親切なお隣さん32

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 良かったと笑った相手が腕を広げて見せる。おいでとはっきり言われたわけじゃなかったけど、でもそんな幻聴が聞こえた気がした。
 目があったあと止めてしまっていた足を動かして、残り少しの距離を詰める。相手の前に立てば、嬉しそうな笑顔が見上げてくると同時に腕を引かれて身を寄せた。
 片膝をベッドにつく形で少し前のめりになりながらも、相手の肩を掴んでなんとかバランスを保ったのに、次には腰に腕が回って緩く抱きしめられてしまう。
 体勢がきつい。
「ね、キスして?」
 それでも請われるまま顔を寄せて、チュッチュと何度か軽く唇を触れ合わす。でもすぐにそれだけじゃ物足りなくなる。さっきみたいにもっと深くで触れ合いたい。
 ただ、今度はこちらが舌を伸ばして催促するより先に、相手の舌がチロリと唇を舐めてきた。迎え入れるように唇を解けば、そのまま口内に舌が差し込まれて、チロチロと口の中を舌先がくすぐっていく。
「んっ、ふっ、はぁ」
 やっぱり時々ゾワゾワした快感が走るけれど、でも、さっきみたいに腰がズンと重くなるみたいな痺れはなかった。さっきと何が違うんだろう?
 さっきはなんであんなに痺れるみたいに気持ちよかったんだっけと考えながら、相手の舌を追いかけて絡め取る。もっと深くへと誘うように、吸い上げる。
「っふ……」
 こちらが快感に鼻を鳴らしてしまうのとは違う、笑うみたいな、でもちゃんと快感も滲んだ吐息が漏れて、相手も気持ちがいいなら良かったと思ったのもつかの間。腰に回っていた腕が背中を辿って這い上がってきたかと思うと、頭を抱えられてしまう。
 なんで? と思う頃には、相手の舌に絡んだこちらの舌をズリと強く磨上げられて、ビクッと体が跳ねてしまった。
「んんん゛ん゛ぅっ」
 舌の付け根から上顎の奥の方まで、舐めると言うより擦られる勢いで相手の舌が這って、一気に快感が溜まっていく。さっき以上に腰が甘く痺れて、今すぐにでも射精してしまいたい。
 湧いた欲求に抗うことなく、相手の腹に勃起したちんこを押し付けてしまえば、気付いた相手が服の裾から突っ込んできた片手を添えてくる。だけでなく、すぐにキュッと握られてしまう。
 着てるのは脱衣所のカゴに用意されていた部屋着で、上下に別れていない丈の長いシャツみたいなもので、下着は付けていなかった。つまりは、いきなり剥き出しの勃起ちんぽを握られ擦られて、そんなのされたらイッちゃう、と思ったときにはもう果てていた。実質1分保ったかどうかすら怪しい。
「うっそ……」
 いつの間にか開放されていた口から、信じられない気持ちがこぼれ落ちる。
「嘘って何が?」
 言いながら、トントンと背中を叩いて促されて、結局途中から相手の腿に乗り上げるように崩れ落ちていた体を、どうにかベッドの上へと移動させた。だけでなく、いたたまれなさと恥ずかしさで熱くなった顔を隠すように、うつ伏せに寝転んで顔を枕に押し付ける。
「あっさりイッちゃったの、そんなショックだった?」
「う゛う〜〜」
 宥めるみたいに背中を擦られながらそんなことを言われて、わかってんじゃんと思いながら、とりあえず抗議の気持ちを込めて唸っておいた。
「まぁさっき一度お預けしちゃってたし、それでじゃない? おれは嬉しいばっかりだったから、出来れば早めに復活して欲しいんだけど」
「う゛う〜〜」
 クスクスと笑う気配にもう一度唸ってから、意を決してガバリと起き上がる。
「ん? 復活した?」
「俺もやります」
「え?」
「俺も、アンタをイかせたい」
 さっき部屋でキスしたときは相手もちゃんと反応してたんだから、今だってきっと相手も勃起してるはずだ。そんな気持ちで伸ばした手は払われなかった。
 さっき一度確かめた熱は、間違いなく今もそこにある。だから一度部屋着の上から確かめたあとは、相手がしたのと同じように、服の裾から手を突っ込んだのだけど。
「あ……」
 自分と違って、相手は下着を着用していた。思わず相手の顔を見つめてしまえば、脱がしていいよと笑われてしまう。その笑いは、相手に直接触れたくてがっついてることへなのか、やる気満々で下着を着けずに部屋に戻ったことへなのか。
 まぁ、どっちだっていいけど。とは思うものの、なんだか少し恥ずかしくて、またちょっと顔が熱い。

