親切なお隣さん10

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 はあぁぁ、と大きく息を吐いてから、いただきますと箸を手に取る。いまだ目を見張ったままこちらを見続ける相手に、食前に話すべきじゃなかったなと思う。なんとも気まずい。
 というか、お隣さん相手にパパ活したい、ってとこから更に踏み込んだ話はするべきじゃなかったんだろう。あの言い方じゃ、お隣さんとエロいことがしたいと申し出たのと同じで、支援対象の子供からエロい目で見られてたなんて知ったら、驚いても仕方がなかった。
 言い訳が許されるなら、自分の体を安売りするなと言われたように、性的なサービスで金銭を得ることに対する否定だとしか思ってなかった。この人自身が男性の大家さん大好きだし、これだけ一緒に食事してたら恋人がいないことも、結婚願望がなさそうどころか彼女という存在すら欲してなさそうなことも知ってるし、むしろ男のがワンチャンあるんじゃとか思ってたのも事実だった。
 今はまだ驚きがその心中を支配してるっぽいけど、このあとどんな話が相手の口から出るのか、さっぱりわからないのがちょっと怖い。
 キモいとか思われて、食事作りをお断りされるのが一番困る。あ、いや、奨学金が無理な時は学費貸すって話が無くなるほうが問題か。
 お断りと説教までは覚悟できてたけど、お隣さんに切られる覚悟なんて出来てない。いやホント、なんであんなこと言っちゃったんだろう。
 お隣さんの食事を作り続けたいなんて欲求で、今の生活が変わらないような就職先を探す気で居る。というのは言わずに我慢できたのに。
 でもあれだって、そんな理由で就職の幅を狭めるな的な説教を予想しただけで、そうしたいこちらの好意を否定される想定ではなかったか。
 この人自身が、大家さんにも階下の老人にも昔お世話になった好意を隠さないのだから、この人にお世話になっている自分も、この人への好意を示していていいのだと思っていた。
 もう一度大きく息を吐いて、持っていた箸を置く。
 逸らしていた視線を相手に向けてしっかりと見返せば、そこにはもう驚きの顔はなく、何かを思案しているようだ。
 ああこれほんと、失敗した。胃のあたりがキュウキュウと痛い。
「あの、無理って言われるのもパパ活なんかダメって言われるのもわかってて言ってるんで、俺としては、さっきのは聞かなかったことにしてくれていいんすけど」
 相手が忘れてと言った失言を、忘れるなんて無理と言い返した自分が、聞かなかったことにしてくれと言うのは都合が良すぎるだろうか。
「それに、アンタの目を盗んでどっかの誰か相手にパパ活しないのも、ホントっすから」
「それは疑ってないよ。というか一つ確かめたいんだけど、いい?」
「どーぞ」
「おれと、結婚前提のお付き合いをしませんか?」
「は? 結婚?」
「って言ったら、検討する?」
「いやだから、結婚ってアンタ、何言い出して」
「結婚っていうか、パートナーシップ制度ね」
 うちの自治体にもあるよと言われて、へぇそうなんだ、とは思ったし、そんなの知らなかったけど。
「いやいやいや。急すぎ。ってかアンタ結婚願望なんてないだろ」
「なくはないよ」
「嘘つくな!」
「ホントだって。てか前にも言ってると思うんだけど。おれと、結婚してくれるような相手がいないだけだよ」
「いやだからそれが……え、マジで?」
 いや確かに、結婚に対して、相手がいればね〜みたいな濁し方をされたことはあった気がする。でもそれを、結婚したいけど相手が見つからない、という意味に取るのは無理だ。
 だってこの人がモテナイなんて思えない。この人と結婚したい女が見つからないなんて思えない。
 その気がないから探してない。とか、その気がないからお断りしてる。って考えるのが普通じゃないの?
「えと、その、なんかよっぽどヤバい性癖、とか……?」
「んー……性癖、ではないけど、特殊な要望を持ってるのは事実だよね」
「ちなみに、それってどんな……?」
「まずこの狭いオンボロアパートから引っ越したくない。って部分で大半が引くでしょ」
「あ〜……」
 それはそうだ。てか結婚したあともここに住み続けたいのか。その発想はなかったけど、言われて納得する程度には、この人がここの暮らしを気に入ってるのは知ってる。大家さんとも階下の老人とも、関わり続けていたいんだろう。
「あと2年ほど前から、食事はなるべくお隣に住む大学生が作ってくれたものを食べたい。ってのが増えて、詰んだよね」
「待て待て待て待て。え、なにそれ?」
「君に無理強いする気はないから、君がもう無理って言うまでは君のご飯を食べたいなってだけ。で、いつまで食べれるかわからないから、今は結婚よりそっち優先したい、って話だけど」
「いやいやいや。そんな執着するほど凄い飯なんか作ってないだろ」
「ご飯の味だけじゃなくて。君といっしょに食べる時間とか、君が持たせてくれたお弁当を開ける時のワクワクした気持ちとか、そういうの全部含めて、だよ。てかそろそろ気づいて欲しいんだけど」
 え、何を? と思った気持ちは相手に筒抜けだったようで、相手が諦めに似た溜め息を吐いた。
「おれが君を、恋愛的な意味を持って好きだ、ってことに」
「はああああ???」
 盛大に驚いてしまえば、相手はがっくりと肩を落としたかと思うと、机に両肘をついて顔を隠すように俯いてしまう。
 はぁあああ、と、相手からも盛大な溜め息が吐き出されてきた。

続きました→

 
 
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