親切なお隣さん11

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 あからさまに落ち込んだ様子の相手を前に、どうすりゃいいんだ、と思う。
 結婚なんて誰相手にも考えたことがない。それどころか、誰かとお付き合いしたことすらないのに。
 だって自分と付き合ったって、楽しいことも面白いこともきっとない。目当てはきっと別のところにある。というか弟に近づくための足がかりにされるだけだろう。
 親からもさんざん警告されたし、ずっとそんな疑心暗鬼の中で過ごしていたから、実家にいた頃は人と親しくなりすぎるのをなるべく避けてすらいた。
 この人は弟のことなんて何も知らないのに。でもこの先も何も知らないままとは限らない。自分から言わなくたって、知られてしまう可能性はゼロじゃない。
 存在を知られるだけならまだしも、もしもこの人と弟が出会ってしまったら。恋人です、とか、パートナーです、なんてのをあの弟に知られてしまったら。
 親同様、弟だって兄の大学進学を不快に思っているのは明白だ。彼は我が家に君臨する王様だから、兄が自分のために働かないことに多分かなり苛立っている。ここ数年の彼の不調を自分のせいだと驕る気はないが、全く無関係でもないんだろう。
 祖父という防波堤が崩れたこの先、もう、守ってくれる人はいないのに。この人を我が家の歪みに巻き込みたくはなかった。
 お隣さんに向かう好意はあるし、この人にご飯を作り続けたいなって気持ちや、パパ活してくれないかなと思う気持ちもあるし、それが恋愛感情と呼ばれるものと言えるのかは良くわからなくても、結婚したいほど好きって言ってもらえたのは、多分間違いなく嬉しい。家族のことがなければ、この人との未来を検討するくらいはしてたと思う。
「君に、恋愛する気持ちの余裕も、金銭的余裕も、ないのは知ってる」
 アレコレぐるぐる考えて黙ってしまえば、顔を上げないまま、相手がとうとう話し出す。
「おれの厚意をただの善意って思ってて、君を好きって気持ちを隠してたつもりはないどころか、そこそこあからさまにしててさえ、大家さんとか同様に、御飯作ってくれるから感謝してるくらいの感覚で受け止められてたのも知ってる。君からすれば、御飯作るのは食費負担が第一の目的だってのもわかってるし、簡易的なパパ活みたいなものだってのもわかってる。でももっとおれからお金を引き出せないか、みたいな様子が全然ないし、さっきなんて、お金関係なくおれとエロいことしたい、みたいに言われて、その、思わず期待、した」
 口を挟むことなく、というよりも何も言えないまま聞き続けてしまったら、最後、困らせてごめんと謝られてしまった。
「あー……その、びっくりはしたけど、嬉しかった、すよ」
 嬉しいの単語に反応して、バッと顔が上がったのが可笑しくて、少しだけ笑ってしまう。笑われて気まずそうな顔になったけれど、でも探るみたいな視線はこちらを向いたままだったから、本当に、と付け加えておく。
「なら、」
「けど検討は無理っす」
「そ、そっか」
「はい。すみません」
「いや……というか、おれがなにか変われば、検討してくれたりする? それとも、おれが何しても、おれと付き合うのは無理そう?」
 未練がましくてごめん、と言ったあと、でも聞いておきたいと食い下がられて、小さく息を吐いた。どう考えても無理なんだけど、はっきり無理って言ってしまうのが、自分自身嫌だった。
 だって、この人との未来なんていう幸せそうな夢を、自分の手で潰さなきゃいけないのは苦しい。潰したくない。夢だけでいいから、もうちょっと見続けていたい。
「なんかあるんだ?」
 期待の滲む声に首を横に振ったけれど、でもやっぱり無理だとは言えなかった。
「もしかして、このオンボロアパートから引っ越ししたくないこっちの希望は飲みたくない的な……?」
 だから言えないの? と見当違いにもほどがあることを言い出すから、さすがに慌てて否定の声を上げる。
「ち、違っ」
「うんまぁ、本気でそう思ってたわけじゃないけどさ」
 ふふっと笑われて、凄い深刻な顔してるからつい、なんていう、言い訳なのか良くわからないような言葉が続いた。
「家族絡みの何か、なんだね」
 落ち着いた穏やかな声に、なぜか泣きたいような気持ちになる。
「なんで……」
 こぼれた声は小さく震えてしまった。

続きました→

 
 
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