ぎゅうと抱きしめられる。同じようにぎゅうと抱きしめ返せば、キスが出来ない代わりに、互いの口が互いの耳元へくるほどに近づいた。
好きだ、可愛い。そう何度も繰り返せば、こちらの耳にもスキという単語が届くようになった。今度は間違いなく、彼の想いが音になったものだ。結局奥を突いてしまっているせいか、思考が乱れているんだろう。
酷く泣いている様子はないし、先程より苦しさも随分と紛れているようなのは、スキだと吐き出す声音から伝わっている。
名前を呼んでしまったり、好きだと口に出してしまうかもと言っていた。気持ちよくなってそうなるのではなかったけれど、それはもう仕方がない。彼の望んだ形に落ち着いたとも言える。
出来れば一緒に気持ちよくなりたかったのだけれど、誰かと重ねて混乱しているうちに、終えてしまったほうが良さそうだと思った。
「好きだよ。お前のナカ、凄く気持ちいい」
イッていいかと聞けば、顔の横で頷く気配と、イッてと促す甘やかに囁く声が聞こえる。
抱きしめられたままではあるものの、自分が達するための動きに変えていく。そうしながら、好きだも可愛いも変わらず繰り返した。だんだんと高く上がる悲鳴の中、それでも一途に、スキを混ぜてくるのがいじらしい。
もう出すよの宣言にも、頷く気配がした。最後とばかりに強く突き上げる中、相手が必死な様子で名前を呼んだ。
知らない名前じゃなかった。それは紛れもなく、自分の名だ。
驚きと混乱に声を上げる間もなくクッと息を詰めて射精して、息を吐きながら抱きしめていた腕を解き、まず最初にしたことは相手のアイマスクをむしりとることだった。
眩しそうに何度か瞬きする瞳を真っ直ぐに覗き込めば、驚きと戸惑いにじわりと羞恥が広がっていく。連動して頬も紅く染まって行ったから、最後、何を口走ったかの自覚はしっかりあるらしい。
「ちゃ、ちゃんと、わ、すれて、下さい、よ?」
「お前、俺の名前なんて知ってたのか?」
下の名なんて教えて居ない。けれど知らない筈だと言い切れるまでの確信もなかった。そして疑念はもう一つ。彼の想い人が同じ名前である可能性にも、思い当たっていた。
もし、俺の名前と聞いて不思議そうな顔を見せるなら、後者だ。しかし相手は憮然とした表情で、兄が呼んでいたのでと返してくる。ということは、彼に呼ばれたのは間違いなく自分自身だ。
「どういうことだ?」
思わずこぼした呟きに、相手が目に見えて狼狽えた。
恋人という関係にない相手とでも、気持ちを盛り上げるために互いの名前を呼びあって、好きだと言い合って、まるで本当の恋人のようにセックスをする。という場合もあるにはある。
けれど今日の相手はそうじゃない。今回も最初のうちは、恋人に触れるようなつもりで扱ってみたけれど、結局それは受け入れては貰えなかった。たとえ偽りでも、この時間だけは恋人として甘やかに過ごすという事が、出来るような相手ではなかった。
必死に何度も繰り返す、スキという声が耳の奥でこだまする。あれには間違いなく、彼の想いが乗っていた。きっと相当混濁していただろう意識の中で、呼ぶとしたら自分なんかではなく、本命の名前じゃないのか。
抱いてくれるなら誰でも良くて、自分は相手にとって好きでも何でもないどころか、きっと今はもう嫌いな部類に入っているだろう男のはずだ。
散々泣かされて、感じるよりも苦しかったり辛かったりの酷い目に合わされる方が良いなどと言って置いて、なのに最後の最後で名前を呼んでくるなんて。
「まさか、本当に俺が、好き……だ、とか……?」
そんなバカなと思いながら、こちらを気遣って最後だからと名前を呼んでくれた可能性を考える。
彼の色々とムチャの多い望みを、そこそこ叶えてやれたとは思うから、感謝はあるかもしれない。しかしこちらを気遣う気持ちがあったとしても、あの状況でそれを示す余裕なんて、彼にはなかったはずだ。
見下ろす先、狼狽えまくった相手が、それでも頷くかを迷っているのがわかってしまって愕然とする。
「嘘、だろ……」
口から漏れた瞬間に、音にしてしまったことをひどく後悔した。サッと相手の顔が強張って、キュッと唇を引き結ぶ。傷つけてしまったのは明らかだった。
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