先方に上長とともに頭を下げ、なんとか事なきを得て今日はそのまま直帰となった際、飲みに行くかと誘ってくれたのは相手の方だ。尊敬していたし、もっと言うなら憧れの人と二人きりで飲みに行く、という状況に一気にテンションがあがる。
ちょうど近くにいつか行ってみたいと思っていた店があったから、その店でもいいかと問えば、あっさり良いよと返ってきたのも嬉しい。そういうの良くわからないから君に任せるよ、と言われたのも、後半の君に任せるという部分だけを拾って浮かれていたのだと思う。
評判の良さそうな店だったからそこそこ期待していたのだが、店の雰囲気も料理も期待以上だった上に同席者が憧れの人だったものだから、少々飲みすぎたかも知れないし、浮かれてあれこれ口が滑ったのかも知れない。
あれもこれも美味い最高とはしゃいで、更には「このために生きてた」って口癖をこぼせば、相手が少し驚いた様子で大げさ過ぎないかと言う。自分にとっては全然大げさでも何でもなく、楽しいことや嬉しいことに出会うたび、このために生きてきたとか、このために毎日仕事を頑張ってるんだなどを、当たり前に思うのだけれど。
そういうの無いんですかって聞いたら、即答で無いねと諦めきった顔で言われた。
びっくりしすぎてアレコレ突っ込んで聞いてしまったけれど、本当に、趣味だとか家族だとか恋人だとか生きがいらしいものが何もないらしい。一緒に美味いと言って食べていた目の前の料理すら、美味いと思う感覚はあるけれど、それを得るために仕事を頑張ろうだとか遠方まで食べに出かけようなどと思う事はまるで無いという。
「そういう人は仕事が生きがいなのかと思ってましたけど、でもそれもないんですよね?」
「ないない。自分に割り振られた役割上必要な作業やらを淡々と消化してるだけの日々だね。きっと死ぬまで、そういうのを繰り返すだけの人生だよ」
「うーわー……マジ、っすか」
「そう。ガッカリした?」
それなりに買ってくれてただろと言われて、こちらが尊敬の念やらを抱いているのは相手にも伝わっているらしい。
「ガッカリ……いやどうだろう。ガッカリというか、いやでもやっぱ、やる気ないのに成果出してるのは逆に凄いような気がすると言うか」
「やる気がないとは言ってない。適当にやってるわけじゃないし、効率よくこなせるよう頭使うことはしてる。考えた通りに物事が進めばそれなりに嬉しいとは思うよ。ただ、仕事をすることが、会社に何がしかの利益を生むことが、自分が生きている意味になんかならないってだけで」
「何か趣味作るとか」
「昔はもうちょっと色々手を出してみたりしたけど、結局表面だけ撫でて満足して飽きちゃうんだよ。もっと深く知りたい、関わりたいって欲求が湧くようなものには出会えなかったし、そういうのが続くと、やってみようかって思う気持ちすら削ぐようになるんだよな」
「恋人、作るとか」
「彼女がいたことが無いわけじゃないけど、昔っから割とこんなで、つまんないらしくてすぐフラレるんだよ。で、だんだんそういうのも面倒になって、もういいかなと」
子供が欲しいとか思わないのかと聞けば、それも無いなと即答された。
「確かに子供が生きがいとかよく聞くけど、それ目的に作るなんてのはあまりに博打がすぎるだろ。もし生まれてきた子供が生きがいに思えなかったらと思うと逆に怖くないか?」
最低でも二人の人間を自分のエゴで不幸にする、と言うので、なんで二人なんだろうと思う。
「一人は生まれてくる子供ですよね? もう一人って誰です?」
「俺の子を産む人。子供が生きがいになればその子供の母親として大事にできる可能性はあるけど、そうならなかった場合は悲惨だろ。というかまず、子供の母親としてなら大事にできる、という思考が大半の女性にとっては大問題だろ」
「そういう認識はしっかりしてんですね」
「そういうとこが嫌われんだけどね。だからまぁ、君みたいなの見てると、面白いと同時に少し羨ましいとも思うよ」
人生楽しそうでと言われて、とっさに、めちゃくちゃ楽しいですよと笑ってしまったのが、正解だったのかどうかはわからない。
「えー、てか、人生そんなつまんないなら、俺が少し分けてあげたいくらいなんですけど」
「あー、いいなそれ。俺に分けてよ。君が人生楽しいって思う気持ちがわかったら、俺も少しは自分で自分の人生楽しませられるかも知れないし」
「あれ、それもしかしてちょっといい傾向なんじゃありません?」
「何が?」
「さっき、もっと深く知りたい、関わりたいって欲求が湧くようなものに出会えなかったって」
「ん? 君の観察を趣味にしろって?」
「どうすか。もしくは俺と恋人でもやってみるとか?」
「俺と付き合ってもつまんないぞ?」
「それを決めるのは俺です。あ、でも、俺につまんない男だってフラレるのが古傷えぐるならやめときましょうか」
「ふる気まんまんか。でも君の観察を趣味にするよか、恋人でもやったほうがまだ多少は刺激的かもなぁ」
多分お互いに相当酔っていたのだ。じゃあ今度デートしましょうよという提案に、デートプランそっちに丸投げでいいならいいよと返されて、上長との交際が決定した。
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