電話はすぐに繋がった。まぁまぁ遅い時間ではあるので、今良いかと一応確認した後、あの子に変なこと教えてないよなと尋ねてみる。
『変なことって?』
「俺が昔、お前に告って振られ済み、とか」
『言ってない』
最後に彼と会話したのがそもそも正月に集まった時で、簡単自炊飯を教わったと楽しそうに話していた、らしい。そういや、独り身が長いなら安くて簡単なレシピを教えて欲しいと言われて、初めて自宅に招いたのが昨年末辺りだったかと思い出す。
一回りも違うおっさんの誘いに乗って食事に付き合ってくれるんだから気にするなとは言ったが、どうにも奢られっぱなしが気になるようで、その後も2回ほど、何が食べたいと聞いた際に簡単レシピを教えてという体で、手料理を振る舞うようねだられたことがある。
『ただ、お前があいつに構うのは俺に似てるから、とは考えてたみたいだな』
お前の言動から気付いたんじゃないか、と言われた後で、何があったと逆に聞かれてしまう。チラッと寝室に視線を泳がせた後、さすがに寝てるかと口を開く。
「酔っ払ったあの子に、お前の代わりでいいからエロいことしよう、って誘われて」
『で? 代わりじゃなくてお前が好きだ、くらいのことは当然言ってやってから、抱いたんだろうな?』
「手ぇだしてねぇよ!」
トーンが落ちて冷ややかな声に、慌てて否定の声を上げた。けれど相手はその返答も気に入らなかったようで、電話越しにもかかわらず、更に機嫌が悪くなったのがはっきりと伝わってくる。
『なんでだ。家に呼んで手料理振る舞ってやるほど、なんだかんだ気に入ってんだろ?』
「一回りも年下の子供は対象外だっつったろ。好みだってのと、恋人にしたいかは別だっつうの。だいたいあいつ、別に俺が好きってわけじゃねぇんだし」
『あいつから誘ったなら、お前を好きになったってことじゃないのか?』
「ちげぇよ。あんなの、試してみたい好奇心か、もしくは更にそれ以前の、俺が男相手にヤれるかの確認、くらいの意味しかねぇよ」
そう頻繁に誘いをかけている訳では無いが、1年半以上をかけて、何度も食事を共にしているような相手だ。さすがに、自分に気があって誘ったのかどうかくらいはわかる。
『つまり、お前が男相手にヤレル、ということすら教えてない仲ってことか』
「俺は今日の今日まで、あいつはAセクか、性対象は女でも恋愛はタイパ・コスパが悪いから忌避、ってタイプだと思ってたよ」
彼と初めて会ったあの日、彼と別れた後で、なんでわざわざ紹介したと問い詰めたことを思い出す。友人関係は壊れることなく継続しているが、告白されたという過去を持ちながら、大事な甥っ子を、しかも今後親元を離れて一人暮らしという状況になる子供を、ゲイとわかっている男に託したいと考えるその意味がわからなかったからだ。
その時に、彼がゲイである可能性があるから、という話は聞いた。ただし、恋愛やらにまだ興味がないだけという可能性も高い、とも。
今後一人暮らしになって、自由を得た彼がどう行動するのか、少しだけ気にかけてやって欲しい。もしゲイだった場合、相談に乗ってやって欲しい。彼の恋愛対象が男にしろ女にしろ、万が一、出会い系などにハマってヤバいことになってそうなら、止めて欲しい。手に負えないと思ったら連絡して欲しい。
あたりが、この友人からの頼み事だった。過保護すぎないかとは思ったが、問題の子供と過ごす時間が増えるほどに、二人が似ていると感じるほどに、友人の心配もわからなくないなと思うようになった。なぜなら、この友人の大学時代のやんちゃを知っているからだ。
そんなわけで、彼の恋愛事情を探るような会話を混ぜ込むことはあったし、そのせいで、こちらの性的指向やらがバレた可能性も高いとは思う。自身の恋愛話ゼロで、相手の恋愛事情に踏み込むのはさすがに無理だ。
結果、セックスや恋愛に興味がないか、女子との恋愛をあえて拒否しているか、のどちらかだと思っていた。つまりは、男性が恋愛対象でためらっている、というような気配は感じたことがなかった。
『じゃあなおさら、今後暫くは今まで以上にちょっと気をつけて見てやって欲しいかな。そういうことに興味が湧いて、お前が誘いに乗らなかった。って考えると、次どういう行動に出るかわからないから』
「あー……」
なるほど。妙な行動力で、とりあえず経験してみようと突っ走る可能性はありそうだ。
『てか本当に、あいつ自身を知った今も、年が離れすぎってだけの理由で恋愛は出来ないのか?』
「お前ね、前も言ったけど、なんで大事な甥っ子を俺なんかに勧めてんだよ」
多分お前の好みだと思うから、もしあいつが男を恋愛対象にするなら、いっそお前が恋人になってくれるんでもいい。なんてことを言われて、年下過ぎて対象外と言い切った過去がある。
過去の交際相手で、一番年齢差があったときでさえ5歳差だったのに、一回りも年齢差がある恋人なんて絶対自身の手に余る。しかも恋愛経験ゼロらしいまっさらの子供だ。手に余ると手放す可能性をわかっていて、そんな子に手を出すのは、どう考えたって無責任だ。
『あの時も言ったが、お前のことを信用してるから、だな』
だから俺なんかなんて言うなよ、と言った後。
『もし俺が女だったらお前との結婚もありだった、くらいには、お前をいい男だと思ってるんだから、もっと自信を持ってくれ』
「なんっだ、そりゃ。初耳なんだけど」
『言う必要がなかったからな』
「ならそれを今言う必要が?」
『出来た。あいつがもしゲイなら、お前に惚れる可能性は充分にあると思ってんだよ。で、お前を誘ったって事実が出来たなら、お前を好きになったって方に、俺は賭けたい』
本当にただ興味が湧いて、身近に居たお前をとりあえずで試しただけなのか。と再度聞かれて、少しばかり自信が揺らぐ。
いやいやいや。恋愛感情なんて絶対向けられてない、はずだ。
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