言われた通り歯を磨いてバスルームを出たら、部屋の中は随分と暗くなっていた。小さく灯る明かりは、二つのベッドの間に置かれたサイドテーブルのフットライトだけだ。
バスルームのドアを閉じてしまえばかなり暗い。少しだけ目が慣れるのを待って、それから彼の待つベッドへ近寄っていく。
先程自分が彼を待っていた時と、今度は立場が逆だった。彼は身を起こしてベッドに腰を掛けていたから、その隣に腰を下ろす。
「謝ったほうが、いいですか?」
怒らせたとは思っていない。ただ彼の覚悟になかったことをしたのだろう自覚はあった。待って嫌だ止めての言葉を、強い抵抗がないからと無視したのも事実だ。
「怒っては、いない。かなり色々、ビックリした、だけで」
「驚かせて、すみません」
「自分からフェラしたがったりもだけど、お前、口ですることの抵抗感、あんまないのな。一応聞くけど、舐めて慣らすのが当たり前とか変な知識でやってないよな? ローションとか使う気ある?」
持ってきてないならこれ使ってと差し出されたボトルに、初めて彼がそれをずっと握りしめていたことに気づいた。暗さに全く気づいていなかった。
「大丈夫です。ゴムも、ローションも使います。ちゃんと持ってきてます」
慌てて先程枕の下に仕込んだゴムとローションとを、枕の下から引っ張り出して彼に見せる。そんな仕込みを明らかに笑われた気がするが、相手の緊張が緩んでこちらもホッと息を吐く。
「なんか見たこと無いローションだな」
彼の握っていたローションはごくごく普通のというか薬局にも並んでいるような有名な品だったが、自分が用意してきたのは確かにそこらで買えるようなものじゃない。クリスマスお泊りデートが決定したときにこっそり通販した。年齢はギリギリセーフだが、多分高校生という身分で手を出すのはアウトな品だ。
「まぁ、アナル用なんで」
暗いので見えにくいのかと、アナル用とわかるラベルを彼の目の前に近づけてやった。
「うぇっ!?」
「買いました。通販で」
「そ、そう、なんだ」
「貴方を抱きたいって言うばっかりで、どう抱くつもりか、そのために何が必要か、貴方にどうして欲しいのか、そういうの全然話し合わなくて、すみません」
「いやそれは、俺も、聞かなかったし」
お互い様だろと言ってくれるが、まったくそうは思えない。どこまで行っても、彼の負担が大きい現実とぶち当たる。
「アナル舐められるなんて、思ってもませんでしたよね?」
「汚いと思わないのかって衝撃はあるけど、そこ使って愛し合う以上、そういうのもありなんだって、頭では理解、してる。お前は最初っから男が性愛対象なわけだし、多分、俺が女の子を舐めれるのと、気持ち的にはそう大差ないんだろうとは思う。でも自分に重ねると、そんなとこ舐めんの絶対無理だって思うから、メチャクチャびっくりするし、どうしても汚いって思う。本当、ゴメン」
「謝らないでいいです。それと、俺だって相手と場合によります。男のなら誰のでも舐められるわけじゃないですし、というか正直あなた以外無理ですし、さっきのだって、貴方があんまり可愛いことしてるから、思わずって感じでしたし」
「可愛い?」
思い当たることがない様子で聞き返されたので、中まで綺麗に洗ってくれてますよねと確認するように返した。
「えっ、嘘、なんで?」
「それ、なんでわかるのかって聞いてます?」
理由を教えたら、恥ずかしすぎるんだけどと呟きながらがっくりと項垂れてしまう。
「俺が抱きたいとしか言わなかったせいで、自分でいろいろ調べて、一人で頑張ってくれたんだって思ったら、なんかもう堪らなくなって、可愛くて、愛しくて、汚いなんて欠片も思わず舐めてましたよ。しかも、ビックリして声を抑えるの忘れた貴方が、嫌だとかダメだとか言いながらも可愛い声を聞かせてくれたから、嬉しかったのもあって止めれませんでした。というか正直、まだ舐め足りないくらいの気持ちで」
「うん待って、無理」
つい正直に言い募ってしまったら、項垂れた姿勢のまま強い声に遮られてしまった。
「ああ、はい。歯も磨いて来ましたし、さすがにこれ以上アナル舐めする気はないです。でもセックスそのものを諦める気もないです」
もう一度キスから初めていいですかと問えば、項垂れたままの顔をこちらに向ける。
「俺イッたしもう終わり、とか言う気はないんだけどさ、明かりこのままでも、いい?」
「暗すぎません?」
「だって恥ずかしさが限界超えた」
「その理由可愛いんで頷いてあげたいところですけど、見えない中でちゃんと出来る自信がありません。もしこの暗さでするなら、気持ちいいか痛くないかを見逃さないように、ずっと貴方の顔を近くで見つめちゃいますけど。それは恥ずかしくないんですか?」
「恥ずかしいに決まってるだろっ!」
結局、サイドテーブルの上に乗ったライトを点ける許可をもらって、再度ベッドに並んで横になった。
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