続きました→

 
 
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親切なお隣さん31

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 そしてあからさまに気を抜いたせいで、相手にも相当気にしていたと思われたらしい。
「もしかしてそれを気にしてた?」
「それ?」
「初めてなのに初めてじゃないみたいな反応しちゃいそう、って」
「まぁそれも多少は。てか俺が初めてなの、やっぱ嬉しいとか思います?」
「そりゃあ素直に嬉しいよ。だって君が実は経験済みですって言うとしたら、それ、高確率でパパ活とかだろ?」
「グゥッ」
 見事すぎる指摘に、言葉が喉に詰まって変な音が鳴った。そんな反応を見せたら、経験あるって言ってるようなものなのに。
 そしてまんまと、パパ活経験済みと認定されたっぽい。
「まぁ君がパパ活したことあっても、おれと出会う前の話なら仕方ないとも思ってるから大丈夫。もっと早く出会いたかったってちょっと悔しい気持ちも沸くけど、早く出会ってたからってそれが阻止できるかもわからないし、そもそも君を同じように好きになってるかもわからないし」
「あんなにパパ活否定してたのに?」
「それは君が金銭的に困ってるなら助けたいと思ってたし思ってるからだよ。だから学費の問題を相談してくれたときは本当に嬉しかった。あと君を明確にお金でどうこうするのは絶対に嫌だったから、牽制の意味合いが大きかったよ」
 おれがパパ活してくれたらいいのにって割と本気で思ってたでしょ? と、疑問符付きだけどやっぱり指摘には違いない言葉が続いて、諦めの境地でハイと返した。
「ちなみに、君がご飯作ってくれるのをパパ活みたいなものって言ったり、おれとパパ活するのがありっぽいお誘いしてこなかったら、おれは自分の中に湧いた君への感情を、恋愛感情とは思わなかった可能性がある。というかその可能性が高い」
 だからまぁ、君が何かしらのパパ活経験済みだったからこそ今があるとも言える、なんて言われて一気に頭の中に疑問符が湧きまくった。
「えっ??? なんで???」
「いやだって、お金払ったらおれとエロいことしてもいいって思ってるんだ、ってのは結構衝撃的だったというか、あれがなかったらそういう対象に考えなかったと思うんだよね」
 じゃあもし、食費以外にもお金出す気があるならエロいサービスも考える、なんて言わなかったら。もしもバイト感覚で手間賃をねだっていたら。好きにはならなかったってことだろうか。
「まるで俺のせいでおれを好きになったみたいな……」
