結果から言うと、告白は大失敗だった。相手に同じ意味での好意があると思っていたのは気のせいだった。
今、目の前で驚き戸惑う相手は職場の同期で、仕事帰りに何度も一緒に食事に行った仲だ。この個室居酒屋だって、いつもはもっと遅い時間だけれど何度か利用している。
酔ってほんのり頬を上気させた相手が、職場では決して見せない緩んだ顔で、甘えるように愚痴を吐き出す姿がたまらなく好きだった。それに相槌を打って、空の酒坏に酒を注いでやって、酔いつぶれる寸前の相手を仕方ないという体で家に連れ帰り、自分のベッドに押し込む。さすがに同じベッドに潜り込む真似はしたことがなく、その場合の自分の寝床は狭いソファになってしまうが、それすら翌朝、申し訳なさそうに何度も頭を下げる相手の姿を思えば苦ではなかった。
最初は完全に潰れた相手を仕方なく連れ帰っただけだったが、今では故意に相手を潰れる手前まで酔わせている。
そんな日々の中で育ってしまった想いに、どうやら目が曇っていた。
繰り返し潰れる寸前まで酔いつぶれるのは、相手だって何かしらの思惑があるのだろうと思ってしまった。一緒に住んだらお前をソファで寝かさなくて済むからいっそルームシェアでもする? なんて言い出した相手に、一緒に生活をしてもいいほどに相手の気持ちも育っているのだと期待してしまった。
実は自分のベッドの中で寝息を立てる相手を前に、これは据え膳で手を出さないのはむしろ失礼なんじゃ、なんて事まで思ったことがあるのだが、今にして思えば実行に移さなくて本当に良かった。
慎重で真面目な自分の性格を疎ましく思う事も多々あるが、きっとそのお陰で目の前の相手を酷く傷つける結果にはならなかった。そう思うことで、この気まずい空気ごと、諦め飲み込む覚悟を決める。
「驚かせたなら悪かった。気持ち悪いと思うなら今すぐ帰ってくれて構わない」
「気持ち悪い、とまでは思わないけど、正直よくわかんない。お前の考えてること」
「そうか?」
「大事な話があるって言うから、この前俺が軽い気持ちで言ったルームシェアの話、なんか真剣に考えちゃったんだろうとは思ってたけど、だからってまさか告白されるとは思ってなかったし」
確かにルームシェアをしないかと持ちかけられたりしなければ、告白をもっと先延ばしにしていた可能性は高い。
「そうか」
「そうか、じゃなくてさ」
不満げな声に、けれど何を言えばいいかと迷っているうちに、まぁいいやと相手は言葉を続けていく。
「つまり、お前とのルームシェアが無理だって事は、わかった」
「すまない」
「もし俺が、お前の告白を受けて恋人になったとして、同棲だったら、するの?」
「何言ってんだ。俺の恋人になる気なんてないだろう?」
お前が好きだから恋人になって欲しいと告げた最初の、「え、何その冗談、無理過ぎ」という相手の素直な言葉が、自分たちの関係の全てを物語っている。
「だからもしもの話だってば」
「だとしても、いきなり新しく広い部屋を借りて一緒に住むことはしないだろうな」
「あれ? じゃあ、ルームシェアしたいって言ったのと、この告白って無関係?」
「なわけないだろ。俺をソファで寝かせるのが気になるってのが理由だったんだから、お前が恋人になってくれたら、ベッドを買い替えてお前には合鍵を渡すつもりだった」
「あー……なるほど。お試し半同棲な」
相手はうーんと唸りながら、空になった酒坏に自ら日本酒を注ぎ入れて一息に煽った。更にもう一杯と徳利へ伸びる手から、慌てて徳利を遠ざけるように取り上げる。
さすがに完全素面での告白はできなくて、ある程度腹を満たして酒も進んだ上で告白したから、このペースで残りの酒を煽ったらまたはっきりと酔われてしまうと思った。今日はさすがに酔われても困る。今日はと言うか、これから先は。
「これ以上飲むな」
「なんでだよ」
「お前が酔いつぶれても、もう連れて帰らないからな」
「え、なんで? って……あーまぁ、当たり前だよなぁ……」
「多少の愚痴には今後も付き合うが、酒は控えろよ。出来ないなら、お前と飲みに行くことそのものをやめるからな」
「マジか」
酔い潰れる手前まで相手に酒を注いでいたのは自分なので、自分さえ気をつければそうそう連れ帰らねばならないほどの状態にはならないはずだけれど、相手はいたく不満そうに口を尖らせた。
有坂レイの新刊は『結果から言うと、告白は大失敗だった。』から始まります。shindanmaker.com/685954
有坂レイさんは、「夕方の居酒屋」で登場人物が「言い訳する」、「鍵」という単語を使ったお話を考えて下さい。shindanmaker.com/28927
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