親切なお隣さん8

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 駅前にあるクリーニング店に出していた喪服を引き取ったあと、同じ並びにある小さな洋菓子店の前で立ち止まる。2年前、大家さんへのお礼を買って以来一度も入店していないその店に、一人で入るにはやはり勇気がいる。
 そもそも、今後めちゃくちゃ節約が必要になることが確定しているのに、ここで千円以上の出費が許せるのかどうか。クリーニングだって、礼服だからとお値段お高め設定だったから、結構な額が飛んだのに。
 でも買わなくて済んだ分を考えたら、お礼はしたほうが良いんだろう。それに喪服を借りただけじゃなく、お隣さんが居てくれてよかったって、また助けられたなって、思っているんだから。
 祖父の葬儀で数日留守にすると伝えたとき、急な訃報に動揺し混乱する気持ちを宥めてくれて、喪服含めて持参したほうが良さそうなものの存在を思い出させてくれて、しかもそれらを素早く揃えてくれた。何かあったら何時でも連絡しておいでと言って送り出してくれた。待ってるよと言ってくれた。
 しんどい現実を突きつけられても、親の望み通りになんかならないとか、絶対諦めないとか強く思えるのは、ここが自分にとっての帰る場所だと思っているから。というのも大きい気がする。
 お隣さんには、本当に、凄く、感謝している。何かお礼の品を買って渡したことはないから、いい機会、とも言えそうだ。
 それにお断りと説教覚悟で例のアレを一応提案してみようかと思ってたりもするので、その前にちょっとご機嫌を取っておきたい下心的なものもあった。だってここでちゃんとお礼を用意したら、間違いなく喜んでくれるから。
 そんなことをあれこれ頭の中でこねくり回しながら購入したのは、今回も以前とほぼ同じゼリーの詰め合わせだ。時期もあの時と同じく夏だし、自身が苦手なものを贈答品に選ぶとも思えないし、多分問題ない。
 その判断は間違っておらず、帰宅した相手が食卓につくのを待って、喪服のクリーニングが済んだことを告げながらゼリーの詰め合わせを差し出せば、相手は嬉しそうに頷きながら受け取ってくれた。
 よく出来ました、と口に出されてはいないけれど、きっと似たようなことは考えているだろう。素直な人なので、そういうのは顔を見ればなんとなく伝わってきてしまう。
「役に立ててよかった」
「ほんと助かりました。それで、あの、図々しいの承知で、ちょっと相談したいことが……」
「え、いいの?」
 嬉しい、とこぼれた小さな声まで拾ってしまって、あれ? と思う。相談したいって言っただけで、なぜ喜ばれるかわからない。
「あの、いいの? ってのは?」
「あーいや、ほら、最近ちょっと様子おかしかったけど、原因ってどう考えてもお祖父さんのことだと思ってたから、こっちから踏み込んで聞いていいのか迷ってて」
 家族の話とか生い立ちとか話すの苦手でしょと指摘されて、その通りだし、散々気を遣って貰っていたのも感じていたのに、気づいてなかった。というか最近様子がおかしかった、というのを自覚してなかった。
 でも金策に悩みまくって今の生活にどうパパ活を取り入れるか、なんてことまで考えてたのは事実だから、傍から見たら様子がおかしく見えても仕方がないかも知れない。
「あー……その、俺の大学の学費、出してくれてたのが祖父さんなんすよ」
「ああ、なるほど。いいよ。いくら貸せば良い?」
「は? え? ちょちょちょ」
「あれ? 借金の申込みじゃなかった?」
 早とちり? と聞かれて、早とちりですとは返したけれど。
「え、あ、あー……卒業後に絶対返しますって言ったら、それ信じて、俺に金貸す気があるって、マジ、すか?」
「マジだけど。あーでも下心はあるから、俺に借りるより公的な……てか学費の話なら、まず奨学金とかは考えないの?」
「は、え、下心?? って奨学金は……」
「お祖父さんが学費出してくれててバイト三昧なら、今は借りてないんだよね? 奨学金、借りられる条件とかって調べたことは?」
 下心が気になりつつも、相手が奨学金の話を進めてくるので、こちらもそれに応じる形になってしまう。
「あります、けど」
「無理そうだった?」
「保証人、絶対断られる。っつうか、親は大学辞めて戻ってこいって言ってるくらいなんで」
 親は健在なんすよと言ったら、知ってると返ってきた。喪主はお父さんって言ってたでしょと指摘されるまで忘れてたけど、そういや言ったかも知れない。
「でも、かなりバイト頑張ってるし、基準値以上の給料があれば大丈夫なはず」
 親と不仲で絶縁してたりする子供でも学べるように、奨学金が借りられる制度があるらしい。それは知らなかった。
「マジすか。えと、調べてみます」
「大学内にそういうの相談できるとこもあるんじゃないかな。多分」
「マジか」
「そういうのは、あるかも、って思って探さないと気付けないものだったりするよね。あともし奨学金が無理そうなら、俺が貸せるから大丈夫。で、ここのとこ考えてたのって、今後の学費のことだけ?」
 他に何か心配事とか悩みとかあるなら聞くよと言われて、心配事でも悩み事でもないんですけど、と前置いてから。
「さっきの、下心って何すか?」
「や、その、あれは……」
 聞いたら相手があからさまに動揺した。

続きました→

 
 
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「親切なお隣さん8」への2件のフィードバック

  1. こんにちはー!
    すっかり遅くなりましたが、9周年おめでとうございました!!
    いつも楽しみに拝読しています。素敵なお話をありがとうございます!

    今回のお話もすごく好きで、更新が待ち遠しい毎日です。
    いつも半ば保護者的に視点の主くんを見守ってきたスパダリなお隣さんと、時を経て菓子折りを買えるほどに大人になった視点の主くんにほのぼのして読んでいたら、お隣さんの唐突な「下心…」発言、ここにきて関係性が動くのか、とわくわくです。
    お隣さんの失言(?)の真意が明かされるのを楽しみにしています!笑

  2. お祝いコメントありがとうございます!
    そして今回のお話も楽しんでくださっているようで良かったです。
    お隣さんの「下心」発言は完全に失言で、ヤバっと思ったから奨学金の話題をグイグイ進めたのに、視点の主は聞き逃してくれませんでした。笑。
    以前二人の関係を「パパ活みたいなもの」って言ったことがじわっと影響してるというか、お金貸すのは簡単だけどこれだとますますパパ活では!? みたいに思って焦った結果の失言ですね。多分。
    次回お隣さんからどんな話が聞けるのか、まだ全然書いてないのでわからないんですが、私も楽しく書けそうな気がしてます。

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