「それはちょっと違う。昔貰った恩を返すのがそもそもの目的だったし、最初は大家さんとかと同じカテゴリに入れてたっていうか、好意を持つのはいいけど恋愛対象にしていい相手ではない認識だったの。それが、君のパパ活発言で、もしかして恋愛対象にしてもいいのかなってなっちゃった」
「あー……大家さん大好きっすもんね」
 思わず呆れ混じりに苦笑すれば、同じように苦笑を返しながらも。
「まぁ君におれと恋愛したい気持ちがなかったのも知ってるんだけどね。恋愛感情抜きでお金を挟んでエロいことをする、というのがおれにはどうにも受け入れられなくて、君をこっちに引きずり込んだとも言える」
「あの、もしも俺が、エロいサービスとか言い出さないで、食事作り続けてもいいけど手間賃出してってバイト感覚で頼んでたら、俺と結婚とか言い出さなかったんすか?」
「そうだね。そういう形でおれからお金を引き出してくれてたら、君を恋愛対象にはしなかったかもね。君のご飯の魅力の前で、就職後も副業として続けないか、とか、エロいこと抜きでいいからパートナシップ契約しない? みたいなぶっとんだ提案してる可能性もなくはないけど」
「そこまで凄いもの作ってる認識、ぜんぜんないんすけど」
 これは度々感じていることでもある。嬉しいなとは思うけど、妙に評価が高すぎるとも思う。
「ご飯の味だけの話じゃなくて。君がおれの好みとか健康とか考えながら作ってくれてるってわかるのが、まず凄く嬉しいんだよね」
 もしかしたらこれは弟くんの影響もあるのかもだけど、と言われて、たしかにそれはあるかもなと思う。
 美味しいとかは言ってくれなくても、不味いと残されることがあまりなかったのは、弟の好みを意識してたからという気はするし、食材の産地まで気にするくらい健康意識が高かったから、栄養面をそれなりに考慮するのだって当たり前だった。
「それに、君と一緒に食べる時間も、お弁当を開ける時のワクワク感も、特売品が買えたって喜んだり、食材の値段が上がって落ち込んだり、レシートまとめて食費報告してくれたり、そういうの全部ひっくるめて、君が作るご飯の魅力と思ってる」
「後半ちょっとよくわかんないすね。特売品買えたとか食材高くなったとかの報告が? 魅力に? なるんすか?」
「だってもう君への好意は恋愛感情だし、愛しいって気持ちで見ちゃうし、君を恋愛対象にしてなかった場合どうなってたかなんて正しく想像するのは無理だよね」
 開き直って言い切られたけど、恋愛感情だからと言われたところで、特売品だの食材高騰だのの報告が魅力に感じるって話に納得が行くわけではないんだけど。
「エロいサービスも考える、なんて言ったこと、後悔してる?」
 納得行かない気持ちをどう受け取ったのか、そんなことを聞かれて首を横に振った。後悔なんて、欠片もしていない。

