親切なお隣さん26

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「でも俺、アンタとお付き合いできないって、言いましたよね?」
「いやでもだって……」
 気まずさを振り払うようにそう口にすれば、相手は何かを反論しようとして、でも途中で言葉を切ってしまった。そして代わりに、大きなため息が吐き出されてくる。
「あの……」
「うん、ごめん。勘違い、した。というか確かに付き合えないって言われた気がする」
 少なくとも言葉による了承は貰ってないねと続いたから、どうやら互いの記憶に齟齬はないのだけれど。
「ただ、結婚なんて単語使ったから、そこまでは考えられないみたいな意味に思ってたと言うか。その、問題はそっちの家庭事情とかだったから、好きって言ってくれたし、口のキスをねだってくれたし、問題先延ばしにして取り敢えずキープ的な? そういう立ち位置になったのかと」
「キープって……」
 思わず絶句すれば、慌てたように言葉が悪かったと謝られて、でも、取り敢えず恋人って形に収まった認識だったんだよと続いた。
「というか帰り際にキスして、結構頻繁に好きって言い合ってたあれ、恋人じゃなかったならなんだったの?」
 そう尋ねられてしまうと、こちらも返答に困る。恋人って関係になったからしてた、って言われたら納得でしかないんだけど、じゃあなんで恋人って認識じゃないまま応じてたんだって話になると説明が難しい。というよりは、ちょっと言いにくい。
「なんかそういう習慣が出来た、みたいな?」
「習慣!?」
「お互い好きなのわかってるなら、付き合ってなくても、キスしたり好きって言うくらいはしても普通なのかと」
「多分普通ではないね」
「あー、まぁ、ですよね」
 あっさり否定されて、こちらも思わず肯定を返してしまった。
 いやだって本当は、普通ではないよなと思っていたしわかってもいた。嫌じゃなかったし止めたくもなかったから、これくらい普通って思い込んで流してただけで。
「でも恋人って思ってたなら、デート誘ったりキス以上を求めてくれたって良かったんじゃ。てか俺とそういうことしたい気持ち、やっぱそんな無いですか?」
 まぁ恋人って認識がないままでも誘われれば喜んで応じていただろうから、あとになって今以上に揉めそうではあるけれど。
「あるからこそ、言い訳させて欲しいっていうか」
「ああ、はい。ぜひ」
 はっきりとなにか理由があるならぜひ知りたい。
「その前に確認だけど、おれとしたいって思ってくれてた? よね?」
「まぁ、それなりに」
「ごめんね。はっきり求められなかったから、それに甘えて先延ばしにしてた。って、あれ?」
「あれ?」
 相手が疑問符を残して言葉を止めてしまったので、こちらも語尾を繰り返して先を促してしまう。
「もしかしなくても、恋人の認識はないのに、俺がキス以上を求めたら応じる気だった?」
「だって!」
 責められる雰囲気というか説教モードに入りそうな気配に、逆らう気概で声を上げた。
「両想いってわかってんだから、そりゃしてみたいに決まってんじゃないすか。お付き合い断ったし結婚なんてできっこないけど、だからこそ、貰える思い出は貰っときたいみたいな」
「一応言っとくけど、おれはまだ、ぜんぜん、君との結婚諦めてないからね」
 まだ、ってところと、ぜんぜん、をかなり強めに主張されていささか呆気にとられながら相手を見つめ返せば、本気だよとダメ押しを食らってしまった。
「いやさすがにそれは」
「君の家庭の問題を解決できればいいんだろ。少なくとも、君より弟くんを選ぶなんてことはないって言い切れるし、今日、弟くんと会ったっていう実績が出来たんだから、今度は君もそれを信じられるんじゃない?」
 確かにそれを、信じられないからと突っぱねることはもう出来ないけれど。そしてこの場合の沈黙は肯定だ。
 少なくとも相手はそれを肯定と受け取って、再度口を開いた。
「で、デートもセックスも誘わなかったのは、その諦める気がないってのとも少し関係してるんだけど」
「婚姻届っていうか、パートナーシップ宣誓? っての出すまではしない、みたいな?」
「さすがにそこまで待つ気はなかったけど、君の問題をもう少し片付けてから、とは思ってた。というか今の君は自分のことで基本手一杯でしょ。これ以上、おれとのことに時間割いて欲しくなかったんだよ」
 相手は、諦めないってのは時間はたっぷりあるってのと同義だからねと続ける。

続きました→

 
 
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