「嬉しいよ」
耳に届く声は甘やかで優しい。演技には思えなかったし、そこまで器用だとも思っていないし、つまりきっと、本心からの言葉と笑顔なんだろう。そうわかっているのに、心のどこかが嘘だと思っている。嬉しいはずがないと思っている。
「嘘つき」
ほろりと口から零してしまった本音に、相手は肩を竦めながら、言われると思ったと言って苦笑した。
「で、どうしたら嘘じゃないって信じられる?」
「嘘だって認めるわけじゃないんだ?」
「認めないよ。だって嘘じゃないし」
嬉しいよと繰り返す声も顔もやっぱり優しいから、ぐらぐらと頭が揺すられる気がする。信じたくて、でも信じるのは怖くて、そんなはずないと否定する自身の声が頭の中に響いた。
「でも、俺が望む通りの反応をしてくれてるだけ、でしょ」
「そう思われたくないから絶対とは言わない、って予防線を張った。ってとこまで全部晒してあげたのにそれ言う?」
「だって好きになりたいなんて言われて、困らないはずないから」
「それってどこ情報よ」
好かれて困るなんて言ったことは絶対にないと言い切って、なのになぜ、困るはずだと確信しているのかを問われる。
「誰かに何か言われた?」
「言われてない」
「好かれて困るなんて絶対言ってないとは言ったけど、そう誤解するような何かを俺が言った?」
「言われては、ない」
「じゃあ言葉じゃなくて態度か」
どんな態度からそう思った、と少しずつ踏み込んでこようとする相手に、違うそうじゃないと首を振って否定した。
「困るとは言われてないよ。けど、好きになれとも、なって欲しいとも、言われてない」
「そりゃ言えないだろ。っていうか、それで……あぁ……」
直接困るとは言われなくても、好きだと思いながらもその相手に想いを請わなかったのは、好かれたら困るせいだろう。そんなこちらの推測混じりの理由で、どうやら納得できたらしい。
相手の勢いが目に見えて萎んだ。酷く気落ちした様子で項垂れて、頭が痛むのか額に手を押し当てている。
ほら、信じなくて良かった。そんな相手の姿を見ながら、自分は正しかったと安堵しているはずなのに、胸の中は重く淀んだままで苦しい。
もやもやとした気持ちを抱え、それをどうすることも出来ないままぼんやりと見つめ続ける先で、相手がやがて大きく息を吐く。俯いていた頭を上げて、こちらを真っ直ぐに見つめる顔は真剣だった。
「誤解させたのは、謝る」
「誤解?」
相手は真剣なのに、対するこちらはぼんやりとしたままだった。だいぶ投げやりな気持ちで、もうどうでも良かった、が正しい気もする。
「好かれたら困ると、思わせてたことだよ」
「まだ、誤解だって、言うんだ」
「そりゃ言うよ。お前が俺を好きだって言ってくれるのは、困るどころか嬉しいんだから」
「なんでそんな事言うの」
「事実だからだ」
「じゃなくて。なんで今さらそんなこと言うの、って事だよ」
もっと早く知りたかった。抱かれる前に好きになっていたかった。礼として差し出せるものは、彼が唯一はっきりと求めてきたハグ以外では、この体くらいしかないと思っていたのだ。嬉しいなんて言われたら、張り切って彼への想いを育てたはずだ。そうして育てた好きを、彼に抱かれながら、差し出すことが出来たかも知れない。
それが出来ていたら、好きだと返らない相手を抱かせずに済んだのに。苦しいばかりだったなんて言われるセックスを、彼にさせずに済んだのに。
そんな気持ちがどうしようもなく溢れて、涙になってこぼれ落ちていった。
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