続きました→

 
 
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親切なお隣さん30

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 それでもどうにか、核心に触れてしまわないように言葉を選びつつ口を開く。なんでもないですで押し切れる気がしなかったというか、あれだけぶち上げていたテンションが、この土壇場でガクッと落ちてしまったことを気にするなとも言えないからだ。
「あの、俺、自分で弄ってた、って、言ったじゃないすか」
「そうだね」
「しかも壁向こうのアンタにバレるくらい、喘いでたわけじゃないすか」
「うん、まぁ、君の話を聞く限りではそうなるよね」
「で、ずっとアンタに抱いて貰う想像で気持ちよくなってたのが、今、現実になろうとしてて、しかも今のアンタは俺の恋人で、でもそこまでは想像したことなくて、あー、その、ずっと都合がいい妄想ばっかしてて、アンタが実際にどんな反応するのかわかんないのは怖いっつうか、がっつく気満々だったのに引かれたらやだなとか、そもそもホントに俺を抱けんのかな、とか、なんか色々考えすぎて、その、お尻使うセックスに抵抗とか、は、ない……ってことでいいんすか?」
 黙って聞いてくれたので、何言ってんだろと思いながらも思いつく限りのことをダラダラとぶちまけてしまえば、相手はまず、大丈夫だよと口にした。ただし、続いた言葉はその大丈夫を全く保証していなかったけど。
「正直なところ、経験のあるなしで言えばアナルセックスはしたことがないんだけど」
「ちょ、っと!」
 思わず、それでよく大丈夫とか言い切るよな、という気持ちが溢れてしまった。
「気持ちはわかるけど、取り敢えず最後まで聞いてよ」
 自身のとりとめのない吐露を黙って聞いてもらったあとなので、そう言われてしまったら黙って最後まで聞くしかない。そう思ったのに。
「君が口へのキスを許してくれたあと、いつかはって思いながら男同士でのアレコレをおれもかなり調べたし、一応自分の体で試してみたりもしたわけ」
「は? えっ? 試した?」
 初っ端から聞き捨てならない単語が飛び出てきて、口を挟まず聞き続けるのは無理だった。
「そう。試してみたの。だって君が抱く側ならって言い出す可能性だってあったわけでしょ。おれとしては、君が結婚というかおれとのパートナーシップに応じてくれるなら、そこは譲ってもいい。って言えたほうがいいよなって思って」
「言えたほうがいいと思って?」
 なんか変な言い回しだと思いながら繰り返してしまえば、いくら好きになっちゃったからって年下の男の子に抱かれたいって感情が素直に湧いてはこないよと、苦笑とともに告げてくる。
「つまりね、君に抱かれる想像で弄って気持ちよくなるのは無理だったし、君に抱かれたいなと思ったこともないんだけど、君にどうしても抱く側がいいってお願いされたら頷けるかな、くらいにはなってるんだよね。って言ったらやっぱドン引き?」
「ドン引きっていうか、えぇぇ……」
 引くというより戸惑いが凄い。相手が抱かれる側になる可能性を考えたことは欠片もなかったせいだ。
「俺が抱く側とか考えたことなかった、す」
「できればそのままそんなこと考えずに、抱かれる側で満足してもらえるといいなと思ってるよ。というかおれとしては、おれが君を抱けないとしたら、君がやっぱり無理だとか痛いとか言いだす場合だけだと思ってる」
 経験はないけど抵抗なんてないし、むしろ期待ばっかり膨らんでると言って、やっぱり相手は苦笑している。
「めちゃくちゃデカいとかじゃなければダイジョブ、す」
 こんくらいなら、と思わず所持しているディルドのサイズを手で示してしまって、やっちまったと思うが後の祭りだ。
「あ、や、その……」
「もしかして、随分具体的だねって突っ込むべきとこなの?」
 慌てすぎてて怪しいよと言いながらも、笑ってくれているだけマシだろうか。
「アンタのちんぽ、勝手に想像して買ったんすよ。ディルド」
 がっくりと肩を落として、仕方なく正直に告げる。隠しても仕方がないと言うか、隠して経験済みと思われたくはなかった。
「バイブじゃなくて?」
「え、気にするのそこ、すか?」
「いやだって君がアンアンしまくってたのがバイブの性能のおかげとかだったら、おれに勝ち目ないかもって思って」
「勝ち目……」
「だからけっこう期待しちゃってるんだって。そんな経験あるわけじゃないし、アナルセックス初めてだし、君を満足させられる自信なんか全然ないんだけど。でもそれはそれとして、君が気持ちぃって喘いでくれる姿が見たいと思うのは当然じゃない?」
 結構力説されてしまったが、そんな力説されても困る。というか、当然じゃない? なんて聞かれても答えに困る。
「俺がアンアンしまくっても引かないんすか?」
「なんで引くと思うの?」
「全然初めてっぽくないから? つかディルド突っ込んだ時点で処女じゃないとか言われたら、まぁ、そうなんすけど。でも、」
「誰かに抱かれた経験があるわけじゃないなら初めてでいいと思うよ」
「そ、すか」
 本物ちんぽは突っ込まれたことないですと申告する前に、相手がこちらの言いたいことを汲んでくれて、しかも肯定してくれたから、一気に気が抜けたと言うか、気が楽になったのは間違いない。

