バスルームから出てきた相手の、もう寝ちゃった? という問いかけを無視したら、相手がベッドの中に潜り込んできて背後からゆるっと抱きしめられる。消えてなくなりたいような気持ちを持て余して、ベッドの壁側に身を寄せるように縮こまっていたのがあだとなった。
「狸寝入りかな。もし本当に寝ちゃってるんだとしても起きてもらうつもりなんだけど、起きてるなら返事して?」
ビックリして硬直してたし、起きてるのは絶対相手にも伝わったと思っていたけど、やはりそのまま寝かせてはくれないらしい。
「おきて、ます」
「うん。バスルームで何があったのか聞かせてくれる?」
「何があった、って……」
「立って動いたら痛いとこが出てきたとか、気持ち悪くなったとか、そういう体調不良、隠してないよな?」
「だ、ダイジョブ、です」
様子がおかしいと感じて、まっさきに心配してくれるのはこちらの体調だっていうのは、なんとも彼らしいんだけど。果たして、メイクがドロドロだったから落ち込んでる、なんて言って、相手にこの遣る瀬無さが伝わるんだろうか。
説明してって言われても、上手く相手に伝えられるとは全く思えなかった。
そもそも相手はずっと可愛いって言い続けてくれたんだから、メイクだのウィッグだのの崩れを気にしているのは自分だけという可能性も高い。
ただ、優しい人だから、どこまで本心から可愛いって言ってたのかわからないなと思ってしまうだけで。優しい人だから、ドロドロな顔を笑ったりせに、可愛いって言葉で濁してくれただけかもしれない。
そんな事を考えて黙り込んでいたら、背後で相手が、ため息になり損ねたみたいな息を小さく吐いた。
「なら、俺に抱かれたの、後悔してる?」
「は? えぇっ、なんで!?」
驚きすぎて素っ頓狂な声を上げてしまえば、相手が笑う気配のあと、抱きしめる腕にキュッと力がこもる。小さな声が、良かった、って言ったような気がした。
「じゃあなんで寝たふりしてたの?」
「なんで、って……」
「俺としては、シャワーしてさっぱりした後、もう無理眠いってなるまでベッドでゴロゴロイチャイチャして過ごしたかったんだけど」
シャワー行かせずあのままイチャイチャするべきだったかな、と言った後、でも寝る前はさすがにメイク落としたいだろうしなぁ、などと続けて、どうやら口に出しながら自問自答しているらしい。
「あ、メイク?」
メイクを落としたいだろう、という部分に体が反応した自覚はあった。でもやっぱりメイクが崩れて落ち込んでる、なんてのは想定外なんだろう。
「まさか、男の子に戻ったから俺に顔見せたくない、とか言わないよね?」
「そういのじゃなくて、多分、もの凄く下らないことで落ち込んでるだけです」
「下らないことなの?」
「その、俺のこと、本当に可愛いって、思ってました?」
「もちろん思ってたよ」
「最後の最後まで?」
「むしろ最後の最後が最高に可愛かったけど」
即答されて、その言葉に嘘はなさそうだった。
「でも、いっぱい泣いたからメイクなんてドロドロだったし、ウィッグだってズレてたのに?」
嘘は言われてないって思うのに、でもどうしても信じきれずに聞いてしまう。
「ああ、気にしてたのってそれ?」
「そ、です」
「そんなのちっとも気にならなかった。ってわけじゃないけど、それも含めて可愛かったし、嬉しいなとも思ってたよ」
気にならなかったわけじゃない、って言われてやっぱりって思ったのに、でも引っかかったのは最後の言葉だった。
「え? 嬉しい?」
「メイク崩れるとかウィッグずれるとか、気にしてられないくらい、俺とのセックスに夢中になってくれてると思ってたからかな」
初めて貰えるのめちゃくちゃ嬉しいと思ってる、って言ったのを覚えているか聞かれて、もちろん覚えていると返す。
「終わった後のメイクの崩れ見てショック受けるくらい、こういう経験してきてないってことじゃないの。って思えるのは嬉しいよ」
今この瞬間も、嬉しいって思ってるし、可愛いなとも愛しいなとも思ってる。って言われた後、耳の後ろでチュッと小さなリップ音が弾けた。
「あ、あの、そっち向いても……?」
相手の顔が見たくなってお願いすれば、もちろんと弾んだ声が返って、抱きしめる腕の力が弱くなる。その腕の中でくるりと身を返せば、優しい笑顔が嬉しそうに迎えてくれた。
