親切なお隣さん14

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 前回までは祖父が居たから渋々ながらも正月には祖父宅で顔を合わせていたけれど、祖父が居ない正月に顔を出す気なんてあるはずがない。しかし祖母や親は当然来ると思っていたらしい。
 といっても祖母には一応事前に知らせてあったから、まさか元旦になってから電話が来ると思ってなかったし、親が何度も電話を掛けてきていたその時間は当然だがバイト中だった。
 今年は帰省しないと言ったら、お隣さんも帰省時期をずらして年末年始をアパートで過ごすと言ってくれたから、休みを貰うか迷う気持ちもなくはなかったのだけれど。でも休みを貰ったところで何をしていいかわからないというか、お隣さんと過ごす正月のイメージが欠片も湧かなかったのと、通常の土日祝日よりも更に時給がアップするとわかっていたから、バイトの方を優先してしまった。
 ただ、年越しは一緒にしようと誘われて、昨夜はお隣さんの部屋で年が明けるまで一緒に過ごした。といっても、夕飯後から年が明ける少し前まで、コタツでぬくぬくと寝てしまっていたのだけど。
 年末特有のテレビ番組が流れる部屋で、お隣さんの気配を感じながら微睡むのは、なんとも贅沢な時間だった。少なくとも、自分の中では。
 それに、今朝は少し早めに一緒に家を出て、近くの小さな神社に初詣まで行ってしまった。
 一人で寂しく過ごすどころか、例年より穏やかで楽しい年末年始を過ごしていたから、帰省しなくて大正解って思ってたのに。
 大量の不在着信には、バイト終わりにすぐに気づいた。嫌な予感しかなかったものの、放置するともっと面倒なことになりそうで折り返しの電話をかける。
 開口一番、どういうつもりだと苛立ちを隠さない声で怒鳴られたのを適当にいなして、祖父が居ない正月に顔を出す必要を感じないことと、ついでに大学を辞める気なんてないことを伝えた。春にはちゃんと戻るんだろうな、なんて言うから、戻るわけがないと知らせるためだ。学費の目処は立っていると言ったら、借金なんて許さないとか言ってたけど、アンタの許可は必要ないと言い返して電話を切ってしまった。
 大きく溜め息を吐き出しながら、今から帰りますとお隣さんにメッセージを送る。しかし、すぐに返ってきたメッセージを見て、気持ちはますます落ち込むことになった。
「なんで……」
 画面に映し出された文字は、間違いなく、弟の来訪を伝えている。
 でも、部屋の前で寒そうにしてたから保護したってどういうことだ。てかアイツは正月早々なにやってんだ。親と一緒に祖母だけになった祖父宅に行ったんじゃないのか。
 意味がわからなすぎるし、会いたくないし、憂鬱すぎる。でもお隣さんと弟を二人きりのままにしたくもない。
 嫌だ嫌だ帰りたくないって気持ちでいっぱいなのに、足だけはなぜかいつもよりよく動いて、アパートに着く頃にはすっかり息が上がっていた。
「戻りました!」
 合鍵を使って飛び込んだ先、こちらが台所と部屋とを分ける引き戸に手を掛ける前に、それがカラリと開いて少し困った顔のお隣さんが顔を出す。
「お帰り。早かったね。というか急かしちゃったかな」
 お隣さんに悪いとこなんて一つも無いのに、ごめんねと謝られてしまった。
「いえ、こっちこそ、弟がお世話になりました」
「帰宅時間を知らせて、寒いから部屋に誘っただけで、お世話ってほどのことはしてないけど……」
「えと、何か、ありました?」
 最初から見せている困り顔はそのままで、明らかに何かあったのはわかるけれど、それを確かめるのはなんだか怖い。
「てかさぁ、今、兄貴、合鍵で入ってきたよな? てことは、マジに兄貴がアンタの飯炊きやってんの?」
 お隣さんの奥から聞こえてきた不機嫌そうな声に、あれ? と思う。家庭内では王様な弟は外面がめちゃくちゃいいので、初対面の相手にこんな不機嫌な声を出すことなんてないはずなのに。
「その、弟さんとは出来れば仲良くしたかったんだけど、どうやら嫌われたっぽくて」
「は? 嘘だろ?」
「んじゃ兄貴も戻ったことだし、俺等は兄貴の部屋行くから」
 ドーモオセワニナリマシタ、と明らかな棒読みで告げながら、弟がお隣さんを押しのけて台所に姿を表す。けれど、そうだなと頷いて一緒に戻る気はなかった。
「俺に用があって来たんだろうし、まだ帰る気ないってなら俺の部屋居ていいけど、俺はまだここでやることあるから」
「まさか夕飯作るとか言うのかよ」
「まさかってなんだよ。そうだよ」
「じゃあ俺の夕飯は?」
「知るかよ。コンビニでも行って好きに買ってくれば?」
「俺がコンビニ飯なんか食わないの知ってるだろ」
「別に食えないわけじゃないだろ。それに俺の部屋、食材も調理器具もなんもないぞ。あとスーパーも今日は休みだな」
 ギリっと歯ぎしりが聞こえそうなくらい弟の顔がこわばっている。というか睨まれているのだけれど、なぜか焦りもなければ怖さもない。
 多分、ここがお隣さんの部屋で、すぐそこにお隣さんがいるせいだった。

続きました→

 
 
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