いやでも、彼にそう言わせるだけのことを、してきた自覚もなくはない。
「ごめんなさい。あと、ありがとう、ございます」
酷い真似をたくさんしたのに、恋人になりたいと言い続けてくれて、自分勝手で欲深い本音を引きずり出して、それを許して捕まえてくれたことに感謝していた。さっき後回しにされた色々だって、きっと一緒に気持ちの落とし所を探してくれるんだろう。逃がす気ないよって言うのがそういう意味だってことは、わかっているつもりだった。
「確かに君はなかなかに残酷だったけど、でもまぁ、一応ちゃんと隙もくれたし、結果的に折れてくれたから謝罪はいらないかな。落とすの楽しんだ部分もないわけじゃないしね。でも物凄く頑張ったのは事実だから、ありがとうはもっと言って欲しい」
ありがとうを言っての言葉に反射的にありがとうございますと繰り返したものの、言われた内容のオカシサに大量の疑問符が頭の中に湧き上がっていく。
「あの、隙とか落とすの楽しんだ、とかって……?」
おずおずと聞けば、やっぱ気になるよねと笑われる。でもちょっと待ってと言われて、ぎゅうと抱きしめる腕が緩められ、ゆっくりと体の繋がりを解かれた。
簡単に双方の汚れの始末をしたあと、相手に請われるまま、今度は隣に寝転がった彼の腕に頭を乗せるようにしてくっつけば、やっとさっきの話の続きをしてくれるらしい。いやでもちょっと待って欲しい。腕枕なんて落ち着かない。しかしもぞもぞと落ち着きなく動いてしまう頭を、ゆるく抱えるようにして撫でられ動きを止めてしまえば、話の続きが始まってしまう。
「つまり、狡く悪く立ち回って、君に気づかせないまま、俺の好きなようにしていい。ってやつだよ」
「は? え? ええっ?」
腕枕が落ち着かないとか言ってる場合じゃなく驚いて、意味のある単語の一つだって出やしなかった。そんな自分に、彼はおかしそうにクスクスと小さな笑いをこぼしている。
「言われた最初はね、好きにするって言ってもさすがに恋人になるの受け入れて貰うことまでは考えてなかった。行為の上書きを求められたと思ってたし、抱かれた経験がないのも知ってたからね。そんな子の初めてを、どうにか嫌な記憶にならないようにしながら貰えないかな、という下心のが大きかったんだけど」
さすがに途中で方向性変えたよねと言った相手は、こんなにこんなに自分を好きだと思ってくれてる子を、本当に諦めなきゃダメなのかって思わずにはいられなかったと続ける。そして極めつけが、女性が恋愛対象になるから恋人になりたくないという理由、らしい。それを聞いたら、どこまででも狡い大人になれると思ったと、柔らかで優しい声音が告げた。
「罪悪感にはつけ込んだし、君が情けなく落ち込む俺を突き放せないとこだって利用した。演技で落ち込んだわけじゃないし、君の言葉には相当心揺さぶられたけど、君を落とすためにそれらを表に出して君に見せたってとこも少なからずある。でも、それを君には謝らない」
それでいいんだよねと問われていいですと返す。こちらが流されて頷いて受け入れたことへの罪悪感なんていらない。狡く悪く立ち回ってくれと頼んだのはこちらだ。
「さっきもチラッと言ったけど、ここまで頑張って手に入れた子、そう簡単には逃してあげられないから覚悟してよ。逃げたがっても、うんと狡く立ち回って、逃げ道塞ぐからね」
冗談めかした軽い口調だったけれど、本気は十分に伝わってくる。ぜひそうして欲しいと思った。怖くなって逃げたくなっても、彼が上手に逃げ道を塞いでくれるのだと思うと、少しだけ安心する。
「あなたに捕まって、あなたの恋人になれて、本当に、良かった」
嬉しいと笑えば、俺も嬉しいと笑う顔が寄せられ唇が触れ合った。
<終>
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