飲みに行こうなんて誘われたら、居酒屋とかバーとかに連れて行かれるものだと思うだろう。
どこに住んでるか聞かれて答えれば、方向一緒で良かったと言われて数駅移動した先の相手の最寄り駅で降りるよう促され、迷いなく進んでいく相手の半歩後ろを歩くことほんの数分。こっち、と言って相手がマンションの入口を抜けていくのを慌てて引き止めた。
「ちょ、待って下さい」
「何?」
「なに、って、飲みに行くんですよね?」
この上に相手の住む部屋があるのだとして、自宅近くで飲みたいというならそれでもいい。けれど、1階には複数店舗が入っていて営業している飲食店だってあるのだから、それらを素通りでマンションそのものへ入っていこうとするのはどういうことなのか。
「荷物置きたいとか、もっとラフな服で飲みに行きたいとかなら、先店入って待ってますから」
「いや、宅飲み」
「なんで!?」
「なんで、って」
人に聞かれたくない話題がメインになるだろうからと言われてしまえばそうなんだけれど。
「いきなり宅飲みとかハードル高くないすか。てかたいして知りもしない男を、よく自宅に入れようなんて思えますね」
「いや、そこそこ知ってる男だし。俺がここ住んでんの知ってるやつ多いし。家入れたからって襲われる心配もなさそうだし?」
「そりゃ、そんなことしませんけど」
だろ、と応じる相手は楽しげに笑いながら、酒もつまみもそれなりに揃ってるから寄っていけよと誘う。
「外で飲むより安く済むし、ダラダラ飲めるし、繰り返しになるけど、人目やらを気にしなくていいのは絶対楽だぞ」
同じ指向のヤツに相談したいことがあるんだろと、昼間のやりとりを持ち出されてしまうと断りにくい。相手はこちらのお願いを聞いてくれるだけでなく、安心して話ができる場所まで提供しようとしてくれている。
「じゃあ、お邪魔します」
結局そう伝えて相手宅へ向かったものの、部屋にお邪魔してからもそうすんなりと飲み会が開始されはしなかった。
だって、宅飲みだっていうのに途中で何も買ってこなかったことに気づいてなくて、つまみを用意する時間が必要だなんてこと、全く考えていなかった。というか相手がつまみを作る気だなんて、想定外すぎた。
当然、相手宅で飲むからと言って、泊まるつもりなんかも欠片だってなかった。
明日は休みだし、相手が自宅で寛いで飲みたいというのを止める気はないけれど、自分まで部屋着を借りて着替える必要は感じない。少し話を聞かせてもらって、遅くなる前には帰るつもり満々だった。
なのにそれもなんだかんだと押し切られて、シャワーも借りたし、寝間着代わりのラフな部屋着に着替える羽目にもなっている。
そうしてリビングに戻ったときには、テーブルの上には何やら色々と並んでいた。
「え、凄っ」
「缶詰とかレトルトとか開けてレンチンがメインだから」
たいしたことしてないよと言われたけれど、充分「たいしたこと」だと思う。だって皿に移されているし、葉物野菜が追加されたりで彩りもいい。
「こんな宅飲み経験ないんすけど」
コンビニとかスーパーの惣菜をそのまま出すのが当たり前で、皿に移し替える手間を掛けるような友人は一人も居なかった。基本茶色いばっかりで、彩りを添えるなんて発想もなかった。ついでに言うなら、つまみはスナック菓子オンリーなんてこともそこそこあったような気がする。
言えば、そういうのが楽しいのは人数居るときじゃない? と返されて、そういや誰かと二人きりで宅飲みという経験が初めてなのだと気づいた。自分の性指向を自覚したのは酒が飲めるようになる前だったからだ。
みんなに混ざってワイワイするのは可能でも、個人的に仲良い友人、というのを作るのが苦手になった。
だってきっと、好きになってしまう。最初からわかりきっている、叶わぬ恋、ってのを抱えてしまう。
「先に始めててもいいけど、俺が戻る前に酔っ払うのはなしな」
そう声がかかって、慌てて意識を相手に向ける。
「いや待ってます。あ、急ぐ必要もないっすから」
「じゃあ、相談したいことでもまとめといて」
何を考えていたのか、顔にでも出ていただろうか。そうしますと頷けば、相手もシャワーを浴びるためにリビングを出ていった。
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