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親切なお隣さん29

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 体格にあまり差がなくて良かったと言われながら、服どころか靴まで一式借りて、ひとけのない暗い寒空の下を手を繋いで歩く。といってものんびり散歩ってわけではないし、移動距離だって長くない。
 そこそこ早足で向かっている先は、お隣さんが契約しているアパート近くの駐車場だった。
 抱かれたくてアナニーまでしてる。しかもそこそこの頻度で。と知られたおかげで、とうとうお隣さんがその気になってくれた結果だ。
 つまり、今からお隣さんにラブホへ連れて行って貰えることになった。
 言い出したのはお隣さんだけど、ぜひ行きたいと前のめりに承諾したのはこちらだ。
 ただでさえ触れたらどこまで抑えが効くかわからなくて躊躇うのに、いつか抱かれるつもりで準備までしてるって知ったうえで触れたら、欲が出て最後まで抱きたくなっちゃう可能性が高いから。というのが一番の理由らしいんだけど。その理由だけでも嬉しくてテンションがぶち上がった。
 お隣さん的には、デートとかの手順をすっ飛ばしてホテル、という部分を気にしてるみたいだったけど、残念ながらこちらはそんなの全く気にならない。散々一緒に食事を繰り返していたあれはお家デートだし、昨日の買い出しも、今朝の初詣も、今手を繋いで歩いているこれも、全部デートってことでいい。
 まぁ双方ともに付き合ってる認識になって、紛れもなく恋人と呼べる関係になったのは、ついさっきのことだけど。でも好きって気持ちも、行為への期待も、お互い充分すぎるほどに重ねてきたのは事実で、だから恋人になった直後にセックスだって何の問題もないと思う。
 そもそも恋人じゃなくたって、求められたら応じる気満々だったどころか、抱かれてみたくて仕方なかったんだから。好きな人に抱いて貰う幸せとか快感とかを想像してアナニーしてたけど、その想定を超えて、大好きな恋人に抱いて貰えるなんて楽しみで仕方がない。
 それに全く初めてではないというか、他人の指やら大人のオモチャやらを知ってしまっている穴だけど、厳密に言えば未経験と言っていいはずなので。処女なので。
 ちゃんと好きな人に初めてを貰ってもらえる、というのは、かなり低確率な当たりを引いた気分でもあった。
 自分の人生を振り返ったとき、あの日エアコンが壊れる不幸がなければ、初めてなんてもっと簡単に捨てていた気がする。というか間違いなく、こっちでもパパ活チャレンジをしていたと思う。
 だからホントに、「今からラブホ」を提案されてから先は、やたらテンションが上っていたんだけど。嬉しすぎたし、期待しまくってるんだけど。でもどうやらそれなりに緊張もしているようだった。
 その緊張に気づいたのは、ラブホに到着して、一通りの準備をしている最中だった。お腹の中を洗ったりで、冷静になってしまったともいう。
 好きな人に抱いてもらう都合の良い妄想しかしてこなかったし、それっぽい経験は過去に一度だけで相手ははっきりとゲイだった。お隣さんは男の大家さんを大好きだけど、女性の恋人を欲しがる様子は見たことがないけど、ゲイやバイなのか確かめたことはないし、男を抱いたことがあるのかどうかも知らない。
 間違いなく知識は持ってるんだろうし、さっきキスで反応してるのも確かめたし、したい気持ちがあるってのも本当なんだろうけど。
 部屋に戻り、ベッドに腰掛け待っていた相手と目があった瞬間に、苦笑されてしまった。
「どうしたの? って聞くまでもないかな」
 さすがに緊張してきた? と問われて、少し、と返す。
「俺もそう経験あるわけじゃないし、大丈夫だから全部任せて、とかは言ってあげられないんだけど」
「そ、なんすね」
 やっぱりあまり経験はないらしい。全く無いとは言われなかっただけマシと思うべきかもだけど、きっとその経験って女性相手だよなと思ってしまって、申し訳ないけど不安が増した。
「触れたら抑えが効かなくなるかもみたいな気持ちはあるんだけど、無理させるつもりもないから安心して、ってのも変かな。いやでも、ほんと、無理させるつもりないし、嫌になったら我慢はしないでいいから」
「あ、いや、そういうんじゃ……てか抑えが効かなくなった、とかならむしろ全然ウェルカムと言うか」
「えっ?」
「あーその、えー……」
 男と経験ありますか? と聞いたら、君はどうなの? とか聞き返されそう。というのが一番避けたい展開で、どうしても言葉を濁してしまう。
 パパ活って単語を会話にだしたことはあるけど、過去に実際経験した話なんて当然してないし、知られたくもない。なんせ中学時代に手を出してるので、そんなのを知られたらどう思われるのか、わからなすぎて怖かった。

