夕飯後もまだリビングで勉強を続ける彼らの邪魔になるわけにはいかないが、当然、自室に戻る気はない。リビングとはいえ極力二人きりにさせたくない。
さすがにテーブルの向かいで見張り続けるのは悪いし、TVをつけることも出来ないので、少し離れた場所にあるソファーにだらしなく身を預け、取り敢えずスマホを弄り続ける。
時折互いに何かを教え合っている会話のほかは、シャーペンがノートの上を走るかすかな音が聞こえるだけの、至って静かな空間だ。思っていた以上に二人は真面目に受験勉強をしていて驚いた。
静かすぎて眠い。
気付けば寝入っていたようで、体を揺すられ起こされた。
「んぁ……?」
「目、覚めましたか?」
目の前、随分と近い距離にある顔は、弟のものではなく弟の親友である男のものだ。
「あー……なんで、お前?」
「さて、なんででしょう」
寝起きでぼんやりした頭でもイラッときた。
「ヒント、復讐」
こちらの苛つきをわかっている様子で、なのに柔らかに笑う。綺麗な笑顔だなんて思ってつい見惚れた事も、顔とセリフとのチグハグさにも、混乱が加速する。
「ふく、しゅう……?」
「俺、めちゃくちゃ負けず嫌いなんですよね。あと結構根に持つタイプです」
軽やかに、まるで歌でも口ずさむように告げながら、彼の手がジーンズの股間をさらりと撫でていくから、ギョッとして立ち上がろうとする。しかしそれは叶わなかった。
グッと腰を押さえられ、体のバランスが崩れる。慌てて座面に手を突こうとしたが、何故か両手が一纏めにタオルと紐とでぐるぐる巻きにされていて、焦って余計にバランスが崩れただけだった。
「えっ、えっ??」
腰を横に強く引かれる感覚の後、ずるりと上体が傾いでいき、気づけば横長のソファに半ば押し倒された上、相手が自分の膝辺りにまたがっていて身動きが取れない。
「抵抗されると面倒なんで、手は括らせて貰いました」
「ふざっけんな。退けよ」
「嫌です」
「っつかお前ら勉強はどうした。あいつはどこ行った」
「眠そうだったんでお開きになりましたよ。寝るって言って自室戻りました」
三十分くらい前にと言って、もう寝てるんじゃないかなと続ける。さすがにもう寝起きのぼんやり感は抜けたが、それでも相手の言葉がほとんど理解できない。
「意味わかんねぇ。で、なんでお前だけここに居んだよ」
二人で勉強するスペースすら確保できない弟の部屋は、当たり前だが彼が寝るための布団を敷くスペースもなく、彼が寝るのはリビング隣接の和室の予定だ。母が出しておいた来客用の布団は、夕飯後、彼が風呂を使っている間に弟が和室に敷いていた。
「寝るならお前もさっさと隣行けって」
「何言ってんですか。ここに俺だけ残った理由なんて、そんなの、お兄さんと二人きりになりたかったからに決まってるじゃないですか」
楽しげな顔に背筋を冷たいものが走る。これはかなりマズイ状況なんじゃないかと、ようやく気付いた。
「や、やめろっ!」
スボンのフロントボタンに手がかかり、慌てて声を上げる。
「静かにしてください。騒ぐと大事な大事な弟に、醜態さらす事になりますよ。あいつだけ部屋に戻した俺の気遣い、むしろ感謝して欲しいとこですからね?」
リビングで寝落ちしてたから、特別にここで済ませてあげるんですよと、随分な上から目線に頭の中がグラグラと揺れた。本当に意味がわからない。
「大丈夫ですか? まったくわからないって顔してますけど。可愛い弟の隣の部屋で、俺にアンアン言わされるの堪える方が良かったっていうなら、今から場所移しましょうか」
優しく抱き上げて連れて行ってあげますよなんて、これまた柔らかで楽しげな顔で笑うけれど、その顔を見てももう恐怖しか湧かない。
「心配しなくても、こう見えて結構鍛えてるんで、派手に暴れたりしなきゃ落としませんよ。というわけで部屋、戻ります?」
「い、…やだ……」
かろうじて絞り出した声は震えた上に掠れている。
「あー良い反応ですね。怯えてるの。俺もあの日、めちゃくちゃ貴方が怖かったですから、これでおあいこって事で」
じゃ、まずは俺の手で気持ちよくなりましょうかと言われながら、とうとうジッパーが下された。
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