親切なお隣さん19

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 弟が風呂から出たあとは、こちらも急いで風呂を使う。部屋に入ってくるなり何か言いたげにしていた弟のことは、風呂は連続ですぐ使わないと光熱費が勿体ない、という言葉で黙らせた。
 どうせ一組しかない布団に気づいたせいだろう。そしてその件はこちらが風呂に入っている間に、弟の中で何かしら折り合いをつけたらしい。
 部屋に戻っても、一組しかない布団については特に言及されなかった。
「一応言っておくと、布団はそれしかないから」
「見りゃわかる」
 布団の真ん中に胡座をかいて座る弟は、手の中のスマホから視線を上げもしない。それはこちらが布団の端に腰を下ろしても変わらなかった。
「で、お前がここ来た要件ってなに? まさか祖母ちゃんとこ顔出さなかったから俺の顔見に来た、なんてことは言わないよな?」
 弟はスマホを見つめっぱなしで返答がない。小さくため息を吐きながら、ホント何しに来たんだよ、と思う。
「話すことないなら俺は寝るし、寝る時はエアコンも切るからな。起きてたきゃ好きにしていいけど、電気も消すから」
 そこまで言ったらようやく弟が顔を上げてこちらを見たが、その顔は不機嫌そのものだ。まぁそんな顔をされたって、親元から離れた今はもう、弟の機嫌を取ろうなんて考えもしないけれど。
「それもある。っつったら兄貴的にはどう思うの?」
「は? それ?」
「兄貴の顔見に来た」
「本気で言ってんなら、元気にやってんのわかって満足したならさっさと帰ってくれ、だな」
「それだけ?」
「それだけってなんだよ」
「会いに来てくれて嬉しい、みたいなの」
「あるわけないだろ」
 思わず即答してしまったが、ますます機嫌が悪くなるかと思った弟は、何やら考え込んでいる。
「つまり、帰省費用が出せないからって理由で帰らなかったわけじゃない、ってこと?」
「出せなくはないけど、わざわざ金かけて帰る理由がない」
「理由……って祖父さん?」
 祖父さん以外には会いたくないから帰ってこなかったのかと聞かれて、そうだよと返した。
「祖父さん俺が金ないのわかってたし、ちゃんと足代くれてたからな。それに俺を大学に通わせてくれてたの祖父さんなんだから、顔見せにおいでって呼ばれたら行くに決まってんだろ」
 ちなみに正月だけじゃなく、盆にも祖父宅には顔を出していた。祖父の夏休みに合わせて呼ばれていたからだ。
「じゃあ祖母ちゃんとか父さんが帰ってこいってお金出したら帰って来る?」
「いや多分断るかな。っつうか俺に金なんか出さないと思う」
 祖父に会いに行くときは当然祖父宅に泊まらせてもらっていたし、家事なんかは率先して手伝っていたけれど、祖母はやはり少し迷惑そうにしていた。祖父が孫たちのために出した金額の詳細はわからないけど、自分の学費分だけだってそれなりの金額だし、想像が当たってて弟へも援助してたなら、祖母が自分の大学進学にいい顔をしないのも納得は行く。
 自分が素直に就職していたなら、祖父宅はもっと豊かな生活が出来るはずだったのだから。
「別に俺に会いたいとも思ってないだろ。だからお前がマジに俺に会いに来たって言うなら、嬉しいってより意外でしかないな。お前も俺に会いたいなんて思わないと思ってた。つうか今もそう思ってるけど」
「父さんは兄貴が帰ってこないの、結構不満そうにしてるけど。早く大学なんか辞めて帰ってくればいいのにってしょっちゅう言ってるし、今日も兄貴が来てないの知って怒ってたし」
「それ、俺に会いたいわけじゃないだろ」
「なんで? 兄貴と会えると思ってたのに会えなかったから腹立ってんだろ?」
「今日会えなくて腹立ったのは、俺にさっさと大学辞めて帰ってこいって話をするつもりだったから。俺に帰ってきて欲しいのは、就職した俺の給料目当て。それだけだよ」
「そんなことないだろ。まぁ、母さんが兄貴に戻ってきて欲しいのは、家事頼みたいからっぽいけど。つか母さん、兄貴より家事下手じゃね?」
「お前につきっきりであまり家事やってこなかったせいだろ。あんなの慣れなんだよ」
「じゃあ外注してたらいつまでも上手くならないじゃん」
「外注?」
「兄貴大学入ってから、時々掃除する人頼んでるけど。あとコンビニ弁当は出されないけど、あんま料理もしてないっぽいっつうか、通販? とかでなんか色々買ってる」
 最初は当たりハズレでかかったけど最近はそれなり、なんて言っているけれど、それは弟の反応を見て買う商品を絞ったってだけだろう。弟がそれなりに美味いと思うような商品が、どれくらいの価格なのか想像もつかない。
「まじかよ……」
 どこにそんな金がと思ってしまって、頭が痛くなりそうだ。

続きました→

 
 
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