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親切なお隣さん28

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 帰る間際に触れるだけのキスしかしてこなかったから、部屋の中でするのも、キスで一旦お別れにならないのも初めてだし、確かめるみたいに何度も繰り返し触れてくるキスも初めてだった。
 ただ、口をゆるく解いて待っても舌が伸びてくることはなかったから、焦れてこちらから舌を差し出す。弟相手には必死で拒んだけれど、この人とならもっと深くで触れ合いたい。
 舌で相手の唇に触れれば、最初は戸惑う気配があったけれど、でもキスは終わりにならなかったし、伸ばした舌は相手の口内に迎え入れられた。
 チュッと吸われるのも、甘く噛まれるのも。腰の辺りがゾワッとするくらいに気持ちがいい。でもそうやって舌を差し出し続けると、息をするのが少し難しい。
「んっ、んっ」
 甘く鼻が鳴ってしまって、相手が笑う気配がしたかと思うと、今度はこちらの舌に沿って相手の舌が口の中に入ってくる。舌先ではなく舌の根元や歯列やら上顎やらを相手の舌で撫でられるのは、さっき以上に腰が痺れた。
「んぁっ、ぁ、ん、んっ」
 気持ちが良くて、興奮して、その先を期待したくなる。ねだるみたいに鼻を鳴らしてしまう。
 やっぱり抱かれてみたいし、無理ならせめて、手で触れてくれないだろうか。そんな気持ちで、相手の股間に手を伸ばした。
 当然、相手も同じように興奮しているのか確かめたかったのもある。相手だって既にかなりラフな部屋着だから、触れた先の熱はわかりやすかった。
 触れることで刺激されて、相手もその先を望んでくれないだろうか。という下心ももちろんあったから、確かめるみたいにその形をなぞってみた。
 なのに、結果は自分が望むものとは真逆になった。つまりは、キスが終わってしまった。
「っはぁ、ここまでに、しようか」
 相手がこぼす息だって、充分に熱を帯びているのに。
「やだ」
「さっき君だって、ここじゃやれないって言ったのに?」
「抱いてくれるまではしなくて、いい」
「うーん……」
 それくらいなら応じてくれるかと思ったのに、相手はやはり乗り気ではなかった。
「それもダメ?」
「だって君、あー……いや」
「なんすか。気になる」
 言って良いのかを躊躇う気配に先を促せば、相手は小さな溜め息を一つ吐いてから口を開く。
「その、君、ひとりエッチの時、そこそこ声でちゃうタイプでしょ」
「……えっ?」
「こっちも寝るつもりで静かにしてるとさ、わかっちゃうこと、あるんだよね」
 そっちの壁押入れとかないから余計に聞こえちゃうんだろう、とか。でもさっきは揉めてるのがわかりやすくて助かった、とか。
 なんか言い訳っぽい言葉が続いていたけど。
「え……?」
 相手の顔をまじまじと見つめてしまえば、気まずそうに視線を逸らされてしまった。
「まじ、で?」
「うん、まぁ、マジで」
 視線は逸らしたままだけど、すぐにはっきり肯定されてしまう。
 マジなんだ、と思ったら、いっきに顔が熱くなる気がした。
「う……あ……ど、どこまで……?」
「いやさすがに気配でわかるってだけだけど。それ聞くってことは、おれの名前でも呼んでくれてた?」
 完全にやぶ蛇だった。
「うああ……」
「嬉しいから大丈夫。それに」
 声を潜めて耳元で。
「君がオナニーしてるの想像して、おれも興奮したことがあるよ」
 だからそんなに恥ずかしがらなくていいし困らないでって言われたけど、恥ずかしすぎるとか知られててどうしようとかの他に、気になっていることが一つある。というか確信していることが一つある。
 言うかどうか迷って、でもさっき、男同士の知識がどこまであってどこまで想定してるかわからないからダメって言われたのを思い出して、思い切って口を開いた。
「あの、聞こえてた頻度って、どれくらい、すか?」
「え、頻度?」
「週に何回くらい、みたいな」
「いやそこまで頻繁には。初めて気づいた頃からは増えてるけど、でもほら、おれが慣れて察知しやすくなっただけって可能性もあるし」
「それ多分、聞こえてたっての、アナニーしてた時っす」
「え?」
「手で抜くだけのオナニーならもっと頻繁に、というか1週間も禁欲とか無理なんで」
「え、えっ?」
「なんで、抱かれるまでしなければ、エロいことしてるってバレるほど声、ださないと思います」
「待って待って待って」
「あんたに抱いて欲しくて、自分でお尻、弄ってんすよ。アイツにはそれを知られたから、抱いてやるって話になった。って言ったら、信じます?」
「待ってって言ってるのに〜」
 ビックリしすぎて処理しきれないよと嘆かれたので、そこで一度口を閉じた。

