「ちょっと!」
思った通りに、怒ったみたいな焦ったみたいな、少し呆れを含んだ声を掛けられてニヤリと笑った。
「気持ちよかったすか?」
「良かったからこうなってるんでしょ」
ちょっと棘がある声音に、やっぱ怒ってんのかなと思う。
「最後飲んだの怒ってます?」
「怒ってるっていうか、ちょっと嫌なこと想像しちゃって自己嫌悪してる」
「嫌なことって?」
「したことないって話を信じると、誰かに口でして貰ってめちゃくちゃ気持ちよくなった経験でもあるのかな、みたいな」
「ゲッ」
「ほら、図星」
口でするのに執着しすぎと指摘されて、なんでそこまで口でしたいのって考えたら思い至ってしまった、らしい。
「引きました?」
「何に?」
「したことないのにされたことはある、って」
「何かしらのパパ活経験あるのはわかってるし、別に引きはしないけど、良く無事で、みたいな気持ちはあるかな」
抱かれたことないのも本当なんでしょと聞かれて、本当ですと返したけれど。でもはっきりと目が泳いでしまった自覚はあって、それを見逃してくれる相手ではなかった。
「何か後ろめたいこと抱えてるなら、いっそ全部話してみる?」
「え?」
「パパ活やってたの大学入学前でしょ。家庭の事情とか色々あるのわかってるし、好奇心で試したってよりお金に困って仕方なくだと思ってるし、さっきも言ったけど、君がパパ活経験してなかったら君に恋愛感情持ったりしなかった可能性高いし、エロいサービスって単語が出た時点で一緒に御飯食べるだけ〜みたいな健全寄りなパパ活じゃなかった可能性は高いって思ってたし、だから今更、それを理由に君への気持ちが無しになるわけじゃないからさ」
話したくないだろうから聞かなくていいと思ってたけど、いっそ全部ぶちまけたほうが気が楽になるんじゃないの。どんなパパ活してて、どんなことして、どんなことされたの。
なんて畳み掛けるように聞かれて言葉に詰まる。
「そ、れは……」
「嫌だったのに無理やり何かされた、みたいな嫌な思い出にはなってないよね? でも正直に言ったら多分俺が引くようなことは何かしてるんだよね?」
「え、ええ……?」
指摘されてもさすがにそんな認識はなくて戸惑った。いい人にあたったと思ってるし嫌な思い出になってないのは事実だけど、言ったら引かれるような何か凄いことをされたって記憶はない。
というかそもそも、パパ活でエロい経験したことあるって部分が、知られたら引かれるはずの隠したいことだったはずだ。
「や、その、パパ活経験済みでエロいサービスもしたことある、なんて知られたらもうそこでドン引きなんじゃ? だって未成年だったんすよ」
そういうのは絶対嫌いだと思って口にすれば、未成年だってわかってて手を出す大人は総じてクズだと思うし周りの大人は何やってんだって思うけど、止めてくれる大人が周りにいなかった君を責める理由はないよねと言われて、なんだか少し胸が痛い。
「ああ、後ろめたいのはそこか」
「え?」
「パパ活しないで済む方法があったら、周りに助けてくれる大人がいたら。パパ活なんて本当はしたくなかったよね」
「そ、な、」
胸の痛みが増して息苦しい。混乱が頭どころか体の中を駆け巡ってるみたいで、目眩までしてきた。どこか他人事みたいに、ベッドに座った状態で良かった、なんて思ってしまう。
「初めてパパ活したのって幾つの時?」
「初めて……っていうか、一回だけしか」
優しい声に促されるまま口を開いた。
「一回だけ? 何にお金が必要だったの?」
「修学旅行」
「もしかして中学の?」
「高校はバイト、できたから」
「ああ、うん。そうだね」
中学時代!? って驚かれるかと思ってたのに、やっぱり穏やかな声がただただ肯定してくるから、そのまま当時に思いを馳せていく。
「積立はさすがに親が払ってたけど、お小遣いとかはなくて、自由行動の日とかあってそれとは別にお金は持ってかなきゃいけなくて。小学生の時はまだそこまで貧乏じゃなくて、お土産用のお小遣いとかあったから、そういうのも持ってくものだと思ってて」
でもお土産なんか買って帰ったらどこから出たお金か追求されるって気づいたのは旅先だった。だからせっかく手にしたお金は修学旅行先では殆ど使わなかったけど、でもなんだかんだ自由に使えるお金はありがたくて、気づいたらなくなってた。ような気がする。
なくなってホッとしたくらいには、手元に置いておくのが苦しいお金だった。
あんな真似までして手にしたのに、結局無駄に消費しただけに終わったから。
「だから一回だけなんだ」
つらつらと話すのを黙って聞いていた相手が納得した様子で頷くのを見て、その通りだなと思う。結局無駄になったから、二度目なんか考えなかった。
いつの間にか、そう悪い経験じゃなかったとか、いい人にあたってお金を手に入れたって部分だけ、記憶に残していたらしい。
ずっと、無駄にしたってことをなるべく思い出さないようにしてたのに。でも、久々に思い出してしまった。
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