親切なお隣さん25

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 ぐちゃぐちゃな気持ちは、背中を撫でられ大好きだと繰り返されているうちに落ち着いていく。
「も、ダイジョブ、です」
 自分から止めなければいつまでも続けてくれそうな気配に、甘え続けるのが居た堪れなくなったところでストップを掛けて顔を上げた。
「落ち着いた?」
「はい」
「ん、良かった」
 泣いたばかりの顔を見られるのは恥ずかしくて、そっと視線を外してしまえば、赤くなっているだろう目元に相手の唇がふわりと触れて離れていく。
 触れられた目元だけでなく、なんとなく胸の中までこそばゆい。ふふっと笑うみたいな息を吐けば、相手も釣られたみたいに笑ってくれる。
 笑いあって、視線が合って、相手の顔が近づいてきて。でも唇が触れる直前に、慌てて相手の胸を押しつつ、自身は仰け反り逃げてしまった。
「すみません。顔、洗ってきます」
 えっ、という驚きの顔に向かってそう告げた後、急いで立ち上がって部屋を飛び出る。そして台所の流し台でザブザブと顔を洗った。このオンボロアパートには洗面所なんてないからだ。
 弟に噛みつかれた口元を特に念入りに洗って、ようやく少し気が晴れたけれど、今度は部屋に残してきたお隣さんが気にかかる。キスをねだったことはあっても拒否したことなんてなかったから、最後に見た驚きの顔が目の前にチラついて憂鬱だった。
 憂鬱なのは、突然拒否した理由を話さないわけにはいかないとわかっているからで、話したら弟にキスされた事実も知られてしまう。既に襲われかけたって話はしてるけど、細かな詳細はあまり知られたくなかったのに。
 弟とのことは、お隣さんと体の関係がないなら抱いてやるから自分に尽くせと言われた、程度に濁すつもりだった。
 弟との間に何があったか、なんてことよりも、両想いなはずなのにお隣さんとの関係が進展する気配がない、ってことの方が自分にとっては重要だからだ。
 恋人になるまでとか、パートナシップ宣誓後じゃなきゃセックスしないとか考えてるならそれでもいいから、ちゃんと知っておきたいし、せめてその気があるんだと安心したい。こちらがお付き合いは無理って言ったせいで、その気があるのに我慢させていると言うなら、いっそ責められたい。
 万が一、キス以上のことはする気がない、プラトニック寄りな関係を求められたらどうしよう。本当は今すぐにでも抱かれたいって言ったらどういう反応をするんだろう。
 聞きたくて聞けずにいいたそんな色々を、この機会に聞いてしまうつもりだった。
 だからこそ、こんなところでいつまでも躊躇っている場合じゃない。お隣さんが様子を見に来てしまう前に、ちゃんと自分で戻らなければ。
 覚悟を決めて、小さな溜め息を一つ残して部屋に戻れば、お隣さんは今度こそ神妙な顔つきで待っていた。もう、こちらを向いて笑ってはくれない。
「すみませんっした」
「いや……っていうか、襲われかけてたって言ってたけど」
「キスだけ、す」
 どこまでされたか聞かれる前に自分で申告した。
「まぁ、キスしたってより、口に噛みつかれたって感覚すけど。ついでに言うなら、もうちょっとで口開けさせられそうってとこで来てくれたから、口ん中も無事っすね」
 でも口の周りはベロベロされまくったからアンタとキスする前にどうしても洗いたくて、と先ほどお隣さんのキスを拒否った言い訳も一応しておく。
「そ、っか。えと、弟くん的には、自分を好きになって欲しいから押し倒してキスした? って認識でいいの?」
 でも抵抗して嫌がったんだよね? と続ける顔は、全然納得してないと言うか、意味がわからないと言いたげだった。
 嫌がる相手に襲いかかっておいて、自分を好きになれなんて無茶苦茶だ、って気持ちは当然だと思う。だって、お隣さんが来てくれなくてもそう簡単にヤられてたとは思わないが、もし仮にあのまま弟に抱かれたとして、それで実家に戻って弟のサポートをする気になるかって言われたら、絶対ないだろう。
 ただ、脅されて屈する未来はゼロじゃなかったかも知れない。
 弟に抱かれて善がりまくった、なんて事実がもし出来てしまったら、お隣さんの前から逃げ出したくなるかも。とは思うし、弟の狙いはそっち、という気もする。
「もしかして、育ってきた環境的に、キスされて本気で嫌がる相手なんか居ない、みたいな絶対的な自信を持ってるとか、そういう……?」
「絶対ないとは言い切れないすけど、今回のはそういうんじゃなくて。俺が、アンタを好きだって知られたせいっす」
「えっ?」
「さっき帰り際に、俺からキスねだったじゃないすか。それと他にもまぁちょっと色々あって、俺ばっかり一方的に好きみたいに思われたっていうか、抱いてやるから抱いてもくれない男好きでいるより俺に尽くせ、が弟の言い分っぽかったすね。てか俺とアンタとの仲をぶち壊すのが一番の目的じゃないっすかね」
「仲をぶち壊す……」
「こっちで就職するつもりだとか、実家帰ってアイツのサポートするよりアンタに尽くすほうが断然マシ、みたいな話をしてたんで。後まぁ、キスしてるし好きとは言われてるけど、デートもセックスもしてない、とかも知られたんで、じゃあ俺が抱いてやるよ、みたいな」
 後半少し、相手を責めるような気持ちがあったことは認める。もちろんこのあと、ちゃんと自分の口で聞くつもりで居た。
「あの、ちょっとそれ、言い訳していい?」
「え?」
「好きって言ってキスしてるのに、デートもセックスもない言い訳」
「え、恋人じゃないから、じゃなくて?」
「え、待って。おれたちって恋人じゃないの?」
 互いに驚いた状態で顔を見合わせてしまえば、なんだか気まずい空気が部屋の中を満たしていく。

続きました→

 
 
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