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親切なお隣さん27

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「まぁ時間はある、って思うことで、自制が出来てたってだけの話でもあるけどね。でもこれ以上君の負担になりたくない気持ちが強いのもホント」
「飯作るの、別に負担になんかなってないんすけど。というかこっちのメリットがデカいから続けてるんすけど」
「それは知ってるし、メリットあるからって手間賃取ってくれないとこも、結局は巡り巡って君の魅力になってるんだけどさ。でも自分の分だけなら手を抜けるとこ、抜けなくなるでしょ。疲れてる時や忙しい時でも、御飯作ってくれようとしてたでしょ」
 今日は無理ですって殆ど言われた記憶ないって言うけど、作れなかった時もそれなりにあったはずだ。
「いやそれ、忙しくなるのわかってたら事前に申告するからじゃ? テスト期間とかレポート提出重なってるとかで作らなかったこと、ありますよね?」
「なくはなかったけど、でも忙しくなる前にって下準備してなんだかんだ作ってくれてたことも多かったよね。そりゃ忙しさなんて傍から見てるだけじゃ判断しきれないとこもあるけど、うちでレポートとかテスト勉強しながら合間に料理してるとかもあったでしょ」
「いやだってこっちの部屋のが快適なんすもん」
「だから御飯作らないときでも好きに部屋使っていいよって言ってたよね?」
 確かに言われてはいたけど、ただただ勉強が捗るからって理由だけでお隣さんの部屋を使わせて貰うってのには抵抗があった。
「いやだってそれは……」
「うん、だからそれも君の魅力ってことでいいし、勉強合間の食事作りが息抜きになるとか負担じゃないとかの主張を疑ったりもしないけど。でも、君がそういう子だってことを知ってるから、デート誘ったりキス以上を求めたりは君の負担になるって確信してるって話だね」
 せっかく入った大学だから学業を疎かにしたくはない、とか。学費の目処はたったけど結局のところは借金と思ってるから少しでも稼げる時に稼いでおきたい、とか。いくら時間やお金に余裕がなくたって最低限の友人つきあいは必要だと思ってる、とか。
 言い当てられて、相手はかなりしっかりこちらの生活を見てくれているようだと思う。そりゃ食事中の雑談で学校やバイトでのことはそれなりに話すし、似たようなことを自分で言ったような気もするけど。でもそれを覚えててくれるくらいには、こちらの生活を知られている。
 だから、今の生活に恋人と過ごす恋人らしい時間をねじ込む余裕はないはずだとか、どっかで無理させるという相手の言葉は多分正しい。
 とは思う。思うんだけど。
 今の生活にパパ活を取り入れられないかって結構真剣に考えたときも、どこからその時間を捻出するのかって部分で難しいなと思った記憶がある。でもそれはお隣さんの目を盗んで行おうとしたからであって、お隣さんがパパ活してくれればいいのにって考えたくらいには、お隣さんが相手なら可能なんじゃって気持ちが、間違いなく自分の中にあった。
 まぁ相手が恋人らしい時間と言ったのに対して、お隣さんとのパパ活を考えたことが思い出される辺り、やっぱちょっとお隣さんとは求める先がズレてるんだろう自覚もあるんだけど。
