トキメキ6話 来訪

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 部屋を汚されたといっても場所がフローリングの床だったおかげでそんなに苦労はしなかったし、その後の神崎の動揺ぶりの原因の一端は、やはり自分にもあるような気がしていた。だから遠井は神崎に対して怒ってはいなかったが、それをいちいち説明するのが面倒だったのは確かだ。
 酔って吐かれたくらいのことさっさと許してやれよ、なんておよそ見当違いの言葉を投げかけられたのに対して、ビールを箱で持って謝りに来たら許してやってもいい、と答えたのは、その場の乗りに合わせた軽い気持ちからでしかない。だから、本当にビールの箱を担いで神崎がやってくるなんてことは、チラリとも考えたりしなかった。そもそも、今の神崎が自分を訪ねてくるなんてこと自体、ありえないと思っていた節がある。
 なのに玄関のドアを開けた先、どこか思い詰めた表情で立つ神崎の足元には見覚えのある箱がドカンと置かれていた。そして、スミマセンでしたの言葉と共に、神崎の頭が深々と下げられる。
 きっと、遠井が軽い気持ちでこぼした言葉を誰かから聞いて、慌てて飛んで来たのだろう。あんな態度をとってはいても、やはり、遠井を怒らせたいわけではないのだ。そう思うと、どこか安心した気持ちが湧いた。
「多分、お前がソレ持って来た理由がわかるから、一応言っとく。お前が吐いた件に対して、俺は別に怒ってないよ」
「それは、わかって、ます。でも、酔って迷惑掛けたのも、色々お世話になったのも、それに対して謝罪も御礼も言ってなかったのも、事実だから。遅くなりましたけど、本当に、お世話になりました。どうもありがとうございましたっ」
 そこまで一気に言い切ると、神崎はずっと下げ続けたままだった頭をようやくあげる。当然目が合ったけれど、どこか耐えるような仕草を滲ませながらも、逸らそうとはしなかった。
「うん。どういたしまして」
 遠井はそう告げながら、そんな神崎を少しばかり観察した。何かしらの覚悟を決めて来たのなら、ここ暫く続いた不調に関して話し合う気があるのか、今後どうするつもりなのか、それを問うてもいいのだろうか。
「で、話はそれだけ? それとも、ようやく俺と話し合う気になったって言うなら、ついでにソレ、部屋まで運んで欲しいんだけど」
「あ、はい、もちろん運びます」
 いささかためらいの残る遠井の言葉に、けれど神崎はためらいのない声で答えて、足元の箱を持ち上げた。
 何を言われるのか、どう、応えればいいのか。
 そんな迷いが遠井の中にも小さく芽生えていたが、現状のままでいいわけがないこともわかりきっている。神崎だって、そう思うからこそ、こうして訪ねてきたのだろう。
 神崎をリビングへと招きいれた遠井は、ソファへと腰掛けるよう促してからコーヒーメーカーに豆をセットする。背中に感じる視線を気にしないようにしながらカップを用意し、暇を持て余すついでにお茶受を探した。コーヒーの香りが部屋に漂いだす中、冷蔵庫に食べかけのアーモンドチョコを見つけて、それをザラリと小皿の上にあける。そうして遠井がコーヒーを用意する間、二人の間に会話はなかった。
「どうぞ」
 コーヒーとお茶請けを運び、ようやく口を開いても、出てくる言葉はその程度で、神崎も短く、頂きますとだけ告げてカップを口元へ運ぶ。逃げ出したくて怯えている、というような状態には思えなかったが、なんと切り出そうか迷うように、視線がチラチラと遠井の顔を行き来していた。
 やはりキッカケは自分から与えるべきかもしれない。コーヒーを一口飲み込んだ後、遠井はゆっくりとカップをテーブルの上へ戻す。
「単刀直入に聞くけど、やっぱり俺を好きなのか?」
 言った途端、目の前の神崎がブホッという音を立ててコーヒーを吹き出した。慌ててティッシュの箱を神崎へ放り、遠井はキッチンへ布巾を取りに行く。
「すみません……」
 テーブルの上を拭いていると、いまだゲホゲホと咽る音と共に、謝罪の言葉が落ちた。
「突然あんなこと聞いた俺も悪かったよ。けど、一番の核心はそれだと思ってるんだが、違うか?」
 手を止めて、神崎と向き合い、再度問う。ソファに腰掛ける神崎の顔は、床に膝をつく遠井よりも高い位置にあり、自然見上げる形になった。
「違うか、って、……だって、好きって、そんな……」
「意識してたろう?」
「それは、……はい。でも、」
「あの日の朝、あんな風に目が覚めて、ビックリしたんだよな? そのドキドキを、恋と勘違いしたんじゃないのか?」
 幾分問い詰めるような口調になってしまったかもしれない。神崎は瞳を揺らしながらも、その目を遠井から逸らしてしまわぬよう、懸命に唇を噛み締め耐えている。つい指を伸ばしてしまったのは、今にも血が滲みそうな唇を心配してのものだったが、指が触れた瞬間、神崎はビクリと大きく肩を跳ねて遠井の手を払いのけた。
「あっ……」
「いや、今のは俺が悪い。悪かった。お前を責めてるわけじゃないんだ、ただ、」
「俺、は……」
 震える唇から、震える声が搾り出されて来て、遠井は更に続けようとしていた言い訳を飲み込んだ。どうしたって見詰めてしまう神崎の瞳は、ユラユラと頼りなげに揺れてはいたが、さすがに泣き出す気配はない。
「俺も、勘違いだって、思うんです。ハルさんは俺を誰かと間違えて抱きしめただけで、それにドキドキする必要なんてないし、意識するのは可笑しいって。でも、」
「ちょっと待った」
 今度は遠井が、神崎の言葉を途中で止めてしまった。どうしても聞き流せない言葉が、神崎の口からこぼれてきたからだ。
「今、抱きしめたって言ったか?」
 神崎は黙ったまま、肯定を示すように頷いてみせる。
「いつ!?」
「あの日の、朝、です。多分、ハルさん、寝ぼけてました。起きあがってた俺を、まだ起きるには早いって言って、ひっぱり戻したんです。その、腕の中に」
 その時の事を思い返しているのか、神崎の頬が少しばかり赤く染まった。
「スマン、覚えて、ない」
「いいです。わかってます。だから、俺も、これは勘違いで、間違いだって。何度も、言い聞かせたのに、でも、ダメで。ハルさんの顔見ると、どうしても思い出しちゃって、ドキドキして、どうしていいかわからなくなる。あの日みたいに、また、ハルさんを突き飛ばして逃げたくなるんです」
 ごめんなさい、と神崎は言った。こんな気持ちは絶対に可笑しい。意識しすぎてて、こんな自分は気味が悪いだろうと、申し訳なさそうに続ける。
「ハルさんのことは、チームの先輩として、凄く頼りにしてるし好きですけど、でも、それだけです。それだけじゃなきゃ、いけないのに……」
 ほとほと困り果てたという顔は、それでも遠井を意識せずにはいられないと訴えていた。そんな神崎を前に、いいよ、と言ってやりたい衝動が遠井を襲う。

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