ダブルの部屋を予約しました1

 恋人という関係になる前から、いつか一緒に行きたいね、という話はしていた。どうせ行くならせめて3泊はしたいし、出来ることなら一週間くらい滞在して、その地をあちこち巡りたい。
 なんて話に花を咲かせていたものの、互いに仕事があってそれぞれ繁忙期も違うので、なかなか実現することはなかった。半分くらいは酒の席での社交辞令というか、お互いそこまで本気で言ってるわけじゃないと思っていたのもあると思う。
 どっちも我が強いわけではないというか、互いに、もし相手が本気で誘ってきたら考えてもいい、程度に思っていた節はあると思う。相手か自分のどちらかがもっと強引に、スケジュールを調整するよう促し具体的に予定を立ててしまえば、もっと早くに、友人同士の旅行としてその地を訪れていた可能性は高そうだ。
 ただ、酒を飲みながらいつか行きたいという夢をだらだらと語るだけでも、それはそれで楽しかったし、同じものが好きだったり興味を持っていたりする相手への好意が育つのは簡単だった。恋人になってから聞いて知ったが、それは相手も同じだったらしい。
 自分たちは、多分、かなり似ている。
 何度となく、いつか一緒に行きたいと口にしていた旅行を本気で誘えなかった、かなり積極性に欠ける自分たちが、好意を晒して恋人になりませんかと誘えるはずはもちろんなかった。
 たとえばどちらかが女性だったら、もう少し話は別だったかもしれない。いつか一緒に行きたい、なんて話をノリノリでされるだけで、はなから恋愛対象として見てしまっていた可能性が高いし、男としてもう少し積極性を出すことを考えていただろうとも思う。まぁ、なに勘違いしてるのと笑われるのは怖いから、相当慎重に見極めるための時間を必要としただろうし、男女だったらもっと簡単に恋人になれたはずだ、なんてことは全く思っていないけれど。
 むしろ、男同士だったからこそ、積極性のない二人でもなんとか恋人になれたんじゃないか、という気がしないこともない。結局のところ、自分たちが恋人になれたのは、酒による失態という面が大きい。もしどちらかが女性なら、お互い、深酒をしての失態なんて晒さなかったはずだ。
 あの日彼は、育った好意が漏れ出ないように必死で気持ちを押さえ込みつつお酒を飲んでいたようで、珍しく悪酔いして吐いてしまった。これは相手の方がこちらより酒に弱かったと言うだけで、体質的にもっと飲めるタイプだったなら、吐いたのは自分の方だっただろう。つまり自分も相当、その時点で酔っていた。気持ちを押さえ込んで飲んでいたのは、こちらも同じだった。
 そんな酒で鈍りきった判断力により、その後自分たちは目についたラブホでご休憩し、それが結局ご宿泊になって、結果、翌朝には彼と恋人となっていた。
 ただし、一欠片だってあの日のことに後悔はない。育った好意を持て余すほど、いつの間にかこんなにも好きになっていた相手と、恋人になれて嬉しくないはずがない。
 ただまぁ、自分の消極性を情けなく思う気持ちはあるし、せっかく恋人になったのだから、もう少し積極性を出したほうがいいんじゃないかって、考えても居た。
 だから、今度こそ一緒に旅行をという話を本気で実現しようと思って、どうにか休みを調整できないかと、相手に話を持ちかけた。相手さえ休みが取れたら、こちらは何が何でも休みをもぎ取る気でいた。
 話はトントン拍子に纏まって、めちゃくちゃ喜んでくれた相手に、随分とホッとしたのは一週間ほど前になる。
 日程が決まったので、後は宿泊先のホテルをどこにするかとか、何を使ってその場所へ行くかなどを相談していたのだが、ホテルの予約は自分がと言ってくれた相手に、ありがたいと思う反面、ほんの少し違和感というか、珍しいなと思ったのは確かだ。宿の予約程度で、なんだか随分と意気込んでいるように思えたからだ。
 普段利用しているサイトのポイントだとか、そういう関連かとも思って、そこまで気にしてはいなかったのだけれど、彼が意気込んでいた理由は、もしかしてこれだろうか。
 手元の携帯には、予定していた宿の予約が済んだという連絡と共に、部屋はダブルで申し込みましたという一文が添えられている。
 決定事項だ。
 ダブルしか部屋が空いてなかった結果だとしたら、その前段階で、ダブルでもいいですかと聞いてくるはずだから、これは間違いなく彼自身の選択だと思う。
 たしかに自分たちは恋人で、恋人になってまだまだ日は浅いものの、既に数回、体の関係を持っても居る。だから特別ツインに拘る必要はないし、ダブルベッドで一緒に寝るのは構わない。構わないんだけど。
 この部屋の選択に、旅先でセックスしようという誘いが本当に含まれているのかどうか、皆目見当がつかない。
「いや、これ、お前、あちこち巡ろうって話、どうすんだよ……」
 もし体を繋げるような行為をしてしまったら、経験上、翌日あちこち巡れる元気はきっとない。
 思わず零した独り言が、静かな部屋に落ちて消えた。

続きました→

 
 
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