そっと頭に手を伸ばして、髪を梳くようにゆっくりと撫でてやる。
泣くほど辛い話なら、これ以上話さなくてもいいと、そう言ってしまいたい気持ちを飲み込んだ。それは相手を想う優しさというよりは、相手の泣き顔を見るのが辛いという、どちらかといえば自分本意な感情だろう。あれだけしつこく食い下がって話せと訴えたこちらが、せっかく話し始めた相手の覚悟を、砕くような真似をするわけにいかない。
どんな理由でも受け止めると言ったのだから、彼が全て話し終わるのを、まずは待とうと思った。
相手は黙って頭を撫でられながら、微かに震える呼吸を繰り返している。なのでこちらも、その呼吸が整うまで、黙って頭を撫で続けてやった。
「す、みません」
「謝らないでよ。俺が無理させてるの、わかってるからさ。でもゴメンね、これ以上話さなくていいとは、言ってやれない」
「わかって、ます」
「うん。ありがとう」
「さっきの、続きですけど」
「もう落ち着いた? 続き、話してくれるの?」
「はい」
はっきりとした声音に、頭に置いたままだった手を下ろす。
「じゃあ、聞かせて。どんなバチが、当たったと思ったの?」
「あなたのことばっかり考えるようになった、がソレですよ。もっと正確に言うなら、あなたにベッドの上でされたことが忘れられなかった、かもですけど」
確かに今日、慣らす最初の段階で、あの日のことを思い出しながら自分で弄っていた可能性の高さに気付いていた。でもそれを、バチが当たったせいでと言いながら、肯定されるとは思わなかった。
「たいしたことはされなかった、ってのはわかってるんです。あなたは本気で俺を抱こうなんて思ってなかったし、今にして思えば、俺が恋敵と思ってたあなたに、意地悪されてただけなんでしょう?」
ドタキャンされて苛ついてた八つ当たりとか、タイミングの悪さも大きく影響しているとは思うのだけど、意地の悪い誘いを掛けて相手を試したことも事実ではある。
「恋敵へ意地悪してた、だけ、ではないけど、な」
それでもやっぱりこれだけはわかってて欲しくて、だけ、という部分を強調した言い方をすれば、意地悪って意味なら随分と生易しい意地悪でしたもんねと返される。
「でも中途半端に優しい意地悪だったから、今まで俺が目を逸らしてきた事と、向き合う羽目になったんです。男が好きなのか、とか、男に抱かれたい性癖があるのか、とか。それともあなたを好きになったのか、とか。なんかもう色々グチャグチャになって、わけわかんないくらいあれこれ考えましたよ」
つまりその結論が、誰でもいいから抱いて欲しい、に繋がったんだろうことはなんとなくわかった。
「抱かれることで何が変わると思ってるのかって、聞きましたよね。何をそんなに焦って急ぐのかって」
「聞いたね」
「焦ってたのは、俺の中でのあなたの存在が、どんどん大きくなっていくのが嫌だったからですよ。兄の恋人だった人、というだけで、ほぼ何の接点もない、一度しか会ったことない相手が、自分の中を占めていくって、なんか怖くないですか?」
それを恋や一目惚れと呼ぶ場合もあるんだろうけれど、残念ながら、そんな発想にはならなかったようだ。あなたのせいであなたに恋をしたらしい、なんて言われながら再会していたら、最初は躊躇うかもしれないが、きっと今と同じようにその想いを受け入れたいと思っただろう。年齢差や付き合っていた相手の弟という部分やらの躊躇いで、多少なりとも揉めるかもしれないが、少なくともここまでややこしいことにはなっていなかったはずだ。
でも最初から恋したって言ってくれれば良かったのに、なんて軽々しく言えるはずもなかった。
「何が変わるか、何を得られるか、なんてのを考えながら相手探してたわけじゃなくて、とにかくあなた以外の誰かに抱いて貰わなきゃって焦ってたんです。あなたじゃない誰かに抱かれても、その相手とキモチヨクなれたら、その相手の事が気になって、もしかしたら好きになったりするのかもって思ってて、多分、それを確かめたかったんだと思います。あなたのことが気になるのは、あなたに触られたせいだろうって思ってたから。あなただから特別ってわけじゃないって、思いたくて」
これもあなたが言ったんですけどと、彼は言葉を続けていく。
「エッチが上手い人とやって善い思いしたら、体が気持ち良くなれる相手となら誰でも平気になっちゃう事が多いって。それを狙って意図的に抱かれるような人は稀だって言ってましたけど、多分、その稀なタイプが俺です」
「あー……エッチの上手い人、ってとこには、なんか拘ってたもんな、お前」
確かに、年齢や体格や性格への希望は薄かったけれど、上手な人を紹介して欲しいとは言われた。抱かれたことがないのは知っていたから、もっと単純に、少しでも上手い人と安心して初体験がしたい程度の意味に捉えていた。
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