「アンタが、恋人になったと思いながらも、デートもセックスも誘ってこなかった理由はわかりました。わかった上で聞きますけど、今すぐ俺を抱いて欲しい、って言ったらどうします?」
「どうするって、え、今の話をわかった上で? それを聞くの?」
「だってアンタが気にしてんの、俺に無理させるとか負担になるとかなんすよね? じゃあアンタが気遣ってくれてる俺自身が、ちょっとくらい無理してでもアンタに抱かれたいんすけどって言ったら、どうすんのかなって」
 したい気持ちはそれなりにあるってさっき言いましたよねと言えば、相手は観念したように言ったねと返してくる。
「はっきり求められなかったから先延ばしにしてたって言ってましたよね。じゃあはっきり求めたら、どうするんすか?」
「わかった。じゃあ用意してた答えから言うけど、今すぐは無理だしここではダメ、って言ってたよ」
「なんで?」
「君が男同士の行為に対して、どこまで知識があってどこまで想定してるかとか全然わからないからってのと、このアパートの壁の薄さわかってる? ってのが理由」
 細かい会話内容まではわからなくても君たちが揉めてるのが分かる程度には伝わってくるんだから、ほぼ間違いなく、階下におれたちがエロいことしてるってバレると思うんだよね。と言われて、思わず天井を見上げてしまった。
 さっきもわざわざ様子を見に階段を登ってこようとした斜め下に住む高齢男性は、この部屋の真下に住んでいる。
 お隣さんの部屋に出入りするようになってからも、自分は基本挨拶くらいしかしないけれど、お隣さんとはそれなりに交流があるのも知ってる。というかお隣さん経由で、昔どんな風にお世話になったかとか、なぜここに住んでるかとかを簡単には聞いてしまっているし、多分間違いなく自分の情報も相手に流れている。
「君と付き合ってる、みたいな話はしちゃってるから、聞かれたところで仲良いなくらいの反応かもなんだけど。でもほらなんていうか、ちょっとさすがにおれも恥ずかしいというか。それに他の部屋だって、人が居ないわけではないし」
 他の住人とはあんまり交流ないけど顔は知ってるし会えば挨拶くらいはするしね、というお隣さんは気まずそうな苦笑顔だ。
「俺だってやですよ。そんなの聞いて、ここでやれないっすよ。つかやっぱ言ってんのかよ」
「やっぱって何? あ、実は付き合ってなかったって訂正したほうがいい?」
「挨拶ついでにアンタをよろしくされることが増えたから、アンタが俺を好きって知ってんだろなとは思ってた。ってだけなんすけど。あと訂正はしなくていいっす。つかもう俺ら恋人ってことでいいっすよね?」
「え、いいの?」
「もしもこの先、アイツがアンタに媚びてきても、アイツじゃなくて俺を選んでくれるっぽいんで」
 すぐに、もちろんと肯定されて、君が好きだよと返ってくる。
「キスしていい?」
 もう逃げないよね? と聞かれて、そういやさっきキスしそうな雰囲気をぶち壊して顔を洗いに行ったんだったと思い出す。戻ってすぐじゃあ続きなんてなるはずもなく、結構色々話し込んでしまったけれど、でも多分、これは必要な脱線だったんだろう。

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