「素顔もやっぱり可愛いな。目元まだちょっと赤いけど、痛くない? 冷やさなくて平気?」
「へいき、です」
「なら良かった」
キスしても? に頷いてそっと目を伏せれば、すすっと顔が寄ってチュッと唇を吸っていく。
「明日、君の服買いに行くのが楽しみだよ。来週、今度は俺のベッドの上で、素のままの君を抱かせてくれる?」
そんなの、こちらだってもちろんそのつもりでいる。
「俺も、楽しみ、です」
「男の子の姿でも女の子の姿でも、メイクがあってもなくても、そんなの君が好きって気持ちにはあまり関係ないって、きっとわかって貰えるんじゃないかな。少なくとも、そういうセックスが出来たらいいなって、思ってるよ」
そんなの頑張ってくれなくてもいいんだけどな。と思ってしまうのは、もうわかってるから、という理由が一番ではあるけれど。
「もうメイクしたまましたいとか言わないですから、素のままの俺でも抱いて貰えるってわかれば充分ですよ」
「そうなの?」
「だって次はもう、メイク崩れてないかとか気にしちゃいそうですもん」
「確かにそうか。残念だけどそれは仕方ないよね」
そこ気にして気持ちいいのに集中して貰えないのは俺も嫌だなと言われて、残念とか言っちゃうくらい、ドロドロに崩れたメイクもズレたウィッグも、この人には有りなんだって思うとなんだかおかしくなって笑ってしまう。
どうやら本当に、かなり下らないことで落ち込んでいたらしい。可愛いって言ってくれた相手の言葉だけ、信じておけばいいだけだった。
「あなたを好きになって、本当に、良かった」
言えば、それは俺のセリフだよと返される。
「俺を好きになってくれて、本当に、良かった。性別なんて関係ないなって思えるくらい君を好きになって、君を引き止められて、本当に、良かった」
何度も繰り返される優しいキスを、目を閉じてうっとりと受け入れているうちに、ゆるやかな眠りに落ちていった。
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更新ありがとうございます!
良かった、ようやく繋がれたね!
…ってこちらは喜んでたんですが、受けの子がなにやら落ち込み始めてしょんもりしおしおしてく…
え!なんで!?攻めの彼めっちゃ嬉しそうだしかわいいかわいいずっと言ってくれてるのにぃ…!あ〜メイクが崩れてるのそんなにショックかぁ…と。いやでも受けの子にしてみたらちょっと武装?ぽかったのが最後まで保てなくて、こんなドロドロのボロボロな姿を好きな人にさらしてた、しかも初めての場面で。って切なかったのかなぁと。
でもそこはさすがに優しさと人柄の良さでできた攻め!ボロボロになるくらい夢中になってくれた、慣れてないとこも嬉しいと!はぁーーこの方すごい…!受けの子ちょこちょこ拗らせそうですが、攻めがしっかり1つずつ拾ってよしよしフォローしてくれそうで、今後は溺愛コースの予感です。
せっかくの始めての日に、泣きながら眠りにつくとかじゃなくてほんとによかった…
起きたらお買い物デート!おいしいもの食べてお洋服選んでもらって甘やかされておいで…!!
続きが楽しみです!!
またまた感想コメントありがとうございます!
女装の完成度が高かったせいで、受け的にはまさに武装気分だったと思うんですよね。
好きな人相手にボロボロ状態晒してたって事実はもちろん、相手はメイクを落とすことを勧めてくれてたのに自分の無知でメイクしたまま挑んでしまった後悔とかも、ショックで気落ちする原因になってたかなと思います。
前回のレスで「これ以上拗れる要素がない」とか書いたくせに、2話後には受けちゃん落ち込んじゃってて あれれ? って感じでしたが、すぐに攻めが引き上げてくれてるのでこれは間違いなく溺愛コースだと思います。笑。
次回は翌日デートと言うよりも、お出かけ(チェックアウト)前の女装過程を見たがる攻め、がメインになる予定で、お買い物デートまでは書かずにエンドかなぁと思ってはいますが、お買い物デートは、あれもこれも買ってあげたくて暴走しかける攻めとそんなに受け取れない〜って困惑する受けちゃんとかになりそうなイメージがありますね。