別れた男の弟が気になって仕方がない26

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 見つめ合う相手の、潤んだ瞳がゆらゆらと揺れている。赤く腫れた目元がなんとも痛々しくて、指を伸ばすか唇を押し当てるかして慰撫したい衝動を堪えるのが大変だ。今は彼の言葉を待っているのに。
 身の内に湧く衝動に困ったなと思いながらもなんとか耐え続ければ、やがて相手も困ったようにそっと目を伏せたかと思うと、わずかに開いていた隙間を詰めるように身を寄せてくるから驚いた。甘えるみたいに胸元に顔を押し付けられて、さすがに黙っていられない。
「どう、したの?」
 驚きと動揺とを隠しきれず、随分と上擦った声を発してしまった。
「ぎゅって、して、下さい」
 甘えるみたいではなく、本当に甘えられているのだろうか。混乱しながらも、望まれた通り腕に力を込めてやる。
「これでいい?」
 腕の中で小さく頷いた後、相手は一つ息を吐く。素肌の胸に掛かる息は熱かった。
「なんでそんなに俺を甘やかすんですか?」
 自分で擦り寄ってきて、ぎゅってしてなんて可愛いことを言ってきたくせに、こっちこそ、なんでそんなことを聞くのかと聞き返してやりたい。
「甘やかしてやりたいから以外に何かあると思うの?」
「なんでそう思うかを聞いてるんです」
「お前が可愛いから」
「それは俺があの人の弟だから?」
 似てる所があるって言ってましたよねと言われて、なんだか少しガッカリしてしまった。お前の魅力を教えてあげると言って抱いたはずなのに。誰かになろうとしたりせず、お前はお前のままでいいと、そう言ったはずなのに。
「俺に抱かれながら、兄貴の代わりにされてるような気が、ほんの少しでもしてた?」
「いいえ」
「じゃあなんでそんな事聞くの?」
「もし弟じゃなかったら、あなたが俺を気にして、色々構ってくれることなんてなかったと思うから、です。似てるから、兄の後悔を知ってるから、兄みたいな無茶をさせたくなくて、だから俺を抱いてくれたんですよね?」
 なるほどそういう意味か。さすがにこれは否定が出来ない。それに近いことを確かに言ってしまっているし、なにより事実だ。
「でもお前を可愛く思うことと、あいつの事は分けて考えてるつもりだよ。まぁ好みという点で、どうしたって似たタイプを好きになるのはあるだろうけど」
 ついでに言うならと付け加えて、元恋人の弟って所を意識したら逆に抱いたり出来なかったとも教えた。
「あなたが俺を可愛いって言うのは、俺が無謀な子供で、抱いてくれるなら誰でも良いとか言っちゃう危なっかしくて放おって置けないような奴だから、でしょう?」
「まぁそれも一部ではあるけども、それだけであんなに可愛いって言いまくるわけ無いだろ」
「言いますよ。あなた優しい上に、すっかり俺の保護者ですもん。俺の初めてが嫌な記憶にならないように、あなたなりの目一杯で、愛してくれようとしたのは伝わってます」
 ありがとうございましたと言われて、なんと返していいかわからない。
「でもだからこそ、これ以上俺を甘やかそうなんてしなくていいです。約束通り、俺のこぼした好きも、呼んでしまった名前も、忘れて下さい」
 どこか穏やかに言い切った相手に、けれどわかったとは言ってやれなかった。短く嫌だと返せば、相手は少し迷う様子を見せた後、躊躇いがちに口を開く。
「もしかして、兄のことも放って置けなくて、恋人にまでして可愛がってました? だから俺のことも、恋人にしようって、思うんですか?」
 大丈夫ですよと言って、相手は言葉を続ける。
「約束通り、軽率に肉体関係を持つような真似は続けないから、安心して下さい」
「問題はそこじゃない。というか全ッ然違ぇよ。お前の兄貴相手に恋人にならないかと誘った過去なんてない」
「どういう意味ですか?」
「言葉通りだ。俺が口説き落とされた側」
「は?」
 言葉の真意を確かめるためか、胸に埋めていた顔が上がった。

続きました→

 
 
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