「ほら、風呂沸いたから入ってこい」
タイミングよくタイマーが鳴ったので、弟を風呂場に追い立てる。
風呂場は台所から続いた先にあって当然エアコンなんて効いてないので、やっぱりめちゃくちゃ寒いと文句を言われたけれど、お前が入んないなら俺が先に入るといえば、渋々ながらも服を脱ぎだす。
冬場だし、一日くらい風呂に入らなくたっていい、って言うならもうそれでいいって気持ちもあったんだけど。でも先に入るって言ったことで、一番風呂を兄に譲りたくはないって気持ちが刺激されたらしい。もちろん、知ってて言った。
「寒いのわかってるならよく温まってこい。あと替えの下着とか寝間着とかタオルとか、全部俺が普段使ってるやつだけど、一応用意はしてやるからそこ文句言うなよ」
「買い置きの新品とかは?」
「あると思うか?」
小さな舌打ちのあと貧乏人と吐き捨てながらも、それ以上は何も言われなかったので、弟が全裸になる前にさっさとその場を後にした。
着替えやらを用意したあとは布団も敷いたが、もちろん、来客用の布団セットなど用意があるはずもない。
今からでも帰るって言わないかなと思ったりもしたけれど、寒い寒いと文句を言いつつ風呂まで入っている弟に帰る気はないだろう。まぁこんな小さな布団で一緒に寝るのは絶対嫌だとごねられて、畳で寝ろとか言い出したら、いっそお隣さんの部屋に避難するのも有りかと思う。
コタツで寝かせてって言ったら嫌な顔をしそうだけど、断られたら畳で寝る羽目になると訴えれば許可はしてくれるだろう。
そこまで考えて、結局いまだ弟の来訪理由が聞けてないなと思う。
さっきの発言からもわかるように、弟は実家の経済状況の事実を知らないし、親ほど長男が実家に戻って就職することに拘ってもいないはずなんだけど。
と思ったら、さっきのやり取りを思い出してしまって、溜息がこぼれでる。
お前は悪くないよと言った言葉に嘘はない。だって弟は、とあるマイナー競技の才能を、ちょっとばかり多めに持って生まれてきただけだからだ。
その才を伸ばそうとして、金と時間を注ぎまくったのは親の選択で、弟至上主義な家庭方針で弟をわがまま放題に育てたのも親で、多分弟にも、そんな親の犠牲になった部分はある。
親の期待を一身に背負う立場がどんなものか、自分にはわかりようもないけれど。でも、弟との扱いの差は歴然だったのに、弟を羨ましいと思ったことはなかった気がする。
だってあの親からの期待なんて絶対重い。高校に上がってバイトが出来るようになった後、親からの家に金を入れろという圧には正直辟易した。あれも間違いなく、親からの期待ではあるだろう。その期待に応えられなかった時、親がどういう態度をとるのかというのも知っている。
今にして思えば、期待通りの成績が出なかった時の弟の荒れ具合はかなり酷かったが、あれは親への牽制もあったのかも知れない。バイト代をどうにか徴収しようとする親に向かって、弟並みに荒れて暴れて抵抗していたら、もしかしたら自分も腫れ物扱いで放免された可能性はある。
あの当時はそんなこと考えもしなくて、バイト代をどう隠し通すかばかり考えていたのだけれど。
親からの洗脳に近い、自分も家族の一員として弟のために出来ることはやらないと、という気持ちが崩れたのも、その辺りからだったように思う。
それまでは、弟につきっきりの母親の代わりに家事を覚えることも、小遣いなんてものはなく、最低限必要なものを渋られながら買って貰うことにも、そこまで不満はなかった。弟が頑張るためにはお金が掛かるから仕方がないって思ってたし、それが弟への協力なんだと思ってた。
でも年齢があがって色々見えるものが増えたのと、少額とはいえ自分で稼ぐようになって、親のおかしさに気づいてしまった。
うちが貧乏だった一番の原因は父親だ。弟の活動のために親として金を稼ぐ、という部分が明らかに欠落している。
弟のことは母に任せて、自分は金を稼ぐって方向に父が頑張っていたら、うちは多分そこまで貧乏じゃなかった。
でも父は弟を直接応援することを優先してたから、給料は勤続年数に合わせて上がるどころか下がったらしい。そりゃ遠征のたびに夫婦して応援に出かけてたら、有給なんてあっという間に消失するだろうし、遠征費が生活費を圧迫するのも当然だ。
給料が減っても生活を改めなかったのだから、うちが弟の成長に合わせて、どんどん金に困っていくのは必然だった。なんせ、成長するにつれて遠征先があちこち増えた。それは、あちこち行く必要があるくらい、弟がちゃんと活躍していたとも言えるのだけど。
ただそれを、長男が就職すれば金銭面は大幅に解決すると思っているらしいところも、やっぱりだいぶオカシイ。まぁ反抗らしい反抗はしてこなかったし、表向きバイト代は全額親に渡していることになっていたし、弟の頑張りは一応認めていたし応援する気持ちだってあったから、就職したら文句もなく給料を全額差し出すと思っているんだろうけれど。
推薦が貰えるくらい成績がいいなら大学には行ったほうがいいと祖父が言ってくれたから。渋る親を説得、というよりは多分、弟にも金を出すって方向で納得させてくれたから。祖父の協力の元、こうして高校卒業と同時に親元を離れられたけれど。でももしあのまま就職していたって、遅かれ早かれ家は出たと思う。
*ポチッと応援よろしくお願いします*
にほんブログ村 BL短編小説/人気ブログランキング/B L ♂ U N I O N/■BL♂GARDEN■
HOME/1話完結作品/コネタ・短編 続き物/CHATNOVEL/ビガぱら短編/シリーズ物一覧/非18禁