※ 視点変更しています。
古今東西、酔っぱらいは面倒くさい。わかっているのにセーブさせずに飲ませたのは、学生でいるうちに、酔った時の状態や自身の許容量を知っておくべきだと思っているからだ。
まぁ、酔ったところが見てみたい下心が皆無だったわけでもないけれど。結果、こいつが泥酔姿を見せる最初の相手に選ばれたであろうことに、かなり安堵しても居るけれど。
「抱っこぉ」
タクシーで隣り合って座っているときからずっとしなだれかかっていた体を引きずり出し、グデグデになって力の入っていない体をどうにか支えてやれば、甘えた声が耳をくすぐる。内容から察するに、タクシーを降りた、という認識はあるんだろう。
「無茶言うんじゃねぇよ。あとちょっとだから頑張って歩け」
「ケチぃ。なんのためのジム通いだよぉ」
「健康維持のためだよ。おっさん舐めんな。てかほら、足出せ足」
えー、と不満げな相手を励ましつつどうにか自宅まで連れ帰るが、歩いているうちに多少酔いが冷めたのかも知れない。
寝室に放り込んで終わりかと思いきや、水が飲みたいだの歯を磨きたいだのシャワーを浴びたいだの寝間着に着替えたいだの、やたらと注文が多い。しかも酔いがさめたとはいっても、依然として体に力は入らない様子で、気を抜くとすぐに座り込んでしまう。
「歯ぁ磨き終わったのか?」
ちょっと目を離した隙に洗面台の前で崩れていた相手に声をかければ、うつむいていた頭がゆっくりと持ち上がり、酔ってとろりと濁った目が見つめてくる。
「終わった?」
再度繰り返し問えば、やっと、「うん」と短な肯定が返った。その手にも口にも歯ブラシは無いので、どちらかというと、どのていど意識があるかの確認だ。
「お前、さすがにシャワーは無理だろ、これじゃ」
隣にしゃがみこんで、諦めて着替えなと手の中の部屋着を押し付ける。
「歯ブラシと違って新品予備とかねぇけど、洗濯はしてあるから」
「いれてよ」
「なんだって?」
「しゃわー、浴びたい」
どうやらこの、まともに自立もままならない酔っぱらいを、風呂場に連れ込んであれこれ洗えと言っているらしい。
「だぁから、無理だっつうの。明日の朝でいいだろ」
「やだ」
「やだじゃない」
こんな場所で酔っ払い相手に問答を続けても無駄だ。もう充分すぎるほどに譲歩している。
「さっさと着替えろ。でもって寝ろ」
「じゃ、きがえ」
「そこにあるだろ」
「ちがう」
脱がせて、と続いた言葉に、今更やっと気づく。ああこれ、もしかしなくても誘われてるのか。
そういう欲求、あったんだな。という若干失礼な驚きもある。
ただまぁ、気付いたところで、その誘いに乗れるわけがないんだけども。
「お前ね、友達と飲んで酔っ払って、こんなワガママ放題できると思うなよ」
諦めのため息をわかりやすく吐き出してから、相手の服に手をかけた。
「しないし」
「そう思ってても、若いうちはうっかり飲みすぎて醜態晒すもんなんだって」
「相手くらい、えらんでる」
「今後もぜひ、そうしてくれ」
ためらいなく次々相手の服を剥ぎ取って、持ってきた部屋着を着せていく。相手の思惑が見えてしまったら、妙に気持ちが凪いでいた。
「もちょっとやさしく、できないの」
雑だといいたげな不満が漏れたが、贅沢言ってんじゃないよ、という気持ちしかわかないことにどこか安堵しても居る。
「する気がないの」
「なんで?」
「お前が誤解しちゃうから」
「ごかい、じゃない」
好きなくせにと続いた言葉に、今度は、気づかれてたのか、と思う。まぁ一回りも年齢が違う独り身のおっさんが、いくら友人の甥っ子とは言え、大した用もないのにわざわざ声を掛けて引っ張り回していたら、気づかれても当然かも知れないが。
「ねぇ、だっこ」
着替えを終えさせ、さあ立てと促す前に、またしてもそんな要求が投げられる。たださっきよりは甘えた気配が少なくて、どことなく、試されているような気配がある。
再度、大きく諦めのため息を吐き出して、相手の体の下に手を差し込んだ。顔が近づくその先で、相手が驚いたように目を瞠るのが見えた。
「落とされたくなきゃしっかり捕まって」
促せば、おずおずと肩に添えられていた手が、ぎゅっと首に巻き付いてくる。
「ん、ふふっ、姫抱き」
驚いた顔を見せていたくせに、抱き上げて歩き出せば、腕の中で楽しげな声が揺れた。随分酔いは醒めて見えたが、それでもやっぱりまだしっかり酔ってんだよなぁ、と思ってしまうくらいには、普段の彼からは全く想像できない振る舞いだった。
「ほら、着いたぞ。余計なこと考えずに大人しく寝ろよ。って、おい?」
寝室までの短な距離を移動して、ベッドの上に抱えた荷物を下ろすが、腕に抱えていた体が離れていかない。首に巻き付いたままの腕に、引き止めるための力が込められているからだ。
「しないの」
「何をだよ」
言ってから、しまった、と思ったがもう遅い。
「エロい、こと」
とうとう、決定的な単語を引き出して、誘わせてしまった。気づかないふりで応じないのと違って、これに断りを入れるのは少々心苦しいものがある。
「しません」
「据え膳、だよ?」
「酔っぱらいの戯言は据え膳にゃならねぇよ」
「いくじなし」
「意気地の問題じゃなくて、こういうのは大人のけじめっつうんだよ」
ほら放せと再度促すが、更に腕に力がこもる。
「叔父さんの代わり、でもいい、けど」
ためらいがちに囁かれた言葉には、さすがに驚きが強すぎた。どこまで知ってるんだ、という疑惑が頭をよぎったけれど、あいつが自ら教えたとは思いにくいし、教えたなら教えたで連絡くらい来るだろう。
「やっぱただの意気地なし、だよ」
首に回っていた腕がするっと外れて、相手はさっさと布団の中に潜り込むと、こちらに背を向けてしまう。突然の拒絶に小さな諦めの息を吐きだして、そっと寝室を抜け出した。
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