ただいま、と言って雇い主が部屋に入ってきたのは夕方だった。
「あれ? 早くね?」
雇い主の寝室となった際に設置された時計を、思わず二人して確認してしまう。
「発情が始まってたらまずいと思って急いだ」
ベッドとある程度距離をおいた椅子に腰掛ける自分を見ながら、大丈夫そうだなと頷いている。
「まだもう少し平気そうなら、先に食事を摂っておこうか」
「わかった、です」
頷いてエネルギーバーを取りに行っている間、ベッドへ近寄っていった雇い主がニンゲンにただいまのキスを与えているのが目の端に映っていた。
「今夜のうちには始まるはずだから、お前の夕飯は少しお預けだ」
「全然オッケー。てか俺はここで待機でいいのか?」
食べなくても一緒の席には着こうかと言われて、エネルギーバーにして本当に良かったと思う。
「そういや食事するとこなんか初めてみるな。てかお前らの食事ってこれが普通?」
一緒にテーブルまでやってきたニンゲンが、皿の上に盛られたエネルギーバーを不思議そうに見ている。
「匂い少ない、選んだ。近くいる、大丈夫か?」
「あー、うん。美味しそうとはとても思えない匂いがほのかにしてるのはわかる。けどまぁ、これくらいならダイジョブそう」
「良かった」
「お前の機転には本当に助かってるよ」
その後は、普段自分たちがどんなものを食べているかを説明しながら、手早くカロリー摂取を済ませていく。
保護してここへ連れてきた初期に出していたスープの具材が、自分たちがよく口にする基本の食材だ。と教えれば、どうやら記憶に残っていたようで顔をしかめられてしまう。
「見た目すごかったけど、味に関してはわかんないんだよな。結局好物ですら食べれなくなってたわけだし、元の体だったら、見た目はともかく味はいい、とかなってた可能性あるかな?」
「可能性はあるんじゃないか。人間界から取り寄せた食材は普通に美味しくいただいたからな。不味いとも飛び抜けて美味いとも思わなかったから、こちらの食材と味にそこまでの差はない気がする」
「食ったの?」
「お前が食べれないからといって、廃棄するのはもったいないだろう」
「俺も食べた。美味しかった」
雇い主はこちらの食材と大差ないと言っているが、ここの食材より明らかに美味しいと思ったものも中にはあった。特に好物だと言っていた果実類は、なるほどと思う美味しさだった。
「さて、そろそろベッドへ移動しようか」
「の前に、お前らちゃんと口濯いで。そのままキスされんの、さすがにちょっと抵抗ある」
「あ、歯磨きセット、ある」
「あるのか!?」
驚いたのは雇い主の方で、確かにリストには載ってなかった。
エネルギーバーへの変更は相手も一緒に食べるものだし許可を取ったが、その他の追加物品はわざわざ確認を取っていない。
「必要、ちょっとでもありそうなの、色々追加した」
発情中は体力を使うからカロリー摂取は推奨されているし、見合いの場では食事量なども当然チェックされるし、食事も摂れないほど熱中してるとなれば監視の目が厳しくなるらしいとは聞いている。場合によっては危険とみなされ中断されるとも。
ただ、一人で処理する場合は食事なんかとらないでひたすら自慰にふける、というタイプもかなり多いらしい。というか自身も、一人の時は腹が減ったら食べるくらいの感覚だった。
パートナー持ちはパートナーによるようで、見合いと違って監視の目があるわけじゃないから、一人で処理するのと同じようにひたすらヤりまくるペアもいる。というか割とその傾向が強いと聞いたことがある。
つまり繁殖期とは、かろうじてカロリー摂取はするものの、睡眠時間すら相当削るのが普通だし、歯磨きなんて完全に意識の外になる。
まぁ、今朝なりゆきで番登録した相手はパートナーではなく監視官だし、ニンゲンを抱くのは仕事の一環だけど見合いと違って相手は発情してないわけで、繁殖期の常識なんてきっと欠片だって通用しないんだろうけれど。
それがわかっているから、繁殖期の引きこもり用リストにはなかった、ただの引きこもり生活に必要そうなものをあれこれ追加していた。
続きます
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