけた犯人が、新聞部の誰かだという所まではわかったが、それ以上を突き止めることはできなかった。スクープとして校内新聞に晒されるよりは良かったのかもしれないが、そんなものはなんの慰めにもなりはしない。
 雅善と過ごした一月程の時間が、何度も頭を過ぎっていく。これだけの迷惑を掛けた上、更に雅善の所在を追うことは出来なかった。
 昔以上に辛い別れを、美里は一生忘れられそうにないと思った。

<END No.5>

 
 
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せんせい。9話 解く

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 一瞬ためらい、けれど結局、美里は無言のまま手を伸ばし、雅善の両手を縛めるネクタイを解いてやる。雅善は痛みを取るかのように数回手首を振った後、躊躇うことなくその手を美里の肩へと置いた。
「……ガイ?」
「なるたけ、ゆっくりしてな」
 雅善はフワリと微かな笑みを零す。余裕を見せつけられるようで、胸の奥がまた軋んだ。
 慣れているのか?
 もしかして、初めてではないのだろうか?
 浮かぶ疑惑は、肩を掴む手が微かに震えているのに気付いて、口にすることはしなかった。
 再度両足を抱え上げ、引き寄せられるままに胸を合わせ、耳元で響く雅善の呼吸を計りながら、ゆっくりと自らを突き挿した。
「ぁ……っ」
 声を押さえるためにと咄嗟に顔を埋めたらしい肩口が熱い。下半身のうずきとあいまって、堪えられそうになかった。
 服越しに感じる熱い息。そこから漏れるくぐもった苦痛の叫び。背中にキツク食い込む指先。
 それらに申し訳なく思う苦しさと、確かに繋がっていることに対する喜びと。
「好きだ。ガイのことが、好きなんだ……」
 溢れる気持ちが言葉に変わる。
 よりいっそうキツク抱きつかれながら、美里は雅善の中へと想いの丈を吐き出した。

 ぐったりと力を抜いてしまった雅善の中から抜き出てから、疲れを滲ませる頬をサラリと撫でる。ゆっくりとした動作で持ち上げられた雅善の手が、頬に触れる美里の手首を掴んだ。
 戸惑いを滲ませる美里の瞳を、雅善の視線が真っ直ぐに捕らえる。
「ワイも、美里のこと、好きやで」
 ゆっくりと吐き出される言葉。
「えっ!?」
「好きやった。もう、ずっと前からや。子供の自分に、アホみたいに惚れとったなんて、全然気付かんかったやろ?」
 苦笑を零す雅善に、美里は返す言葉がない。
「好きな相手やなかったら、こんなん絶対許したらん。けどな」
 言葉を切った雅善の顔が、泣きそうに歪んだ。
「ワイはやっと採用して貰うた臨採で、美里は生徒の一人で、どんなに好きかて、特別にはできんのや」
 今日のことは全て許すから、明日からはただの生徒になって欲しい。個人的にこの化学準備室へと遊びに来ることは禁止する。
 そう告げた雅善の身体を、美里は思わず引き寄せ、やさしく抱きしめた。雅善の切なさと、自分の切なさが混じりあって、胸の中を悲しみに似た気持ちが満たす。
「校外でも、だめなのか?」
 せっかく互いに同じ想いを抱いている事に気付けたのだ。このまま諦めたくなどなかった。
「あかんよ。ワイの住んどること、ここからそんなに遠ないし」
 どこに人目があるかわからないから。
 言いながら、雅善は宥めるように美里の背中をそっと何度も撫でた。
「だからって諦められるかよ」
 苦々しげに吐き出しながら、美里は身体を離し、雅善の顔を正面に捕らえる。そっとメガネを取り上げても、雅善は文句をその口に上らせることはない。
 顔を近づけ、その唇に、触れた。雅善と交わす、最初のキス。
 喜びと悲しさの混ざる表情でされるがままになっている雅善に、角度を変えながら何度も振れて確かめる。
 この口が自分を好きだと言ったのだ。今日だけ、今だけ。なんて、ものわかりのいい大人にはなれない。
「俺が卒業するまでは、人の目が気にならないくらい遠い場所でデートしよう。電話やメールで、繋がろう。それなら、校内でだけは、俺は物わかりのいい生徒を演じてやってもいい」
 言葉は尊大でも、美里は雅善の許容を求める立場でしかない。
「なぁ、頼むよ……」
 迷った後で、結局頭を下げた。
「ホンマ、かなわんなぁ」
 雅善の零した小さな呟きに、許されたことを知った。

 

 

 

**********

 自宅の最寄駅からは大分離れた場所にある小さな駅を降りた美里は、駅前のロータリーに停車する一台の車に、迷うことなく向かって歩く。
 雅善が車持ちだったので、二人で過ごす時間は車の中がダントツに多い。
 本当は助手席に雅善を乗せて自分が運転したいのだけれど、免許の取得は受験が終わってからと決めている。親にも友人達にもそう宣言していたことを最初は少しばかり悔やんだけれど、ハンドルを握る雅善をのんびり観察するのも楽しいので、もう暫くはこの状態に甘んじて居ようと美里は思う。
 互いの家に行き来することも、街中を並んで歩くことも、今はまだ出来ないけれど。来年の春、桜が咲く頃にはそれらの夢も叶うだろう。
 美里が近づくのに気付いて口の端を持ち上げる雅善に、自分も同じように笑いかけてから、残りの距離を急いだ。

<END No.3>

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