親切なお隣さん20

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 思わず額を押さえてうなだれてしまったが、弟の視線が刺さって顔を上げる。
「なんだよ」
「別に……つか兄貴、戻ってくるんだよな?」
「昼間父さんにも言ったけど、学費の目処は立ってる」
「それは俺もアイツに聞いた。奨学金? 借りれるんだろ」
 どうやら弟も、お隣さん経由で聞いていたらしい。
「じゃあわかってるだろ。戻らねぇよ」
「すぐにって話じゃなくて。卒業後の話」
「いや、戻るつもり無いけど」
「なんで?」
「なんで、ってこっちで就職したいから」
 流れ的に、実家に戻りたくないって気づけよと思いつつも、そこに言及されてしまうと、最終的には「お前に稼いだ金を吸われる生活が嫌だ」って話になってしまいそうで一応避けた。
 どうせ、実家の金銭面の実情を全く認識してない弟に言っても信じないだろうし。
 惜しみなく金を注ぎ、応援に駆けつけ、外から人を雇って家の中の掃除を頼み、自炊せずに通販を多用している親が、実は金に困っている。なんて言っても、信じられないのは当然だとは思うけども。
 ただそんな言い方を選んだせいで、ここに拘りがあると思われてしまったのは失敗だった。いやまぁ、今となってはそっちの比重のが大きい気もするし、むしろあの発言は、とっさに本音が出ただけだったのかも知れない。
「まさかアイツのせいじゃないだろうな」
「アイツのせいってなんだよ」
「金のために媚びてるんじゃなくて、惚れてるとか言わないよな?」
「好きじゃなきゃ続けないだろこんなこと。てかキスしてんの見ただろ。むしろあれ見てまだ、金のために媚びてるって発想になるお前のがヤバくない?」
 お前好きでもないやつとキスすんの? と聞いたら、ひときわキツく睨まれてしまう。
「マジか」
 思わずそうこぼれてしまったのは、弟には好きでもない相手とキスした経験があるのだと、気づいてしまったせいだ。
「まぁお前、無駄に愛想いいもんな」
「うるせぇ、兄貴に何がわかるってんだよ」
「いや何もわかんないけど。でもわかる必要もないっつうか、お前がそれでいいなら好きにすればとしか」
 なんせ自分だってパパ活経験者だ。好きでもない、それどころか初対面の相手と、キス以上のことだってしている。
 だからこれは、自分ならこういう反応が有り難い、という意味合いが強かった。わかってくれる必要はないし、どうこう言われたくもない。
「あ、でも、一応聞いとくか。お前のその選択に、俺は関係してないよな?」
「なんだそれ」
「お前が俺のために身を張るとか絶対ないって思うから、聞くだけ無駄って気もするけど。でももし、キスさせなきゃお前の兄貴ボコボコにしてやる、とか言われて仕方なく応じた、とかならお前が俺に向かって怒るのも理解できるなと」
 俺が一切関係ないのに理解しろって怒ってんならただの八つ当たりだろ、と指摘してやれば、弟は嫌そうに口を噤んだ。
「兄貴、変わったよな。それもアイツのせい? アイツに惚れたから、俺のことどうでも良くなった?」
「俺がお前に強気であれこれ言えるのは、ここが実家じゃないからだよ。家じゃお前と言い合いになった段階で、どんな理由だろうと俺が悪者じゃん。まぁそれ言ったら、お隣さんがお前の味方につかなかったから、ってのは確かに大きいな」
 ついでに、ずっと気になっていた、なぜお隣さんに愛想を振りまかなかったかを聞いてみた。
「お前なら、いつもみたいに愛想振りまいて、俺が帰ってくる前にお隣さんを自分に夢中にさせてるかと思ってた」
「俺をただ遊びに来た弟だと思ってるだけの貧乏人に、愛想振りまく理由ないだろ。まさか兄貴と出来てるとか思ってなかったし」
 出来てはいない。けど、付き合ってるわけじゃないとか、恋人じゃないとか、言ったら面倒なことになりそうで、そこはあえてスルーした。
「俺の帰りを寒い中待たずに済んだのに、有り難いとか思わなかったの?」
「むしろあの距離感、キモい以外ある?」
 兄貴と付き合ってるってわかったあとでも結構無理、とまで続いた言葉に、思わず苦笑が漏れた。
「あー……」
 出会った最初、相手に向かって「アンタ頭大丈夫?」と繰り返し言った記憶がよみがえる。

続きました→

 
 
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